京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

アル禁なのに・・・

2010年11月30日 05時16分27秒 | 社寺


今日の記事も新熊野神社のお火焚の続き。
行事が終わって本来なら直会(なおらい)なのですが、一般の人はお神酒と新米と焼き柑をいただきます。



お接待のおじさんが「寒いさかい特配!」と二杯もお酒をくれた・・・。
「アル禁なので・・・」という時間もなかった。
思わず飲んでしまった・・・。
退院して始めて歩いてきたのに・・・大丈夫だろう。
そやけど神様のお供えものだし、悪いようにはならないだろうとも思う。
結果は、なんともなかった。
これは不思議。
顔も赤くならなかったのです。
「アル禁」が治った?



これだけお下りをいただきました。



家に帰って写真を撮ったのがこれです。
新米は、その日の晩ご飯としていただきました。
新嘗祭の夜長の天皇さんになった気分がすこしした。
自然に感謝です。



これは、お火焚につきものの柚子おこし。
懐かしい味でした。



これはお火焚饅頭。
元々は、餡のかわりに漢方とかをいれたのだそうです。
胡麻とか胡桃、肉桂とかいれたらしい。
小さい時は、この焼き印が気持ちわるかったな。
なんだかお稲荷さんの雰囲気だしね。

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新熊野神社お火焚続き

2010年11月29日 05時55分09秒 | 社寺

↑神職が塩と紙吹雪でお清めをされた

お火焚の記事の続きを書いていなかった。
お火焚というのは、新嘗祭と同じとこの間の記事で書きました。
でも両行事ともに日本全国的にみると認識が薄くなってきれいるかもしれません。





京都はお火焚という行事は、いろんな神社で行われています。
古い街だからかもしれません。
私もブログを書いてなかったら、調べなかったかもしれません。





火焚祭の大まかな順序をうろ覚えだけど書くと、
お供えをする→周囲をお清め→降神(神様を依り代に降神いただく→玉串を供える→聖護院の山伏さんたちの読経→点火→般若心経を唱える→ミカンを焼く→般若心経の書いてある紙で自分の身体を拭う、そして火の中にいれる→護摩木投入→直来
こんな流れだと思います。


↑玉串をささげる



面白いのは、ここは神と仏の世界が習合している的かな。
神職も般若心経を唱えるのが印象的です。
他の国では考えられない。


↑清らかな炎で柑をやく。


↑これを食べたらインフルエンザなんか怖くない

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前回は見るだけだったな・・・

2010年11月28日 05時58分43秒 | 

↑付きだし

三週間前にこのお店にいったんです。
その時は、脳出血の真っ最中の時だった。
さうがにあの時は、食べられなかった。


↑うざく


↑おつけもの


↑鰻巻

先日、出張で行った時は食べられました。
全開は、写真も撮らなかった。
それはとても珍しこと。
よほどショックだったんだろうな。


↑石焼ひつまぶし





あれから三週間後、同じ店に行き。
ご馳走になりました。
いつもに比べると量は縮小したいるけど、美味しくいたけた。
まだ一カ月も経っていないのがとても不思議な感じがしました。
学んだことも多かった。

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晩秋

2010年11月27日 17時56分02秒 | 洛外


そろそろ紅葉もお終い。
お正月の準備の時期。
来週は南座の顔見だ。
早いな。


↑長久堂「晩秋」


↑外郎、赤こしあん

まだ身体は、秋を経験していないよ~!と叫んでいる。
納得していないのね。



もっと秋を楽しみたかった。
仕方ないけど。
もうすぐ冬の匂いがしてくるだろうな。
わかりますか?
冬の匂いって。
ある日、突然香ってくる。
好きなんですよね。
あの香り。


↑長久堂「北山時雨」


↑きんとん、粒あん

落葉焚の香りも好き。
最近すくなくなりましたね。
落葉焚。
焼き芋をしたら美味しいもの。
ダイオキシンとかいわれてダンダンとしなくなった。
あるは嘘っぱちなのね。
季節の風物詩をもっと楽しんだらいいのに。



