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京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

雨乞いの神?

2022年05月19日 05時09分21秒 | 洛外・和菓子
昨日の岡崎神社の続きです。
この神社、うさぎのキャラがいっぱいあるのですが、うさぎが主役ではない。
本日紹介の「雨社」や「宮繁稲荷神社」が働きとして大切だったのでしょうね。


↑雨社

この社は、天候の安定と五穀豊穣を願う役割があったようですね。
別名の「安目社」というのは、目の病気対応。昔は、眼病が多かったようですね。





◎大山祇命(おおやまつみのみこと)/神産みにおいて、イザナギ・イザナミの間に産まれた神
◎句々廼馳命(くくのちのみこと)/神産みにおいて、イザナギ・イザナミの間に産まれた神
◎国挟槌尊(くにさつちのみこと)/主に『日本書紀』の天地開闢の段に登場。神代七代のうちの一柱
◎豊宇気媛命(とようけひめのみこと)/伊勢神宮の外宮の祭神
◎闇象女命(みづはのめのみこと)/日本における代表的な水の神



元は如意々岳(大文字山)の山中の石祠に鎮座。全国にも珍しい竜神様で、天雨の恵みにより五穀豊穣を祈る雨乞いの神。安目社とも呼ばれ、目の病気平癒のご利益がある。


↑岡崎神社本殿



岡崎神社(別名、東天王社・東天王)の主祭神は、速素盞鳴尊(すさのをのみこと)、奇稲田姫命 (くしいなだひめのみこと)、三女五男八柱御子神(やはしらのみこがみ)。
古事記に出てくる話によると、高天原(たかまがはら)、速素盞鳴尊のお姉さんがトップの天津神が住む場所から悪さをして追放処分され、地上を放浪していた。出雲国の肥河(島根県斐伊川)の上流の鳥髪(現・奥出雲町鳥上)に降り立った。
箸が流れてきた川を上ると、美しい娘を間に老夫婦が泣いていた。その夫婦は大山津見神の子の足名椎命と手名椎命であり、娘は櫛名田比売(くしなだひめ)といった。
夫婦の娘は8人いたが、年に一度、高志から八俣遠呂智(やまたのおろち)という8つの頭と8本の尾を持った巨大な怪物がやって来て娘を食べてしまう。今年も八俣遠呂智の来る時期が近付いたため、最後に残った末娘の櫛名田比売も食べられてしまうと泣いていた。
事情を聞いた速素盞鳴尊が八俣遠呂智を退治して、奇稲田姫命を救った。それが縁で結婚、子供ができた。三人の女の子と五人の男の子ができ大家族となった。
この家族が岡崎神社の主祭神。







それはわかったけど、「大将軍」は出てこないじゃん。
社もないし・・・。
大将軍は陰陽道において方位の吉凶を司る八将神(はっしょうじん)の一。魔王天王とも呼ばれる大鬼神。おそらくダークヒーロー的だった。日本神話でいうと速素盞鳴尊。そこから陰陽道での方位神の牛頭天王と日本の神話の速素盞鳴尊と「同じや」とした。だから岡崎神社も大将軍グループの一つと決められた(習合した)。
なんだか説明が無理無理になりましたね。
要するに日本的な考え方で、いいものはすべて取り入れればいい。
それと政治も絡んできている。


↑宮繁稲荷神社

◎倉稲魂神(うがのみたまの神)/この名前は『日本書紀』に登場する女神。
『古事記』では宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)。名前の「宇迦」は穀物・食物の意味で、穀物の神である。また「宇迦」は「ウケ」(食物)の古形で、特に稲霊を表し、「御」は「神秘・神聖」、「魂」は「霊」で、名義は「稲に宿る神秘な霊」。伏見稲荷大社の主祭神。
◎蛭子大神(えびす神)/『古事記』において国産みの際、イザナキ(伊耶那岐命)とイザナミ(伊耶那美命)との間に生まれた最初の神。しかし、子作りの際に女神のイザナミから「やりましょ」と声をかけ失敗し、身体の不自由な状態で生まれた。育てることができないので葦船に乗せて海に流してしまった。
◎大国主大神(大黒神)/速素盞鳴尊(すさのをのみこと)の『古事記』では六世の孫。『日本書紀』では七世の孫。大国主大神なら因幡の白兎の話が成り立つのに・・・。



