Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

利他性の血塗られた過去

2009-06-09 23:55:11 | Weblog
WIRED VISION 6/8付:

「利他的行動は戦闘で進化」:コンピューターモデルで分析

血縁のない相手も含む人間の利他的行動をどう説明するか・・・。それは進化ゲーム論の大きな課題であり,多くの研究がなされてきた。この記事で紹介される Samuel Bowles もその中心人物の一人。Science に掲載された最新の研究では,グループ間の戦闘を起源として,個人の利他性が進化してきたことを,エージェント・シミュレーションだけでなく,世界各地での人類学的調査で裏づけようとしている。

注目すべきことは,Bowles の理論がグループを単位とした淘汰(群淘汰,group selection)に立脚していることだ。群淘汰自体は,生物学においては否定的な見解が多い(ただし,最近は肯定的な見方も出てきたらしい)。しかし,生物の進化についてはともかく,人間社会の進化については,さまざまなレイヤーでグループが互いに競争し合い,そこで淘汰が行われているという見方は比較的受け入れやすい。

戦闘時の利他的行動とは,個体が属するグループに殉じることである。そうした個体を持つグループが強くなると,そこに属する個体が子孫を残す上で有利になる(ただし,グループ内で利己的,つまり戦闘をサボる個体が不利になる状況が必要)。利他性の起源がグループ間の戦いにあるとしたら,随分血なまぐさい出自である。それが,より一般的な利他性にまで進化していったという説明は逆説的である。

利他的行動というテーマは,マーケティングとは縁遠いように見えるが,実はそうでもない。いま話題のクチコミ・マーケティングにしても,そもそも消費者は真実の情報を流しているのか,他者はその情報を信じていいのか,という一筋縄ではいかない大問題を抱えている。あるいは,消費者の環境意識(LOHAS)の高まりは,利他性が突然天から降ってきたのでないとしたら,どう説明したらいいのかわからない。

もちろん,そんなことがわからなくてもマーケティングは実践できるが,マーケティングを科学として,人間行動や社会システムと結びつけたいと非実務的なことを願う者には,経済学から人類学まで巻き込んで進行中のこうした研究プロジェクトは非常に刺激的だ。