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非国民通信

ノーモア・コイズミ

賃金の上がらない国に未来は無し

2018-07-15 23:02:06 | 雇用・経済

「日本より中国のほうが待遇いい」と中国の介護現場
「外国人の介護人材争奪戦」に「賃金低すぎて集まるわけない」の声(キャリコネニュース)

人手不足の介護現場で、アジア人材の奪い合いが起きている。介護人材は7年後の2025年には34万人不足するとみられており、積極的に外国人を採用する介護施設が急増している。

7月11日放送の「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京)がその現状を紹介すると、視聴者からは「人材争奪戦と言いながら待遇改善しない(できない、やらない)」などと落胆の声が上がっていた。(文:okei)

(中略)

一人っ子政策で高齢化が急激に進む中国は、やはり介護人材は貴重な存在だ。中流層が入所している中国・上海の介護施設では、介護スタッフの月給は8~10万円で、上海市の平均と同じ水準だという。しかも、食事と住居は無料で提供される。中国の施設責任者は、「日本の介護士の給料は低いと聞いている。中国の方が待遇の水準が良いと思う」と語った。耳の痛い話である。福祉の専門家は「貨幣価値の差がだんだん無くなれば、(中国人材の来日は)難しい」とコメント。今後日本は、職場として選んでもらえない恐れがあるのだ。

 

 日本人がやりたがらない低賃金の仕事を負わせようと、外国人労働者の受け入れを企む人々は少なくないですが、その将来はどれほどのものでしょうか。現状を見るに、いつの日かベトナムの日本大使館前に実習生像が建てられたりしてもおかしくないような非人道的待遇も目立ちますし、流石にそれを恥じる人も増えてきました。権力を持った人々ほど外国人労働力の受け入れに積極的な傾向があるものの、上記引用元でも語られている通り「中国の方が待遇の水準が良い」ケースは今となっては珍しくありません。「(日本が)職場として選んでもらえない恐れ」とは当然です。

 かつては中国の「親日派」ブローカーが自国民を騙して日本に売り飛ばすことも多かったのでしょうけれど、そうした人々に取ってすら日本は魅力的な市場ではなくなってきていると言えます。外国人実習生の主要な供給元は中国からベトナムへと既に推移したわけですが、ベトナムにしても経済発展は続いている、ベトナム国内で働くことで得られる給与も増え続けていますから、いずれは「ベトナムの方が待遇の水準が良いと思う」みたいな認識が広まる可能性は高いです。

 そこでさらなる(日本より)賃金水準が低い国を、新たな人材の供給元として開拓していくのが日本の一つの将来像なのかも知れません。未開の地平を切り拓き、より安価な人材という資源を発掘するわけです。実際、中国やベトナムが発展しても、まだまだ貧しい国はあります。ウナギ資源が枯渇する都度、新たな調達先を探し続ける商社マンのように、人的資源をもまた新たな採掘先を見つければ良いのだと、実質的にそう考えている財界人は多いのではないでしょうか。

 90年代以降の日本の「改革」モデルは、人件費削減こそが事実上の終着点となっているわけです。一見すると90年代以降は(日本より)人件費の安い国に急追され(一部は追い越され)た時代ではあります。ならば日本経済が復活するには、「後進国」に負けないように人件費を安くしてしまえば良いのだと、結果的にはそう考えられてきたと言えます。ところが人件費抑制を続けた日本経済はその世界的地位を低下させるばかり、一方で人件費の上昇が続く国は今もなお発展が続いているのです。

 まぁ海外植民地の安い労働力を酷使することで利益を得る、そうしたビジネスモデルが成立していた時代もありました。とはいえ21世紀に発展している国家/経済圏が採用しているモデルは、今や全く別物です。しかし沈み行く日本は――相変わらず安い労働力を求め続けるのでしょうか。その国における賃金水準の低さは、海外から見た魅力の低さでもあります。賃金の上がらない国が優秀な人材を外から確保できることはないでしょう。言うまでもなく賃金の上がらない国では消費者の可処分所得も増えませんから内需も増えません。賃金の抑制がもたらすものは、緩やかな死だけです。

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慎重な対応を求めたって……

2018-07-08 22:38:40 | 雇用・経済

「雇い止め」相談2千件増 無期転換ルール影響か(共同通信)

 厚生労働省は27日、2017年度に各地の労働局などに寄せられた民事上の労働相談のうち、「雇い止め」に関する相談が前年度比約2千件増の約1万4400件だったと発表した。

 同省は、有期契約労働者が5年超働けば無期契約に移行できる「無期転換ルール」が今年4月から本格的に始まったため、事前に契約を打ち切るケースがあったとみており、担当者は「ルールを意図的に避ける雇い止めは望ましくない」と、企業に慎重な対応を求めている。

 

 さて無期契約への移行を回避するための雇い止めが発生する可能性は、以前より指摘されてきたことです。「ルールを意図的に避ける雇い止め」は労働相談件数に表れるのに先だって、随所で事例が挙がってきたものでもあります。ただ、この雇い止めが発生したこともさることながら、悪質な法律逃れを規制するための制度がしかるべく用意されていない、という点もまた問われるべきものがあるのではないでしょうか。

 企業に全面的な自由を与えたまま無期雇用への転換ルールを作った場合、多くの企業は抜け穴を探します(それが日本的経営の倫理観ですから)。穴の空いた瓶に水を注いでも、底から抜けてしまうようなものでしょうか。当然ながら、穴をふさぐことも考えなければ片手落ちになってしまいます。しかし、そこまでやる意識が行政には欠けている、というのが実態と言わざるを得ません。

