晴乗雨読な休日

休日の趣味レベルで晴れの日は自転車に乗ってお出かけ。雨の日は家で読書。

江國香織 『間宮兄弟』

2009-02-26 | 日本人作家 あ
好きな作家は、と訊かれれば、ジェフリー・アーチャーとジョン・グリシャムと
松本清張と宮部みゆきですと、この4人の作家を即答できますが、じゃあ、好き
な作家を10人挙げてくださいと言われれば、江國香織がランクインすることは
間違いありません。

展開がドラマチックというわけでもなく、考えさせられる重厚なテーマという
わけでもなく、斬新な視点というわけでもないのですが、なぜか惹かれる。

「間宮兄弟」は、お互い独身で一緒に住む、仲の良い兄弟の話。
それぞれの仕事、人間関係、趣味、女性関係(それなりの大人の恋愛は無い)
が描かれているのですが、とにかくパッとしない兄弟というテーマに物語性
もへったくれも無さそうに思えますが、激動の人生や衝撃の出来事を描くよ
りも、その近所でひっそりと暮らす市井の人々に焦点をあてて描くことが、
作家の使命であると、ある有名作家が述べていましたが、この「間宮兄弟」
は、まさにひっそりと暮らす市井の人々であり、それを飽きさせることなく
読ませることができるのは、江國香織の筆力によるものです。

胸を打つようなものではありません。でも、なんとなく勧めてみたくなります。
「間宮兄弟を見てごらんよ。いまだに一緒に遊んでるじゃん」

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坂東眞砂子 『山姥(やまはは)』

2009-02-24 | 日本人作家 は
久しぶりに、重厚感のある小説を読んだな、という気持ちです。
題名が「やまんば」ではなく「やまはは」と読ませるのには、文中に
その答えというか、物語のキーが出てくるので、それは読んでのお楽しみ
ということで。

明治時代の新潟県、近代化の波はまだまだ訪れる気配の無さそうな山奥の
村に、東京から役者が2人やって来ます。季節は冬、雪が辺り一面を包む
中、その役者は村の大地主のもとへ、近いうちに行われる山神神社の祭り
の奉納芝居をやるのでその振り付けと芝居の稽古を付けてほしいと依頼さ
れて、遠路はるばる訪ねてきます。

ひとりは振り付けと芝居の稽古を付ける師匠格の男、扇水。もうひとりは、
一見女と見間違うほどの端正な顔立ちをした青年の役者、涼之助。
涼之助は、普段は男として身なりや振る舞いをしていますが、じつは、
胸には女性のような膨らみがあり、また、下半身には、男性のものとも
女性のものとも分けられない、男女の部分がひとつになってしまったよ
うな、先天性の両性具有で、その出自は本人も知らず、幼いころに劇団の
師匠のもとに預けられて、そこで役者としての人生を歩むことになり、
現在は、劇団花形の女形役者として、また、扇水の愛人として生きている
のです。

大地主の家に泊まりながら、村人に芝居や踊りの稽古を続けているうち、
涼之助は、その家の若旦那の妻と夜な夜な逢引きをするようになり、その
うちに役者も扇水の愛人関係もやめて、自由の身になりたいと決心しますが、
奉納芝居の終わったあと、師匠に別れのあいさつをして去ろうとしたときに
若旦那の妻が、閉塞な村から連れ出してもらえると思っており、涼之助と
いっしょに出ようとしますが、涼之助はひとりで行くといい、急に若旦那の
妻は、涼之助に襲われたと叫びだし、しかも涼之助の体の秘密までも暴露され、
涼之助は逃げるように家を飛び出して山に駆け入ります。

しかしその山には、山姥が住んでいると村に言い伝えがあり、そして涼之助は、
山を越えようとするも道に迷い、山中でその山姥に出会うのです。

ここから、山姥がなぜそうなってしまったかの経緯、涼之助の出自などが
明らかになっていくのですが、ああ、あの人がそうだったのか!と、その
繋がりと現在の境遇、運命の交錯に驚きの連続。

山姥が住む山は、かつて炭鉱山として栄え、大勢の炭鉱夫や、炭鉱夫相手の
商店、女郎屋もあり、そこでの陰惨な生活が描かれています。
炭鉱夫の命はそこで掘られる金銀よりも軽くて薄く、女郎もまた、借金に次ぐ
借金で身動きが取れず、男の慰みものとしてしか生きる価値のない扱い。
その炭鉱山に栄えた炭鉱町は、扇水や涼之助が村を訪れるころには、もう
掘り尽くして、人は去り、ゴーストタウン状態でした。

