京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

雨の紫陽花2

2016年06月11日 04時45分36秒 | 風景・和菓子
昨日は、夏のような日差しだった。
気温も高い。
耐えられない程ではないけど。



朝から私の病院、昨日は眼科。
先週の視野検査や写真を撮った結果の外来。
ドクターが右目の緑内障はまったく正常になっているとのこと。
左は、まだちょっとデータが引っ掛かるから目薬は処方するとのこと。
やったね。自分で治した!
西洋医学的なアプローチでは普通回復しないですからね。
視力もアップしている。
いまのやり方が有効なのがわかりました。
ただ、やり方を書いても普通はできないので書けないのが残念です。



血圧だって最近、低くなって来ている。
徐々に病院から離れないとね。



京女が有給休暇を取っていたので、急遽、田中長生療院に行く事にした。
身体全体のバランスを調整することはとても大切ですからね。
自分で歪んでいてもなかなか修正できませんから。
おかげですっきりしました。
来週は、鍼灸か。
私は、西洋医学より東洋医学的なものの方が相性がいいのかも。
西洋医学を否定はしませんが、どうも「生命」については認識が弱いように思う。
父親と話しているとそこが全然違う。
父親は、大学病院等の権威というかブランドを重要視している。
ドクターに注文をつけるなんてことは「トンデナイ!」と考えているようですね。
父親は、干支でいうと「子」つまりネズミ歳、実験動物の感覚なのかも。



話しが全然違うところに行ってしまった。
昨日の記事の続き。
一昨日、智積院で立ち話をさせてもらった編集者のとの内容を補足。

私はこんな話しをしたのです。
「最近、撮影する時、何も考えなくなった。ただシャッターを押すだけ。いい写真を撮ろうという気が起こらない。誰かにこの風景を見せてあげようと思わない。思うとドンドン欲が出てうまく撮れないように感じています。ハッと閃いた時、カメラを出しタダ撮る。いいとかわるいとか考えなくなってきている。だからあなたのようにプロにはなれない。プロってある意味悲しいものですね。でも生業としてやらないといけませんよね。それはそれで必要なこと」と話しているのです。
自分で喋っているのに、自分で聞いてなるほどと思った。



いい絵を撮ろうと思いすぎるとうまくいかない。
本当は、カメラなんか持って歩かない方がいいのかも。
もちろん、スマホなんかもね。
軽くて性能のいい双眼鏡の方がいいかも。
でもそれでは、ブログも続けられない。
インターネットなるものもうっとうしく感じる時がある。



プロでもできるだけ「エゴ」みたいなものを出さないようにソッと撮るといい絵が撮れるかもね。
なんて内容を喋ったように思います。
それを自分のどこかの部分が聞いていて、納得しているのですよ。
いい話を聞いたってね。



この3次元世界の面白さは、他者と交流することによって、お互いに刺激し合い、体験を深めて行くことが目的なのかも。
だから、適切な「いい縁」に出会えないといけない。
そのためには、「自分がいい縁」になるようにしなければいけない。

社寺仏閣で「いい縁が得られますように」と祈っているだけでは、「いい縁」は来ない。
「いい縁」ってなんだろう?
写真を撮ったり、ブログのようなものを作成するのも、仕事をするのも、家事をするのも、他者との関わりあうのも、「いい縁」になるために必要なのかも。
そんな風に感じている。


↑亀屋良長「あじさい」

「そんなことを言ってもその程度ですか」と言われそうね。
その程度なんです。(笑)
大器晩成型の私としては、どうしようもない。
なんてことを感じました。


↑煉切、黒こしあん

色々な人と出会えるのはとてもいい刺激になります。
彼岸に行ったら、そんなアナログなことはできないですからね。
此岸に生きていればこそです。
なんかもとまりのない内容でした。

※最近、書きっぱなしで読み返していない傾向にあります。チャンとした内容になっていないかも。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
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