 非正規社員を永遠に非正規のまま使い倒したがっていた人々にとって、無期雇用への転換ルールは悪夢でしかなく、そのルール導入へ反対するための御為ごかしとして頻繁に語られてきたのが「(無期雇用への転換ルールを作ると)非正規雇用の雇い止めが増えるぞ」というものでした。この御為ごかしによって、非正規社員を非正規のまま使い続けたい人々は、あたかも「非正規社員のため」を思う風を装いながら無期雇用への転換ルール策定に反対してきたわけです。

 そこで厚労省の担当者曰く「ルールを意図的に避ける雇い止めは望ましくない」とのことで、「企業に慎重な対応を求めている」そうです。「慎重な対応」って何でしょうね? 昨今は弱腰の大手労組に代わって総理大臣が賃上げ目標を掲げたりもするわけですが、しかるに企業側には応じる義務もなければ、応じなかったことによる罰則も何もないわけです。政府側も「頑張ってます」というアリバイ作りまでは出来るのかも知れませんが――しかし企業に逃げ道を残したままというのが現実です。

 不安定な非正規・有期雇用は当事者の生活上のリスクであるばかりでなく、その多さは日本社会のリスクでもあります。収入が少なかったり不安定であったりする労働者は当然ながら消費に回せるお金も少なく、必然的に消費低迷の要因となり、日本経済衰退の一因とならざるを得ません。そして生活の安定しない人は、望んだとしても家庭を持たず子供も産まない人が多い、日本社会の少子高齢化を進める原因ともなっています。加えて現役時代の収入が少ない人は現行制度上、生存が可能になるレベルの年金を受給できる見込みもありませんので、未来は良くても生活保護受給者の激増、最悪の場合はスラム化でしょうか。

 日本国のことを考えるなら、日本で働く人を豊かにすることが欠かせない、薄給かつ不安定雇用という二重苦の日本式非正規雇用を根絶することは不可避と言えます。そのために有期契約の労働者を無期契約に転換することは当然の施策なのですが、「ルールを意図的に避ける雇い止め」を行う事業者に「慎重な対応を求め」るだけで罰則も何もないのなら、穴の空いた器に貴重な資源を流し込むようなものです。法の趣旨を逸脱したルール逃れを行う事業者に必要なのは、その自由の尊重ではなく、罰ではなのですから。

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そもそも長く働けば成果が出るという考え方が

2018-06-24 23:45:23 | 雇用・経済

 世の中には宗教法人の皮を被った営利組織も多々あろうかと思います。その辺は方々で語られていることでもあるでしょうけれど、反対に「営利企業を装った宗教団体」みたいなのも結構あるのではないか、そんな気もするわけです。看板に宗教を掲げつつも金銭的利益を追い求める経営者がいる一方で、表向きは企業の体でも実は金銭的利益より社員の洗脳にこそ力を入れている――結構ある話ではないでしょうか。

 起業した理由を「金持ちになりたいから」と公言する創業者は少数派です。現実問題として、会社を作って大きくして上場させて株式を売り払って残りの人生は資産家として悠々自適、みたいな人生を送る人を日本で見ることは皆無と言って良いでしょう。ヨソの国ではそう珍しくもないと聞きますが、日本では会社を売るなどとんでもない、儲からなくなっても社長の座にしがみついて自分の城を守ろうとする人の方が普通です。

 教祖が本を出して、それを信者に買わせるのはよくあることです。しかし会社の社長が本を出して、それを社員に買わせているケースも割とあることだったりします。そもそも朝礼や社内行事を通して、創業者や社長の「教え」を社員に唱えさせている会社は多くの日本人にとって経験のあるところでしょう。営利企業たるもの利潤を追求しているかと言えば、その実はトップが自身の信者を増やすことの方に力が入っていることもあるはずです。

 

(永守重信のメディア私評)働き方改革 生産性向上、経営そのものの議論(朝日新聞)

 野党やメディアの一部が批判する「高度プロフェッショナル(高プロ)」のような制度は必要ではないか。当社でも、研究開発や企画、営業などでは休日も仕事に来る社員がいる。成果を出したいからだ。そもそも働くのはなぜだろう。私にとっては、生活の糧を得るためだけでなく、会社を大きくして多くの人を雇うためだ。そのために土日も働いた。人によって違うだろうが、のめり込む人もいる。健康管理は欠かせないが、もっと働きたいという人まで制度でやめさせる必要があるのだろうか。そういう社員まですべて時間制限でがんじがらめにしてしまうと身動きがとれない。

 

 京セラなんかは宗教的風土の強さで名高く「稲森教」などとも呼ばれるわけですが、この引用元の語り手である日本電算の会長の方はどうでしょうか。伝え聞くところによれば、会議は通常業務の終了後、新入社員はトイレ掃除、休暇を取る者は怠惰であると見なされる云々と、悪しき日本企業の典型みたいな王国を作り上げたようでして、過去には「社員全員が休日返上で働く企業だから成長できるし給料も上がる。たっぷり休んで、結果的に会社が傾いて人員整理するのでは意味がない」と主張して結構な批判を浴びたりもしていました。

 近年は社会情勢の変化もあり、表向きは労働時間の削減に取り組んでいることも伝えられる一方、やはり本音が漏れ出ているところはあるようです。かくして高度プロフェッショナル制度への必要論が語られていますが、結局はそれが永守氏の理想なのでしょう。単に儲かるだけでは満足できず、社員が自身の王国に私生活をなげうって奉仕する、そんな世界を追い求めていると言えます。