元、仙洞御所の苑中に祀られていた社。仙院が炎上に帰し、宝永七年(1710)内命を以って当時の所司代松平紀伊ノ守信庸等が議して遷座。商売繁盛の神。

東の大将軍を岡崎神社という話は、ちょっと難しいのかも。速素盞鳴尊=牛頭天王では説明が苦しい。
神社としては、うさぎキャラの方をいいたいかも。
知らんけど。

和菓子
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河出書房新社

↑京男の和菓子本が新装版になりました。初版を出版した2013年1月26日時の記事新装版が出版した2018年1月19日の記事をご覧ください。
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大阪へ

2022年02月19日 05時49分26秒 | 洛外・和菓子
先週末、京女と話していて、急に大阪に行くことにした。
ちょっといろいろモノも見たいしね。
最近、買い物とかで京都市内では、イライラするのです。


↑阪急三番街、生尾「文箱弁当」

百貨店でも狭くて、お店に勢いがない所が多い。
食事をする場所も少なくなっているしね。



いつも大阪とは行きませんが、目的がハッキリしている時は、大阪の方が時間が節約できるのです。
京都市内、外国人が多く来ていた時ぐらいからだめになった。
コロナで止めという感じだ。
雨後の筍状態でホテルはたくさんできたけど・・・大丈夫だろうか?





コロナ禍もあと少しの辛抱かな?
食べ物屋さんで実際に感染しているのだろうか?
百貨店もどうなんだろう?
なんか百貨店があまり行きたくない場所になってきた。
なんか勢いがない。
ライフサイクル的にいうと衰退期に入ってかも。



京都市内、閉まっているお店も多い。
きっと営業するより、助成金をもらった方が得なんだろうな。
悲しいことです。


↑精進弁当





この日、京女と和食を食べた。
これも珍しいかも。
これから、こういう食事も多くなるかも。

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銅閣寺?

2021年08月30日 04時07分15秒 | 洛外・和菓子
本日の記事は、昨日の続き。
現在の龍池山大雲院を見に行ってきました。
中には入れなかったけど、祇園祭の山鉾のような形の塔を回りから撮ってきた。
ここ数日、安定した天気で連日36度だった。


↑この塔が銅閣です。別名祇園閣といいます。京都名物電線がすごいですね。


↑ここも大雲院

家から歩いて、四条河原町まで行った。
久しぶりに八坂の塔あたりもウロウロした。
他の景色は後日に紹介します。
本日は、取りあえず龍池山大雲院ね。



龍池山大雲院は、四条河原町以前は、御池通の昔の龍池小学校あたりにあったらしい。それが四条河原町に秀吉によって移動させられ、昭和48年高島屋が拡張する時、現在の八坂神社の南に移動した。





移動してきたこの場所はもともと大倉喜八郎の別荘でした。
大倉喜八郎は一代で巨万の富を築き、大成建設や鹿鳴館、帝国劇場、帝国ホテルの創始者でもある人物です。



現在の大雲院はもともと、大倉喜八郎の別邸・真葛荘(まくずそう)の一部だったのです。大倉喜八郎は、「金閣も銀閣もあるんだから、銅閣も作る!」と京都の名物にすることを考えて銅閣を建てたそうです。



だから大雲院というお寺と銅閣とは、あまり関係ないということですね。
この山鉾みたいな塔は、現在それほど名物にもなっていないように思います。
大雲院のような移転を繰り返したお寺は、結構あるかも。
秀吉の京都改造というのは、京都にとって無茶苦茶な改造だったかも。
お寺を並べて防備にするなんて、考え方がすごい。



大倉喜八郎が「金閣、銀閣につづいて銅閣」という発想が面白い。
でも金閣・銀閣と比べたら品がないように思う。
成金の悲しさかも。
私は、この塔の中は入ったことがないです。
公開されているとは思うけど・・・。

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夏越の祓じゃないよね?

2020年04月01日 04時52分29秒 | 洛外・和菓子
昨日は、ハード系の散歩だった。
突然「行く!」となった。桜というのもあったけど、昨日は曇っていたからあまりあてにならない。でも東山近辺を歩いてみた。



家〜清水寺〜三年坂〜高台寺〜円山公園〜八坂神社〜祇園新橋を早足で2時間ぐらいのコース。
写真のストックが増えました。
醍醐寺の桜もまだまだあります。
乞うご期待。



まず今日は、八坂神社に行った時、見つけた風景。
本殿の側で、なんと茅の輪が作られていた。
「?」と思ったけど、よう考えたら「茅の輪」ありだよね。
「私ら蘇民将来の子孫です」と家に表示したら疫病が入ってこない。
簡単でいいじゃないですか。
神社、うまいこと考えはったなぁ・・・。







取りあえず社務所で「茅の輪守」を手に入れました。
我がジュニア達に送ります。
京男Jr.1のところは、彼女が看護師だし、京男Jr.2は、川崎で整体系だしね。


↑疫神社

このお守りを持って疫神社に移動。
祭神が蘇民将来さんなんですよ。
でに・・・蘇民将来さんって別に普通のおっさんと違うのかな?
素戔嗚尊(すさのをのみこと)さんにお願いするのがスジと違うの?



