goo blog サービス終了のお知らせ 

Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

不毛の土地の三つの星

2005-02-13 | テクニック
今更と思うかもしれないが、バイオディーゼルの話である。実用化されていても、適合不適合や不都合も聞き、十分に普及しているとは言い難い。温暖化防止だけでなく環境税の影響もあり、ここ数年のドイツでのディーゼルの躍進は凄まじかった。しかし電池、水素、天然ガスとそれらの併用との比較の中で、ルドルフ・ディーゼル氏の115年前の発明であるこの内燃機関の今後は不透明である。バイオディーゼルへの研究は、その結果如何に依らず価値ある試みである事が以下のプロジェクトで計り知れる。

このプロジェクトは、インドの不毛地帯でオイルと蛋白を多く含んだナッツを収穫して、粉砕してオイルを絞り抽出、それをエステル交換してバイオディーゼル燃料にしようと云うものである。こうして資料を見ると良い事尽くのようである。

先ず比較的容易に精製される燃料の質は高く、現時点でEU基準に達しているという。排出ガスにおいても利点が見られるという。二酸化炭素排出濃度は通常の原油オイルに較べはるかに少ないという。そしてこれは、その原料となる植物が消費した二酸化炭素量と相殺することも出来る。ただ栽培と収穫の仕事量とそれらの輸送、オイルの輸送も計算に入れなければならない。

精製の手順を詳しく見ると、ファイルターリングした原材料のジャトロファナッツの植物油は、大豆やナタネ同様に基本的にトリグリシンのグリセリンエステルから出来ている。この三価のアルコールであるグリセリンをメタノールと置換する事で燃料として使える。このようなエステル交換の後、その他の不純物を遠心分離して水洗いする。実験では8トンのナッツから1300リットルの上質のオイルが精製されている。

再び塩で不毛の荒野へと戻る。森は燃料として切り倒され、乾いた大地はますます悪循環の中で不毛となって行った。インドでは、昔から植物は野生の草食動物から守るために柵を作らなければいけないという。10ヘクタールの試験場では、如雨露で水をやり最低限の投資と労働で塩に強いこのナッツを植えていった。ここで基本として考えられたのが、目的の収穫以外にその残留物等が全て使い尽せるシステムである。こうする事によって生態系にも好循環を生んでいく。つまり化学肥料による土地の改良を初めから考えずに、一つ一つの改良を積み重ねていく。こうして出てくる残留物の蛋白質の飼料で家畜が育ち、それがまた土地を豊かにしていくという循環を考える。目的は、あくまでも最小限の投資での生産価値効率である。だから苗そのものも厳選される。種植えでない挿し木による収穫量の予測などを重視する。

1998年に始まったこのプロジェクト。少なくともこうしてみる限り、残留物の毒抜きやそれらの物質の商品化などを今後解決していく事によってますます効率があがる。徹底的な合理主義である。万一、バイオディーゼルが商業的に成功しなかった場合でも、その中間製品が商品となる。こうして万全を尽くしたプロジェクトは、短期的な成功よりも幅広い技術革新を巻き込んで津波のように突き進んでいく。プロジェクトの中核となっているダイムラー・クライスラー社の技術革新の方法論そのものである。
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

架空のクラフトマンシップ

2005-01-13 | テクニック


オールドインダストリーの代表として、十年以上自動車産業の推移に関心を持っている。そのインフラストルクチャーや付随産業や技能労働者や市場への輸送等の点で、生産地移転は簡単に進まないが、予想した方向に進んでいる。ラインとマインに挟まれたリュッセルスハイムのアダム・オペル社の場合は、特に親会社GMの意向と世界戦略が顕著に出る。

1862年にミシン会社としてアダム・オペル氏によって創立された。その後創始者の子息は自転車から自動車への変換を図り、1924年には流れ作業による大量生産化に逸早く乗り出して、通称「ラウブフロッシュ」を1931年までに十二万台出荷する。一時はドイツ最大の自動車メーカーであったという。その後直ぐGM傘下となり、戦時下もオペル・ブリッツという軍のトラックが生産し続けられる。経済的利害関係を重視して、戦時中もGM傘下にあり続けたことは興味深い。戦後直ぐに戦前のモデルが生産再開されたが、ブランデンブルク工場がソヴィエト管轄となったので、ヒット商品のカデットは1962年までボッフムの工場での生産を待たなければならない。そのポピュラーなラインナップから慕われて多くの消費者は伝統あるこの会社の商品をドイツ車としか見做さなかった。しかし1993年ごろから様子が変わってきた。

