今日は、この街にいます。

昨日の街は、懐かしい記憶になった。そして・・

258 丸亀(香川県)・・・城郭と現代美術のコラボかな

2010-01-18 12:24:34 | 香川・徳島

美術館の街をもうひとつ。私は美術の才はないけれど、観ることはめっぽう好きだ。だから美術館巡りを旅の大きな楽しみにしている。どこの街に行っても大なり小なり美術館という名の施設がある今日、私のようなものにとっては、この国に流行したハコもの行政はまんざらでもない恩恵を残してくれたことになる。今年もそうやって多くの美術館を訪ねたが、なかでも心地よかったのは香川県丸亀市の猪熊弦一郎現代美術館だった。

この著名な画家が、少年時代を過ごした丸亀市に作品の多くを寄贈したことで、美術館が生まれた。展示に従ってその作風をたどると、よほど才能に恵まれ、しかも素直な人柄だったのだろう、影響を受けた藤島武二やセザンヌ、ピカソらの画風に見事に染まった時代を経て、後半生の抽象画へと変化して行く過程がよく分かった。多くの先人のタッチを消化して、独自の高みに到達した画業を鑑賞して行くことは楽しく、元気づけられる。

人口11万人の地方都市が運営する美術館でありながら、極めて高い評価を得ている美術館で、かねて私は「行ってみたい美術館」の上位にランクしておいた。JR丸亀駅前の駅前広場という立地もさることながら、伸びやかな展示スペースは画家の作風とよく似合って、気持ちのいい時間を過ごさせてくれる。そのうえこの日は「天皇即位20年」の日だから「入館料は結構です」というオマケまであって、大いに楽しませていただいた。

この無料開放は、直前になって県から強い協力要請があったための措置だということで、市民に周知する時間はなかったようだ。そのためか入館者は極めて乏しく、私は贅沢に猪熊芸術に浸ることができたのだが、私はかねがね、公立の美術館や博物館はすべて無料にすべきだと主張している(誰も耳を傾けてくれないが)。特別な企画展はともかく、常設の所蔵品展示はFreeであるべきだ。あるいは外国のように、入口に協力金投入箱を置けば十分だ。

芸術や歴史や民俗資料に触れる施設は、その土地で営まれる生活を潤す街の基本インフラと考えるべきであって、決して「好き者のため」の施設ではない。だから豪華である必要はないけれども、地域の美術を志した人たちの作品を収蔵したり、消えゆく生活資料を収集保存することは、税金の使い道として優先されていい項目だ。基本は無料開放でも、知恵を絞って収入を伸ばすことは館運営者の腕の見せ所だ。

さらに丸亀が偉いのは、休館日が年末と展示替え日のみだということだ。どういう歴史的経緯なのか、美術館といった施設は全国ほとんど「月曜休館」である。だから月曜日の旅人は哀れなもので、私にとってBlack Mondayとは株の世界のことではなく、毎週やって来る「暗黒の一律休館デー」を指す。今年は一度、京都でこの日に遭遇した。公立も私立もすべて休館。その日以来、私は京都を「非国際観光都市」と呼ぶことにしている。

丸亀市民は幸せである。こんな美術館が生活の中にあって、街の背後は見事な石垣の城跡に守られている。急坂を登って天守に着くと、北に瀬戸内海が青く横たわり、その島々をつないで瀬戸大橋が延びて行く。東には優雅な讃岐富士が裾野を広げ、南を望めば金比羅様や善通寺の丘陵が、独特のシルエットで特別な歴史を語りかけて来る。そそり立つ石垣の上の展望台で、おじさんが海を眺めていた。

「いいところですねえ、丸亀は」と声をかけると、「ええ、いい土地ですわ」と素直に肯定した。「高知の人は台風が大変だが、こちら側はそうした心配も無い」と。「しかしここに来る途中のアーケード街は、ほとんどの店が閉じていましたね」と私。「そうだねえ。丸亀はやたらとスーパーができて、昔の街は、もうやっていけんのです」とおじさん。毎日、ここまで登って夕日を眺めるのを日課にしているのだそうだ。


金比羅様への参詣客でにぎわい、その土産にと団扇製造が街の大産業になった城下町は、明治8年という早い時期に歩兵第12連隊が置かれた。城の前の公園には「西南の役、日清戦争、北清事変、日露戦争、満州守備、シベリア出兵、上海事変、支那事変、満州駐屯、太平洋戦争に出陣、赫々たる武勲を残した」という連隊略記があった。勇ましくはあるが、暴走する国家に駆り出された市民の記録である。碑文は「香川の若人ら数千人が散華されました」と結ぶ。

敗戦とともに「軍旗は奉焼」され、71年間の連隊の街は終わった。いままた街の賑わいは郊外に移り、中心商店街として長く市民が買い物を楽しんだのであろうアーケード街は、役割りを終えて次の時代へと姿を変えて行く。城跡で出会った中学生に駅への方角を聞くと、元気な声で教えてくれた。子どもたちが明るい街は、こうした変化を何とか乗り越えて行くだろう。(2009.11.12)
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