 そもそも現行の労働時間規制も普通に過労死が続出するレベルのザル規制です。これほど長く働いてもなお十分な成果を出せないというのであれば、会社の指示が間違っていて無駄な努力をさせているのか本人が無能かのどちらかです。いずれにせよ、労働時間を延ばすことで解決するようなものではありません。今以上に労働時間を延ばすことを望むのは、単に社員の全てを支配したいという経営者の歪んだ欲望を満たそうとするだけではないでしょうか。

 また人間には会社員としての側面以外にも家庭人や市民としての役割があります。会社が自社従業員のリソース全てを占有してしまえば、当然ながら家庭人や市民としての務めは疎かにされざるを得ないでしょう。先日は世界保健機関が、他の日常生活よりもゲームを優先するような状態を「ゲーム障害」と扱うと発表しました。では、現行の過労死ラインを大きく越え、家族や市民としての責務を放り出して会社で働こうとする人は? それでも教祖は、教団の外の人間には理解できない反社会的行為を信者に求めるものです。

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経済誌が覆い隠したがるもの

2018-06-10 23:13:24 | 雇用・経済

48歳「市の臨時職員」、超ブラック労働の深刻(東洋経済)

私はあえて彼に「正論」をぶつけてみた。

――労働組合は基本、組合員の利益のために賃上げや労働環境の改善に取り組む組織である。そして賃上げは本来、働き手が労働組合に入るなどして、自らが要求して勝ち取るものだ。今回、労働組合は自分たちの『取り分』を削り、組合員ではない非正規職員のために賃上げを実現させたのであり、ヨシツグさんは、組合に入って声を上げることもせず、組合費も払わず、利益だけを享受したということになるのではないか――。

 

 さて今回の引用ですが、タイトルだけを見ればブラック労働の実態を伝える記事に見えそうです。しかるに、何分にも経済誌です。所々に怪しい記述が見え隠れしているわけで、とりわけこの産経新聞ばりの「正論」とやらは、らしいと言えばらしいという他ないでしょうか。

 この引用箇所は勤続10年超の「臨時」職員に対するお説教なのですけれど、曰く労働組合とは「組合員の利益のために賃上げや労働環境の改善に取り組む組織」なのだそうです。へー。たぶんまぁ、経済誌的にはそのような「定義」であろうことは私にも分かります。しかし、実在の組合がやっていることとの整合性はどうでしょうかね?

 民進党の下部組織としての活動が中心の組合もあれば、「労働者の代表」として会社側の提案に同意するのが役目の組合もあります。待遇改善を目指して会社との対決を厭わない組合もないことはないかも知れませんが、そういう組合は「連合」から排除されていることもあるでしょう。そもそも、組合があっても賃上げが行われない会社もあれば、組合がなくても賃金が上がる会社もありますし……

 安倍政権がナアナアにしてきた高度プロフェッショナル残業代ゼロ制度を突如として「容認」すると宣言したのは労組の多数派組織である連合トップですし、安倍政権の賃上げ要請に難色を示したのも連合上層部、しばしば安倍政権が掲げた賃上げ目標よりも低い目標額を掲げるのが連合傘下の諸組合だったりもします。連合から排除された少数派組合ならいざ知らず、圧倒的多数派である「普通の」組合がそんなに賃上げや労働環境の改善に取り組んできたとは言えないでしょう。そもそも労組連合を最大の支持母体としていたはずの民主党政権下で、労働者全般の待遇はどうなりましたか?

 この引用箇所の前段では、非正規職員の賃金が幾分か増えたことが伝えられており、それを受けて「労働組合は自分たちの『取り分』を削り、組合員ではない非正規職員のために賃上げを実現させた」などとも書かれているわけです。やはりまぁ、経済誌的にはそういうものなのだろうな、と。経済誌の「お約束」では正社員(正規職員)と非正規雇用の賃金はトレードオフということになっているようですから。

 もちろん現実としては、労働組合(及び正社員)が非正規社員(職員)の給料を払っているわけではありません。非正規職員の賃金が増えても、労組の懐が痛む要素は皆無です。しかし非正規の賃上げには正社員の賃金を抑制することが不可欠なのだと、そう語る経済系の論者は少なくありません。ここに論理的な整合性は微塵もありませんが――非正規への同情論を口実に正社員の賃金カットを正当化したいという欲望を抱いた人が存在していることは理解できます。

 だいたい賃金は労働の対価であり、その昇給を「組合に入って声を上げることもせず、組合費も払わず、利益だけを享受した」などと詰られる謂われはないでしょう。このような暴論が成り立つなら、この数年で賃金が上がった「非自民党支持者」に対して「自民党に投票することもせず、党サポーター費も払わず、利益だけを享受した」みたいな非難だって許されてしまいます。

 また多数派労組の「本音」を最も端的に表していると感じられるのは、自身の勢力拡大に不熱心なところではないでしょうか。これだけ非正規が増えた時代には、当然ながら非正規層を組合に取り込んだ方が組合の収入だって増えます。民進党に捧げたい組織票だってある程度は見込めるでしょう。しかるにユニオンショップよろしく正社員は自動加入、しかし非正規に声は掛けない、それが労組の普通です。何故?