なぜか世間は余裕がなくなった。
気分だけでも余裕をもってもいいのに。

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紅葉か・・・

2010年11月26日 05時27分35秒 | 社寺


昨日は、病院へリハビリ。
歩いて病院までいく。
当然、七条の智積院の継代を通っていく。
ちょっとだけ紅葉が楽しめる。



紅葉は、年々きれいでなくなっていくように感じる。
今年は夏の暑さで木が痛んでいるんだろうな。
木によってむらがあるらしい。





でも歩いていく道で楽しめるからうれしい。



病院でたっぷりリハビリ、というかテストをいっぱいうけた。
おかげさまで読字障害は右肩上がりで成績があがっている。
よかった。
目標は春までに回復がかな。





病院のあと、東福寺に少しいく。
晴れていなかったからかもしれないけど、あまりきれいでなかった。
まあ、こんあものかな。
他の有名スポットもそうかな・・・・

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退院後はじめての食事

2010年11月25日 05時44分49秒 | 




退院後、はじめて食事をしたメニューが本日の記事です。
というんは、退院してすぐにお客さんとあわなければならなかったのです。
はじめて一人で外出。



あったのは京都駅前の新都ホテル。
いつものラウンジのいつもの場所に座る。
いつも同じ場所に座るんです。(笑)





つい話しすぎてランチタイムになってしまいました。
いつものように地下の「四川」に行く。
ここはよく来るお店です。



この日は、ランチメニューを注文してしまいました。
本場四川風の麻婆豆腐が食べたかった。
病院では、絶対でないメニューですからね。





麻婆豆腐の次の写真は、大根餅を揚げたもの。
モチモチが心地よかった。
これらを食べていてやっと退院したと感じました。(笑)



ごちそうさまでした。

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新嘗祭と火焚

2010年11月24日 05時26分50秒 | 社寺


昨日は新熊野神社(いまくまのじんじゃ)の火焚祭(ひたきさい)にいきました。
火焚祭のはじまりは宮中の新嘗祭(にいなめさい)なんだそうです。
新嘗祭は、23日の夜に天皇が神とふたりきりになってする大切な行事。
現在でも行われている行事です。
この新嘗祭が民間に伝わったのは室町時代で、それ以降、新米を炊くことから竈(かまど)の神の祭り、火の神の祭りへと転化していきました。





悲しいかな、こういう大事な行事が忘れられてきたかも。
紅葉狩なんてことばかり騒いでいる。
自然の恵みに感謝しなくなった国はどうなっていくのだろう。
世界的にみてもそういう感覚がはびこっているかも。





この新嘗祭が戦後(応仁の乱ではなく、第二次世界大戦)にGHQの占領政策によって天皇行事・国事行為から切り離される形で改められたものが「勤労感謝の日」である。
そろそろ勤労感謝の日から新嘗祭に戻した方がいいと思います。
いまの政権では、絶対に無理だろうけど。
お火焚祭の間に考えました。





とりあえずの記事でした。
たくさん写真は撮ってありますから、お火焚についてはまた記事にします。
お楽しみに。

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紅葉衣

2010年11月23日 05時58分12秒 | 和菓子


今日は勤労感謝の日。
京都は、紅葉目当ての観光客でいっぱいだろうな・・・。
おそらく今日が最後の紅葉かな。


↑長久堂「紅葉衣」


↑外郎、葛、薯蕷煉切あん



もうそろそろ師走なのに、身体がどうも納得してくれません。
「秋はどこにいったの?」と頭の奥で質問しています。
気温も暖かくなったり寒くなったり、身体も混乱していますね。