幸いこの間このブランドの車を多数乗る事が出来たので、その変化は身をもって感じる事が出来た。最初の「ベクトル」の印象は極めて良かった。適当な車体の軽やかさとハンドリングがベストマッチしていた。郊外の曲がりくねった道を軽快に飛ばせ、当時の5シリーズと較べて広さを除いてはこのような路面状況では殆んど遜色がなかった。当時のAUDIよりも良かったかもしれない。前輪駆動の良さがカロッセリーに出ていた。その後、内装などの高級化が目立つようになるのと反比例して実質的な堅実さが急速に失われていった。スポーツカータイプの生産などで話題を提供する反面、人気は急に落ちていった。乗る毎に、車の仕上がりがますます悪くなっていったのを実感した。そこで地に落ちた信頼回復の音頭をとったのが、ドイツ人経営者を求められて就任した未だ若い現在のGM欧州代表である。信頼回復の成果はある程度上げたが、本人のその後の職場転換が示すように状況は更に進んでいる。

昨日の新聞には、高級車はサーブのスウェーデンのトロルヘッタンでサーブ9.3と同ベースのキャデラックを製造、中級車まではリュッセルスハイムでとなれば、本拠地の解体は一先ずお預けとなりそうだ。しかし合理化の進め方によっては、今後も昨年末に続きスト突入もあり得る。ドイツの一般論調は、「GMは欧州における質の重視を無視している。」と云うことだが、さてどうだろうか。世界戦略での共同購入と市場に近いところでの組み立ては今や常識だ。部品などはどのブランドも同じで、メーカーにはただ商業的・技術的調整力が問われる。大工場を持ったPCメーカーと殆んど変わらない。共通シャーシから、エンジン、変速機に安全装置まで全てを安く共同購入して、出来る限り接着剤を使って組み立てられる。カロセッリーも溶接を減らして接着する傾向は、今後も増える。GMの場合は、更にフィアットなどの内部に問題ある企業を傘下におさめこれを中央が管轄していくだろうから、市場にあった製品開発や品質管理こそが問われる。ある意味、オペルでは消えて久しいドイツのクラフトマンシップを侮辱するようなこの救済策にこのブランドのイメージの再喪失がなければ良いと願う。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

水車小屋のある風景

2005-01-05 | テクニック
なんとなく水車のイメージを持っている人は多い。風車が現代的な発電に積極的に使われるようになったのとは反対に水車は水力発電タービン等を除けば実用から遠ざかった。元々水車は山間や水量のある小川でひっそりと粉引きや皮のなめしや製材等に使われてきた。現在も南ドイツにはこのような小屋と、鉄輪で補強されて廻されていたりする物が残る。

構造は、高低差がある地形では水を樋で屋根の高さに引っ張ってきたものを落とす重力タイプと平野部に多い川の流れを利用した水流タイプがあるようだ。前者はシュヴァルツヴァルトに多く、後者はプァルツに見られる。その多くは、ミューレが示す地名のみを残していたり、その場所に賄いの店しか残っていない。しかしその数から、その昔は到る所で利用されていた事が計り知れる。水車や風車は、人力以外に家畜の助けしかなかった時代に大きな仕事を生み出した。

小規模工業から近代工業の変遷後においても、あるシュヴァルツヴァルトの水車は世界最初のスキーリフトに利用されている。250メートル離れた地点までワイヤーによって動力が導かれていた。電力の供給後も稼動していた水車は多いという。

シューベルト作曲の詩人ヴィルヘルム・ミューラー(粉挽き)作詞「美しき水車小屋の娘」のテキストを思い出すまでもなく、水車のイメージは特に具体的なものでなくて悠久の流れに幻想的にコトコトと回転する。水の流れの恒久感と回転が永久運動を連想させて、非日常を現出させるようである。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アウトバーンでの予知力

2004-12-27 | テクニック
自動車の自動走行システムについて再三伝えられて久しい。例えばシュトゥットガルトのシステムなども着々と完成へと向かっている。アウトバーンの両脇に無線信号灯を設置して運転手は居眠りしながらも目的地に安全に付くシステムが考案されている。前後の車間を保つシステムは自動巡航システムとして、衝突までの行程を逆算したプリセーフシステムも既に実用化しているのは承知のとおりである。これら汎用技術は、完全自動走行システムの重要な部分となる。上の信号灯システムは正しくバーンを走行するためのパイロットシステムで、それに加わるのが重要な予知システムである。アウトバーンを走るとき、この予知能力は大変重要である。

