京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

タイ・カレーラーメン?

2014年08月31日 03時31分17秒 | カレー
地味な写真と記事が続いたので、今日は京男らしいホットな雰囲気にします。
金曜日、眼鏡の調整に行く。
外出用のカメラをサイバーショットDSC-RX100M2に変えてから、悔しい思いをしていたのがピントの微調整。
杖をついていて、片手でシャッターボタンを押していたのですが、AFの悲しさで思ったところになかなかピントが合わない。


↑カオソーイ/チェンマイをはじめとしてタイ北部で広く食べられている。ココナッツミルクをレッドカレーペーストを使用した。カレーレーメンです。辛すぎず、マイルドなお味!

手動でピントを調整したりするには、両手が必要なんです。
杖からステッキになり、ステッキを腕にかけ撮影したら出来るようになった。
うれしいなぁ・・・と思ったら落とし穴があった。


↑私の好きなナンプラー・酢唐辛子・粉唐辛子をたくさん投入。レモンを絞るといい感じになりました。葱の代わりにパクチーならもっといいかも。

眼鏡をかけたままでは、ピントのチェックができない!
悲しいね。
対応は、遠近を極端にした眼鏡レンズを作るのが一番。
使っていない眼鏡のフレームを使用し、眼鏡を作ることにした。
視力を測ると確かに近くが見づらくなっていた。
しかも、乱視の角度が変化していた!
撮影の時、眼鏡を外したらいいのですが、私の眼鏡は片手で簡単に外せないのです。
下手に外すとフレームが歪んでしまう。
私の眼鏡は、フレームの歪みを許せないのです。
眼鏡を発注し、食事に行く。


↑ゆで麺の上に、もやし、あげ麺がのってます。

さて、三条パクチーに行く事にした。
オープン直後だったので、客は少なかった。しかも本日の10食限定のカオソーイがありました。これは食べるしかない。


↑麺を食べたら、スープをご飯で食べる。これはいいね!このお米は当然タイ米。1993年米騒動の時、我が家にタイ米が集まった。あの時はちょっと嬉しかった。炊き方が正しかったら美味しいのに。

これだけのものを食べると汗がでてきます。
こうでなくてはね。
辛さに弱い人は、私の味付けはだめかも。


↑デザートは、タピオカ・ココナッツミルク(つぶ餡付)

でもデザートを食べるとさっと口に中が初期化されます。
満足満足。
このラーメンは家で作れると思います。
ココナッツミルクとレッドカレーで再現できますよ。

※最初から、辛く作ってと言ってもよかったかも。

※おまけ

↑本日(8月31日)のランチ。
京男作「スパゲッティ・アラビアータ」
アラビアータ(arrabbiata)はより忠実に読むとアッラッビアータとなる・・・これはイタリア語で「怒り」という意味で、辛くて食べるとまるでカッカと怒っているような顔になる。我が家では、誰もそんな顔にならない。汗だらけになる青年はいますが。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (8)

えびす顔

2014年08月30日 05時34分22秒 | 社寺・和菓子

↑京都ゑびす神社。電線が邪魔だったので消してしまいました。

ここは、京都ゑびす神社。
オフシーズンの京都ゑびす神社は静かなんです。
こういう時にお参りしてゆっくり腰を据えてお願いしたらいいかもね。


↑「さだれ石」だと思う。表示はなかったですけど。

京都ゑびす神社でお祀りしているのは「えびす」さん。
七福神はご存知ですよね。
恵比寿、大黒天、毘沙門天、弁才天(弁財天)、福禄寿、寿老人、布袋の七柱。
この中で唯一国産の神さんが恵比寿(えびす)なんです。
因みに、大黒天・毘沙門天・弁才天(弁財天)がインド出身。
福禄寿・寿老人・布袋が中国出身。「中国」といっても広島じゃないですよ。こんなフレーズを知っている人はもう少ないかも。→ゼンジー北京「ハイ! ワタシ中国ハ広島のウマレアルヨ!」
清水寺の森管長が七福神にもう一柱お多福さんを加えてある絵を見せてくださった。それはいいアイデアだと思う。八福神の方がいい。もう一柱神様を送りこんだら国際的にバランスがとれますね。どなたか立候補しませんか?


