Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

ネットワーク分析の今後

2009-09-15 18:20:38 | Weblog
『一橋ビジネスレビュー』秋号は「ネットワーク最前線」を特集する。巻頭論文「松本あすかという作品」で,一橋大学の西口敏宏氏は,あるピアニストの半生をいくつかのエゴセントリック・ネットワークで表現している。そこから何をくみ取るのかはそう簡単ではないが,具体的なネットワーク図の訴求力は高い。他にも西口氏が共著者になった論文(辻田素子氏との共著)があるが,要はネットワーク論のエッセンスを,非数理的な事例研究に適用するという点が特徴だ。この姿勢は,現在進行中の事例研究(クリエイター研究)にとって参考になる。

関西大学の安田雪氏による「ネットワーク分析の本質」は,ネットワーク分析の安易な普及に警鐘を鳴らす。特に複雑ネットワークの研究が個人間の紐帯を均質なものとして扱うことは,パワフルである反面,社会を単純化しすぎる場合もある。安田氏自身は,社会関係に伴う「認知」や「感情」に目を配る。というか,それらが重要になる対象として,組織やコミュニティにおけるネットワークをていねいに調査・分析することを選ぶ。ただし,そこでの分析結果はデリケートな部分が多く,結果を公表できないことがしばしばあるという悩みも吐露される。

今後の課題として,安田氏は同時決定性とサンプリングの問題をあげる。同時決定性とは,ネットワークの諸指標はそれぞれ内的に関連しており,お互いの識別が難しいことだと理解した(個人の行動と社会構造の同時決定性のことかと思ったら,そうではなかったようだ・・・)。サンプリングの問題とは,ネットワークの全体を観察できないという制約のなかで,どうやって全体のネットワークの性質を推測するかという問題だ。ぼく自身,前から気になっていて,何かできないかと考えることがある(といっても,そのきっかけとなったは安田先生の講演である)。

一橋ビジネスレビュー 2009年秋号(57巻2号)

東洋経済新報社

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マーケティングへの応用例という点で,京都産業大学・金光淳氏の「ネットワーク分析をビジネスに活かす実践的入門」も興味深い。そこでは,ブランド-消費者,ブランド-雑誌,消費者-雑誌の対応関係を統合した三部グラフが分析される。強いブランドを好む消費者が好むブランドが強い,あるいはそうした消費者が読む雑誌に広告を掲載しているブランドが強いという再帰的な定義のもとで,ブランドパワーが評価されるという。実際のアルゴリズムは引用されている元論文を参照しないとわからないが,ページランクのような発想なのだろうか。

社会ネットワーク分析と複雑ネットワークという,出自の異なる勢力が出会ったが,いまその関係は冷めつつあるかもしれない。今後,どういう関係になっていくわからないが,やはり重要なのは,どういう分野への応用を図るかである。それによって,ネットワークの意味や価値が変わってくる。マーケティングや消費者行動研究にしても,数理社会学あるいは物理学の手法の単なる応用ではすまない。分野の要請に忠実であるならば,ネットワークについて深く考えるほど,ネットワークという枠組みから離れていくこともあるかもしれない。