京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

「州浜は嫌いや」と父が言った

2015年01月31日 05時46分17秒 | 和菓子
京都御苑に行った時、「春日乃豆」が食べたくなった。
植村義次さんに行く。個人のお名前だけどお店の名前なんです。
お店に入ると母親の実家に行ったような錯覚を覚える。
ご主人が母方の祖父に雰囲気が似ているというものある。


↑植村義次「春日乃豆」

私を見て「あらっ!」と奥さんがおっしゃった。
バイクで買いに来た頃、松葉杖で買いに来たのもご存知でしたからね。
ほんとうに喜んでくださった。
奥におられるご主人まで出てきて、喜んでくださった。
人のことをここまで喜べる人はすばらしい。
社交辞令じゃけっしてない、親戚の人間のように思ってくださった。
ありがたいことです。


↑今回はギフト仕様の包装をお願いしました

今回は、自分で食べるのでばら売りにしてもらってもよかったのですが、写真のことを考え、ギフト仕様にしてもらいました。
このお店は、州浜だけしかつくっておられません。
「春日乃豆」は、大抵買えます。本来の州浜は予約しないと買えません。
それでいいと思います。



家に持って買えると、京女も次女も食べます。
食べ始めると止まらないといいます。
作りたては格別です。
また二、三日経ってお砂糖がシャリシャリしたのも好き。



父親に「欲しい?」と言ったら、「おれは州浜は嫌い」と言った。
それもなんとなくわかる。
昔の干菓子は不味かった。
干菓子でも賞味期限があるのです。
落雁だって、悪くならないというイメージがあった。
作っている人に聞いたけど、やっぱり美味しいのは製造後一週間ぐらいなんだそうです。人体みは無害だけどカビが生えたりするそうなんです。
それが美味しくなくなる原因になる。


↑州浜製の三色団子、形状は好きなんですが・・・

京男もつい最近まで州浜は嫌いだった。
春日乃豆を知ってはじめて好きになった。

幼稚園ぐらいの時、団子に憧れていた。
三色の花見団子がとりわけ好きでした。
いまなら、花見シーズン以外でもお餅屋さんで売っています。
昔は、花見シーズンしか売っていなかった。
柏餅や粽、月見団子、水羊羹、水無月だって季節限定のお菓子でした。
そんな時、州浜でつくった三色団子をなんかの関係でもらったのでしょうね。
家にあった。
ワクワクしながら食べた時のまずさはショックでした。
以来、州浜系統はきらいだった。
きっと父親もそうなんだろうな。
羊羹だってそうです。
一年ぐらい経った羊羹がおやつにでてきたりした。
ジャリジャリして美味しくなかったなぁ・・・。


↑塩芳軒「花見だんご」外郎(白餡)、こなし、餡玉

お嫁さんのおまん(地方によってはとんでもない解釈になるかも)も、いやなお菓子でした。大きな紅白の上用饅頭でなかに小さな上用饅頭がたくさんはいっていた。
母親もあまり食べなかった。
祖父が和菓子屋だったので、いつも食べさせられたかららしい。

※干菓子
干菓子(ひがし)または乾菓子(ひがし)は、水分の少ない乾燥した和菓子の総称。生菓子に対しての名称。
この分け方では、まだ厳密でない。
煎餅や八つ橋(昔は、生八つ橋などは地元でしか買えなかった。近所の特権だった時代が長く続いていた。いまは、餡なのが入ったものが大きな顔をして売っているけど)そばぼうろは干菓子の仲間でなかった。
干菓子というと水分が20パーセントぐらいのものをいいます。
水分が30~35パーセントになると半生菓子という分類になります。
◆干菓子→落雁、雲平、有平糖、金華糖、生姜糖、和三盆、おこし、甘納豆、五色豆
◆半生菓子→最中、州浜、石衣、干琥珀、羊羹(水羊羹は除く)
京都なんかでは、生菓子と上生菓子の区別があります。ハッキリとした分かれ目は最近ないですけど。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

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墨灸(もんもん)?