↑2番目の鳥居には、ゑびすバスケット(私が勝手に名前を付けております)が付いています。


↑お賽銭を受け止めるようになっています。人がいない時にやるとバスケットに入らない場合「チャリーン!」と音が境内に響き、気まずい雰囲気になります。一度失敗したお賽銭をまた使うのもね・・・。でも失敗するとムキになります。

ゑびすさんと言えば、数年前の初夢を思い出します。
夢の中にゑびすさんが登場。ゑびすさんが踊っているのです。その後ろで商品が飛ぶように売れている。すごい初夢でしょ!でも、夢を見ている自分が「お気持ちはわかるし、有り難いです。でもゑびすさん、私の仕事は小売り業じゃなく、ソフト的なサービス業なんだけど・・・理解できていないんだろうな・・・」と思っているのです。
素直じゃないですね。とりあえず一緒に踊って置いたらいいのに・・・。

ある人から、「あなたは昔、ゑびすをやっていた時期があります」と言われて。着ぐるみを着てアルバイトをしていたおではなく、本人をやっていた??


↑そういえば釣り竿が寒竹のステッキに見えて着た。(笑)この賽銭箱が私の銀行口座に繋がっているというようなことはありません。念のため。


↑長久堂「菊佳人」
生菓子の世界では、十五夜とか秋のテーマになって来ていますね。今年は秋になるのが早いのかなぁ・・・。秋晴れが見たい気分になってきました。


↑こなし、赤こしあん

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (4)

2014年08月29日 04時37分12秒 | 風景
昨日の記事の続き。
昔の日本人は、人間が長く使っていたものや長く生きた生き物、時間が経過したモノが妖怪変化に変化すると信じていた。
ある意味、それは本当なのかもしれません。


↑財布塚、古くなった財布を供養するのかな・・・。京都ゑびす神社境内にあります。

不幸が続いた家は、不幸が家に染み込んだりする。
不幸な歴史が染み込んだモノも同じ。
知らずに住んだりすると不幸になる。
もう21世紀になろうかという時代でもありますよ。
何をやっても商売がうまくいかない土地って有り得ます。
しっている人がそういう念を送っているからなのかもしれませんけど。
人間が存在しなければそんなことにならないでしょうね。
そう考えると人の念いなのかも。
一番怖いことは、人の生霊ということになるのかもしれません。


↑名刺塚、確かに名刺って処理にこまりますよね。そういえば自分の本名を知られることは危険なことかもしれません。呪詛されるとこまります。聞いた話しでは、皇室の人が本名を教えないのは呪詛対策らしい。現代でもそうらしい。

現代人は、そういう見えないエネルギーを感じ難くなっているように思います。
感じないから無いとは言えない。
場所でいうと
「息がしにくい、フラっとする、暗い、音が伝わりにくい、頭が痛い、身体が重い、目眩がする」そんな状態には要注意。
パワースポットといって、わざわざ危ない場所に行ってみたりする。
いいパワースポットなんてそんな簡単にないですよ。
テレビ、ネットの噂には注意。
パワーをもらいたいなんていう人は、大抵パワーがないのです。
その人が危ない場所に行くとエライ事になる。
それと当初は、パワースポットであっても、たくさんの汚れた波動の持ち主がいっぱい行くとパワースポットでなくなる場合も多い。
だから本当のパワースポットは、秘密にしておくものなんですよ。または、側に一般人にわかりやすいいかにもという仕掛けを設定したりします。


↑久志(櫛)塚、安井金比羅境内

◎いろいろな塚
将軍塚(将軍が埋めてある)、宝塚(歌劇が埋めてある)、耳塚(耳と鼻が埋めてある)、首塚(首が埋めてある)、胴塚(首塚の残りが埋めてある)、筆塚(筆が埋めてある)、扇塚(扇が埋めてある)、鍼塚(岡田先生が使用した鍼が埋めてある)、落塚(すったオチが埋めてある)、姫塚(お姫さんが埋めてある)、鯨塚(鯨が埋めてある大きな塚)、人形塚(髪の毛が伸びる人形が埋めてある)、貝塚(貝殻がいっぱい埋めてある)、御塚(稲荷が埋めてある?)、晴明塚(安部さんが埋めてある)、千里塚(京女が埋めてある)、刀塚、蒙古塚(モンゴリアンチョップが埋めたある)、蟹塚(蟹が埋めてある)、餃子塚(王将が埋めてある)、杖塚(京男の杖が埋めてある)、猿塚(百匹目の猿が埋めたある)、鶏塚(インフルエンザの疑いをかけられ、無実の鶏も埋めてある)、名刺塚(無駄にもらった名刺が埋めてある)、手形塚(おちなかった手形が埋めてある)、財布塚(幸之助さんの財布が埋めてある)、久志(櫛)塚(串カツの串ではない)、蟻塚(白蟻さんの家)

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (2)

つくもさんの引っ越し??

