晴乗雨読な休日

休日の趣味レベルで晴れの日は自転車に乗ってお出かけ。雨の日は家で読書。

パトリシア・コーンウェル 『業火』

2011-12-28 | 海外作家 カ
バージニア州の検屍局長、ケイ・スカーぺッタのシリーズ9作目『業火』
では、シリーズ5作目から出てきた殺人鬼ゴールトと、そのパートナー、
キャリー・グレセンとの最終対決になります。

いちおう前作ではゴールトはニューヨークで追い詰められ、地下鉄に轢か
れて死亡、キャリーも逮捕されますが、死刑にはならず、犯罪者精神医学
センターという施設に入れられます。

そして『業火』の冒頭ですが、ケイの自宅にキャリーから手紙が届くところ
からはじまります。しかしその内容は分かる部分もあり意味不明な部分も。
何よりも心配なのは、かつてキャリーはFBIに所属していて、アカデミー
でケイの姪、ルーシーと同性愛の仲になっていて、その後キャリーはFBI
を辞め、ルーシーも同性愛の中傷などもろもろあって辞めて、現在は、同じ
政府の機関ですがATF(アルコール、タバコ、火器局)に勤務していて、
そのルーシーに危険が及ばないかと不安。

リッチモンド市警察の警部、マリーノにも報告し、今は恋人“同然”となった
元FBIの心理分析官のベントンといっしょに休暇に旅行へ行くはずでしたが
キャンセル。しかしベントンにとっても、何せ手紙にはベントンのことが書い
てあるわけですから他人事ではありません。

とりあえず別行動のほうがいいと、ベントンは旅行へ。そしてケイとマリーノ
は、ATFからの要請で、新聞社オーナーで馬主でもあるケネス・スパークス
の自宅の火事の捜査と検屍に出かけることに。

そこでルーシーと会い、現場の捜査のなか、キャリーからの手紙を知らせます。
現在ルーシーはワシントンで恋人のジャネットといっしょに住んでいて、キャリー
はそのアパートの住所は知りません。

さて、ケネスの自宅の火事ですが、家主のケネスはロンドンへの出張のため
留守にしていたため無事、しかしバスルームには女性の焼死体が。
出火原因がわからず、しかし死体の燃え方は強く、バスルームのは火元となる
素材も見つからず、これは事件性が強いということに・・・

そんな中、なんとキャリーが脱走したというのです。精神医学センターは陸地
から一本の橋のみで行き来できる島にあり、もちろん橋には警備がいるはず
ですが、どうやって脱走したのか分からず。そしてキャリーは、自分は正常な
のに精神病にされて死刑にされそうだ、といった手紙を全米の主要メディアに
送りつけ・・・

基本的には勧善懲悪といったかたちをとってるシリーズものは、小説にせよ漫画
にせよ、回を重ねていくほどその「敵」がパワーアップしていて、最終的には
人間レベルを超えた敵になっていく、というのはよくありますが、今回もキャリー
が脱走したというのは、後にその方法は説明があるんですけど、それにしても
「キャリーは容易に他人を操れるから」という理由なのが、ああ、検屍官ケイ
シリーズもそうなのか、という気持ち。

ケイとマリーノも、シリーズ1作目の時点でけっこう設定年齢が高めだった
ので、お互いすでに「あと数年で定年」くらいの年に。
暴飲暴食をやめないマリーノ、それを心配するケイという関係は変わりません。

この『業火』で、次回のシリーズから、内容がだいぶ変わってくるような、
驚くべき、悲しい、あまりにも惨い展開が。いつかそうなるだろうとは覚悟
してましたが、まさか9作目でとは。

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服部真澄 『GMO』

2011-12-26 | 日本人作家 は
何の作品か忘れてしまいましたが、故・児玉清さんが、服部真澄
と真保裕一の作品は海外に“輸出”すべき、みたいなことを書いて
いて、それはもう、強く肯きました。