涼之助の出自、山姥の人生、村で暮らす人々、とにかくさまざまな人間や
生活の背景が、これでもかと読む者の心に押し寄せてきて、しまいには
複雑に絡み合った糸束が、自分の望んだ通りとはいかなくとも、それなりに
ほぐれていくような心境。

視点を変えればミステリーともとれる、伝記小説。


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鈴木光司 『リング』

2009-02-22 | 日本人作家 さ
やっと読んだ、というか、もともとホラーはあまり好きではないので
避けていたというよりは興味を持たなかったのですが、この『リング』
と『らせん』が、行きつけの古本屋で抱き合わせで50円という激安価格
で積まれて置いてあり、まあ50円なら、と購入。

とにかくひところの「貞子」フィーバーで、映画も原作も見ていないのに
井戸から這い上がってくる着物の女であったり、千里眼がどうとか、それ
からなんといっても「♪きっとくる~」というあの薄気味悪い歌など、こう
いった先入観を捨てて読むことにしたのですが・・・

同じ日のほぼ同時刻、4人の男女が原因不明の突然死。
このうちひとりの女子高生の親戚である出版社勤務の男はこの奇妙な偶然
を知り、調べてみることに。しかし上司は、こういったオカルトの類に難色。
この4人はまったくの見ず知らずではなく、夏の終わりに箱根の貸し別荘へ
いっしょに出かけていたことが調べていくうちに判明し、出版社の男はその
貸し別荘へと向かう。

そこであるビデオを見るのですが、これを見ると、1週間後に死ぬという
恐ろしいメッセージがあり、しかしその回避の方法は、上から重ね録りして
あり、その仕業は、先刻突然死した4人であった・・・

結局「貞子」というのはこのビデオテープの呪い主であり、しかし本を
読んでいっても、テレビでさんざん見た、井戸から這い上がってくるところ
はありませんでした。
で、この貞子はどうやら殺されて、その遺体を見つけて供養する、というのが
1週間後に死なずに済む方法ということが分かり、なんとか探し出して、彼女
の故郷にお骨を持っていくのですが、なぜか、このことを相談し、いっしょに
究明した友人の大学講師は、映像を見た1週間後に死ぬのですが、出版社の男
は死ななかったのです。果たして、貞子の真の呪いとは・・・

怖かった。ああ、怖かった。

読み終わったのが、夜中の3時ころ。ベッドの中でびくびくと怯えながら、
ふと、トイレに行きたくなり、それでもしばらく怖くて行けなくなる始末。
それでも意を決して(いい歳しておねしょはしたくなかった)、布団から
出てたのですが、暗い廊下がまた怖く、普段は明かりなど付けずにトイレ
に向かうのですが、このときばかりは煌々と電気の付いた廊下を歩き、よう
やく用を足したのですが、今度は寝室に戻るのが怖い。

まだ『らせん』が残ってる。

ハァ・・・
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花村満月 『ゲルマニウムの夜』

2009-02-21 | 日本人作家 は
よくレコードを購入する基準のうちで「ジャケ買い」という、その
レコードの歌手あるいはバンド名を知らず、どんな曲かも知らない
のに、とにかくジャケットのカッコ良さ、インパクトで一目惚れして
買ってしまうこと。当然それなりのリスクもあり、あたりはずれは
避けられないもの。自分で出費したものだから、はずれとは認めたく
ないので、あくまでこれは良い買い物だったと言い張ることもしばしば。

この『ゲルマニウムの夜』は、なにせ天下の芥川賞受賞作品ですから
新聞や雑誌で取り上げられているから見たり聞いたりしていたので、
つまりレコードでいうところの「ジャケ買い」にはあたらないのです
が、まあ、タイトルのインパクトに惹かれたので、そういうこと。

主人公は、東京西部にある修道院で育ち、卒業して外の世界に出るも
殺人を犯し(これは主人公の妄想かも知れない)、また修道院に戻る。
ゲルマニウムという鉱石を受信源としたラジオを常に携帯し、イヤホン
を片耳に突っ込んで進駐軍放送を聴いている。
この修道院というのが、どこぞの収容所に負けず劣らずの劣悪な環境
で、教育する立場であるはずの神父は聖と性をごっちゃにするわ、
暴力、欺瞞、蔑視、矛盾、屈辱が渦巻くような、とても希望を見出せ
そうにない施設。
そこで、主人公の男は、宗教とはなにか、人生とはなにかを考えたり
するのですが、とにかくこの男の素地というものが良い出来とはいえず、
彼なりの解釈はともすれば自分可愛さのただの屁理屈とも捉えられます
が、暴力やグロテスクから生まれる思想は、絶望からの回避であり防衛
手段。もともと宗教とはそんなものかもしれませんね。