2015年01月30日 06時40分02秒 | 風景・和菓子


昨日は、父親接待デーでミンミンで食事。
その前に実家近くの耳鼻科へ受診。
というか耳鼻科のついでに実家に行ったのかも。



また咽頭炎の治療をしております。
もう症状としてはないのですが、頭痛がしたりするのは嫌ですからね。
実家に行き、父親からの依頼で音楽のデータ整理をしておりました。
きっと快適に音楽生活ができると思います。
スキャナーもプリンターも揃えたしね。
後は、タイピングを憶えてくれたらなぁ・・・。


↑千本玉寿軒「水仙花」

今日の写真は、京都御所に行った時の水仙。
水仙を見ていると心がウキウキしてきます。
色合いだろうか、香りどろうか・・・。
でも今日は、雪から雨の一日らしい。
しかも、ずっと寒いそうです。
私は、いつもこんなもんだと思うけど、例年と違うのかな・・・。


↑外郎、白こしあん

そういえば、昨日父親とランチを食べている時、この間のあなむらのお灸の話しをした。父親は、小さい時に連れて行かれた記憶があるらしい。
また、この間の団子を食べた記憶まであるらしい。
夜泣き・かんむしの幼児だったのだろうか?
そう考えたら父親の顔が団子の包み紙に見えてきた。
愉快愉快。



※資料
医療法人社団 あなむら診療所
墨灸(もんもん)


↑この子は、夜泣きしたんだろうか?夜泣きというより人類の行く末について泣いていたかも。(笑)

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梅笑い始める

2015年01月29日 04時33分07秒 | 風景・和菓子


また寒さがきますね。
テレビでは、寒い寒いというけど、京都人としては案外普通かも。
今ぐらいの気温が一番好きな私だけなのかな・・・。



この間、大阪の集まりでシャツとフリースジャケットの二枚しか着ていないと言ったら、みなさんからビックリされました。
もっとも下着は、登山用の極暖ですけど。
フリースも3段階ある2段階目のものをチョイスしていましたけど。





まだダウンを着るほど寒くない。
松葉杖を使っていて運動量が多かったというものあるのかもしれません。


↑本当は下の生菓子に因んで北野天満宮に行きたかったけど、ちょっと遠いし京都御苑の中の神社でご勘弁ください。

そんな寒い状態でも、春は確実に近づいています。
京都御苑の梅苑では、梅や蝋梅が咲いていました。
まだ、香りがするほどたくさん咲いてはいませんけど。


↑長久堂「初天神」


↑備中、白こしあん

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父とランチ

2015年01月28日 05時41分04秒 | 
先週、父親と病院に行く。
診察、院内処方、院外処方を済ませ、ランチとなった。


↑「魚熊」鯖寿司、1個350円で注文できます。

本来は、「のらくろ」で洋食を食べようとしていた。
でも行ってみると臨時休業だった。
さて困った。
咄嗟に、「魚熊」に行く事にした。


↑肉厚のりっぱな鯖寿司でしょ。このあたりは鯖街道の終着点なので鯖寿司が名物なんです。

「魚熊」は、寿司屋さん。
場所は、今出川寺町を上がったところにあります。
隣に本満寺があります。
桜のシーズンには、小さいけど綺麗な桜が見られます。
最近、外国の観光客が来てゆっくり見られなくなったらしい。
残念です。



京男のお腹は完全に「のらくろ」のチキンチャップだったから、特に食べるものがなかった。
とりあえず「鰻丼」を注文。
これで800円は、すばらしいと思います。



父親は、「魚熊定食」1,500円を注文。
コストパフォーマンスの良さに父親はびっくりしていました。
両親は、なにかと言えばホテルで食事と言っていたのです。
その概念を崩しているんです。
探せばいいお店はいくらでもあるとね。

帰りに出町商店街で、私はすぐきを買い、父親は千枚漬を買った。
おまけに、ふたばにより豆餅を2個プレゼント。
充実のランチでした。
次回は、「のらくろ」やね。

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思い出の団子の形

2015年01月27日 05時55分33秒 | 洛外・食
ここは、熊野神社。
この神社の門前で毎月19日に屋台が出ていた。
というかいまも規模は小さくなったけど出ている。


