10月初めの或る日、茶友Yさまから正午の茶事にお招き頂きました。
御正客は暁庵社中のM氏、M氏が「転勤族・水無月の茶事」へYさまをお招きしたので、そのお礼にこの度「飯台の茶事」をしてくださり、私は次客で嬉しいお相伴です。詰は暁庵社中のKTさまです。
待合の掛物は短冊、枝ぶりの良い松、帆掛け船、そして月が描かれていました。暁庵は月を見逃していましたが、正客M氏が月のことをちゃんと伺っています。
・・・そういえば10月10日が中秋の名月です。
白湯を頂き、ベランダを上手に工夫した蹲で身を浄め、席入りしました。
茶席は6畳、広々とした1間の床に秋の爽やかさを感じるお軸が掛けられていますが、なんとお読みするのでしょうか・・・。
「月白風清」(つきしろく かぜきよらかに)
北宋の詩人・蘇軾(号:蘇東坡)の壮大な詩「後赤壁腑」の一節だそうで、御筆は前大徳 玄道師です。その一部をご紹介すると、
已而嘆曰 已にして嘆じて曰く
有客無酒 客有れども酒無し
有酒無肴 酒有れども肴無し
月白風清 月白く風清らかに
如此良夜何 此の良夜を如何せん
(元豊五年の旧暦十月十五日の夜、蘇軾は再び赤壁を訪ねた。この時は、二人の客人と雪堂から臨皋亭に帰る途中、風雅な話をしているうちに、酒と肴を調達して、赤壁まで月見に出かけた時のことを詩に読んだそうです)
( 月白風清 如此良夜何 )
・・・そんなお話を伺いながらご挨拶を交わしましたが、さらにとても素敵なお話を伺いました。
それは、淡交タイムス9月号の坐忘斎お家元の「ないものはない」という巻頭言でした。
お家元が6月に初めて隠岐へ行った時のこと、船から降りた途端「ないものはない」という町のキャッチフレーズが目に留まったそうです。ひっくり返せば、あるもので楽しんでくださいということでしょう。・・・その後も心に響くお家元の文章が続くのですが、詳しくは9月号の全文を是非ご覧ください。
ご亭主Yさまは「ないものはない」と覚悟を決められて、今回の茶事に臨んでくださったとか。
茶事をやろうとすると「これが無いから・・・」「これが無いと・・・」と、つい思いがちになりますが「自分の中の余計なものを捨て去り、あるもので精いっぱいのおもてなしをしよう!」と決心されたそうです。
(席入の時の灰形と濡れ釜の美しさにうっとりです・・・)
初炭が始まりました。
大板は常据え、眉風炉に富士釜が掛けられていますが、ご亭主の工夫がいろいろ伺えて楽しかったです。
富士釜は浜松文があり、羽に鐶が付いている珍しいものですが、作者はわかりません。
袱紗をさばいて釜に付いている鐶に帛紗を掛け渡す所作を拝見するのは本当に久しぶり、それだけでもご馳走でした。捌いた袱紗を鐶に掛け、釜が下ろされ、客付へ引かれました。
ハッとするほど紅い帛紗が富士釜を惹きたてています。その所作を見て頂きたくて大板を中置でなく常据えにしたそうで、大きく頷きました。
(後炭の時に写した釜と炭斗一式ですが・・・)
「透木風炉がないので五徳を少し上げて空気を入るようにし、眉風炉に富士釜を掛けてみました。富士釜をどうしても使いたくって・・」・・・風炉では火が上手に熾らないことがあるので、こちらも大いに納得です。
お香が焚かれ、すぐに好い薫りが漂ってきました。正客M氏がお尋ねしています。
「竹でしょうか。時代を感じる素晴らしい香合ですね。蓋裏の花押はどなたのでしょうか?」
とても侘びた風情のある竹香合は川上不白好みだそうで、不白の花押を初めて拝見しました。
「先ほどからとても良い薫りを楽しんでいますが、お香は?」
「真那盤で、香道をたしなむ友人から頂いたものでございます」
「それでは飯台にて粗食を差し上げます。飯台の茶事は初めてと伺っていますので、いろいろ説明しながら進めさせて頂きますね」
「とても楽しみです。よろしくお願い致します」(つづく)
飯台の茶事・・・(2)へつづく