↑二條若狭屋「もみじ狩り」


↑羊羹製、栗あん

こういう時は、風邪をひくのでお気をつけください。

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病院食の日々

2010年11月22日 05時28分03秒 | 洛外


11月4日に救急車で病院へ移動。
以来、19日まで入院。
普通ならそれぐらいの日数は絶食で大丈夫なのです。
ただ今回は救急病棟だったので、絶食しても大丈夫と言っても病院サイドは信じてくれないのです。
きっと食べないなら点滴かチューブで栄養補充というだろうな。





動けない状態だったので仕方なく食べていました。
最初食べた時は、自分が味覚障害だとおもった。
これには焦りました。
牛乳を飲んで、自分が正常だと気付きました。



私は特技があります。
現在食べている食べ物の味を脳の中で消し、過去に食べた美味しい味を出して食べることができるのです。
でも状況がね・・・。





いつも使っているカメラじゃないから美味しそうに撮れなかったのがちょっと残念でした。



病院の食事を美味しそうに撮れそうな予感がしたのですが。(笑)
残念。
次回(もう懲り懲りですが)は、食器をもっていくといいかもね。
トレイやナプキン類も持ち込むとよかったかも。



こんな機会でひたすら日本語のレッスンをしていました。
いまもですが。
もちろんひたすら平仮名やカタカナを書くという訓練もあります。

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これが最後の晩餐だったかも

2010年11月21日 07時22分45秒 | 


これは入院する直前に食べた外でのディナー。
大阪に行ったとき靱公園の側にある羽山料理店というお店でした。



最近、ラギオールタイプのラギオールがおおいですね。
ちょっとあきてきたかも。
カスタムナイフメーカーにつくらせたら方がいいかも。
もっとスパッと肉がきれた方が気持ちいいかも。
まあテーブルナイフでスパッと切れすぎるとこわいか・・・。



さてこの日のメニュー。
レギューム ヴァリエ・・・野菜の惣菜の盛り合わせ



パンも美味しかったですよ。







牛赤身肉のタルタル、じゃがいものエクラゼ、トリュフ風味サラダ
これが食べたかった。
私の好みとしては、マッシュポテトよりフレンチフライが好きかも。



また食べたくなってきたな。






牛頬肉の黒ビール煮付け
これは、とろけるように柔らかいお肉でした。



デザートは、豪勢に、デザートの全部盛り
あさぎり茶のプチポ(なめらかプリン)
ガトー オ ショコラ クラッシック
バニラのブランマンジェと葡萄
Kiriクリームチーズケーキ
塩キャラメルアイスクリーム

この後、数日後に入院となりました。
すくなくとも喰いはない状態だったかも。(笑)
羽山料理店地図

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気がつくと晩秋だ!

2010年11月20日 06時38分01秒 | 和菓子


やっと昨日退院いたしました。
あっという間の16日間東福寺の隣の病院におりました。
一般病棟では、文章のリハビリをひたすらしておりました。
おかげさまで昨日がもどってきました。
でもリハビリはつづきます。
ときどき変換のおかしいところもあるかもしれません。




↑長久堂「裏戸の菊」


↑外郎、赤こしあん

手がけなげに文章を叩いてくれているのです。
脳はボーッと見ているだけかな。
でもこれだけなったのは凄いかも。
関係各位の先生たちのおかげです。
脳出血の後遺症で平仮名とかカタカナの表音文字が読み難い状態なんです。
この症状は、日本ではものすごいく珍しいとドクターが感心しておりました。
そういわれてもね・・・。



他の後遺症は、じっさい外にでてみないとわからない状態で、そろりそろりと外出していくとします。
だから今年の秋は、新規の写真が撮れないかも。


↑千本玉寿軒「秋景色」

そろりそろりと記事を更新していきます。
よろしくお願いもうあげます。
まずは、おれいと感謝まで。
京男拝。


↑こなし、白こしあん

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そろそろ紅葉やね

2010年11月15日 17時17分18秒 | 和菓子
入院している間に紅葉になりそう。
東福寺の近所の病院に入院しているけど、
撮影に行けないのが残念。
まさかパジャマで撮影にいくわけにもいかんしね。