この『GMO』も、アメリカ北東部、南米と、服部真澄作品では
お馴染みの海外が舞台で、主役は日本人。海外を舞台にする理由
としては、例えばCIAといった諜報機関が、まあ日本にもある
にはあるのですが、どうにも馴染みが薄く、そういった「怪しげ」
な組織を使えるという点では、やはりアメリカ辺りを活動範囲に
するのがいいのではないでしょうか。

この『GMO』はGenetically Modified Organismの頭文字で、
意味は「遺伝子組み替え食品」。アメリカ在住の翻訳家、蓮尾一生
が、あるワインに関する書籍の翻訳依頼があり、そこからトラブル
に巻き込まれ、いや自分から巻き込まれに行った、という話なの
ですが、物語は、蓮尾の住む隣家が火事で全焼するところからはじ
まります。

その家は、あまり近所付き合いの無い家庭だったのですが、蓮尾は
シングルトン家の息子アダムと(親友)と呼べるくらいの仲。
といってもアダムは8歳で、生まれつき片手が無く、それでもそん
な不自由を感じさせないほど、ボートを操縦したりして、日本では
かつてジャーナリズム作家として一躍時の人となるも、ある不始末
から落ちぶれてしまい、アメリカへ移住し、堕落しそうな蓮尾にと
ってはアダムは大切な存在でした。

蓮尾の家の倉庫に眠っていたワインも燃えていまいます。ワインを
大量に保管していたのは、著名なワインジャーナリスト、シリル・
ドランの著作の日本語翻訳を手がけるにあたって勉強しようとして
集めたもの。
地元警察に聞く限りでは、放火の疑いがあり、さらに家に火がつけ
られる前に一家は殺されていたというのです。

消沈した蓮尾でしたが、ここで落ちるところまで落ちるわけにいかず、
有名な科学ジャーナリスト作家、レックス・ウォルシュを訪ね、新作の
翻訳権を獲得します。が、レックスから提示されたのは、契約書を交わ
さずに、前金として150万ドルを払ってほしいというもの。

シリルの作品を翻訳することで一度本人に会うことになり、あるパーティ
ー会場へ。そこでシリルと彼女の夫で有名なワインコンサルタント、
ティエリ・ドランと口論をしているところに出くわします。
そしてシリルが一人になったところへ話しかけようと蓮尾が近づくと、
パーティーのホスト役である大手アグリ会社「ジェネアグリ」社長の
ダグラス・タイラーにいきなりぶん殴られ・・・

この「ジェネアグリ」という会社は遺伝子組み替え食品の世界シェアの
トップで、農作物の安定供給といえば聞こえはいいですが、かなり「悪
どい」手法で儲けているのです。
そんなジェネアグリと、ティエリ・ドランが、南米のボリビアで何かの
研究と新ビジネスを手がけていると聞き、シリルは蓮尾を連れてボリビア
へ向かうことに。

蓮尾はアダムの死の真相も知りたくて、探偵にお願いします。そこで
浮かんできたのが、麻薬ビジネスでした。なぜアダムは殺されなければ
ならなかったのか。

そこに、レックス・ウォルシュが、一方的に翻訳をキャンセルしたいと
言ってきて、前金は返すとのことですが、いっこうに振込まれません。
しかしボリビアへ向かおうとしたその日、レックスから原稿が届きます。
その原稿を出した先はなんとボリビアでした。

はたしてボリビアでは何が行われているのか。麻薬ビジネスはアダムと
どう関係してくるのか。そしてシリルと蓮尾の見たものは・・・

とにかくスケールの大きい作品。フレデリック・フォーサイスやジェフリー・
アーチャー的な、そしてテーマも、現代に警鐘を鳴らす、マイクル・クライトン
的な、海外のアクションエンタテインメント作品がお好きな方はハマること
請け合い。

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チャールズ・ディケンズ 『オリバー・ツイスト』

2011-12-21 | 海外作家 タ
去年か一昨年でしたか、古本屋をウロウロしていたら、ディケンズの
『オリバー・ツイスト』が棚にあったので、ちょうどその頃、漱石に
ハマっていて、英国留学時代に影響を受けた作家ということで興味が
あり、これはラッキーと、確認もせずに文庫で上下巻買ったつもりが、
見てみたら上巻が2冊。

