Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

社会的起業と「小さな政府,大きな福祉」論

2009-09-05 23:50:52 | Weblog
社会的起業と通常の起業,ソーシャル・イノベーションと通常のイノベーションはどう違うのか。「一橋ビジネスレビュー」夏号を読みながら考える。冒頭に掲げられた,グラミン銀行ユヌス総裁の論文はさすがと思わせる。明確に顧客を定め(ターゲティング),「市場」での立ち位置を明確にする(ポジショニング)。そうした一貫性のある戦略が,バングラデシュの貧しい農民をサポートするという,壮大なビジョンを支えている。

本特集の他の論考でも論じられている通り,社会的起業と通常の起業,ソーシャル・イノベーションと通常のイノベーションの相違点は,実はそうは多くない。唯一違うといってよいのが,究極の目的が私的利益ではなく,社会問題の解決であることだ。経済学は私利の追求が結果として社会を望ましい状態に導くと主張するが,社会的起業家は,より直接的で具体的な目標として社会問題の解決を設定する。そこが本質的に違っている。

もっとも営利企業もまた社会的責任が重くなっている。基本的には利益の拡大を求めながらも,それだけでは達成できない社会目標を重視する企業が増えている。そうなってくると,社会性と収益性という2つの目標を追求するという点で,社会性の高い営利企業と社会的企業の境界はあいまいになってくる。むしろそれらと大きく異なるは,最低限の社会性(遵法)を制約条件とする企業,あるいはそれすら裏をかこうとする企業だろう。

一橋ビジネスレビュー 57巻1号(2009年SUM.)

東洋経済新報社

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経済評論家・山崎元氏の「民主党政権に望みたい『小さな政府、大きな福祉』」というコラムを読むと,今後の日本にとって,社会的起業(企業)はますます重要になると感じられる。「小さな政府,大きな福祉」という主張は一見矛盾しているようだが,福祉をできる限り給付方式にして(究極はベーシックインカム?)そこに関わる役人を減らし,かつ福祉と無関係の不要な支出を優先的に削減する,ということのようだ。

山崎氏によれば,小さな政府を目指した小泉政権は,医療・福祉関係の支出を削減したため,今回の選挙の大敗を招いた。それは支出削減を官僚に丸投げしたため,官僚組織の存続にとって重要でない分野が削減されたからだ。鳩山新政権はその逆をやることで「小さな政府,大きな福祉」を目指せというのである。この議論をぼくなりに受け止めると,福祉のカネはちゃんと出すから,あとは民間でやってくれということだ。

たとえば,いろいろ議論になっている「子ども手当」。支給金をパチンコに使ってしまう親もいるから,むしろ幼稚園や学校へ補助金として出したほうがよいという意見もあるが,それをやると役人の仕事が増え,政治家を含めた業界団体との「関係」が温存されることが懸念される。バウチャーなどによって受給者の使途を制約しつつ,基本的には,社会的企業にサービスを委ねる方向に進むのが望ましいと思う。

とはいえ,社会的起業(企業)やソーシャル・イノベーションの議論が,大なり小なり人間の善意に対する楽観論に立脚しているのは事実である。人間はそんなに高潔な存在ではない,という見方に立った批判にきちんと応えることが,それらが真に発展するためにも必要かもしれない。その点で,強欲で抜け目がない人間が引き起こす究極の状態を分析するのに長けた,経済学者が貢献する余地は大きい。