 自身の影響力を強めたい「野心的な」労組であるならば、加入者は増やしたいはずです。非正規社員が「志願して」組合に押しかけてくるのを待つような怠惰はあり得ません。「オルグ」は自分からやるものです。しかし非正規社員を前にした労働組合は彼女いない歴=年齢の中年男性よりもずっと奥手です。待ちの一手で交際相手が見つかることなどあり得ないように、組合員が増えることもありません。しかし、それをどうにかした形跡すらないのが組合の普通なわけです。

 今回の冒頭に引用した「正論」では組合未加入の非正規職員がフリーライダーであるかのごとく非難されていますけれど、強者である組合側の対応に問題はなかったのでしょうか。非正規が組合に入っていないことが悪いのではなく、非正規を取り込もうとしてこなかった多数派組合にこそ、むしろ問題は少なくないように私には思われてなりません。非正規職員個人を「組合に入らない」と詰るより先に、労組に「非正規を誘わない」ことの是非を問うのが先であるように感じられます。

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「評価高い系」と囚人のジレンマ

2018-05-27 21:59:40 | 雇用・経済

 いわゆる「主人のジレンマ」は有名な話ですので今更ともなりますが、モデルケースとして囚人2名が自白を迫られているわけです。

・両方の囚人が共に黙秘を貫けば、証拠不十分なため2名とも懲役1年
・両方の囚人が共に自白すれば、2名とも懲役5年
・片方の囚人が自白して片方の囚人が黙秘した場合、
 自白した囚人は司法取引により釈放、黙秘した囚人は罪を一身に負わされ懲役10年

 ……と。

 この辺はゲーム理論云々とも呼ばれて広く知られるところでもあり、双方の利益のためには共に黙秘した方が良い、ただし個人として最大の利益を得るためには自白した方が良い、しかし両者が揃って自白してしまうと共に黙秘した場合よりも悪い結果に繋がる、そうしたシチュエーションが想定されているのですね。

 囚人のジレンマは色々と応用されるものですが、では会社組織に当てはめて考えてみましょう。「社員が共に協力して仕事をこなせば業績向上」「社員がお互いに足を引っ張り合えば業績低迷」、これは自然な流れです。では「片方の社員が協力して片方の社員が足を引っ張れば」? このパターンは「囚人のジレンマ」で言えば2人合計で懲役10年と、両者が自白した場合と同じですから、お互いに足を引っ張り合った場合と同様に業績低迷であろうとは言えます。しかし個人が得るものは?

 先週は「年功序列ならば有能も無能も等しく出世するが、能力主義は無能を選りすぐって昇進させる」みたいなことを書きました。この辺も、囚人のジレンマのモデルが綺麗に当てはまるような気がします。まぁ営業のように明白な数値が出る職種であればいざ知らず(とはいえ名選手が名監督になるとは限らないように、売れる営業マンが良き管理職になるかと言えば完全にバクチですが)、そうでない部門の人事評価ともなると色々と怪しいものですから。

 社員が共に協力して仕事をこなせば――業績は向上するかも知れませんけれど、これだと社員間の評価には差が付きにくいわけです。同様に社員がお互いに足を引っ張り合えば――業績悪化が予測されますけれど、これもまた社員間の評価には差が付きにくいと言えます。しかるに片方の社員が協力して片方の社員が足を引っ張った場合を想定してみましょう。果たして高い評価を得るのはどちらなのか?

 他人の足を引っ張る同僚と仕事をしていれば、当然ながら自身のパフォーマンスにも悪影響は及びます。逆に協力的な同僚と仕事をしているのなら、自身のパフォーマンスには好ましい影響が期待できます。そこで「足を引っ張る同僚と仕事をしている協力的な従業員」と、「協力的な同僚と仕事をしている足を引っ張る従業員」がいた場合に、個人として高いパフォーマンスを発揮できるのはどちらになるでしょうか?

 もしここで「同僚に足を引っ張られている人」の評価が低くなり、「同僚の協力を得ている人」の評価が高くなるようであれば、昇進するのは即ち「他人の足を引っ張る社員」の方です。囚人のジレンマにおいて自白した囚人が黙秘した囚人よりも相対的に利益を得るように、会社組織においては足を引っ張る社員が協力した社員よりも高い評価を得がちではないでしょうか。かくして他人の足を引っ張る行動特性が称揚され、社員が互いに足を引っ張り合う組織が作り上げられる、そんな会社を何度となく目にしてきました。まぁ人事権を持つ人は、目の付け所が違いますからね……

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日本の会社で評価される能力とは

2018-05-20 23:33:41 | 雇用・経済

 よく紋切り型の経済言論では「(日本企業は)年功序列だからダメ」と語られます。この空疎な批判ごっこは少なくとも四半世紀ほど続けられているように思いますが、果たして年功序列が実在している会社は現存するのでしょうか? 往々にして経済誌の類では架空の設定に基づいた日本的経営批判が展開されますけれど、現実世界に向き合うには、もっと別の視点が必要なはずです。

 まぁ、会社に長く勤めているだけの男性正社員が昇進しているケースも、一昔前まではあったのかも知れません。そんな「年を取っているだけ」の管理職が有能か無能かと言えば、玉石混淆と言ったところでしょうか。能力よりも勤続年数を条件に人を昇進させれば、有能も無能も出世するわけです。では、年功序列批判が常態化してン十年の現代において昇進している人は?