祇園祭ってあるじゃないですか、あれは、結局の所、今回の新型コロナのような疫病が流行って、それを治めるための祭なんです。
もし今年7月までに新型コロナの蔓延がましになっていなかったら、中止なんてことになるのかな?それやったら神社としてちょっと恥ずかしいことになるかも。



5月の葵祭は、中止になりました。
やっぱり新型コロナに負けたのかな?
ならちょっと悲しい。



昨日、東山を駆け足で回ったけど、人が少なかった。
本来なら一番人が多い時期なのにね。
それかちょっと気になったこと。清水寺〜三年坂〜高台寺間の土産物屋さんが京都として恥ずかしくなるような物品しか売っていない。食べ物だって抹茶中心の御菓子。あんなもの日本人には売れないと思う。全然京都らしくない。これって根本的に考えた方がいいと思う。

※それと社務所でこの御札を手に入れたのですが、その時、アルバイトの巫女さんがマスクをして無言でお盆を差し出し、ここに御札をいれろという仕草。次にまたお盆を差し出し、お金をここに入れろという仕草。上袋に御札を入れ、またお盆で差し出し、とれという仕草。「ようこそおまいり」とか「まいどあり」とか言えよ!愛想悪い!外人ばかり相手にするとこんなになるのかい!躾が悪い巫女でした。


↑2020年4月1日午前7時30分。本日は、これから雨。花散らしの雨になるでしょう。ベランダ桜もこれでお終いかな。






↑昨日、清水寺に行ったけど、桜は全然ダメだった。なんでかな?工事のし過ぎとライトアップが原因かも。同じように紅葉もだめですね。これからどうするのだろう?

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京寿司・・・2

2020年02月14日 03時41分44秒 | 洛外・和菓子
昨日の記事の続き。
本日は、京寿司の内訳です。
昔から京都に伝わるお寿司。
小さい時、お客様がこられたらこのようなお寿司とお吸い物を出前してもらっていました。
その家の人は、お茶漬を食べておりました。
それが「京のお茶漬」の実体。
もう少し上等?のお客様には、仕出し弁当の場合もありました。


↑太巻、小さい時、シイタケが苦手だったな。卵だけ抜いて食べていた。ボンボンの京男。

他の家庭はどうかようわかりませんが、京都市内の家庭でその家人が食べている食事をお客様に出すことはなかったと思います。
それはお客様に対し失礼という気持ちがあったのかも。
そんな事情もあるので、京都市内では、お寿司屋さん、うどん屋さん、仕出し屋さん、洋食屋さんがたくさんありました。中華料理は少なかったかも。


↑おぼろ巻、おぼろ昆布も紫蘇も苦手だった。

お寿司は、生ものを使わないのが普通だったと思います。
それは、物流や冷蔵庫が完備してなかったからです。
魚は、酢でしめて使っていた。
刺身は、鮒や鯉、例外的に生きた状態で京都市内に運べる鱧(はも)は、ありました。ただ、刺身といっても鱧は、骨切りをして吉野葛をまぶし、湯通ししたものを食べるのが普通だった。


↑いそ巻、酢でしめた鯖が入っている。小さい時、苦手だった。

それと京寿司は、お茶屋との関係もあった。
つまり酒席でちょっとつまめる状態になっていた。
いろいろな昆布でラッピングしてある箱寿司が主流。それなら乾燥を防げる。防腐効果はどうかわかりませんが。


↑鯖姿寿司、鯖の模様が苦手だった。皮のない部位は食べていた。

これらのお寿司は、醤油をつけないのが基本だと思います。
そして、一口で食べられる配慮がしてある。
作る時、一つ一つちゃんと味付けがなされている。
だから京寿司は手間がかかります。
いまとなっては高価なのは、仕事が必要だからです。
江戸前の握り寿司は、鮮度が良ければそれでいいのですが、京寿司はそうはいきません。


↑ハモ箱


↑これは、小さい時好物でした。あの鱧だと認識していなかったのでしょうね。

小さい時は、京寿司を好きでなかった。
食べるものがあまりない。
鱧の箱寿司とケラ箱の卵だけ食べていた。伊達巻の卵も。
いなりだって、稲荷神社の狐を想像して食べるのがいやだった。
今は、美味しく食べるのですが。


↑ケラ箱(卵とえび)


↑エビは苦手で、卵だけ食べていた。関東のと違いあまり甘くない。関東の卵なら嫌いになっていたでしょう。

こういう京寿司、たまに食べたくなります。
この京寿司「もっと広まったらいいのに」と思う。
寿司というと握り寿司が主流だけど、京都に旅行に来て、江戸前や金沢系の寿司を食べることはないと思う。


↑タイ箱?