↑熊野神社

その屋台で憧れだったのが、団子の屋台。
ちょうど写っている写真の右端あたりに出ていた。
団子の形が櫛形の団子だった。


↑いまでも屋台が小規模になったけどでています

その形式の団子を偶然みつけた。
滋賀県の草津市にありました。
とりあえず電話をして行って見ることにした。
京都から草津市はそれほど遠くないしね。


↑これが「あなむら 名物 くしだんご」子供の顔の黒い点がかんむし・夜泣き用のお灸。いまもやっているらしい。

問題は、草津駅からお店までの距離でした。
ポケットWi-FiとiPadのナビをたよりに行ってみました。
距離は、4キロ。
のどかな風景をトボトボ歩き、なんとか到着。
穴村というところにある「吉田玉英堂」に到着したのは40分後のことでした。


↑醤油味の団子

この団子は、「あなむら灸」をする門前にあるのだそうです。
「あなむら灸」は、小さな子供のかんむし・夜泣きに効くお灸のことらしい。
お灸と言ってもお子さんにするお灸だから熱くないようです。
包装紙の子供の顔の黒い点はお灸なんだそうです。


↑櫛型になっているでしょ。竹串から手作りなんだそうです。

このお団子、竹の櫛から手作りで団子ももちろん手でさすそうです。
だから、大量につくれないのだそうです。
京男が熊野神社の屋台で憧れたのは、この形の団子でした。
味は、この団子と違って、今宮神社のあぶり餅の味だったように思います。
それとも祇園の「みよしや」のように黄粉がかけてあったのか、記憶が曖昧です。
幼稚園前の記憶なんで不確かです。


↑団子はとても小さい。みたらし団子の原形だと思います。

でもこの竹串だけは、はっきり憶えています。
久しぶりにこういう団子を食べました。
素朴な醤油味がとても好感もてました。


↑こうやって一本一本食べられます。この団子を刺すのも手作業。

お店でしばらく話しこんでしまいました。
最後は、駅までご主人が来るまで送っていただきました。
本当にありがとうございました。
食べたい人は、お店の名前で検索するとでると思います。
いつも団子があると限らないので、電話をしてから行ってください。


↑手間だろうな。長く続けてくださいね。

この日の歩数は、15,000歩でした。
靴の中敷きは効果があるようです。

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重心ねぇ・・・

2015年01月26日 06時44分42秒 | カレー


週末は、いつもの会合のため大阪へ。
時間が10分ほどあったので、阪急三番街の「インデアンカレー」で食べる。



いつもの「レギュラー・玉・ピクスス(大)」以前なら「大・玉・ピクルス」なのになぁ・・・。



このお店の良さは注文したら秒単位で出てくること。
それを黙々と2~3分で食べることができる。
トータルで4~5分で食事を終えられる。
最近、他のお客さんをみると、ダラダラ食べたり、御飯を残したりするヤツがいる。
なかには、オバハン同士で喋りながら食べたりする。
あれはいけません。
ここのカレーは黙々と食べるのがいいのです。
カップルが来て、男の方が「辛いのが苦手だからハヤシライス小」なんてヤツがいたりする。馬鹿か!女の方が「大・玉」だったりする。
そうかと思えば、女の方が御飯を残したりしやがる。
「お百姓さんがタップリ石油と化学肥料をつかって作った御飯を残すなんて、とんでもない女や!」と心の中で叫んでいる京男でした。



さて、昼食も終わり、予約してあったサロンに飛び込む。
土曜日は、足の爪と手の爪のケアを同時にやるという贅沢なことをしてみました。
お嬢さんが2人で施術してくれます。



足の裏を磨いてもいて「部分的に皮膚が硬くなっている箇所がありますね」とおっしゃった。それと爪が前に向かって巻き爪になりかけていた。
結局それは、歩く時の重心の問題と判明。