店員も「これ、上巻2冊ですけどよろしいですか」の一言くらいあって
もよさそうじゃないか、なんていう自分勝手な怒りをツイッターでつぶ
やいたものです。

とりあえず、上巻を読んで、そのまま放置。そして先日(たぶん)同じ
古本屋をウロウロしていたら、下巻を見つけたのでした。
上を読んだのはだいぶ前で、もう一度読み返して、長い時間をかけて、
ようやく読了。

イギリスにある救貧院で、ある身重の女性が男の子を出産し、まもなく
死んでしまいます。この男の子は、救貧院の“ならい”で、アルファベ
ット順に名前を決めるもので、「オリバー・ツイスト」と名づけられる
のです。

この救貧院とは、救貧法という法律が1600年代に原型が出来て、そ
れが実用的になったのが、ちょうどこの作品の書かれた1800年代の
中期で、この法律は富裕階級の善意から生まれたものではあったのです
が、その運営たるや劣悪を極めるもので、オリバーをはじめとする、親
のいない子ども達の境遇は、つねに栄養失調状態で、粗末な服で、ちょ
っとしたことで暴力をふるわれ・・・

オリバーは、そこそこ働ける年齢(といっても7歳とか8歳で)になるや、
煙突掃除の奉公に出され、次に棺桶大工のもとに奉公に出されるのですが、
そこにいた兄弟子みたいな陰険な小僧にいびられて、耐え切れずにオリバー
はそこから脱走します。

どうにかロンドンのまで歩いてたどり着いたオリバーは、疲れて座っている
ところ、「若い紳士」に声をかけられます。
よくわからないままついてゆくと、その「若い紳士」、実際はまだ少年でし
たが、彼はユダヤ人のフェイギンという窃盗組織の親分の手下だったのです。

オリバーはフェイギンに懐柔され、街中でスリを決行しますが失敗、警察
に捕まってしまいます。しかし被害者の老紳士は、寛大にもオリバーを許し、
家に招きます。
ここでオリバーは、家に飾られた一枚の絵にひどく惹きつけられるのですが、
それは老紳士ブラウンロー氏と、のちのち関係してきます。

一方、フェイギンら窃盗団は、アジトを知っているオリバーが捕まったと
聞き、なんとしても連れ戻さねばと、外出していたオリバーをひっ捕まえて
ふたたび悪の巣窟へ・・・

今度の悪巧みは、スリや万引きといったレベルではなく、強盗。しかし、
中にいた使用人が気付いて、銃を発砲、先に忍び込んでいたオリバーは撃たれ
てしまい・・・

たまたま強盗に入った家ですが、そこの夫人はじつはオリバーと関係があって、
さらに先述したブラウンロー氏もオリバーの出生を知っていて、というふうに、
ずいぶんと(都合のいい)話の展開なのですが、それを差し引いたとしても、
19世紀のロンドン、イギリスの情景、とくに貧困層の暮らすエリアの描写
は、ヘタな歴史書を読むよりずっと身に入ってきます。
これで思い出したのが、漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」。この作者
の秋本治さんの描く東京の下町の情景描写、そして主人公の両津が語ったり
思い出したりする生まれ故郷の浅草に関する話題は、そこら辺のガイドブック
よりも素晴らしいです。

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浅田次郎 『日輪の遺産』

2011-12-17 | 日本人作家 あ
浅田次郎の作品はどれもこれも面白いのですが、中でも
好きなのが「きんぴか」と「蒼穹の昴」のふたつ。
「きんぴか」は、元ヤクザと元自衛隊員と元官僚という
チグハグな3人が、世話好きの刑事に集められて、ちょ
っとした(世の中に復讐)をする、まあコメディーのよ
うな。
そして「蒼穹の昴」は、西大后の時代の清朝末期、科挙
と宦官の出世と、この時代の清国を取り巻く情勢を描い
た一大スペクタクル時代小説。

