広島は緊急事態宣言地域からは外されたそうです。感染状況の軽減(鈍化)傾向があるからだそうです。知事とすればどうなんでしょう。見栄や体面気にしてる場合じゃないのでしょうが、有難いのかそうじゃないのか。出して欲しい方でしょうねぇ、もっと強く外出を止めたいでしょうし。とまれ、今止めたからといって明日に結果が出るもんじゃなくて、今の結果は正月の反映です、来週以降にうまく下がって来るか。気が気じゃないのは知事だけじゃなく、ガースーさんもそうでしょう。支持率がどんどん下がります。彼は殊更にこの数字に拘ってるそうですから。こんな状況下に選挙なんてできないし、先送りしている間にどんどん人気は落ちて来るし。彼を担いだ領袖たちはだんまりを決め込んでます、もっとも誰がトップでもこうなったでしょうけれどね。かと言って野党がいいかといえば明らかにこちらもNOで。代案のだの字も出さず出せずに反対しているだけ。ま、我々はじっとしているだけですけれども。
半藤一利さんの死亡報道です。今朝のサンモニは特集組んでました。文芸春秋の元編集長という経歴、著名な歴史家ですね。右寄りの評論家達からは左巻き、自虐史観者の括りに入れられている人でした。東京大空襲の時に11歳だった、九死に一生を得たうちの一人だという背景、オーラルヒストリーの先駆者という位置づけです。自分は保守のつもりでいるが左翼との評価を受けると驚く、それだけ世の中が右傾化しているという証拠なのだろうという彼の話には、世の中の仕組みと言うか物事をどちら側から見るかで、さらにそれをどう表現するかで受け取り方は諾否いずれにも変化するという真理を改めて知ることです。正論、WiLL、Hanada読んでいるとこの人や保坂さんは目の敵にされることが多いです。もちろんこちらの論者は修正主義者と反駁されるわけですが、それもこれも基準をどこに置くかの相対論です。先の大戦後の世界は戦勝国の歴史観で組み立てられてます、悪者は敗戦国です、日本です、ので、そうじゃなかったのだと反論しても、よく中国が言うように修正主義者として退けられます。半藤さんは日本の軍部はこんなに無茶だったんだと、これは保坂さんも同じ系です、現場にいた人の証言を集めてて組み立てる歴史考察(これをオーラルヒストリーと言うのでしょう、足で書く歴史とでも言うか)してきた人です。当然そうじゃなかったと考える人達からは叩かれますね。歴史家歴史書は多くあります、誰が書いたか、どっち側の人が書いたかで色はがらりと変わります。正しい間違いじゃない、真実かウソかの違いでもない、端的には否定的に書くか(自虐系)、肯定的に書くかの違いです。前者が圧倒的に多かったわけです、戦後の進歩的文化人全盛時代にはやむを得ないことだとは言えです、私が知るうちには遠山茂樹、網野義彦、笠原十九志さんたち。こちらの並びに半藤さんは入れられてます。御厨さんとか五百旗頭さん、北岡さんもこちらじゃないんでしょうか。一方で後者の代表格は渡部昇一さんですか。西尾幹二さんもこちらでしょう。事実事象は一つなのですから、噓をついてない限りはどの側面から見るか、過去のどの出来事を繋いで説明するかの違いです。ある出来事の説明解説の違いではあるのですが、読後感が全く変わりますからね当然。全くフラットな、色のつかない歴史書ってのはあり得ないです、年表にしかなりません。誰が書いてもその人の頭の中を通って来るのです。誰が書いた本を読むかが大事ということでしょう。つまり教育の怖さですか。ひっくり返せば言論統制教育統制こそが人民統治の要ということです。中国北朝鮮式です。話が逸れました。日本の一番長い日、映画観たことあります。若い頃にタイトルに感心したこと覚えてます、そういうことかぁ。ノモンハン事変には司馬遼太郎もよく言及してましたね、あの人は実際に戦場に居たのでしたか、散々に軍部批判してました。が、のちにソ連崩壊後にソ連側の被害も甚大で日本軍は相当に戦ったという事実が出てきましたね。どう見るか、どう考えるかなのですね歴史は。昭和史は持ってます、が、全部読めてません、私の先入観が邪魔してのことです。いずれ影響力の強い作家さんでありました。合掌。
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