↑この薄い昆布は、旨味をつけるのと乾燥を防ぐという意味なんです。

牛肉だって、昔、いまのようにホルモンを食べていません。
最近、女性が喜んでホルモン焼を食べたりしているけど、あれにはびっくりさせられる。ビールだってジョッキで飲む。百年の恋も冷めますね。口をひらけば「ヤバイ!」なんていいます。大股で闊歩するのも、ちょっと悲しい気分になる。
人前でバッグからおにぎりを出して、歩きながら食べるのも興醒め。忙しいのかな?
「品格」とか「魅力」ってなんだろう?


↑いなり

京都市は、観光都市なんだそうです。
なら他の地方で食べられない独自の食べ物がもっとあっていいと思う。
東京で流行ったものが京都市内で出店している。甘味だってなんでも抹茶を使えばいいなんて考える。もう少しちゃんと企画したらいいのに・・・。
ちゃんとしたリサーチをして出店しないから大抵うまく行かなくてすぐに閉店したりする。マスゴミやネットも悪い。
ちょっと悲しい京都市内。
インバウンドなんてことを当てにしないで、もっとまっとうに企画して欲しいものです。まあ、言うのは簡単だけど。

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「ういろ餅」と「でっち羊羹」

2020年01月12日 04時28分07秒 | 洛外・和菓子
今年は、勘が冴えている。
まあ、重大な件では働きませんけど・・・。
でも何か役に立っているように思う。


↑和た与「ういろ餅」

本日の「ういろ」や「でっち羊羹」なんか、手に入れようと思って外出したわけではない。カレーを食べに行っただけ。
そのカレーについては、後日書きます。
不思議なんです。


↑左から、黒糖、抹茶、プレーン?、柚子

昨日はよく歩いていた。
たまに歩くと京都市内も随分変化している。
いいのか、わるいのかわかりません。
おそらくわるくなっているように思う。
なんかそう感じるのです。

本来の用事を済まして百貨店で買い物をする。
夜に食べる料理のための準備なんです。
売り場で料理を決めます。
その日、安い材料やいい材料を見てメニューを決める。
京女と二人だから話しが早い。


↑和た与「でっち羊羹」

その時、デパ地下で和た与のでっち羊羹とういろを見つけた。
久しぶりなんです。
私は、ここの「でっち羊羹」や「ういろ」は食べます。
次に日に実家の父親用にも「でっち羊羹」を買う。
きっと喜ぶだろう。
父親は、味覚が鈍感だからお店の区別はつかないだろうけど・・・。


↑竹の皮がいいです。

和た与は、近江八幡にお店がある。
買いに行くとなるとちょっとした小旅行だ。
だから買う時は、通販で買う。
それもいいけど、送料がバカにならない。
本当は、お店に行って作り立てを買うのがいいのだろう。
エージレスで保存するのはあまり好きではない。


↑こういう風に包丁で切って、手で食べます。

近江八幡市は、滋賀県にある。
近江商人発祥の地なんです。
この「でっち羊羹」の「でっち」は、本来「丁稚」と書きます。
番頭や丁稚は、商家の役職名。
丁稚となると最下層の働き手をいいます。
いわゆる「丁稚奉公(でっちぼうこう)」です。
商家に10歳ぐらいから働きに出て来ます。給料はなしです。休日もなしです。
住み込みで、早朝から夜遅くまで働く、そして先輩から読み書き算盤を習うのです。
『商売往来』が教科書なんでしょうね。
盆と正月に里に帰るぐらいかな。親元の貧乏だったから帰ってこられても困るというのが実情だったのでしょう。



この「でっち羊羹」は、普通の羊羹と違います。丁稚が里帰りの時、旦那からお小遣いをもらうのです。その丁稚のこずかい程度の金額で買える羊羹なんです。
普通の羊羹のように寒天を使ってつくりません。小麦粉と小豆、砂糖で作ります。だから甘味が薄い、淡泊な味の羊羹なんです。