で、どうやら、この『日輪の遺産』は、「きんぴか」の
テイストを残しつつ、さらに「蒼穹の昴」の原点となって
いる、とあり、こりゃ読まねばと久しぶりにワクワク。

まず冒頭、昭和20年、終戦のちょっと前くらいでしょうか、
東京の女学校が出てきます。勉強なんてさせてもらえず、「お
国のため」に工場で働いています。
(私)のクラスの担任の野口先生は、反戦的というほどでは
ないにしても、自由主義的で、官憲から睨まれています。

そんなある日、いきなり軍の小泉中尉と名乗る男が、野口先生の
クラスの生徒の全員、工場の仕事をやめて、別な任務の手伝
いをしてほしいとお願いに来ます。
しかし、何をするのか細かいことは教えてもらえず、車で移動
し、外を見ると、都心から甲州街道を下り、府中から南に向か
っていることを(私)は確認します。

そして話はバブル崩壊後の日本、府中競馬場。丹羽という不動産
会社の社長が、年末の大レース、有馬記念に大金を賭けようとし
ています。そこに真柴と名乗る老人が話し掛けてきて、なんやか
やで丹羽は馬券を買えなくなり、代わりに丹羽の予想で小額の馬券
を買っていた真柴老人は、なんと的中。

真柴がどうしても奢るというので丹羽は仕方なく飲みに行き、会社
の経営が危なくて、このままでは社員の給料も払えず、なけなしの
金で競馬で一攫千金を目論んでいたと身の内話をする丹羽。
それを聞いていた真柴は、もっと大金をあなたにあげると言い、ある
手帳を渡します。
尋常でないペースで酒を飲んでいた老人は、「これで肩の荷が下りた」
とつぶやき、席を立とうとしてふらつき、床に倒れ・・・

救急車で病院に運ばれるも、息を引き取った真柴老人。なぜかそこに
一緒に来てしまった丹羽。そこに、生前の真柴を知る、介護のボラン
ティアの海老沢が病院に駆けつけます。話を聞くと、なんと海老沢も
真柴から手帳を受け取ったらしいのです。

霊安室での寝ずの番を丹羽にまかせて海老沢が帰ろうとしたとき、
ちょうど、この病院のある市一帯の有力者である金原がやって来ます。
金原は土地持ちで、自分の所有するアパートに真柴は住んでいたよう
で、丹羽は金原と話を進めていくうちに、真柴から手帳を渡された
と告げると、いきなり金原の表情が一変し・・・

現代の話と、終戦間近の昭和20年の話がクロスして進行し、真柴は
この時代では陸軍少佐。エリートです。そこに東部軍から呼び出され、
大蔵省から軍の経理部に出向していた小泉中尉と落ち合い、軍曹とも
いっしょに3人で陸軍大臣室に入り、この3人に軍のトップから、
ある「命令」が下されるのですが・・・
ここで、冒頭の女学生と話がつながってくるのです。

昭和20年8月、大本営はポツダム宣言を受諾するのか、それとも
一億人が本土決戦に備えるのかで紛糾、この重苦しい話と、現代の
金原、丹羽、海老沢らの話の対比が、もうお見事。

戦争が終わり、マッカーサーが登場するのですが、終戦の話を描くに
あたって当然出てくる重要人物というだけでなく、その前の、マッカ
ーサーが父子の2代にわたってフィリピン総督をしていた時にまで
関係してくるのですが、これが、横浜大空襲のときに、ニューグランド
ホテルだけは焼け残ったという話と絡んできて、虚実の混ぜ方が最高。

「きんぴか」のテイスト、ということですが、金原と丹羽と海老沢が、
きんぴかに出てきたヤクザと官僚と自衛隊員と、ちょっとだけカブります。
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杉本苑子 『冥府回廊』

2011-12-14 | 日本人作家 さ
まったく不勉強で恥ずかしい限りですが、この杉本苑子という
作家を存じ上げませんでした。
「孤愁の岸」で直木賞受賞、「滝沢馬琴」で吉川英治文学賞受賞
、さらにこの『冥府回廊』は、NHK大河ドラマ「春の波涛」の
原作ということです。