2014年08月28日 05時16分47秒 | モノ
この記事は、1年以上前の話。
ディスクトップ上に置いてあった。
技術的な問題があるから、書いても皆さんよくわからないと記事にするのを躊躇っていた。
このまま、書類が消えてしまうと勿体ないように思うので書いておきます。



主役は、我が家の卓袱台。
現在の場所に引っ越す前からある。
この卓袱台で家族6人が食事をしていた。
お客さまが来てもこの卓袱台なんです。
ありがたいことに楽しい思い出だけが染み込んでいる。



でも年月には経ち、老朽化してきた。
折り畳みの機構がだめになり、釘でとめたりして使っていた。
これを新しい卓袱台と交換することなったのです。
卓袱台の裏側には、子供たちの落書きが結構あります。
卓袱台さんに親しみをもっていたのでしょうね。
子供部屋がなかったから、この卓袱台が勉強机になったりしていた。



その思い出の「波動・気・エネルギー」を抜き出し、新しい机に移す作業をした。
???でしょ。
過去に冷蔵庫・洗濯機・テレビなんかでもやった。
コンピュータなんかで、新しいものに古いデータを移したりするでしょ。
あれと原理的には同じなんです。
それを気功的にやるのです。
すると新しいのに設置した瞬間から昔なじみのような状態になります。
古いモノを捨て、新しいモノを導入する時に、やるといい。
「どうしたらできるの?」と言われそうだけど、そんなものとご理解ください。
古い卓袱台のエネルギーを新し卓袱台に入れると、新しいのにいままで使っていたようにすんなり家に溶け込んでくれました。



表題の「つくもさん」の「つくも」は、「付喪」から来ています。
正しくは「九十九」と書く。
「長い時間(九十九年)や経験」「多種多様な万物(九十九種類)」を象徴している。「九十九年髪」と表示する場合もある。「髪」は「白髪」に通じ、長い時間経過、経験を意味する。
「多種多様な万物が長い時間や経験を経て神に至る物(者)」のような意味を表すとされる。
「付喪神」という表現は、本来ただしくなりらしい。



モンに魂が宿る、もちろん動植物、岩や山なんかもそう。これらとうまく付き合うことが幸多き人生に通じる。
昔は、モノを大切に手入れし、綺麗にし、感謝して付き合って来たのです。
逆に、それらを粗末に扱い、使い捨てのような状態になると逆に不幸になる。
迷信だといわれるだろうけど、いまの社会を見ているとちょっと考えさせられる。



先日の「百鬼夜行」は、この「九十九年髪」「付喪神」たちがデモンストレーションして歩いていたのかもしれませんね。



モノから固有のエネルギーを抜くというのは、難しそうに思いますが、まず上記のような考えを理解し、「抜けた」「入った」と念うことからやってみては如何ですか?
いま、母の遺品整理をしていますが、一部のモノは抜いて捨てています。
霊能者や宗教の人たちが「お焚き上げ」といいますが、彼等は商売でやっていますね。実際にできているか極めて疑問です。理屈はしっているのとやるのは別問題ですからね。自分でやればいいのです。



※古いモンから新しいモノにエネルギーを移す場合、楽しい思い出だけを移すこともできます。
モンは使う人に反応すると思いませんか?イライラしていると白熱球が切れたりするし、コンピュータの調子が悪くなったりします。よくコンピュータを壊す人は、イライラしていることが原因だったります。そんなバカなと思われるかもしれませんが、数少ない経験ですが、ありました。だからモノ(人は当然です)は、感謝して、大切に扱いましょうね。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (2)

最悪の選択?