慈愛に満ちた「御言葉」とは、実際には非力なもので、言った側の自己満足
だけの場合もあります。教訓や愛の説教を「存在」として尊び敬い奉るのは
言われた側も自己満足で思考停止しているのでは。
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宮部みゆき 『堪忍箱』

2009-02-19 | 日本人作家 ま
宮部みゆきのおもしろさは、強烈なインパクトで、他者に勧めずには
いられなくなるような情熱ではなく、むしろ、このおもしろさを他の
人には知られたくなかったのに、ベストセラーになっちゃった、まあ
そりゃそうだろう、おもしろいんだから、という、インディーズバンド
や若手お笑い芸人の追っかけをする女の子のような気持ちになるのです。

おもしろいから売れるのか、売れているからおもしろいのか。後者の場合は
明らかに日本人の国民性ともいえる付和雷同的な意見で、それこそ視聴率
が高いテレビ番組は面白いに決まってる、という発想は、作家や作品に対する
評価ではなく、それに付随する「結果」であり「数字」で評価することであり、
願わくは、宮部みゆきにはそのような評価を下してほしくはないのです。

『堪忍箱』は、歴史時代小説の短編集。短編でありながら、短いという印象
を持たせずに読者を満足させる。ありふれた言葉でいうところの「中身の濃い」
短編集ということ。
表題の「堪忍箱」は言うに及ばず、特に心打たれた作品は「敵持ち」。
食べ物屋の板前をしていた男は、身の危険を感じて夜もうなされて、用心棒
の依頼も考える。同じ長屋に住む、浪人で今は傘張りなどの内職をしている
元は江戸藩邸で用心頭をしていた小坂井の旦那にお願いする。
そもそも、一介の板前が命を脅かされることになったのは、通いで働いている
居酒屋の女将に岡惚れをしている若い男に勘違いされて、身を引かねえと痛い
目にあうなどと脅される。
浪人の旦那に店が終わるまで待っていてもらい、帰路の途中、道に死んだ男が
転がっていた。そこを通りかかった板前と浪人の旦那は運悪く、たまたま誰か
に見られて「人殺しだ」と叫ばれてしまう。
そこで駆け付けた岡っ引きにことのすべてを話すのだが・・・
この小坂井の旦那という元侍の素性とは・・・

なんだか、宮部みゆきの短編を読み終わったあとに訪れる充足した気持ちは、
手塚治虫の「ブラックジャック」を読んだ後のそれに近いような気がします。

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エリック・ゼンシー 『パナマ』

2009-02-17 | 海外作家 サ
本をたくさん読んでいると、ブックレビュー等では好評を得ていても
自分にとってはちょっとどうかな、という小説にときたま出会ったり
することがあります。

しかし、全部が全部ダメというわけではなく、その本を読むことに費
やした金と時間の無駄とは思いたくないので、本の中にどこかしら、
光明はないものかと探すんですが、エリック・ゼンシー著『パナマ』
は、物語の設定、アイデアは素晴らしいと思うのです。

しかし、百歩譲っても、途中に出てくる19世紀末のパリの情景描写
はあまりリアルに伝わってこなく、また、主人公で実在の人物である
ヘンリー・アダムズの亡き妻との思い出も、複雑に入り組んだ政界の
スキャンダルと、それに関連した殺人事件に巻き込まれた展開の中に
ちょくちょく出てくるのですが、どうにもこれが、話の腰を折られる
ようで、読みにくくしている印象を持ってしまうのです。

話は、19世紀末、フランスがパナマ運河の工事をやっていたのですが
工事がはかどらず事故も多発、そこに絡んでくるフランス政界の汚職、
賄賂といったスキャンダル。アメリカ人歴史家であるアダムズは、フラ
ンスのモンサンミシェルで画家のアメリカ人女性と出会い、のちにパリで
再会する約束を果たすのですが、再会した後日にセーヌ川に溺死体とな
って現れるのです。しかし、それはモンサンミシェルで出会った女性で
はなかった!
しかもその死んでいる女性は、アダムズの名刺を持っていた・・・

前述したように、物語の設定、アイデアは素晴らしいです。
なぜ、アメリカ人歴史家がフランスの政界汚職に巻き込まれなければ
ならなかったのか、そこには、ある一枚の写真が絡んでくるのですが、
この当時、イギリスで、人間の指紋はどれひとつ同じものはないとい
う実験結果が発表されて、半信半疑ではありつつもフランス警察でも
その指紋捜査を導入しはじめたのです。
それがアダムズにとって思わぬ事態となって振りかかるわけですが・・・。