予知とは、そもそも人間の直感を云う。我々はこれを占い師からではなく自動車学校で習う。有り得るべき状況の予測である。教練書に載っていた「危険な状況の絵」を思い浮かべれば十分である。そしてこの状況は一刻一刻と「もっともらしい結論」へと向かって突き進む。例えば、アウトバーンの場合、走行車線を走る車が追い越し車線側へ少しずれた時、運転手は其の方向を見ている可能性が高い。後ろから見ると運転手の首は其の方向に向いている。「ミラーを見たのかもしれない。」、「対向車線に気に入った車を見つけたのかもしれない。」、「食べようとした飴を落としたのかもしれない。」、「助手席の女性の小言に耳を背けたのかもしれない。」、「居眠りをしているのかもしれない。」と様々である。しかし次の瞬間にはもっと状況は明らかになる。方向指示器が故障している可能性もある。この運転手が方向指示器を出さずに車線変更する可能性はきわめて高い。

こうした状況を経験を積んだ運転手は一瞬に把握する。先入観なく観察出来れば、全ての状況は脳で正しく計算されていく。これが直感と云われるものであり、これなくしては100キロ以上の速度差を持って二メートル横の走行車線の車を追い抜き去る事は出来ない。

この状況を確率論でコンピューターに可能性を計算させるのが予知システムである。確率は絶えず新しい情報で計算され直すので限りなく100%に近づく。理論的には既に50年以上前に完成している。ただ様々な状況の分析が未だに不十分なのであろう。

未来には全て過去が連続して存在している。この理論を利用すれば未来が十分予知出来るのである。しかし自然の活動とその兆候さえ十分に観察出来ていない。同様に人の創造力と云うものも十分に予想出来ないものなのである。



コメント (14)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

究極のデジタル化

2004-11-29 | テクニック
美しいレコードプレーヤーの写真が新聞を飾っている。懐かしい「アナログ信奉」の話ではない。デジタルPCM技術については、映像であろうが音響であろうがその優越性に異論を挟む余地はない。美学愛好家も一般的なデジタル技術の進展を体感しているので、現状の量子化の精度には不満でも将来に期待している。全ての分野においてデジタル化は、其の解析、処理、記録の合理性ゆえに急速に普及した。

一方オーディオアナログLPの発売数は、ラップミュージックのDJの活躍の余勢を駆って2001年後には1997年のそれから倍増した。其の発売数は、SACDとDVD-AUDIOのニューメディア全てのタイトルを合わせた数の倍という。量は僅かといいながら、このドイツ国内の統計は無視できない。

今でも円熟したアナログ技術が珍重される場合がある。当然の事ながら膨大なアーカイブを持つ放送局などに行くと、そこのエンジニアー達は将来のアナログ素材の運用を不安がる。博物館や図書館等も同様である。貴重な文化遺産を管理して利用していくために、如何してもハードの面でのバックアップが必要となる。しかしアナログ技術による記録の利用方法は、新素材媒体などの開発が無ければ技術革新する可能性は無い。

個人のアーカイブのデジタル化などの需要も多いという。しかし趣味性や耐久性が高い分野(書画骨董以外にも書籍、書類、写真、LP)では、個人のアーカイブの整理・保存そして利用が多くはアナログ媒体のまま図られる。

過去の充実した技術が新しい技術に取って替えられることは、革新として認められる。古い技術はノスタルジーと栄誉に輝いて博物館に展示される。新しい技術は駆使されなければならない。もちろん此処では古典的なヴァルター・ベンヤミンの複製技術の美学的考察も再審査しなければいけない。しかし何よりも最優先されるのは、現時点での汎用デジタル化技術の限界と可能性の評価である。

上述の新聞の記事は「ニュウメディアにとって厳しい数字」と云う。しかしこうして推考すると、冒頭に述べたようにこれは「デジタル信奉」の一現象である事に気づく。究極のデジタル化を彼方に、それをアンチテーゼと見做すことが出来る。
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