虎屋の「夜の梅」も続くと飽きてきます。たまにはこういう「でんち羊羹」もいいですよ。竹の皮の香りも爽やかで、一本ぴろっと食べられる。
父親は、おくいう「でっち羊羹」が性に合っているようで好物なんです。

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↑京男の和菓子本が新装版になりました。初版を出版した2013年1月26日時の記事新装版が出版した2018年1月19日の記事をご覧ください。
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快適な寝たきりベッドを目指して

2019年12月16日 05時25分13秒 | 洛外・和菓子
本日の写真は、一昨日に参加した忘年会の料理。
高齢の人が多いのに、ネパール料理でした。
私が企画したものではないです。
私は、参加させていただいただけ。


↑パーパド

高齢者なのに、こんなものを食べるのです。
不思議でしょ。
お酒は、芋焼酎のお湯割りとか注文されていました。
芋焼酎とネパール料理・・・合うのかな?


↑サラダ


↑タンドリーチキン

もちろん、こういう食べ物を食べるのは初めての人が多い。
すごいでしょ。
仕方ないから、私が解説しておりました。
大先生は、美味しいとおっしゃっていた。
酔えればなんでもよかったのかも。(笑)


↑シシカバブ、これハッキリ言ってパサパサだった。まあ、年寄りの集まりらしいか・・・と一人で突っ込んでいた。

私は、相変わらず喋りっぱなしだった。
よく考えれば、古いだけの先輩になってしまっている。
不可思議な集まりだった。
だからかな・・・貸し切りで一般の方はシャットアウトしてあった。
だからジジババがはっするしておられました。
来年もよろしくお願いします。


↑サモサ、これが来た時、大先生が「これはなんだ?」と質問した。そこで京男は「なんだ なんだ なんだ ネー あんな男の 一人や 二人♪」と歌った。そして「それはサノサやないかぁ・・・」と自分でつっこみをいれた。なんだか寂しい気持ちになりました。


↑ベジタブルチャーメン、どうみても焼きそばでしょ。その通り焼きそばです。

さて、ここからは、昨日の実家での作業。
京女といつものように実家へ。
私は、父親のベッド回りを改良してみた。
足が冷えて夜中困るとのこと。
遠赤外線を発生させるパッドをベッドで簡単に使えるようにした。スイッチも寝ながら操作できるようにした。
ベッド回りの小物も整理。
拡大鏡付きのライトを付け加える。これで聴き放題の音楽の選曲ができるようになる。スピーカーも設定。


↑ネパール風野菜のかき揚げ

サイドデスクをすっきりレイアウト。
使い勝手がよくなった。
時計も眼鏡だしで時刻をチェックできるようにする。
湿度や室温も簡単に見易くする。


↑カレーソース、色んな種類があった。


↑ナン、私は最近このように細かくカットしてもらいます。それをお箸で持ってカレーソースにつけて食べるのです。手を汚すのを嫌っているからかな。

ベッドに寝てみたけど、最高に居心地がいい。
これならバラ色の寝たきりベッド生活に突入できるかもね。
溲瓶も寝ながら使えるし・・・。(笑)


↑ココナッツアイスクリーム

後は、小型の冷蔵庫を横に置き、冷えたビールを自由に飲めたら・・・。
いいなぁ・・・。
きっと昨晩は、良い夢を見ただろう。
後は、抱き枕に母親の写真をプリントするといいかも。
孝行息子でしょ。(笑)

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子ガラスの合唱

2019年07月20日 05時39分13秒 | 洛外・和菓子


いま、カラスの雛の巣立ちシーズンらしい。
朝早く、カラスの声がうるさい。
カラスってそんな声をしていている。
もうすこしいい鳴き声と姿、色合いだったら嫌われないだろうに。



親と会話しているのだろう。
カァ〜カァ〜とよく鳴いている。
遠くで親の声がしている。
写真を撮ろうと窓をあけると察知して逃げるのが凄いと思う。
この写真は、気配を殺してスーッとあけ、シャッターを押した。


↑大阪・四天王寺河藤「通」



このカラスの合唱が終わると、蝉が鳴き出す。
そうなんです。もう蝉が鳴いています。
彼らは、梅雨明けだと考えているようです。





これは、大阪四天王寺門前の河藤の「通」。
大きな小豆を寒天で固めた小さな御菓子。
シンプルなんですが、美味しい。
別に冷たくないけど、涼しげなんです。
年中食べても飽きない。



法事の後は、こういうお下がりが多い。
最近は、温かいお白湯でいただいています。
お白湯も悪くない。

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