 現代は「年下の上司」なんて珍しくありませんし、とりわけブラック企業であれば入社して日の浅い20代の若者が課長、部長と大層な肩書きを持っているのも普通です。もうちょっとマトモな企業でも、同年代の同僚を差し置いて一足飛びに昇進を重ねていく人は、どこの組織でも見られることでしょう。年功序列批判に塗り固められた日本では成果主義、能力主義で年齢問わず若い人でも昇進していくわけです。

 ところが、この「若くして出世する人」が有能かと言えばさにあらず、玉石混淆の年功序列世代とは裏腹に、驚くばかりの無能揃いだったりはしないでしょうか。よくもまぁ、こんな粒選りの馬鹿を揃えたものだと逆に感心させられるのが能力主義時代の管理職達で、ある意味では確かに「選別」されたのだとは理解できますが――日本経済が発展しなくなった要因はこの辺にあるんじゃないかと、そう思えないでもありません。

 

日本とヨーロッパの違い。中島翔哉のブレイクも不思議ではない【林舞輝インタビュー/第1回】(GOAL.com)

よく日本人の選手は、言われたことしかできないとか、自分で考えないとか言いますが、実はこれ長所でもあるんです。こちらで長くプレーしていて評価されている日本人の選手って、言われたことをすごくきっちりやる選手なんですよね。例えば長谷部誠選手(フランクフルト)や岡崎慎司選手(レスター)。

長谷部選手って、やれって言われたことを、どのポジションでもすごいクオリティでやるじゃないですか。今リベロやってるし、ボランチもサイドバックもやっていた。「今このチームに必要だから、これをやれ」と言われた時に、言われたことをきちっとやるのが、一番評価されているところ。逆にそれができない日本人選手は、どんなに才能があっても長くできないし、使ってもらえない。

言われたことしかできないけど、言われたことをきちっとやるのもすごく大事なサッカーの要素で、その部分で今評価されているのが日本人です。「言われたことしかできない」っていうのは一概に悪いことだと思いません。だから、別にヨーロッパがいいとか、全部見習えとか言う気は、全然ないんです。

 

 こちらはポルトガルでサッカーのコーチをしている日本人へのインタビュー記事ですが、「言われたことしかできない」「自分で考えない」云々は、サッカーに限らず日本の労働者に対する紋切り型の評価として定着しています。もっとも、この種の自画像は往々にして実態とは真逆を指すもので、むしろ「言われたことしかできないのはダメだ」「自分で考えないのはダメだ」という日本人の狂気じみた固定観念をこそ表すものだと考えるべきでしょう。

 一方、「言われたことをきちっとやるのもすごく大事なサッカーの要素」であり、海外のチームで高く評価されているのも、それが出来る選手だと伝えられています。この辺は、至極もっともな話ですね。翻って日本の職場ではどうでしょうか。「言われたことをきちっとやる」人が正当な評価を得ているかどうか、そこが重要な点ではないかと思います。

 大体において「言われたことをきちっとやる」だけなら非正規でも十分と軽んじられ、「言われもしないことをやる」人を重用しているのが日本の会社の当たり前であるように感じています。だから私の勤め先でも、「若くして出世する人」は軒並み「言われたことが出来ない」人だったりします。そして言われたことを言われたとおりにやらない代わりに、言われもしないことを勝手にやる、余計なことをやって事態を混乱させる、こうした人たちが「主体性がある」「自分で考えて行動している」と評価され、昇進を重ねているわけです。

 先人の知恵に「船頭多くして船山に登る」との言葉があります。日本の会社の偉い人が意識すべきは、コンサルの戯れ言よりもこの言葉でしょうね。人材を大事にしているつもり、社員の教育に力を入れているつもりで、結局は「船頭多くして船山に登る」ような状況を主体的に作り出している職場も多いように思います。正社員は全員が船頭候補、漕ぎ手は非正規で十分――そうやって船を山に登らせようとしているのです。

 サッカーで考えるなら、ピッチに司令塔は一人で十分です。場合によっては複数の司令塔が共存することもあるかも知れませんが、大体において司令塔が複数いれば混乱を招くだけです。そして司令塔が一人であっても、その司令塔が無能であればやはり混乱しか生まれません。ならば命じられた戦術的役割を「言われた通りにきちっとやる」方が結果は好ましいものが得られるでしょう。

 チームあるいは組織において司令塔が務まるほどの有能は、そうそう見つかるものではありません。「普通の」給与水準の会社であれば尚更のこと、特別な才能の持ち主などいるはずもなく、「平凡な」人を使ってなんとかやっていくしかないわけです。そんな「平凡な」人の集団から、単に意識が高いだけで能力の低い人を「主体性がある」「自分で考えて行動している」と評価して昇進させ部署の指揮を執らせようものなら、待っているのは混沌だけです。

 しかるに多くの日本の職場では、問題意識が不変である、相も変わらぬ年功序列批判と「言われたことしかできないのはダメ」という信仰に凝り固まって現実に対処できていないと言わざる得ません。結果が出ていれば、その方法論は正しい、日本経済が世界を牽引しているのなら日本における経済言論の指摘も正しいと考えられますが――実際は真逆なのですから。

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誤解じゃない可能性も考えられる

2018-04-15 23:46:26 | 雇用・経済

大人の喫煙率、中学生が実際より高く誤解…「男性6割、女性4割」と(読売新聞)

 中学生は、大人の男性の6割、女性の4割が喫煙者だと誤解しているとの調査結果を、静岡市保健所の加治正行所長がまとめた。実際の成人喫煙率より2~4倍多い。コンビニや自動販売機でたばこを目にする機会が多いことなどが、勘違いを招いているのではないかという。福岡市で20日から始まる日本小児科学会で発表する。

 実際の喫煙率は、日本たばこ産業(JT)の昨年の調査によると男性28・2%、女性9・0%(全体で18・2%)。加治所長は昨年、市内の中学校7校でアンケートを実施。1、2年生の男女1160人から回答を得た。