2014年08月27日 04時02分48秒 | 


昨日の記事「ハッピー・バースデー会食」の次の日の話。
次女が京都に帰ってきた。
コンタクトを手に入れるためらしい。


↑天とじそば

またまた3人で外出。
コンタクトのお店に行く。
お昼時なのにすごい人。
次女は受付を済ませた。
京男は「こんなむさ苦しいところで、どれぐらい待つのか?」と次女に聞くと「1時間ぐらい」という答え。
「アホか!」と京男。続けて「1時間ならメシが喰える。受付にそう言ってこい!」と指示。
受付にそう言い・・・言わないと帰ってきたら後回しにされたらブチッと切れる親父といっしょだしね。


↑親子丼

外にでて何を食べるとなりました。
「讃岐うどんというヤツを食べてみたい」と京男。
行ってみると行列という程ではないけど、人が並んでいた。
さてどうするか?
「最悪の選択だけど、大黒屋に行くか」と京男。
母娘は、「?」と思ったらしい。そんな顔をした。


↑胡麻そば

こう説明した。
大黒屋は、行列ができているようなことはない。高いからこのあたりで並んでいるやるらは入れない。確実に座れる。味も当然美味しい。だからあなた方にとっては「最悪」でない。でもね。レジで払う私にとって「最悪」なのだよ。
立場、視点によって「良い」「悪い」は変わるのよ。
会社だってそうだろ。雇われているサラリーマンに社長の立場や考え方は絶対にわからない。自分で会社をやるしかわからない。大手の企業のサラリーマンでも同じ。雇われ社長でも同じかも。
自在に立場を変えて観られることが大切。
これからの時代はそうでないと生き残れない。
バカな政府やマスゴミの言うことを鵜呑みにしては、搾取されるだけ。
自分で考え、行動することがこれからの行き方。
などと話しておりました。

そこまで話したら、「今日は私が払う」というのが人の道でしょ。
母娘は「ご馳走さま」と行ってスタスタお店を出て行った。(涙)
家庭外の人が京男の話しを聞いたら、涙と流しながら伝票を持ってレジに行くけどなぁ・・・。

※食事の後、実家に行くことになっていたので手土産を買い、コンタクトのところに戻ると人はいなくなり、ほどなく次女は目的を達することができた。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (4)

ハッピー・バースデー会食・・・その2

2014年08月26日 04時32分18秒 | 洛外・食

↑青菜炒め、こういうのが美味しいのです。京女用。

さて、昨日の続き。
今回は、京男好みが出て来ます。


↑豚アバラ甘酢、京男好み。

この豚アバラ甘酢がお気に入りです。
骨付きの肉をしゃぶるのが快感です。
酢豚のように野菜も付いていないのがいい。
純粋に肉を楽しみたいですからね。
野菜は邪魔。
紅ショウガがいい味のアクセントになっているのが印象的。


↑ワンタンめん、京女&次女、スープを少々味見させてもらった。

麺類というのが珍しい。
スープを楽しみたかった。
ここのスープが不味いわけない。
こういう麺は食べるのです。
ラーメン屋さんのいわゆるラーメンは苦手なんですよ。
スープが澄んでいないとね。
出汁に臭みがでるまで骨を煮たりするのは、嫌いなんです。


↑カレーライス、京男のデザート。もちろん京女&次女に味見はさせました。

これは京男のデザートなんです。
なぜか、広東風のカレーが許せる。
当然辛くないのですが、家庭の味みたいで美味しい。
我が家ならココナッツミルクを少々いれるかも。


↑杏仁豆腐

これは京女&次女のデザート。

3人でお酒も飲まずによく食べるでしょ。
メニューをよく見ると「小」と「中」と「ハーフ」があった。
量の問題なんです。
3人で少しずつ食べたいから「小」を注文していた。
よくよく見ると「2~3人前」と書いてあった。
なんだか多いと思っていたけど。
美味しかったからなのでしょうね。
お料理が冷めない間にお皿が綺麗になっていきました。
すごい家族だ。(終)

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (2)

ハッピー・バースデー会食・・・その1

2014年08月25日 04時06分06秒 | 洛外・食

↑砂ギモ醤油煮、こういうのが次女の好み

今月は次女の誕生日だった。
ただ、母の件でバタバタしている時だったので誕生日の食事ができなかった。
やっと一昨日、誕生日記念食事会をやった。
参加は、京男、京女、次女の三人。


↑前菜三種盛、次女はピータンが好き、京女はクラゲ

昨年は、ビストロだった。
今年は、広東料理ということで、「民生」に行く。
京女、次女ともはじめてのお店。


↑春巻、いい顔しているでしょ。こういう顔をしている食べ物は必ず美味しい。

今回のメニューは次女好みということでメニューを選びました。
この日は、よく食べたと思います。
次女がすごい勢いで食べていた。


↑イカ天ぷら、これも京女、次女の大好物

次女が一番、私といっしょに食事をしたと思う。
高校の時からいっしょに、私が食べるランチのお店に同行している。
記事は明日も続くのですが、本日の写真は彼女好みのメニュー。
鶏料理やピータン、イカなんかも好物。
それを承知でこのお店を選択しています。