福沢諭吉の次女房子と、その娘婿、桃介を中心に、明治から昭和に
かけての活躍を描いた作品で、『冥府回廊』の前に書かれた「マダム
貞奴」という、芸者で伊藤博文の愛人から、川上音二郎と結婚して
女優となり、その後、実業家に転身した川上貞奴が主人公の作品が
あるのですが、そこでは房子は、貞奴のビジネスパートナーである
桃介にとって厄介な存在の妻、として描かれていて、つまり『冥府
回廊』は、房子の側からみた、夫桃介と”怪しい関係”の貞奴が描か
れていています。

父、諭吉が創立した慶應義塾の学生、桃介は、学業優秀もさること
ながら、いつも学生たちの中心に立って行動し、まあようは「目立つ
学生」で、義塾の運動会が催されたときに、奇抜なシャツで周囲の
注目を浴びます。諭吉の妻や長女が噂する中、次女で、お年頃の房子
も、気になっていました。

ある日のこと、校舎に隣接する福沢家でパーティーが開かれたので
すが、出席する外国人の賓客に見劣りしない男子学生を数人ホストと
して召集します。その中に桃介もいて、紳士的な振る舞いに、この
男だったら房子の結婚相手にふさわしいと認め、桃介も、埼玉の
貧農の家から苦学して慶應に通って、福沢諭吉の義理の息子になれる
ことに喜び(それ以前に、房子の美貌に惹かれていた)、婿入りする
ことに。そして桃介は諭吉の長男、次男が留学しているアメリカへ
旅立つことに。

しかし、船が出る横浜へ向かう汽車に乗ろうとしたとき、芸者が
駆けつけて、桃介に餞別を渡すのです。
その餞別は、房子があずかることに。桃介は女性関係で浮いた噂
などなかったのですが、なぜ芸者がわざわざ駆けつけたのか。
疑心暗鬼にかられた房子は、その餞別を開けて見てしまいます。
それは、手鏡でした・・・

さて、アメリカへ渡り、それなりに勉強もして交遊もしますが、
一時期は酒に溺れたり、お世話になっていたアメリカ人と揉めたり、
または女性と噂になったりと困ったこともあったのですが、それ
なりに成果を収めて帰国、北海道の炭鉱鉄道に勤めるために房子
を伴い札幌へ。
また東京へ戻ってきて、会社を興すも失敗、そして当時はギャンブル
と誹りを受けていた株の取り引きに手を出し・・・

さらに房子を悩ませたのが、貞奴の存在。桃介と彼女は、どうやら
愛人関係は無さそうなものの、ふたりの結びつきは強いものらしく・・・

一万円札の人、慶應の創始者、学問ノススメなど、福沢諭吉という
”偉人”の、家族との関係、学校運営の悩みなどといったごくプライ
ベートな側面はとても興味深く描写されています。

都市伝説的な話ですが、「天は人の上に人を作らず・・・」でお馴染み
の諭吉は、娘の結婚相手に「身分違いだ」といって破談させた、という
のは、この房子と桃介のことだったのでしょうかね。
しかし、丁寧に、徹底して調べ上げたことが良く分かるこの小説では、
そんな話は出てきませんでした。

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山本一力 『深川駕籠』

2011-12-12 | 日本人作家 や
もともと、好んで歴史小説を読んでるわけでもないのですが、
傾向としては、教科書に出てくるような有名人(主に武士)よ
りは、市井の人々が主人公の作品が好きだったりします。

そんな中、山本一力の作品は、まさに江戸の下町に暮らす
庶民を描き、今までに読んだものでは「あかね空」は上方
から江戸にやって来た豆腐屋、「損料屋喜八郎始末控え」
では、家具や調理器具といった生活用品のレンタルを舞台に、
いや喜八郎は実際には、奉行所の依頼で隠密調査をする人
なのですが。