嗜好は指紋同様、人それぞれ違いますので、どなたかが『パナマ』を
読んで、面白かったと言えば、それはそれで敬意を表します。

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森 絵都 『風に舞いあがるビニールシート』

2009-02-15 | 日本人作家 ま
ちょっと技術のある作家ですと、さまざまな作風に挑戦してみて、
それでも作家本人の確立された「色」が見えれば、有意義だと周り
も評価するし、読者も新鮮さと良い意味での裏切りが楽しめるので
すが、まあ中には、ちょっと欲をかいてしまったのか、違った作風
に挑戦したはいいけど、これじゃこの作家の長所が台無しじゃない
かと失望してしまう、あえて褒め言葉でいうと「意欲作」(ひらた
くいえば努力賞的なモノ)といった作品になり、読者はこの作家の
新作に手を出しにくくなってしまうでしょう。

森絵都『風に舞いあがるビニールシート』は、短編集なのですが、
そのいずれも、これはほんとうに同じ作家が書いたのかと思ってし
まうほど、ヴァラエティ豊か。

ほかの作家の作風にたとえるのは、手前勝手な先入観と偏見がある
のですが、強いて、ということで了承していただくと、重松清のよ
うな視点の人間ドラマのようでもあり、浅田次郎のような温かさも
あり、村山由佳のような恋愛世界のようでもあるという、だからと
いって、個性が無いというわけではなく、多様性と柔軟性、そして
器用なんだなあ、という印象を持つことができます。

オススメは、作題「風に舞いあがるビニールシート」と、「ジェネ
レーションX」、あと「鐘の音」という3作品。
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マイケル・M・スミス 『スペアーズ』

2009-02-12 | 海外作家 サ
裏表紙には、「スピルバーグのドリームワークスが映画化権を獲得した、
人類の壮絶な行く末を予感させるノワール・スリラー」と書いてあり、
面白そうだと思い、買って、読んでみたのですが、はじめの数十ページ
で、物語の内容が把握できない・・・ 
まるで、上下巻の下から先に読んでしまったような印象を受けたのです。
それくらい、文中には意味の分からない単語、登場人物のオンパレード。
まあ、その後に説明があるのですが、それが謎めいているというよりは
疑問を抱えつつ読み進めていくことのストレスが生じてきます。

かつて、街の機能をまるごと載せた超大型飛行機が不時着したのがそのまま
街となり、それはニュー・リッチモンドと呼ばれ、高層ビルには商店、娯楽
施設、住居があり、下層階は治安悪く、上にいくにしたがって富裕層が住む
といったような階級序列が構築され、マフィアが権力を持ち、警察は腐敗。

そこで、あるビジネスが誕生します。それはクローンを利用した医療。
病気になったり事故で体の部分を切断するときに、移植や接合させるには
拒否反応を避けなければならず、それにはクローンを用いれば拒否反応は
起こらないので、「農場」と呼ばれる施設に、金持ち階級は、自分や子供
のクローンをそこで生活させて、いざ事故だ病気だとなれば、そのクローン
の体の一部を移植するというもの。これが、文字通り「スペア」という存在。
いうなれば交換部品ってことですね。クローンは、教育も受けさせず、生活
環境も劣悪、ただ本家の体のために生きながらえさせておく存在にすぎません。

で、「農場」の管理人をしていた、かつてニュー・リッチモンドで警察官
だった男が、スペアの家畜以下の扱いに見かねて、教育を受けさせ、やがて
数人のスペアを引き連れて「農場」を脱走するのです。

・・・とまあ、ここからは、異空間だの戦争だのとストーリーがごちゃごちゃ
してきて、話が飛びまくり、読み終わるまでに頭の中で物語を整理させるのに
大変でした。

そんな中にあっても、心に残る文章やセリフを見つけたというのは、本を読む
うえでの至上の喜びです。

・「いくつになってもナルニア国を捜すことはできるが、そのころにはあまりに
年を取りすぎて、ナルニアのほうで来てもらいたくないと言いだすかもしれない」
・「人は倒れて闇の訪れを待ち、静かに人生に別れを告げて、死へと滑り落ちて
いくべきではない。走りつづけるべきなのだ。本当に恐いのはただ一つ、走るの
をやめること」
・「思い出とは読んでからなくしてしまった本程度のものでしかなく、その後の
人生を縛る聖書ではない」




