我が山城、和束町湯船五ノ瀬の熊野神社跡に残された宝篋印塔。
和束町湯船五ノ瀬は山城と甲賀の国境、往古、恭仁京から信楽への街道筋に当たる古い集落・・・
その地に残された今は亡き熊野神社跡地に残る鎌倉期の紀年銘を持つ宝篋印塔が残されて居る。
スッカリ荒れ果てた境内跡地に残された宝篋印塔は高さ184cm・・・
上部の双輪は後補ながら鎌倉時代の様式を良く表した優品です。
<不空成就のアク>
塔身には月輪内に力強く金剛界四仏の種子を薬研彫りしている
反対側の阿閦如来のウーン・・・笠石は、上六段、下二段
基礎石は、上端二段・・・・側面に弘安十年(1287)の紀年銘が有り鎌倉後期の造立
脇にも「正応四年(1283)四月四日、大工行長」の銘がある宝篋印塔残欠が残されて居る。
この熊野神社はどうなってしまったのだろうか??近くには白山神社が鎮座しているが・・・
撮影2015.7.28/2011.5.21