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直線的進歩幻想

またまた、河合隼雄先生の『対話する生と死』(だいわ文庫)から。

「とくに関心をもったのは「十地品(じゅうじぼん)」で、これは菩薩が仏になるための十の階梯が述べられている。(中略)ところが終わりまで読んで振り返ると、そもそも人間が(あるいは菩薩が)段階的に、一段一段と「進歩」するものだなどと考えるのは、近代人のもつ悪しき幻想ではないかと思えてくる。一筋に段階を経ていく、直線的進歩幻想が、現代の人間をどれほど悩ませているのか、たとえば、教育界を見るとよくわかるだろう」(p.57)

「十地品」に何が書いているかは解説されていないが、「直線的進歩幻想」という言葉が響いた。

成長というものは、ステップ・バイ・ステップで連続的に進歩していく側面もあるけれども、視点やモードや基準が非連続的に変化する側面も大切だと常々思っているからだ。

この箇所を読み、ホイヴェルス神父の「最上のわざ」を思い出した。

「人のために働くよりも、けんきょに人の世話になり、
弱って、もはや人のために役立たずとも、親切で柔和であること
(中略)
こうして何もできなくなれば、それをけんそんに承諾するのだ」
(p. 132-133)

出所;土居健郎・森田明『心だけは永遠:ヘルマン・ホイヴェルス神父の言葉』ドン・ボスコ新書




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