柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

選挙

2010-07-11 10:16:10 | Weblog
さて国民の審判や如何に。総選挙(衆議院選挙)ではないので、と一拍置く論調がほとんどです。衆院に300超える議席持ってる民主党です、ここで負けても総理大臣は代わりません、人は代わっても民主党が与党であることには違いありません、でも3年前の安倍総理の時の参院選惨敗が現在の日本崩壊の危機の序章であったことも間違いありません。あの時も衆院に圧倒的な議席を持っていた自民党でしたが、衆院での議決をことごとく参院で否決される「ねじれ」現象に安倍さんが負けて(つまり小沢さんに戦術的にしてやられて、生来の坊っちゃん気質が露見して、おなか痛くなってご飯食べられなくなっちゃって)、一気に坂道を転げ落ちたことでした。谷垣さんやら公明党、亀井さんが言うようにここで民主党に過半数与えると日本はきっと崩れます。週刊誌にクリアに載ってます、左翼民主党の好きにさせると今後少なくとも三つの毒を呑まされる、個人情報関連法、夫婦別姓法、外国人参政権問題。社会秩序よりも個人の権利を優先させると日本の文化が潰されます。日本の文化が個人をずっと抑圧してきたなんてのは言いがかりです。この論法を振り回す輩は二言目には戦争に向かう昭和初期から敗戦までの出来事を例に出して非難しますが、あの時代にも日本人はちゃんと生き、文化は守られ、日本という国は真っ当に存在したのです。しかし映画や本で目や耳にするように言論封殺された密告社会の閉塞感や息詰まり感は相当のものであったでしょうし、その空気に馴染むしかなかったから大衆は従っていたのですがもちろん反抗した者も多かったでしょう。皆が諾々と従ったのではないことも容易に想像できます。従うしかなかったから従ったわけです。ヒトラーが正当な方法(選挙)で権力を握ったように、軍部も法律に沿ってはいたわけです。大クーデターで世の中ひっくり返したのではないのです。あの時代は何もかも無茶苦茶だったという印象は多分に恣意な誘導です。でも現在の「言論の自由」は人の社会には不可欠なものだと感じますし、不自由な時代への回帰などは誰も望みません。個人より社会(全体)を優先した結果だという論も誤りではないのでしょうが、さりとて報復然と針を逆向きに大きく振ればいいというのでもないはすです。今次の個人情報案関連の法案は報道そのものを大きく抑制する手合いで、個人情報の保護という名目で匿名人の跋扈を許す、犯罪を犯人を社会の目から隠していく方向のものです。社会の安全を破壊していくものです。マスコミはこ報道規制が生命線ですから目を三角にして訴えます、話半分に聞くにしてもやはり由々しき問題です。夫婦別姓には意見が色々あって、賛成論も反対論もどちらも今一つのものなんですが、要はどうして変えねばならぬのか?なんです。夫婦同姓でどういう不都合があるのか?一番単純なところです。結局夫の(妻の)姓に無理やり変えられるのが気に入らない、んですね。でもそういう手続きで親の戸籍から離れる、いわば独り立ちするシステムであったわけで、これ自体どういう不都合もないわけです。戸籍上はそれに従って、通り名(源氏名)はあなたの自由にできるんだから、そういう選択すればいいことですわね。外国人の参政権問題、地方議会での選挙権だけでなく被選挙権付与しようというものです。これも大問題でしょう?やがて市長知事までその範囲が広がっていく、それこそ地方議会が外国人に占められてしまったら笑い話ではありません。対象は永住外国人です、国籍は別でいいんです、日本人じゃない者がたとえば山口県知事になる。何それ?と、今は消費税で目先をごまかしていますが、民主党とはこういう日本破壊を目論む反日勢力なのです。そう思うとやはり一番情けないのは自民党ですか。こんな輩の自由を許している為体です。ううむ、本当に私たち国民が真剣に日本の行く末を考えねばならぬ秋なのでしょう。選挙に行かれましたか?人に任せている時じゃありませんよ!!
コメント   この記事についてブログを書く
« 大衆 | トップ | 安堵 »

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事