↑レタス包み、こういう食べ方はちょっと懐かしい

京女は、京阪電車の萱島まで出るのを嫌がった。
でも食べて満足していた。
京都を出たがらないのですよ。
私も最近、そういう感覚になってきた。
大阪はやっぱり疲れます。
人が多いからでしょうね。
梅田や地下鉄で杖をついた老人を見かけるのは極めて少ないです。


↑大エビチリソース、私はこのチリソースが好き

※料理の数が多いので明日に続く

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (4)

お地蔵さん型指導者の勧め

2014年08月24日 05時02分07秒 | 風景
地蔵さんの縁日は、毎月24日。
今年は上手い具合に日曜日だから本日地蔵盆をする町内が多いかも。
地蔵盆は、関西圏で中心に実施されている。
子供を守ってくれる存在がお地蔵さんなんです。


↑本日の写真は過去の写真。今年のは今日行くと見られるだろうな・・・。残念ながら他に用事があるから行けません。まあ、毎年同じですけど。

幼い子供が親より先に世を去ると、親を悲しませ親孝行の功徳も積んでいないことから、三途の川を渡れず、賽の河原で鬼のいじめに遭いながら石の塔婆作りを永遠に続けなければならないとされたいます。
お地蔵さんは賽の河原に率先して足を運んでは鬼から子供達を守ってやり、仏法や経文を聞かせて徳を与え、成仏への道を開いていく逸話は有名です。
そういえば、妹が16歳で亡くなったのですが、山(火葬場)へ行く時、親は行けなくて私が行ったのを覚えている。いまはそういうことはないのかな・・・。



日本の指導者層は、お地蔵さんのように弱いものを助けないといけあいと思います。
現実にやっているのは、逆のように思う。



京都の中心部、古くからある町内は、昔ながらの地蔵盆をやられています。
昔の幼子たちが、いつのまにか老人になって、地蔵盆をしている。
高齢化が進みましたね。
地蔵盆のような民間の行事は、やる人がいなくなったら途絶える運命にあるのでしょうね。
多くの町内では、宗教色があるから参加しないという変な人もたくさん出て来ているそうです。不思議な世の中になりました。
でも京都市が観光資源にして活性化するというのも不自然かも。
だんだん当たり前が少なくなってきましたね。



地蔵盆って子供にとっては寂しい行事。
なぜかって?
そろそろ夏休みの宿題問題に取り組まないといけないからです。
他の人はどうかわからないけど、京男の場合、ずっとそうだった。
『夏休みの友』『夏の友』?なんかは、出版社に電話をして答え付きのモノを手に入れていたりした。そういう悪知恵は働いた少年だった。
図画・工作なんかは、得意で夏が終わったらいつも丸物で展示されるレベルでした。
永久磁石と電磁石でリニアモーターカーみたいなおのを作った年がありました。電気ネズミ取りなんかもすごかった。ただ、電撃を強くする知恵はなかったな。
エンジニアに向いていたのかもね。でも左脳的勉強はだめだったから理科系にはいかなかった。それでも大学の第一志望は、理科系だったけど・・・工学じゃなく生物でしたが・・・落ちて美系に変更という訳のわからない進路設定で、担任の先生を悩ませました。いまなら考えられない行動でしょうね。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (2)

千鳥

2014年08月23日 05時13分24秒 | 風景・和菓子


千鳥と言っても漫才をしたりしません。
この提灯は先斗町(ぽんとちょう)の図柄の千鳥。
京都の花街には、各々紋章があります。
先斗町はこの「千鳥」の紋章です。
明治5年(1872)「鴨川をどり」の時に、千鳥をモチーフにして千鳥の紋章になったそうです。昔は鴨川に普通に千鳥がいたのかな・・・。



そういえば三条通りに「千鳥酢」があります。
元禄時代、友禅染が盛んになり、その色止めに酢が使われていたのが使われていて京都の街に醸造酢のお店が多かったそうなんです。
「千鳥酢」を作っている村山造酢もそうだったのだそうです。
いまもそうだけど、京阪三条から東大路に向かって歩くとお酢の匂いで会社がわかります。京男はお酢の匂いが苦手で息をしないで通っていました。
「千鳥酢」のラベルのデザインが綺麗だと思います。
京都にお出かけの時にお土産に買うのもいいかもしれませんね。


↑二條若狭屋「浜千鳥」


↑上用、こしあん

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (4)

母からクレーム?