『深川駕籠』では、タイトルの通り、駕籠屋さん、今でいう
ところのタクシー運転手ですか。
この深川に住む新太郎と尚平という名前の男ふたり、新太郎
は元は「臥煙(がえん)」という職業、火消しの先陣部隊で、
命知らずとして知られ、町では臥煙と知るや、ヤクザも道を
譲るという、荒っぽい仕事から、なぜか今は駕籠担ぎを。
その相肩(文中では「相方」ではなく、駕籠担ぎから「相肩」
という字を用いてます)の尚平は、房州勝浦の元漁師で、地元
の網元の息子を相撲で怪我させてしまい、江戸の相撲部屋で
力士となるも、いろいろあって今は駕籠担ぎ。

こんなふたりを引き取ったのが、深川に住む木兵衛の持つ長屋。
この木兵衛という老人は、何かと顔が利き、ふたりの身元引受人
になりますが、どうにも「食えないジジイ」のよう。

千住の虎という駕籠担ぎで、のちにライバルになる男や、今戸の
与三郎というヤクザ、飯屋のおゆきなど、脇役の面々が素晴らしく、
彼らのスピンオフ作品も作ってほしいほど。

そして、先述した「損料屋」の喜八郎もちょこっとだけゲスト出演
しているところもまたニクい。

物語は短編形式で、新太郎と尚平がトラブルに巻き込まれたり、
奇妙な「お使い」に筑波山まで行かされたり、鳶や飛脚といった
「足自慢」の人たちとレースをしたり、どれも町の様子や人々の
息吹までもが感じられるような緻密な描写。

で、その鳶や飛脚たちとのレースで、小役人が出張ってきて邪魔
をしてきたり・・・この続編も出てるようなので、楽しみ。
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野沢尚 『深紅』

2011-12-09 | 日本人作家 な
野沢尚の作品は、出版された順こそバラバラですが、けっこう
読んでます。ちなみに初期の「恋愛時代」は、今までに読んだ
恋愛小説の中でナンバーワン。

それはそうと、この『深紅』は、吉川英治文学新人賞を受賞した
のですが、選考では、前半の盛り上がりに比べて後半のが弱い、
という指摘があったそうですが、なるほど読んでみると、その感
は否めないんですけど、読み終わってみると、これはこれで絶妙
なバランスで構成されているなあ、と。

まず、第一章で、修学旅行中の小学生、奏子が旅館で眠っている
と、先生が部屋に来て、家族が事故にあったので東京に帰る、と
告げられます。
長野から、先生と奏子はタクシーに乗って東京へ。車中、先生との
会話の中で、これは「ただの事故」ではないと奏子は悟ります。
この道中、高速のパーキングでトイレに入ったときに見かけた、酔
っ払いの女性、東京に入って道に迷っった長野の運転手にキレる
先生など、こういったひとつひとつの細かい描写が、あとで何かに
絡んでくる布石か?と感じさせる(実際は特に絡んできませんが)
くらい、ドキュメンタリー的にゾクゾクしてきます。
(監察医務院)に向かってると知り、病院ではない名前のところに
家族がいると思うと、奏子の心の中にあった(もう家族は全員死ん
でるんだ)という予感はいよいよ確信に。
そこで叔母さんと会い、小学生には聞かせられないようなショック
な出来事は伏せられて、ただ死んだ事実だけ聞かされるのです。
それから年月は過ぎて、叔母の家で暮らすようになり、奏子は大学
生に。

そして第二章。秋葉家に浸入して、夫婦と幼い男の子ふたりを殺し、
顔をハンマーで潰したという事件の犯人、都築の上申書が書かれて
います。それによると都築と秋葉由紀彦(奏子の父)は仕事上の
付き合いがあり、契約のトラブルで秋葉に騙されて大金を失い、さら
に妻も病死し、都築は一家を皆殺し・・・
これがマスコミで発表されるや、すでに死刑判決が出ている都築の
言い訳だなんだとバッシング。
この日に修学旅行で家にはいなかった“おかげ”で生き残った奏子
は、自分ひとりが生き残ってしまったことに対する罪悪感のような
感情が植え付けられてしまい、カウンセリングに通って、その心理
療法も終わり、大学では友達も恋人もできて、といった中で、都築
が「なぜお父さんとお母さんと2人の弟を殺した」のか、その動機、
経緯を知り、さらに、都築には事件当時11歳の娘がいたことも知り、
ふと奏子は、その娘に会いたくなります。