 「大人の何%がたばこを吸っていると思うか」との質問に10~90%の間で10%刻みで回答を求めた。男子生徒は平均で男性60・2%、女性42・2%、女子生徒は男性61・3%、女性43・1%と答えた。

 男性の90%が吸っていると回答した生徒も男子で32人、女子で13人いた。また、「将来たばこを吸いたい」と考えている生徒ほど、大人の喫煙率を高く推測する傾向があった。

 加治所長は「8割以上の大人はたばこを吸わないことを教えるとともに、たばこが子どもの目に触れないようにすることが重要だ」と指摘している。

 

 この頃は歩きタバコをする人を目にしない日がないな、と感じています。一時は厳しく取り締まりが行われたせいか見かけることの減った時期もあったわけですが、どうにも撲滅に失敗してしまったようで風疹のように一部で広まっている印象です。その辺は私の実体験であって統計に基づくものではありませんけれど、実際の件数としてはどうなのでしょう。

 さて静岡市の保健所の調査によると、「中学生は、大人の男性の6割、女性の4割が喫煙者だと誤解している」そうです。「日本たばこ産業(JT)の昨年の調査によると男性28・2%、女性9・0%」とも引用元では伝えられていますが、確かに「全国の喫煙率」と比べると、調査対象になった中学生の回答は実態と大きくかけ離れていますね。

 もっとも、アンケートに回答したのは「市内の中学校7校」の「1、2年生の男女1160人」だそうです。「日本全国の中学生が」大人の男性の6割、女性の4割が喫煙者だと誤解しているのか、それとも「静岡市内の中学生1160人」が誤解しているのか、前者と後者では話が違ってきます。個人ブロガーの与太話ならいざ知らず、公的機関が予算を付けて調査し、それを大新聞社が報じるのなら、その辺も突っ込んで欲しいところです。

 「コンビニや自動販売機でたばこを目にする機会が多いことなどが、勘違いを招いているのではないか」という推測が報じられてもいますけれど、私であれば「周りに喫煙者が多いからではないか」とも考えます。自身の属するコミュニティー次第で周囲の喫煙率は大きく変わるもの、そして周りの大人が喫煙者ばかりなら「大人の男性の6割、女性の4割が喫煙者だと」判断するのも自然なことですから。

 実際のところ、私の勤務先であれば「男性の6割、女性の4割」程度は喫煙者です。以前の勤務先でも、そんなに変わらないはずです。もっとも中途で入社できる会社と、新卒でしか入れないような会社とでは事情が異なるのかも知れません。あるいは学校教師でも、校長が喫煙者の場合は教員全般の喫煙率が上がり、そうでない場合は下がるという報告を目にしたこともあります。「愛煙家」の校長の理解の下、教師が人目を憚らずタバコを吹かす、そんな学校の生徒が「大人の男性の6割、女性の4割が喫煙者」と考えるのは誤解でも何でもないでしょう。

 昔ほどではありませんが、野球選手には喫煙者が目立ちました。聞くところによると少年時代の野球の監督が喫煙者だったから、自然と自分もタバコを吸うようになった人が多いとか。とにもかくにも「周りの大人」の影響力は大きそうです。では「子を持つ親」の喫煙率はどうなのでしょう。喫煙者世帯と非喫煙者世帯、どちらが子だくさんなのか――この辺の統計は見つけることが出来ませんでしたが、誰か知っていたら教えてください。

 まぁ純然たる感覚論になりますが、若い頃からタバコを欠かせないヤンキー層は早婚多産な一方で、そうでない人と二極化しているところはあるのではないでしょうか。あるいは「(喫煙など)子供に悪いこと」を徹底して避けようとする神経質な人ほど子供を持つことのハードルを高くしがちなフシもあると思います。日本全国の喫煙率は18・2%でも、今回のアンケート対象になった子供達の周りの大人の喫煙率は、もう少し高いんじゃないかという気がしますね。

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「是正した」なら使ってもいい

2018-04-01 22:21:17 | 雇用・経済

東京労働局長が撤回 報道各社に「是正勧告してもいい」(朝日新聞)

 裁量労働制を違法適用していた野村不動産の宮嶋誠一社長を昨年末に呼んで特別指導をした厚生労働省東京労働局の勝田(かつだ)智明局長が30日の定例記者会見で、出席した新聞・テレビ各社の記者団に対し、「なんなら、皆さんのところ(に)行って是正勧告してあげてもいいんだけど」と述べた。企業を取り締まる労働行政の責任者が監督指導の権限をちらつかせて報道機関を牽制(けんせい)したととられかねない発言だ。

(中略)

 発言の真意をただした記者に対し、勝田氏は「多くのマスコミでも、違反がないわけではないんでね」「みなさんの会社も労働条件に関して、決して真っ白ではないでしょう」などと言及。テレビ局を例に挙げ、「長時間労働という問題で様々な指導をやってきています。逐一公表していませんけど」とも述べた。

(中略)

 東京労働局管内では近年、朝日新聞社や日本経済新聞社、TBSが違法な長時間労働で是正勧告を受けた。記者が過労死したNHKも指導を受けている。

 

 さて一方の当事者であるブルジョワ新聞社によれば、「労働行政の責任者が監督指導の権限をちらつかせて報道機関を牽制した」とのことですが、どうしたものでしょう。実際問題、新聞社もまた違法な長時間労働が常態化している業界であり、「その気になれば」厚労省が勧告できる条件は整っている、過去にも勧告を受けた実績があるわけです。本当に清廉潔白なら脅しなんかは通用しないのでしょうけれど、脅しが成り立つ実態があるからこそ、この労働局の発言が重みを持ってくるとも言えます。