2014年08月22日 05時37分57秒 | モノ
仏壇の前に座っていた。
母の写真を見ていた。
良い写真やなぁ・・・と思った。
まあ、自分で撮った写真だからだけど。(笑)


↑松栄堂「微笑(みしょう)」

その時、母の声が聞こえたように感じた。
「なんとかして・・・」と。
仏壇の前に白い祭壇が設けてあります。
その上に巻き線香から煙がでていた。
でも不思議なことに匂いが無い!


↑高級沈香の澄んだ香りは、天上の浄らかさをイメージして創られたそうです。

母からしたら、こんな安物の渦巻き線香より、普通の良い香りの線香を使ってほしいというように感じました。
渦巻きで良い香りのがあればいいだろうけど、大抵はこの程度の匂いがあるようなないようなものが多い。
父に、もうちょっと趣味のいいお香がないの?と聞くと葬儀会社からもらったから使うのだと言った。
「そんなことをしたら母親が嫌がるじゃない。本当はこんな巻き線香を捨てて、言いお線香で行った方がいいのでは」と京男。
このあたりの感覚が父と全然違うんですよ。
でも父は「確かにあいつのいいそうなことだ」と認めた。
なんか京男は母親に似ているのかなぁ・・・ちょっといややな。
拙著『和菓子』の最後の方に出て来ますが、母方の祖父に似ているように思いますね。明治時代の趣味人で筋金入りの器用貧乏だった。


↑抹茶のポッキーみたい

調べました。
お経に、仏様の食べ物はお香であると書いてあるようです。
仏教では、人が亡くなって来世の生を受けるまでの間が「77、49日」(中有という期間)で、この間、お線香を食物とするそうです。次に「生」への体を養うらしいのですが、仏教の教えでは魂の良い霊は「妙香」を食べ、悪い霊は「悪香」を食べるというそうです。
お釈迦さんは、そんなことを言ってないように思うけどな・・・。


↑黒柿の線香入れに入っているのは「微笑」ではありません。刺し子の袋は線香入れ用に作ってもらったもの。

取りあえず、いいお線香もちょっと焚いて欲しいというリクエストなのかもと感じたのです。
お香は得意なので、早速買いに行った。
京男がいつも使っている線香を買ってみました。
私の愛用の線香入れも出動です。
きっとこんな線香を焚いてあげたら、母も大喜びだろうと思う。
それを言いたかったようです。

京男だったら松栄堂「正覚(しょうかく)」、キューバ葉巻ならパルタガス「セリーD NO1Ltd」、コロンならサンタマリアノヴェーラ「パチューリ」がいいなぁ・・・。「自分で用意しておいてください」と言われそうやね。(涙)

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (2)

杖からステッキへ

2014年08月21日 04時34分58秒 | モノ
京男の杖使用も最終段階になってきた。
3月入院中に自分で作ったドライカーボンで作った杖を使ってきた。
この杖には、お世話になりました。
ただ、この杖をあまり使いすぎると身体が歪んでくる可能性があるのです。
杖を使わないのが一番いいことになる。
それと写真を見て長さが違うでしょ。
いま、私の適切なサイズが寒竹曲りステッキの長さなんです。
ドライカーボン杖をもう少し長くする調整するよう手配中。



この竹は、寒竹という種類の竹。
細いものは、平安時代から馬用のムチとして使われてきたものです。
だからよくしなります。
寒竹曲りステッキは、チャップリンのステッキとして有名なんです。
特に滋賀県の寒竹は、特産品なんだそうです。
1891年(明治24年)5月11日に起こった大津事件(おおつじけん)というのを歴史の時間に出て来たでしょ。
日本を訪問中のロシア帝国皇太子・ニコライ(後のニコライ2世)が、滋賀県滋賀郡大津町(現大津市)で警備にあたっていた警察官・津田三蔵に突然斬りつけられ負傷した、暗殺未遂事件のことです。
その時、同行していたギリシャ王国王子・ゲオルギオス(ゲオルギオス1世の三男)が持っていた竹の杖で津田三蔵の背中を打ったという記録が残っています。
この竹の杖が寒竹のステッキだったのですよ。


