Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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なぜアルツハイマー病(AD)に対しレカネマブは成功したのか? -その機序と課題-

2023年03月08日 | 認知症
最新号のBrain誌のCommentaryで「なぜアデュカヌマブは混乱し,なぜレカネマブは有効で,そしてなぜ第3のガンテネルマブは失敗したのか?」という重要な疑問に対する回答を,Karranらが提案した疾患と治療のモデルに基づいて明確に説明しています( Nat Rev Drug Discov 21, 306–318 (2022)).答えは「アミロイド除去の速度と程度が重要で,かつ十分に長い期間,除去できれば効果が得られる」というものです.図は各臨床試験における経時的なアミロイド除去量を示すグラフです.つまり「レカネマブはアミロイドを効果的に除去したので成功した.2つのアデュカヌマブの試験のうち,アミロイドの除去率が高いものは臨床的効果をもたらしたが,除去率が低いものはそうならなかった.ガンテネルマブは治療期間が長いものの,アミロイド除去率が期待はずれで効果がなかった」ということになります.ちなみに縦軸の単位 Centiloid はPETで計測した脳内アミロイド集積量を,若年健常者平均をゼロ,典型的ADの平均を100として表すもので,40程度まで低下すると臨床的効果が明らかになるようです.試験成功のためには,脳内アミロイドを大幅に減少させ,さらに臨床効果が検出されるのに十分な期間を継続する必要があります.



レカネマブの問題点についても明確に示されています.①効果はあるものの軽度であること(より長い自立した生活や,介護施設への入所を遅らせる効果があるが,一方で処方箋や医療費の増加にもつながる恐れがあること),② アミロイドを除去しても残存する認知機能低下の機序が何なのかが不明であること(タウの関与?またアミロイドの蓄積を防げばAD発症を防ぐことができるのかもわかっていない),③診断体制が未整備であること(脳脊髄液分析やPET検査を受けることができるかは地域によりまちまち.簡便な血液バイオマーカーの確立が望まれる),④治療体制が未整備であること(現在は支援業務が主体であるが,これを2週ごとに静注し,3ヶ月ごとにMRIでの副作用モニタリングできる体制に変換する必要がある),⑤アミロイドがADの単独の原因でない可能性が高く,抗体療法は最終的に多剤併用療法の一要素になる可能性が高い.多発性硬化症,HIV,心血管疾患などの先駆的な領域から学ぶ必要がある.
Brain. 2023 Feb 17:awad049. doi.org/10.1093/brain/awad049.

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Head titubationの新たな鑑別診断 ―検索すべき2つの抗体―

2023年03月06日 | 運動異常症
朝のカンファレンスで,首が揺れる不随意運動であるhead titubationに関するレクチャーをしました.head titubationは小脳やその求心路・遠心路の障害により生じる体軸の筋トーヌス低下に伴う小脳流出振戦(cerebellar outflow tremor)で,5Hz未満の低周波数の振戦です.小脳形成異常(Joubert症候群,Dandy-Walker症候群)や小脳前葉に障害をきたす疾患で認め,小脳梗塞や脊髄小脳変性症等でも生じます.自身の経験では秋田で経験したSCA15家系(ITPR1遺伝子変異)は顕著なhead titubationを認めました(Hara K. et al. Neurology. 2004;62:648-51).

さて本題ですが,head titubationの原因として,今後,自己免疫性小脳失調症を考える必要があります.まず測定すべき抗神経抗体はmGluR1(metabotropic glutamate receptor type 1)抗体です.当科で測定可能です.NHO兵庫中央病院脳神経内科坂下建人先生らと報告した症例は,顕著な頸部から体幹のtitubationと体幹失調を呈しましたが,IVIgが著効しました(Sakashita K, et al. Case Rep Neurol 2022;14:494–500).当科では5年間以上経過してもIVIgが速やかな効果を示す症例を報告しています(Yoshikura N. et al. J Neuroimmunol. 2018;319:63-67).つまり治療可能な疾患ですが,抗体のアッセイ系が本邦では確立されていなかったため,未診断例が存在した可能性があります.診断のヒントは亜急性の経過や小脳外徴候(認知障害,行動変化,味覚障害,けいれん発作など)を認める点です.

もうひとつ測定すべき抗体は,グルタミン酸カイニン酸受容体サブユニット2(GluK2)抗体です.2021年に初めてDalmau先生らによって8例が報告された小脳性運動失調+辺縁系脳炎を呈する疾患です.最近のAnn Neurol誌に報告された27歳中国人女性で,1.5年前から頭痛,失調歩行,その後,激しい頭痛と痙攣発作,軽度の認知機能低下を呈しました.18F-DPA-714 PETにて小脳・橋におけるミクログリア活性化が示されています.ミコフェノール酸モフェチルによる免疫療法で症状は改善しました(Ann Neurol. 2023;93:635-636;オープンアクセス論文).こちらも治療可能ですので見逃さないことが重要です.当科の木村暁夫先生がcell-based assayを立ち上げ,こちらも測定可能です.



★head titubationを呈する症例がいらっしゃいましたらご相談いただければと思います.お問い合わせは以下よりお願いします.
岐阜大学脳神経内科神経免疫班研究


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