【世界おもしろ法律事典】都市住民>農民 「命の値段」は半分以下(産経新聞)
中国江蘇省北部の新沂(しんぎ)で9月16日、BMWを運転していた湖南省出身の男(33)が、路上で3歳の男児を死亡させた“交通事故”が地元社会を震撼させた。
監視カメラに記録されていた画像を分析した警察当局によると、男は自分が運転するBMWが男児を轢いたことに気付いたが、救急車を呼ぶどころか車を動かして男児をさらに3回、故意に轢いて死亡させた。
この男はBMWの持ち主に月給1500元(約2万円)で雇われた運転手だった。警察の調べに対して男は「(事故被害者の)治療費より死亡させた方が安い」と開き直ったため、警察は容疑を殺人罪に切り替えて男を刑事勾留した。
中国の「道路交通安全法実施条例」などでは、死亡事故を起こした場合、最高3年の懲役が科せられる。都市部住民が交通事故で死亡した場合、賠償金は53万元(約690万円)ほど。だが、ケガをさせた場合の医療費や慰謝料は死亡時の10倍を超えるという。
事故を起こしたら殺した方が安い、という恐ろしい発想が中国にはびこっているようだが、この事件で改めて注目されたのは「戸籍による賠償金の差」だ。
中国では出身地や親の戸籍によって、都市部住民と農村部住民とに戸籍が明確に区別されている。
死亡事故の場合、被害者が都市戸籍なら賠償金は53万元ほどだが、農村戸籍なら24万元と半分以下に減額される。ケガをさせた場合も慰謝料は半分以下だ。
賠償金や慰謝料の算出は被害者の収入がベースになるが、まず都市か農村か、戸籍の差で命の値段が決まるところが恐ろしい。死亡した3歳児は都市戸籍だったとされる。
「恐ろしい」などと、さも義憤を感じている風を装った記事なのですが、しかるに見出しは【世界おもしろ法律事典】とあります。「恐ろしい」などと言いつつ、その実はおもしろがっているのではないか、不謹慎ではないかとツッコミをいれたくなるところです。とりあえず死亡事故の賠償金の方が負傷時の医療費並びに慰謝料よりも「安上がり」と判断されてしまう状況は大いに問題があると思われますが、もう一方の争点である「戸籍による賠償金の差」はどうなのでしょうか。
中国の現行法では戸籍によって賠償金額が区別されるそうで、引用元の記者は「戸籍の差で命の値段が決まるところが恐ろしい」と述べています。確かに、それもまた問題のある制度には違いありません。ただ日本の新聞社の人間である以上、こうした差別的取り扱いを他人事のように語って欲しくはないものです。何しろ似たような事例や主張は日本でも普通に存在するのですから。
参考1、法の下の不平等
参考2、司法のお墨付き
たとえば障害者を事故死させてしまった場合、障害を理由に「将来の収入を想定できない」として賠償金額を大幅に減額するなんてことがあります。あるいは雇用形態の違いを理由に非正規労働者の逸失利益は低く見積もるべきではないかと主張する裁判官なんかもいるわけです。中国では戸籍の違いによって命の値段に差を付ける、これが産経記者にとっては「恐ろしい」ことのようですが、では日本はどうなのか? 障害の有無や雇用形態の違いによって、あるいは性別の違いや親の社会的地位の違いによって命の値段に差を付けてきた日本の制度もまた、「恐ろしい」と評されるにふさわしいと思われます。
とかく「愛国」を語る人ほど、自国の現実からは目を背けがちです。隣国の粗探しに余念がない一方で、自国に関してはただ夢を見ているだけ、そういう人も多いのではないでしょうか。ここで伝えられている中国の現行法には少なからず問題があるわけですが、似たような問題を日本もまた抱えていることを果たして引用元の記者は把握しているのかどうか、何かと疑わしく感じられます。自国が同様の問題を抱えていることを自覚できていれば今回の事例を反面教師にもできるのでしょうけれど、自国の実情に無知であったり、あるいは自国を棚上げしているばかりですと、単なる悪口で終わってしまうものです。 ←応援よろしくお願いします