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ジョン・グリシャム 『路上の弁護士』

2009-02-11 | 海外作家 カ
それにつけても、グリシャムという作家は、アメリカにおける
弁護士稼業を書き続ける。よくもこんなにネタ切れしないもの
かと思う一方、それほどまでもアメリカ法曹界はいろいろな
ネタを提供してくれるのかという、それだけ飽きない(懲りない)
世界で面々がいるのだなあ、と笑ってしまうところ。

まず、私は訴訟やら何やらで弁護士様のお世話になったことがないので
日本の事情はわからないのですが、グリシャムの作品に出てくる<全米
屈指の規模を誇る大法律事務所>、弁護士人数500人かそれ以上を
抱える大所帯に所属する弁護士の一時間あたりの報酬請求という、聞き
慣れないシステムがあり、時間単位で200ドルから300ドルあたり。
単純計算で、週80時間働いたとして、報酬請求額200ドルとしたら、
依頼人のもとには「私はこれだけあなたのために働きましたよ、だから
1万6、000ドル時間給として請求します」という仕組み。
ランチも依頼人とのミーティングを兼ねたものだとしたら、当然その
時間も報酬請求に入るというわけ。

こんな、金が湯水のごとく湧いて出てくる夢のような環境に所属しながら
も、ある日、ホームレスに弁護士事務所に立てこもられて人質となり、
ホームレスは警察に射殺され、人質は全員無事であったものの、どうしても
その事件以降働く意欲が出ず、またなぜあのホームレスは弁護士事務所に
来たのかを知りたくなり、ついに、その謎を突き止めて、関係書類を拝借
(返すつもりが機会を逸して、結果盗んだことになってしまう)し、所属
していた大法律事務所を退職し、公益活動中心の法律事務所に転職。
そして、自分がかつて所属していた事務所を相手どり、裁判に・・・。

かつて、あるアメリカのコメディドラマで、登場人物の女性がホームレス
支援の集会に出向き、人権だの援助だのを政府や自治体に要求する演説を
ぶって、その後、ホームレスを支援「しない」団体の集会に出向き、
「彼らに100ドルあげたら、彼らは何を買うか、どうやって使い切るか
しか考えない。しかし、金持ちはその100ドルをどうやって増やすかを
考える。それがホームレスと金持ちの違いだ。つまり彼らはなるべくして
なっている」
という、双方の団体にいい顔をしたいがために、二枚舌外交をしてしまう
シーンでのセリフを思い出しました。

そして、彼らの多くは、アルコール依存、ドラッグ摂取など、つまり
みずからをもって働けない環境、肉体を作り上げてしまった部分も否めず、
(もちろん中には搾取労働、差別、虐待など外的要因も多い)
一概に政治の責任のみを追及しても建設的ではないでしょう。

「働きたいのに働けない」日本の問題は、政治責任が大きいんですがね。
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朱川湊人 『花まんま』

2009-02-09 | 日本人作家 さ
なんでも、著者は「ホラー小説家」と位置付けられているようですが、
本作を読んでみたかぎりでは、霊的なものであったり、輪廻であったり
をテーマにしているだけで、怖さとかそういうものは無く、どちらかと
いうと、ちょっとホロリときそうなものです。
これをホラーというのなら、浅田次郎の『鉄道員(ぽっぽや)』や
『地下鉄に乗って』も立派なホラー作品になっちゃうし、あんまり
カテゴライズに惑わされないようにしないといけませんね。

短編集です。本の主題である『花まんま』が、いちばん面白かったかな。
話は、主人公の男の子に妹ができて、その妹がだんだん成長していくに
つれて、言動がちょっと普通の女の子とは違ってきていることに困惑。
ある日、妹のいないすきに彼女の日記帳を盗み見たら、そこには聞いた
ことのない女の名前と、おそらくその女の家族と思われる人たちの名前
が書いてあり、そういえば以前、妹から滋賀県の某市について聞かれた
ことを思い出し、この縁もゆかりもない地名や名前を見聞し、ついに
妹を連れて、滋賀県に向かうのだが・・・

「花まんま」とは、箱の中に詰められた、白いつつじの真ん中に赤い
つつじを置いて、日の丸弁当みたいに見えるようにした、というもの。

この花まんまが、妹が生まれ変わったという女性と、その女性を事故で
失った家族を結ぶキーとなるわけですが、実際問題として、ある日、家に
「すいません、お宅の亡くなった○○さんが、うちの妹が生まれ変わりっ
ていってるんですが」
とか来られても、当惑というか、気持ち悪いというか。
でも、その家族と当人しか知り得ない「何か」があれば、そんな不可思議
なことも合致する、というお話。

淡々と進む文体で、オドロキやら猛烈な感動はないですが、買って後悔
しない作品です。
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