Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

日本の「砂糖の風景」

2009-09-28 21:07:14 | Weblog
エージェント・シミュレーションの有名なモデルに Epstein and Axtell による sugarscape と呼ばれるものがある。その基本は,蟻のような多数のエージェントが,平面上で砂糖を求めて移動する世界である。非常に単純な知能しか持たないエージェントのふるまいから,経済の「本質」を描き出そうという試みである。これは,寓話的な状況設定で,物事の本質をえぐり出そうという研究であり,これまでエージェントモデルが最も力を発揮してきた領域でもある。

人工社会―複雑系とマルチエージェント・シミュレーション
Joshua M. Epstein,Robert Axtell
構造計画研究所

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いうまでもなく,現実の経済はこうした抽象モデルから見るとあまりに複雑である。実際のエージェントたちは蟻よりは少し「賢い」ので,自分が確保した砂糖のまわりに囲いをつくって,他の蟻にはわからないようにしたりする。誰かが「調査」に来ても,ことばの弾幕を張って砂糖を見えなくしてしまう。ことばが飛び交うことで,現実は何重もの層で覆われることになり,また,その間も溶けあうことで区別不能になる。複雑系という以上に,魑魅魍魎系になる。

ただ,ふとした拍子に雲の切れ目のような隙間ができて,なーんだ,みんな砂糖に群がっているだけじゃないか,ということがわかる瞬間がある。最近,新聞やテレビというより,それを取り巻くネットの世界の情報を拾うにつれ,そんな感覚にとらわれることがある。新聞やテレビから流れてくる,自分たちは弱者であると叫ぶ人の名前を検索エンジンにかけると,砂糖を隠し持つ人であるという「意外な」(あるいは「なるほど!」という)背景がわかったりする。

だが,最下層の「砂糖の風景」に真実があって,それを覆うことばの層は虚偽である,という考え方はあまりにナイーブすぎるかもしれない。真実に見えたものもまた,ことばによって生成されたイメージかもしれない。それはそうかもしれないが,とりあえずは砂糖の風景のうえに,ことばによって生み出された新たな層が加わった世界をシミュレーションで構成できないかと思う。そうすれば,いま,ぼくが見ている世界を,もう少しそれらしく理解できるようになるだろう。