↑寒竹曲りステッキ カーボンファイバー入り

この寒竹曲りステッキが体重を支えられないのです。つまりなんの役にも立たないステイタスの象徴としてのステッキなんです。
だから体重を支えないという意味で今回採用してみました。
ただ、これはちょっと仕掛けがあります。寒竹の芯にカーボンシャフトで補強してあるのですよ。だからちょっとぐらいの体重は支えます。
それとカーボン杖に比べて150グラムも軽い。
カーボン杖は、安定感を持たせるために石突き部のゴムが大きいのです。
だから結構持った時に重い。
それに比べ寒竹曲りステッキは軽快そのものです。



なぜステッキが必要か?
電車やバスに乗っていて疲れた時、優先座席に座るということがあります。
その時、杖なしでは「なんだこいつ!元気そうなのに」となります。
まだ、筋力が十分につくまで時間がかかります。
それまでの間、見せ杖の役割をさせようと考えました。
必要の無いとき、傘のように腕に掛けることができるので扱いが楽なんです。


↑左側は長年愛用の傘。最近、傘が使えるようになったのです。でも雨に遭いませんけど。この傘を持っている時、コンビニの傘立てに入れたいしません。そこまで世間を信用していない。銀行で傘立てに傘を入れずに店にはいった、フロアのオッサンに「傘立てに入れてください」と言われた。鍵も着いていない傘立てに置いてもしものことがあったら責任を取ってくれるのか?と言って、オッサンに傘を持たせて中に入りました。高価な傘は気をつかいます。初代のフォックスの傘を盗られてから用心している。それと百貨店のビニールケースに入れるもの嫌なんですよ。あれなんとかならないのかな・・・。もちろんフロアが濡れると杖が滑るから危ないのはわかりますけど。
そうそう傘とステッキについているブラブラする紐のことを「タッセル」というのをご存知ですか?いわゆる房掛け (ふさかけ) でカーテンとかについている装飾と同じです。こういう飾りの付いた傘が好きなんです。紳士用のタッセルは玉が二つ着いています。なんでやろ・・・。

秋から年末には、筋肉がついて杖とは完全におさらばできる予定。
でも見せ杖は使う?ならカーボンファイバーが入ってない寒竹ステッキにしますか。
石突きは、水牛の石突きにして・・・。
職人さんや材料が少なくなって来ているのでお早めに。だろうな・・・。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (4)

せっかく歯を磨いたのに・・・

2014年08月20日 04時38分13秒 | カレー
昨日は、年に二回の歯科検診。
年に二度、歯科医院から電話がかかってきます。
今回は、バスで行ってみた。


↑やまびこ「すじカレー丼+温泉卵」

バスの中でいい着物姿の女性をみました。
最近、そういう女性が少ないのです。
上から下までスキが無い。
日傘も上質だった。
こういう女性なら日傘をさしていいと思った。
最近みかける日傘をさす女性でまともな人をみかけないもの。
紫外線や放射線が当たっても、さほど影響がないような人が多いもの。
そんなスキの無い人だけど、バスに乗っているのが好感が持てたですね。
こういう着物の女性が京都に氾濫するといいのに・・・。
近年、真昼の妖怪変化のようなのが多い。
あれは、条例で禁止すべきだと思う。
公序良俗違反やね。



閑話休題。
歯科で検診。
歯科の先生が「あれ?杖がなくなっている!」から入りました。
そうなんです。
杖は、持参しているのですが、ステッキになってしまいました。
玄関で置いて上がります。進歩でしょ。


↑辛さが足りない・・・私だけかな。

いつもの歯と歯茎の間の隙間の深さを測定。
いままでオール2だったのが、1も混じるようになった。
「良くなっている?」かも。
歯茎もピンクで健康そのもの。
やった!
どうやら股関節の手術で脚のバランスが正常になった影響がでてきているらしいのです。白内障や緑内障もよくなって来ているんですよ。
歯も影響でてきているのかも。
嬉しいことです。



それから歯石を取ってもらいます。
歯石を取り、歯を磨いてもらいます。
これで歯科検診は終了。
次回は、来年2月ということで歯科医院をあとにした。
来年の2月・・・生きているかな・・・と思うような今日この頃。