 まぁ、日本の労働環境は必ずしも行政の不作為だけで作られたものではありません。改革の名の下に自由を保障された経営者達だけではなく、意識の高いブラック世論によっても現在の形は作られてきたように思います。新聞社の労働環境は労働局による勧告が成り立つ水準が当たり前なのかも知れませんが、では是正勧告を受ける必要がない「ホワイトな」労務環境だったなら――不当に利益をむさぼる害虫として世間の憎悪を集めるのは、公務員以上にマスコミ関係者であったことでしょう。

 ともあれ今回の労働局局長の発言を非難するのも理解できないではありませんが、一方では「勧告を受ける謂われはない」と断言できるように自社の労働環境を法に適ったものにするよう努めることも、求められてしかるべきと思います。もちろんブルジョワ新聞の意識高い記者ともなれば何事も経営者目線でしか考えられないのかも知れませんけれど、いたずらに天下国家を語るよりもまず自分の周りの労働環境を考えることも大事ですよね?

 むしろ労働局側が責められるとしたら、権限をちらつかせたことではなく、過去に是正勧告をしたはずの事業者が今なお「違反がないわけではない」「労働条件に関して、決して真っ白ではない」ことではないでしょうか。朝日新聞社や日本経済新聞社、TBSが違法な長時間労働で過去に是正勧告を受けたと伝えられていますが、それにもかかわらず現在でも「違反がないわけではない」「労働条件に関して、決して真っ白ではない」のなら、労働局の是正勧告が実効性を伴っていないことを示すものだと言うほかありません。

 そもそも労働局たるもの、そこら辺の事務所や居酒屋で「勧告する」「指導する」と大口を叩いて仲間と心をなぐさめあっているような負け犬どもとはわけが違う存在でなければなりません。「是正する」と心の中で思ったなら、そのとき既に行動は終わっているべきでしょう。「是正勧告してもいい」そんな言葉を使う必要などないのです。「是正した」なら使ってもいいですが。

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一般に考えられているよりずっと、日本の企業は教育熱心ではあるのだが

2018-02-25 22:31:41 | 雇用・経済

 世代間格差ってのは色々とありますが、自国(日本)の評価に関しても、世代によって結構な違いがあるんじゃないかな、と感じることがあります。スマートフォン世代は割と日本を客観的に見られている人が多くて、日本企業の惨状を「残念でもないし当然」と受け止めている人が多い、しかし老害の域に片足を突っ込んだ氷河期世代以上ともなると、「技術は日本の方が優れている」というノスタルジーを引きずっている人が多い、そんな印象があります。まぁ、純然たる印象論ですが。

 確かに四半世紀あまりを遡れば、日本が世界の最先端に立っていた時期もありました。まぁ、ずっと昔の話ですから当時はまだ生まれていなかった人だって多いことでしょう。しかし日本が輝いていた時代で時計の針が止まっている人も多く、そうした人の誤った現状認識の元で日本経済は動かされてきた、結果として今に至ると言えます。つまりは、技術は優れているのに人件費の安い国に押されているとの勘違いから人件費抑制に全力を注いできたわけです。

 なんでも半導体メーカーの売上高でサムスン電子がインテルを抜いたそうですが、この長年の王者だったインテル台頭以前の「世界一の半導体メーカー」はと言えば、我らが日本のNECでした。昔の光今いずこ、NECは度重なるリストラにもかかわらず凋落を続けています。日本企業の考える悪玉であるはずの人件費を削っても削っても、何も良くなりません。シャープみたいに中国企業に買われればリストラしなくてもV字回復しそうな気もしますが……

 

24キロ完歩研修「無理がある」 福岡の会社に賠償命令(朝日新聞)

 太陽光発電システムの販売をするサニックス(福岡市)の入社時の研修で24キロ歩かされたことで足に障害を負ったとして、元社員の男性(52)=広島県福山市=が同社に損害賠償を求めた訴訟の判決が22日、広島地裁福山支部であった。金光(かねみつ)秀明裁判官は研修と障害の因果関係を認め、1592万円の賠償を命じた。

 男性は2013年8月に入社。福岡県宗像(むなかた)市での研修で、24キロを5時間以内で歩くプログラムに臨み、4時間51分で歩ききった。その後病院で右足関節離断性骨軟骨炎などと診断され、足の一部の関節の可動範囲が狭まるなど両足に障害が残ったという。当時身長171センチ、体重101キロ。事前の訓練で足の痛みを訴えたが、「完歩しないと正社員にはなれない」と言われたと主張していた。

 判決は、足の障害は研修によるものと認定。「参加者の個人差や運動経験に配慮していない点で、無理があるプログラム」と指摘し、事前の訓練で痛みを訴えたのに中断させず、医師の診察も受けさせなかったことは安全配慮義務違反にあたるとした。

 

 判決では「無理があるプログラム」とのことですけれど、それ以前に業務と関連性のない行為の強要として捉えられるべきではないかと思います。太陽光発電システムの販売をする会社とのことですから、客に嘘を吐く練習をさせるならまだしも、なぜ24キロを5時間以内で歩く必要があるのでしょうね。24キロを5時間以内で歩くことで太陽光発電システムが売れるようになるとは、とうてい考えられません。

 問題はこうした「研修」が有意義なものであると、日本の会社の経営層に認識されていることだと言えます。この裁判に発展した類いでなくとも、日本の社員研修先としては「自衛隊」が高い人気だったりするわけです。自衛隊に体験入隊させて訓練を受けさせることで、会社に利益がもたらされると日本の会社の経営者は信じているのです。他にも、研修と称して穴を掘らせるとか無人島生活をさせるとかカルト宗教の真似事をさせるとか、色々とあります。いずれも、会社の経営層が「必要だ」と判断しているからこそ継続されているはずですが、結果はどうしたものでしょう。