↑いま、嵯峨菊がきれいだろうな・・・

看護婦さんに聞くとまだ紅葉になっていないらしい。
今年は紅葉があまりきれいじゃないかも。
撮影にいけるのはお火焚ぐらいからかな。


長久堂「菊づくり」


こなし(山芋入)、あかごしあん


本家玉寿軒「紫式部」


上用、白こしあん

さて病院に戻るとします。
あと二、三日で退院と勝手に決めております。

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毎日食べたら長生するかな

2010年11月14日 21時23分36秒 | 


先日、お客様と錦市場の「やお屋の二階」というお店でランチでした。
かね松の二階にある料理屋さん。
この八百屋さんは、昔から知っている。
昔、いつも「やすいで~やすいで~」のおじさんがいるところだった。
お店がおしゃれに変身して、観光客に対応しています。
もちろん、あの「やすいで~やすいで~」おじさんはいません。
ちょっと早く着いたので、店内をブラブラ見学。
日ごろ買っている野菜の倍以上の値段にビックリ!
どんな人が買うんやろ・・・。
少なくとも「京の台所」ではないな。
あえていうなら「京都観光に来た人々の台所」やね。



靴を脱いで二階にあがります。
メニューは「長寿ランチセット」しかないかも。
ご飯が松茸ご飯かちりめん山椒ご飯の二種から選択になっていました。
もちろん松茸ご飯にしてみました。



これが長寿ランチセット。
彩りがきれい。



レンコンとインゲン赤いのは、永源寺コンニャクなんです。



この赤いのが永源寺コンニャク。
永源寺は、滋賀県の永源寺派のお寺。
その永源寺に因んだのがこのコンニャク。
三二酸化鉄という鉄分で赤く染まっているらしい。
貧血気味の女性にはいいらしいですよ。



食用の菊がきれい。



これは地味だけど、下の茄子が美味しかった。



里芋の唐揚げ。
塩を少々つけて食べるんです。
ホクホクが美味しい。



ひょっとして今年はじめてで最後の松茸かな・・・。
昔、小さい時は丹波の松茸なんていっぱい採れたものです。
いつも松茸狩りと行って山に入り、実際に松茸をとらせてくれたものです。
採った松茸を炭火で焼いたり、すき焼きにしたり、松茸ご飯で山盛り食べていました。
いまは、松林が少なくなったからあまり採れないらしい。
冷蔵庫に常識外の値段で鎮座していました。
エリンギとインスタントの松茸のお吸い物でモドキは簡単につくれますよ。
プロ的にはマツタケオールというエッセンスを買ってきてもつくれます。
外国産の松茸を霧吹きでエッセンスを吹いて香りをつけて売っている業者もいるらしい。
外人は、松茸をいい香りと感じないらしい。
逆にトリュフの本物に対し、ほとんどの日本人は、いい香りと感じないらしい。
まあ、本物のペリゴール・トリュフという黒トリュフは、日本には入ってきていないそうです。日本のレストランで使っているのは、ほとんど中国産イボセイヨウショウロだと聞きました。
ほとんどの人は本物を食べたことがないからわからないだろうな。
だからあまりありがたがらない方がいいですよ。



デザートは銀杏の浮島。
浮島って「ひょっこりひょうたん島」のことではなくて
和風のカステラのようなもの。
生地に白あんが入るのが特徴かな。
その中に銀杏がはいっています。
ポロポロして食べにくかった。
小さいから味もよくわからなかったけど。
ラ・フランスのシャーベットにしたらよかった。
「やお屋の二かい」地図

以上は、描きためていた記事です。

◆「京男近況」
昨日から外泊で自宅に帰って来ております。
明日月曜日にまた病院に戻ります。
おそらく近々退院となるとおもいます。

頭の出血範囲は、かなりの範囲だったのですが、身体の後遺症はありません。
すべて正常なんですが、読字に関して後遺症がのこっていていまリハビリしています。
人間の脳って不思議なものです。
そんな状態なんですが、できるだけ記事は書き続けます。
それがリハビリにもなります。



ただコメントの返事と訪問はもう少し先になりそうです。
ご心配いただきありがとうございました。

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日本銀行は民間なの?