都築の娘に会いたい理由、それは復讐なのか、それとも・・・

前半に比べて後半が弱い、というのは、正直いって「ミステリやサスペ
ンスの定石」に比べて、ということだと思うのです。
何でしょうね、野球でもサッカーでもいいですけど、前半早々に、思わず
飛び跳ねたくなるような素晴らしいプレーで得点が入って、それから試合
終了までその虎の子の1点を守る側、攻め続ける側、ロースコアで終わった
としても、これは歴史に残るゲームだった、というのはあるわけで、バカスカ
点の取り合い、あるいは9回裏の逆転サヨナラホームランだけが感動では
ない、ということですね。

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黒井千次 『春の道標』

2011-12-06 | 日本人作家 か
本屋さんへ行って、これといって目当ての欲しい作品が無く、
かといって何か読みたいからなあ、と選ぶ「基準」は、まずは
作家の名前。まあ一度でも耳にしたことがあれば、つまりそ
れだけ話題になっている(インタビューだったり原作の映像化
だったり)ということで。他にも、帯で○○氏絶賛!という
推薦。

この『春の道標』という作品名も、作家の名前も、申し訳ない
ですが存じ上げなくて、うしろの解説を見てみたら、宮本輝さん
が書いてるではありませんか。
まあ、解説を頼まれてこき下ろすなんてことは普通しないでしょ
うし、多かれ少なかれリップサービス的な部分もあるでしょうが、
これも何かの縁で買ってみました。

舞台は東京の西部、武蔵野の辺り。時代は、戦争が終わって数年
後、主人公の倉沢の通う学校が旧制中学から高校へと名前が変わ
り、倉沢が高校2年になったときに1学年下から男女共学になった
という、そんな頃。

倉沢には幼馴染みで近所にすむ年上の慶子と、なんとも微妙な、恋
心なのか友情なのか曖昧な感情でいうると、ある日突然、慶子から
キスされたりして、17歳くらいの男子にとっては大事件。
そんな慶子ですが、引っ越してしまいます。そこで文通をはじめる
のですが、恋人として?幼馴染みの友達として?倉沢はポジション
に悩みます。

そんな倉沢くんですが、朝の通学バスの車内で見かける女子に惹かれて
しまい、なんやかやでその女性は棗(なつめ)という名前の中学3年生。
倉沢は、彼女の乗るバス停の付近を探して(棗の苗字は『ソメノ』)と
いうヒントだけで)、「染野」という表札のかかってる家を見つけるの
ですが、その家には確かに棗はいて、しかし横には青年男性が・・・

高校のクラスメイトから、政治運動の真似事みたいな新聞を作ろうと
誘われたり、ときたま進駐軍のジープが通ったりと、さりげなく描いて
いるのですが、昭和20年代という背景、十代の淡い恋の話に陰を
落とすというか障壁の役割としてはあまり効果的には使わないところ
が、真っ向勝負してて良いですね。

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宮本輝 『血脈の火』

2011-12-04 | 日本人作家 ま
この作品は「流転の海」シリーズ第3部で、愛媛の漁村から
大阪に出て、一代で大きな会社を創業した松坂熊吾を中心と
して、茶屋で働いていた房江と結婚し、戦時中は一時、愛媛
に戻り、熊吾は50歳にして伸仁という子宝に恵まれ、戦後
にふたたび大阪で会社を立ち上げるも、病弱な妻と子が心配
で、愛媛にまた戻る、というところまでが第1部で、第2部
「地の星」では、愛媛での熊吾一家の、親戚や村の人々との
交流、変なゴタゴタにも巻き込まれ、もう一度チャレンジだ
といって、また大阪へ、というところまで。

時代は昭和27年、戦後の混乱も落ち着いた大阪で、熊吾は
知り合いを頼りに家を買って、そこを拠点に中華料理店をは
じめます。さらに近くのサラリーマン相手に雀荘も開いて、
これだけでは飽き足らず、水に強い布用接着剤の販売権を取
って、大阪じゅうの消防署に、ホースの補修にと売り込み
をかけますが、思わぬ邪魔が入り・・・

