光年・千年

纏わりつくが、纏まらないおはなし、日記ふう。

よみがえるもの

2008-01-29 19:02:14 | 散策
  ほぼ終日雨で、今もほどほどの雨が降り続いている。気温は4℃台が最高のようである。

  夢を見ている。眠って早々見ることもあって、大して疲れてはいない証拠かもと思う。これって、どうなのか、正確には判断が出来ない。もう朝という時間はほとんど夢を見ていて、しかし半分はもう目覚めていて、なにがなにやらわからない内容で混乱する。
  季節が冬だから、辺りは暗いが新聞が配達される時間は同じだ。その跡が、轍が残っているときもある。雪が降っていると、よくわかる。その数が多いと、これはどうゆうことと思うが。夢は、ほとんど過去のものが登場する。昔のままの自分が出てくるが、そう夢の中では思っている、周りの風景は、そこに登場する人物は、ずいぶんと異なったものになっているはずだが、それが誰かはわかる。でも、その感覚もゆるい、鈍いものである。未来の夢を見ることが出来たらと思う。

  本を読んでいて、よみがえる記憶がある。何度も読んでいる本をまた読んだりすると、するともうこの先はわかっている。途中で、止めようかと思ったりもする。もともと、本を読むたちではない。それで、もう何度も読んでいる本を、かなりいい加減に読んでいると、なぜか思い出さなくていいことが思い出される。何かが、脳の固く閉ざされたある扉を開けるようで、あまり面白くない。

  物置小屋のようなものがあって、ここに本当の昔のものがまだ置いてある。物持ちがいいのかどうか、何しろゴミがどうだとかいう時代より前のものであるから、それこそ、ゴミそのものも大切であった。今でこそ、大木の木々の葉っぱは、濡れ落ち葉、死語かも知れない、として嫌がられるが、その時代は、ちゃんとした肥料になった。その後だって、杉の葉っぱはちゃんと燃料にもなった。スンバと言って、それでお風呂を沸かした。今は、特にこの寒い冬に、五右衛門風呂など入ることも想像できないし、したくもないが、そうゆう時期もあったのだろう。
  昔の高校のテキストが、まだ置かれている。幼少の時に、姉が読んでいた、世界子供文学全集などもあるようだが、今はどうなっているか、それより、さらに古い時代のものあって、しかし、今はどうなっているか、知らない。何しろ、お化けも入らない、逃げてゆく、そうゆう場所である。なぜか太いロープも、梁からつるしてあって、これはおっかないから、わからないようにしてある。

  その物置の中に、私のものも少しか、あるいはかなりのものが入っていて、ときにそれらを覗いてみたいと思うこともあるが、やっぱり怖くてねー。
  昔、それより、一昔、二昔前までは、ものはずいぶんと大切にされてきて、それが今も眠っているが、それにしても、もう誰もそこに入ろうとしない。こうゆう歴史のあることを知らない人は、さっさと、何事もないように振舞うのだろうけど。
  ここにあるものが、もしかして、怪しげな霊気のようなものを発しているの可能性がある。一体、今度、いつその扉が開くときが来るのだろうか。


  きのうの、朝は快晴、という様子。日の出の前、




  東の空で、人が感じる以上に、空が青く写る。それから、見てのとおりジェット機の描く水蒸気の跡が、下に見える雲と同じく、紅く染まってくれた。この時と同じという写真が、先ほど見た地元の「今日の朝刊」に載っていた。遅れてしまった、でも、用意したから、そのままのせます。この後があって、




  もう日が出たのかどうかわからない時間であるが。よく見ると、このファイルに白い筋状のものがあって、これは、先ほどのジェット機のものが移動したのだろうと思う。偶然、太陽の位置にまで流れて、太陽が出す一筋の光条のようである。




  空が二つ続いて、苦しいところ、地上の、タンポポの様子。冠毛が、美しく見事だが、これは密と疎なところがあって、何かを象徴しているようでもある。自分の頭の後ろの方を見ている気がする。

地図にある想像の街

2008-01-29 07:20:47 | 散策
  朝のお天気、雨。ゆっくりとやわらかい雨が降っている。風は弱く、穏やか。アメダスの最新気温、1.7℃、積雪0cm、湿度95%。室温6℃。気温は、下がってきていて、もしかしたら雪になるかも知れない。
  この雨は待っていたもので、12月のあたまに、去年のだが、やたら雨が降ったが、その時の感触が、しばらくたってずいぶんとよかったと思われた。雨は嫌がられるが、あとあと、あの雨はよかったと思うこともなかなかない。これも、たぶん暖かかったからだが。
  なるべくなら、どうにもならない現実から逃避して、もう一つの現実に集中するほうがいいと思う。紙に印字された数字の足し算も、さほど悪いものではないけれど、そこに至るまでが大変。誘惑としては、計算、現実としては、ものの『本』を読んでいるほうがよさそうで、一番は眠ってしまうことだが、それにも限度がある。
  書き物を見ていて、地図を取り出す。高野山が出てきたのも、そのせいで、今度は、Naritaに近い、「さくら」という街を探した。佐倉である。昔はずいぶんと遠い街に思えたが、今はそうでもないようで、ここの書き込みに、ときどき風車の景色が出て来たりする。今は、お手ごろな観光地でもあり、住宅地なのであろう。
  ここに、学校の上級生が住んでおられて、長く賀状のやり取りをしたが、プツリと途絶えた。ふと、今最初に思い浮かんだのは、房総の、館山辺りであったことに気が付いた。菜の花畑であるが、今は黄色い花が満開なのだろう。
  佐倉の街を飛び越えて、境界の街、佐原が地図にあって、利根川が流れ、そこに、伊能忠敬の旧宅が、三つの点々で表示されている。佐倉か、佐原で、大いに違うが、佐原の町などはまったく自分の記憶の中にない町である。伊能忠敬のことは知っていても、佐原がどこかは気にならない。この水郷の田園地帯の、何が彼に日本一周をさせたのか、しかしそれは彼が江戸に出て、それから、そうゆうことに執着した、とり付かれたようで、人の可能性はどこにでも隠されているのだろう。

  きのう、妙に軽いジェットエンジン音を辺り振り撒く、小型の双発のジェット気が、かなりの時間上空低く飛んでいて、なにか問題があって飛んでいるのかと思ったが、そうではなくて、次にここに飛ぶ飛行機のパイロットの方々が下見のようなことをやっているようであった。これまでは、双発のプロペラ機が飛んでいた。お天気は、雲も多く、しかし視界は悪くはなかった。低空で、計器飛行を強いられる場合が多い。冬は特にそうである。でも、最後は、パイロットの方の、肉眼での判断で、着陸するか決めるようで、ここの空港も、難易度の高い空港である。ちょうどいいときの訓練かも知れない。
  ジェット機で、羽田まで行った人によると、佐原辺りを飛び、房総を大きく旋回して、たぶん館山の上空も飛んで、Tokyo国際空港の滑走路に下りるようである。その間、たった1時間。しかし、飛行機恐怖症の人にとって、この時間は途轍もなく長いものである、など、想像の想像をしたりもする。