2010年11月03日 07時18分48秒 | 洛外


この建物は大阪の旧日本銀行の建物。
威圧感がありますね。
日本銀行って政府から独立した法人なんだそうです。
公的な資本と民間の資本なんだそうです。
だから、ジャスダック証券取引所に上場され、株式に準じて取引されている。
つまり、個人でも株主になれるんですって。



株主になったら、株主優待で2割引で現金がもらえる・・・はないか。
政府以外の出資者は、個人35.9%、金融機関2.4%、公共団体0.2%、その他法人が6.5%もっているそうです。
個人の内訳は公表されていないのでわからない。
誰がもっているんでしょうね。



アメリカのFRB「連邦準備(制度)理事会」も同じような構造の組織なんだそうです。
ちょっとびっくりする話ね。
うわさによるとロスチャイルド家やロックフェラー家が、日本銀行やFRBの株主だという話もあります。
映画の『007 ゴールドフィンガー』の最後の方に出てくるフォート・ノックスという金を貯蔵されている場所がでてきますが、この貯蔵しているフォート・ノックスがFRBの施設なんです。



噂では、あのフォート・ノックスの金塊が金メッキの偽物だというのです。
日本はそのフォート・ノックスに700トン以上の金を保管してもらっていることになっています。
なぜアメリカにあずかってもらわないといけないの?
ひょっとして金メッキのものにかわっているかも・・・。(汗)
中国がその偽の延べ棒をつかまされたらしいという話も聞いたことがあります。
なんか小説の世界みたいですよね。
この夜の旧日本銀行をみているとそんな話も、別段おかしくないと思うぐらい非現実的に見える。

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こんにちは、洪庵です

2010年11月02日 07時35分33秒 | 洛外


緒方洪庵(おがた こうあん、1810~1863)は日本の武士・足守藩士、医師、蘭学者である。大坂に適塾を開き、人材を育てた。



この適塾から福澤諭吉、大鳥圭介、橋本左内、大村益次郎、長与専斎、佐野常民、高松凌雲など幕末から明治維新にかけて活躍した多くの人財を輩出した。
やっぱり教育が大事だな。







いまの教育では、人材を人罪(じんざい)にするシステムのように思える。
こざかしい浅知識をコンピュータのように記憶するのが優秀な人たちが多すぎる。
人材を人財に育てる技量がある教育者はきわめてすくないからだろうな。



この洪庵さんは、その点、すぐれた教育者だった。
福沢諭吉は、「先生の平生、温厚篤実、客に接するにも門生を率いるにも諄々として応対倦まず、誠に類い稀れなる高徳の君子なり」と評している。
また、福澤諭吉が適塾に入塾していた時に腸チフスを患った。中津藩大坂蔵屋敷で療養していた折に洪庵が彼を手厚く看病し治癒した。
諭吉はこれを終生忘れなかったそうである。
このように他人を思いやり、面倒見の良い一面もあった。





決して声を荒げるのでなく笑顔で教え諭すやり方で、これはかえって塾生を緊張させ「先生の微笑んだ時のほうが怖い」と塾生に言わしめるほど効き目があった。
いま、日本必要なのは緒方洪庵や吉田松陰のような素晴しい教育者が必要ですね。
少子化でもいい。質の高い人を育てた方が国のためだと思う。
人口が多い方がマーケットとして有望などと卑しい考えはそろそろ変えないといけないな。



こういう建物をみているとそう思いました。
適塾地図

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