人工衛星のインターネット化

2004-11-17 | テクニック


航空機内でのインターネット利用は目新しいことではないが、全クラスで使えるようになるのは初めてらしい。サテライトと航空機の安定した交信方法や航空機システムに与える無線LANの影響などは技術的に興味ある点である。このインターネットポータルを提供しているのはシステム開祖ボーイング社の子会社であり、クレジットカードなどで清算される。ラップトップの無線LANカードがIEE802.11b仕様であればよい訳だ。このシステムを繋ぐのが地球自転と同期して見かけ上静止している三万六千メートル上空の10個の静止衛星と云う。電子メールなど多種の利用法があるが、10時間前後の短い旅行時間では使い方も限られる。

先日、メガジャンボ機A380が既に3機完成して試験飛行の準備に入っていると伝えていた。最長の旅客機A340-600のようなエレガントな飛行が楽しめるかどうかは知らないが、安定した飛行挙動と低燃費・騒音振動でヨーロッパテイストの航空機が期待される。特に向上する居住性は、制限の中で許す限り嘗ての客船に近づいている様だ。その大きさから受け入れ側の飛行場の整備が世界中で急務となっている。上の一号機を納入するシンガポール・エアーラインならずとも世界中で駐機所の改造が進んでいる。整備施設も一回り大きな格納庫が必要となり新設も検討されている。ミュンヘンの新第二ターミナルは、2006年のワールドカップ開幕の日にA380の初就航を祝うということである。

航空機内のエンターテェイメントの考え方は今後も変化していくと思われる。飛行は航海と違い地球の裏側への長距離飛行とノンストップ到達という理論的時間の上限が存在する。だから飛行は時間が限られる。上の有料のシステムよりもホテルロビーのような無料の軽微でインディヴィデュアルなシステムへと、嘗ての強制的な映画上演から個別モニターになったように変化するだろう。コックピットの技師が消え、キャビン専用に情報工学の技師が飛行する現実は些か滑稽であるが、どちらも高速度の情報処理の賜物であることに変わりない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

特別なアトモスフェアー

2004-11-17 | テクニック
2004 10/16 編集

2008年から就航予定のボーイング社世界共同製作機7E7の記事を読む。欧州のエアバス社がA380という超ジャンボ機を開発して、アメリカのボーイングが超音速機開発を断念して、軽快な長距離機を開発するというのは興味深い。流石に古くなった大ヒット商品ジャンボ機から、B767を挟んでここ暫く対抗馬に押され気味だが、新たな市場を開拓して巻き返しを図る。

航空機に永く殆ど乗らなかったので、かえってここ数年の技術の向上には目を見張る。一万メートル上空でのシャンペンの素晴らしさを1月にも語ったように、最新のエアバスの低騒音や居住性はかつてのジャンボ機と比較出来ない。さて、新しいボーイングのスカイライナーは材料素材を開発厳選することによって、更に低排出を目指すようだ。コンピュータグラフィックからも嘗てのグロテスクな重厚巨大高排出から脱出して全く正反対の方向へ進んでいる。新開発の材質でキャビンの気圧を高めて居住性を高めるという。現在の航空機が標高約2400メートルに合わしてあるところを約1800メートルにまで下げる。自身高度の影響に敏感なので、この違いを考証してみたい。ボーイング社はオクラホマの大学と共同研究したらしいが、この高度600メートルに相当する気圧の差は、更に多くの人にとって快適を意味すると想像できる。しかし高度順応力には個人差もあり、自らの経験からすれば2400メートルに相当する気圧は決して不快ではなく特別なアトモスフェアーを醸し始める領域である。そもそもこのキャビンの気圧も普段の生活域と相対的なもので、インターコンチネンタルな旅行では出発地と到着地の気候差や時差ほどに大きくは無い。

前回も書いたように少し乾燥した軽やかな空気の機内は素晴らしい飲酒の環境となる。シャンペンが薄い気体の中で地上より勢い良く広がっていくのに比べ、フルボディーのワインは地上に比べ更に重みを増す感じだ。微妙な香りを楽しむには、今ひとつ空気が馴染まない。アルコールの気化の仕方に左右されるのだろう。ビールは、シャンペンほどに機内では美味しくない。これは普通ビールは香りで楽しまないからだろう。上の600メートルの高度差は、何よりも飲酒環境を変えるかもしれない。特別な雰囲気は減り、本格的に飲食出来るようになると、航空機自体が量より質へ技術革新する中、飲食は質から量へと進んでしまいそうでこれも心配である。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする