Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

自民党総裁選の文脈効果

2009-09-21 15:14:45 | Weblog
谷垣禎一,河野太郎,西村康稔の3氏で争われている自民党の総裁選。このなかで,比較的知名度が低く,意外な出馬といえるのが西村氏だ。一説には,党の重鎮が河野氏をつぶすために,同じ派の若手である西村氏の出馬を促した,といわれる。その真偽はともかく,そうした作戦が成功し得るかどうか思考実験してみよう。

いま,候補者がA,Bと2人いたところに,Cという新たな候補者が加わって3人になったとする。選挙にはいくつか争点があり,それらに対する態度で,各候補の位置づけが決まる。選挙人たちは,どの争点をどれだけ重視するかに基づいて候補者を選択する。なお,各争点への重視度には,個人差はないものとする。

いずれかの候補者が,すべての争点ないし基準で他の候補を上回っているということはない,つまり,どの候補も一長一短だとしよう。これは,両方の争点を同時に解決する選択肢がない,というようにも解釈できる。先の例でいえば,「党の団結」を優先すれば「世代交代」が遅れるし,逆もまた真なり,というわけである。

[1] 最も標準的な選択モデルで仮定される,IIA (independence of Irrelevant Alternatives) という性質が成り立つ場合どうなるか。これは,各候補の得票率が,誰が立候補するかによらず,それぞれの「固有の魅力」に「比例する」ことを意味する。このとき,Cの立候補は,残りの2人にどのように影響するだろうか。

このとき,候補者Cがわずかでも支持を集めるならば,候補者A,Bとも「比例的に」得票率を低下させる。したがって,A,Bだけが立候補した場合の両者の優劣関係は維持される。だから,Cを刺客として送り込んでAを勝たせようという思惑は実現しない(繰り返すが,あくまで仮定に基づく思考実験である)。

ただし,自民党総裁選では,地方票も入れた本選で誰も過半数を得られなかったら,国会議員だけで上位2者の間の決選投票をするというルールになっている。A,Bの一騎打ちとなった場合,議員票だけであればAが過半数を得るが,地方票を入れるとBが過半数を制する可能性があるとなれば話は変わってくる。

このとき,Aとしては自分の票が減ってもいいから,第三の候補Cを立ててBの過半数を阻止しなくてはならない。そして,議員だけによる決選投票になれば,自分が勝つことができる(ただし,地方の意見を含めるとBが比較1位であるという結果を見て,決選投票で態度を変える議員が出てくる可能性もある)。

[2] IIA が成り立っていない場合どうなるか。候補者CがBと類似した属性をもち(たとえばお互いに「若手」であるとか),その属性が優先的に考慮されるものであったら,Cの出馬によって最も票を奪われるのは,AではなくBになる。つまり,Cが加わることで,AとBへの支持のバランスが崩れてしまうことになる。

なお,候補者Cの出馬で候補者A,Bのいずれかの得票率が,一騎打ちの場合に得られる得票率よりも増えることはない場合,「正則性」が成り立っているといわれる。非標準的なものを含む,多くの選択モデルで仮定されている性質である。では,そこまで崩れてしまうとどうなるか。それが3番目のケースである。

[3] 正則性が破れることを「文脈効果」ともいう。有名なのが「魅力効果」だ。CはBとある属性(たとえば「若手」)で類似しているが,別の属性(たとえば「知名度がある」では劣っているとしよう)。このとき,CはBに「非対称に優越されている」といい,CはBの「おとり」ないし「引き立て役」になる。

この場合,Cの参入はBの得票率を一騎打ちの場合より押し上げるので,Aには不利になる。しかし,選挙人が重視するのが別の属性(たとえば「小泉改革の軌道修正」)ならば,CはAのおとりとなって,Aの得票率を押し上げる。そのどちらであるかは,Cの加わった討論会の流れを見れば,わかるかもしれない。

文脈効果には他にも「妥協効果」がある。極端な選択肢を回避する傾向といってもよい。たとえばBの主張に,リベラル色が強いとしよう。このときCが極端に保守的な主張を行った場合,Aが中庸的な選択肢として選択されやすくなる。現実にはAからCへの流出が多少あるだろうが,大勢がBからAに流れればよい。

常識的には,刺客論は [2] の説明をとっていると思うが,実は他にもいろいろな可能性がある。もちろん,そのどれが正しいかを,1回しか観察されない選挙から推測することは難しい。

*魅力効果,妥協効果についてのきちんとした説明は下記参照。

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奥田 秀宇
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