さて、小学生になった伸仁ですが、どうにも落ち着きのない
子どもに育ってしまい、房江は心配しっぱなし。なんと、あ
まりガラの良くない大人とも付き合いがあり、愛媛から熊吾
の母と妹、妹の子どもも大阪に来ることになるのですが、こ
の妹というのが、男運が悪いといいますか、変な男に引っか
かってしまい、母は故郷に帰りたい帰りたいと懇願。

中華料理店の料理長の知人関係を頼りに、戦前、熊吾が世話
になった中国人の周さんの行方をつかみます。周さんは中国
に戻る前に日本の女性と恋仲になり、娘が生まれたのですが、
その後の成長ぶりは知らず、熊吾は石川の金沢に出向き、高
校生になった麻衣子という娘を探し出して、中国に手紙を出
すと、返事をもらい、熊吾は彼女の父代わりになると決意。
ところが麻衣子は、地元金沢の旧家の息子で、大学で研究を
している井手という男と恋愛関係にあり、しかしこの井手と
いう男は、麻衣子と付き合いながらも親の縁談で婚約までし
た女性がありながら婚約破棄をしたというのです・・・

そんな中、熊吾の調子がどうも良くなくて、医者に見てもら
うと、糖尿病という診断が下され入院。

あっちに顔を出しては世話をし、こっちを心配し、仕事の手
は休めず、さらに多角経営に乗り出し、和菓子の“きんつば”
まで売り出します。

そして、第3部もラストのほうで、伸仁はかなりショッキング
な事件に巻き込まれます。


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ゲーテ 『若きウェルテルの悩み』

2011-12-01 | 海外作家 カ
手塚治虫先生の「火の鳥」未来編で、猿田博士が人造生物を作
ろうとして培養液の中でサルとヒトの中間みたいな生物ブラド
べリィが、この本を読んでいました。しかしブラドべリィは培
養液の外に出るとたちまち泡となって死んでしまい、そのとき
猿田博士は「わしも若い頃これを読んで情熱をかきたてたもん
じゃ」そういったことを呟くのです。

という記憶が片隅にあって、いつか読もういつか読もうと思い
つつ、ようやくです。

もはやあらすじ説明の必要はないほど有名ですが、まあ簡単に。
舞台は18世紀ドイツ、青年ウェルテルが、とある田舎街で、と
ても美しい女性シャルロッテ(以下ロッテ)を紹介されますがロッテ
は婚約中。
はじめこそ、趣味や価値観などで仲良くなるのですが、ウェルテルは
ロッテへの想いは募るいっぽう。そんな恋心は隠して、ロッテの婚約
者であるあるベルトとも交際をします。

といった内容を、どこか遠くに住むウェルテルの親友、ウィルヘルムに
手紙を送るのです。構成的には書簡形式になっていまして、人の妻
を愛してしまって、どうしようもなくなって最終的に自殺してしまう
のですが、本が全体の3分の1くらいになって突然「編者から読者へ」
と、編者という人物が、ウェルテルがウィルヘルムに宛てた手紙、
ロッテに宛てた手紙を補足説明しつつ話を進めていきます。

こういう構成が当時としては画期的だったのかは、詳しく勉強している
わけではないので知りませんが、とにかく「え?」と驚きました。

それはさておき、この時代にしては、主人公が道ならぬ恋の挙句に
自殺する、という内容はかなりセンセーショナルでショッキングだった
そうで、これをきっかけにヨーロッパ各地で自殺者が増えたそうです。
まあ賛否両論はあったそうですが、ドイツで発行されるやいなや大ヒット
、他の言語に訳されてヨーロッパじゅうでも大ヒット。

若いときに燃えるような片思い(両想いでもいいですけど)をして
その恋が終わって、ああもうだめだ、明日が見えない、なんて思った
ことはあるでしょう。しかし、実際に暴走してほんとに自殺して
しまった人のほうがむしろ少ないでしょうから、思春期の葛藤は普遍
なんでしょうけど、共感、というのはちょっと違いますね。

コメント
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