 結局のところ人を育てないと国が栄えることはありません。そして会社の発展にも当然ながら、人の成長が必要です。では日本の企業は人を使い捨てにするばかりで人を育てようとしていないのかと言えば――人を育てるのに熱心な「つもり」の会社がきわめて多いのではないでしょうか。私の今の勤務先でも、研修の機会は多いです。研修の機会は多いですが――仕事で必要になる知識や技術を教わったことは一度もありません。

 日本の会社は世間で考えられているよりもずっと「人を育てる」意識は高いけれど、間違った認識に基づいて無駄な労力を費やしているばかり、というのが客観的評価になろうかと思います。日本の経営者がよかれと思って下した決断は、万人を不幸にするばかりなのですから。いい加減に日本という国の遅れを自覚して、大陸から進んだ資本主義の考え方を学ぶ姿勢を持った方が良い、経営陣には渡来人を招聘した方が良いのではないか、そんな気すらしてきますね。

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食在広州、職在東京

2018-02-18 22:11:45 | 雇用・経済

若者の地方移住策で会議=5月にも取りまとめ-政府(時事通信)

 政府は14日、若者の地方への移住を促す抜本策を検討するため、有識者による「わくわく地方生活実現会議」を設置し、初会合を開いた。地方から東京圏への転入超過が年間10万人以上の規模で推移している流れを食い止めるため、自治体による移住促進策の強化などを目指す。5月にも方策を取りまとめ、経済財政運営の基本指針「骨太の方針」に反映させる考えだ。

 

 さて地方の衰退と東京への一極集中は議論の余地のない重大問題ではありますが、どうしたものでしょう。政府も「有識者」による会合を開くなど問題意識は持っているようですけれど、なんだか間の抜けた名称には不安を覚えないでもありません。曰く「自治体による移住促進策の強化などを目指す」とのことです。しかし人は何故地方を離れて東京へ移るのか、この原因に対処できるのは自治体なのかどうか、もっと強い影響力を持っているところに対処が必要ではないか、とも思います。

 

就活生の7割「地域限定正社員」を希望…約束破りの「転勤命令」が出たら拒否できる?(弁護士ドットコム)

就活生の7割は「地域限定正社員」を希望ーー。労働政策研究・研修機構が就活サイトに登録している大学生・大学院生5601人にアンケートをとったところ、このような結果がわかり、人気ぶりを浮き彫りにしました。

地域限定社員とは、一定の地域内での配属・異動を条件に契約する正社員のことです。就職活動を経験している大学生・大学院生には、「住居の変更を伴う転勤がない」という点が魅力的にうつるようです。

今回のアンケートでも、地域限定正社員について、「ぜひ応募したい」と回答した人が24.5%、「一般正社員と処遇の大きな差がなければ応募したい」が48.1%で、合わせると7割を超えました。

 

 上記リンク先の本筋とは少し離れた箇所の引用になりますが、アンケートによると就活生の7割は「地域限定正社員」を希望しているそうです。わざわざ仕事のために転居したくない、そう考えている就業希望者が多数派であることが分かります。ならば当該地域に就職先があり、かつエリア外への転勤がなければ、多くの人は地方に定着する、東京に出てくる人はそう多くならないはず、とも考えられるわけです。

 しかるに、食は広州に在り、職は東京に在り、です。求人は圧倒的に東京に集中していますし、給与水準も地方と東京では大きく異なります。結局は新たに就職を考えている人の希望より、就職先の事業者の所在地こそが強い影響力を持つものです。より良い条件、より広い選択肢で仕事を探そうと思うなら、必然的に人は東京への流入を続ける、それを「自治体による移住促進策」ごときでどうにか出来るものとは考えにくいです。

 よくあるパターンとして、自治体がとんでもない優遇策で企業を誘致する、と言った類いも一定の効果はあるのかも知れません。ただ中には助成金を巻き上げられるばかりで早期に撤退される、みたいなケースもあるようですし、行き過ぎた優遇のために雇用は生まれても税収は増えない、なんてこともあるわけです。その辺のマイナス要素を払拭するだけの対策は、自治体ではなく政府にこそ求められるように思います。

 東京23区内の大学定員に制限を加える、なんて話もありますけれど、大学なんて4年あまりの短い間だけです。大学生を地方に止めたところで、卒業後の就職先が企業の集中する東京である限り、地方から東京への人口移動は止められません。止められるとしたら、それこそ就職先である企業を東京から地方へ移す必要があります。もっとも、大学には色々と強制できても、企業には自由放任で望むのが日本の行政ですから、これもまた難しいのかも知れませんね。

・・・・・

 なお「地域限定正社員」に関して余談となりますが、私の働いていたことのある会社では、関東エリア限定採用なら栃木から神奈川に異動ですとか、千葉から山梨(関東?)への異動等々、「エリア内」では普通に転勤していました。「地域限定」が「住居の変更を伴う転勤がない」とは限らない、ということを若い人には知っておいて欲しいと思います。かつ「限定」される地域の広さには要注意、時には山梨が関東に入っているなど、日本地図と企業独自の地図の違いにも要注意です。他にも、「地域限定正社員」を「正社員」に「昇格」させて遠方に異動させる、なんてことも普通にありました。この辺もまた若き就活生には知っておいて欲しいと思います。対策は、私も知りませんけれど。

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