時間的にランチタイム少し前だったので、やまびこに移動。
いつもの「すじカレー丼(+温泉卵}」を食べる。
折角、歯を真っ白に磨いたのに、カレーです。
最近、このお店辛さがマイルドになってきたかも。
なんでカレーうどんを食べないのかって?
私、カレーうどんを食べると必ず服にお汁を飛ばすからなんですよ。
自分だけじゃなく、お向かいさんにも迷惑かける可能性がありますからね。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (4)

16日の雨は凄かった

2014年08月19日 05時22分33秒 | 風景・和菓子


五山送り火の日、朝からすごい雨だった。
福知山の被害は、酷いことになっています。
昨年も被害があったしね。
「100年に一度」なんて言ってなかったっけ?
今年は、そういうフレーズもニュースで出て来ない。
「想定外」もだ。



どうなっているのか日本の気象。
世界的に見てもそうかも。
アメリカは干ばつだものね。
そろそろ人類に対して警告以上の段階になってきたのかも。
エボラ出血熱の広がりも不自然な程だし。



16日の雨の時、外を見ていたらカマキリさんと目が合った。
「思わず大変ですね」と言ってしまった。
カマキリの卵の高さで、その時の風水害がわかるという話しがあります。
水の出る年は、高い所に卵を産むのがそうです。
このカマキリさんも2階に来ていたのは偶然なんだろうか。
これ以上被害が出るような天気になりませんように。


↑長久堂「萩まつり」


↑葛製、備中白こしあん

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (6)

長い一日の終わり

2014年08月18日 05時00分27秒 | 


母親関係の記事の最後になります。
もうすこしお付き合いください。



火葬場からハイヤーで各々の家に帰り、着替えて「お疲れさん会」をすることになりました。
場所は、母が好きだった洋食屋さんに決定。
火葬場から予約を取りました。



母は、こういうちょっと豪華な洋食が好きだったようです。
京男好みではない。
父親は、ここのエスカルゴが気に入っているようで、孫たちに食べさせてくれました。私の前でエスカルゴの蘊蓄をたれていました。
私に「お前は食べたことあるか?美味しいぞ!」と調子に乗って言ってくれました。
どうやら、私が恐れ入ると思ったらしい。京女や孫たちもです。
疲れていたのでしょうね。「私を何だと思っているのか!フランス料理の専門家だよ。子供も当然知っている」と言ってしまった。
可愛げがないな。
そういえばエスカルゴの写真を撮っていない!



テーブルには当然、母の写真を置いて食べていました。
母親が居ないということが信じられなかったですね。
多分みなもそうだったと思う。



不思議なことに私、何を食べたか覚えていない。
味もよくわからなかった。
さすがに二晩徹夜は堪えました。
父は、案外元気に食べていました。



昨日も後片付けに実家に京女と行きました。
父が早く母のモノを片付けたいらしい。
きっと現実から逃げたいのだろうな・・・。
秋から年末にかけてゆっくり整理しよう。
「倒れてしまったら何にもならないから」と京男。
なんかとても疲れが出て来た感じがします。
仕事もいっぱい溜まっているしね。





さてやっとお盆も終わったから今日から仕事モードに戻りたい。
夏休みの宿題を抱えている生徒のような気持になっている京男です。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (4)

アラシの前の法事・・・会食編

2014年08月17日 04時56分30秒 | 

↑アワビさんの陶板焼き用のアワビさん

15日の記事の続き。
京女の叔母さんの一周忌に出席。
法要が終わり、会食会場にマイクロバスで移動。
鴨川の西岸のホテルが会場でした。
昨日なら左大文字の送り火が綺麗に見えたでしょうね。
昔、父親が入院した京大病院の病室も綺麗に左大文字が見えていました。
あの時、送り火の時ならいいのに・・・と母親と話していたのを思い出しました。



京女の叔母さんの家はとてもキッチリとされている家なので、しっかりこういう会食までされます。
我が家系のようにいい加減でない。
昔は、各々の家でやったのでしょうね。



後のバタバタの予感をしながらも、しっかり食べていました。
でもいつ携帯電話が鳴るかドキドキもしていました。



終わった頃には、3時を過ぎておりました。
京女は、別口のお通夜があるのでそちらに喪服のまま移動。
私は、近くだったけど、タクシーで実家へ。
その時点で、まだ母親は生きておりましたが、今夜は越せないと看護師さんの言。
慌てて、いったん家に帰り、服を着替えて再び実家へ。
それから長い日々が始まりました。





二週間前の出来事でした。
でもちゃっかり写真を撮るところが私らしいかな・・・。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (2)