上の図は、昨日、足の重心を測ったもの。
予想通りの重心だった。センターから左にずれている。
左の足の踵に体重がかかっている。
どうしたかというとできるだけ矯正するように、オリジナルで中敷きを作成してもらった。
知らずにこの状態で歩き続けると左の膝関節にトラブルが来て、腰にもトラブルが来るということがわかりました。
足の爪のケアをしなければわからないところでした。

もちろん、いま仙骨を立てて座るトレーニングはしています。
3年以上の歪みは、修正がなかなか大変なんです。

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824

2015年01月25日 06時37分20秒 | 社寺

↑枯れた蓮はもう刈り取られていた

「この数字はなに?」と思うでしょ。
これは、東寺と西寺の重要な話の年なんです。





東寺と西寺は、いまはないけど羅城門を挿んで西と東に同じ規模で平安遷都した直後に創建された。目的は、王城鎮護だった。
東寺といえば空海さんですよね。
東寺が創建は、延暦15年(796年)、空海さんは、大学を退学し、私度僧だった。
遣唐使について遣に行ったのが延暦23年(804年)だったので東寺とは関係なかった。日本に帰って来られたのが延暦24年(807年)だった。



弘仁14年(823年)東寺を給預せられる。教王護国寺という名前にした。
教王護国寺というのが東寺の正式な名称なんです。


↑灯篭の「除暗」というのがいい

この東寺を給預されたのには、逸話がある。
弘仁14年(823年)日本は、干ばつが酷かった。
嵯峨天皇は、この干ばつを何とかして欲しいと空海と西寺を管理していた守敏僧都(しゅびんそうず)の二人に神泉苑で雨乞い対決をさせた。
空海が龍神を使って雨を降らそうとした。ところが守敏がその龍神を捕まえ水瓶に閉じ込めた(これはこれで凄い!)。空海は、守敏が捕まえられなかった天竺にいる善女龍王を呼び寄せ、雨を降らすことに成功。
守敏は、そのことを恨み、矢を呪力を使って空海を倒そうとした。そして空海は、矢で死んだと都に噂を流した。空海は、呪力でその矢を逆に守敏に送り返し倒した。


↑五重塔に入る入り口。階段がきつかった!

その事件以来、西寺は、没落し、いまでは跡形もない状態になったそうな。
まあ、京都の西の方は、水はけが悪く、住民がだんだん少なくなったというのが真相でしょうけど。
話としては、加持祈祷対決の方が面白いですよね。

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もう一匹の贔屓さん発見!

2015年01月24日 06時02分43秒 | 社寺・和菓子


東寺の境内にもう一匹の贔屓を発見した。
東寺宝物館の北側の池の畔にいます。



この贔屓さん、ひょっとしてメスかもね。
なんとなくやさしい印象です。



贔屓(ひいき)って何と言われる人もおられるかもね。
贔屓は、中国は広島の伝説の生き物・・・じゃなく大陸の中国の伝説の生物。
龍が生んだ9頭の神獣・竜生九子のひとつで、その姿は亀に似ている。
重きを負うことを好むといわれ、そのため古来石柱や石碑の土台の装飾に用いられることが多かった。



まあ、石柱ぐらいの重さだから好むけど、バブルがはじけて巨額の負債を背負って潰れた贔屓も多かったそうな。



相撲や歌舞伎役者のファンは、贔屓筋と呼ばれています。
後援会的な人のことをいいます。
「タニマチ※(谷町)」ともいいますね。
※タニマチ/タニマチ(谷町)とは相撲界の隠語で、ひいきにしてくれる客、または後援してくれる人、無償スポンサーのこと。現在では相撲界以外に野球界、プロレス界などの他のスポーツ、また歌舞伎界や演歌界を中心に芸能界でも幅広く使われる。
※谷町/春場所において相撲部屋が多く谷町七丁目界隈に宿舎を構えたのは事実である。


↑長久堂「窓の梅」

プロレスで思い出した。1970年台にアントニオ猪木とタイガー・ジェット・シンの仕合を観に行った。タイガー・ジェット・シンが京都府立体育会館でサーベルを咥えて観客席で暴れた。客は怖いから逃げた。でもみんな逃げながら笑顔だった。おばあさんが逃げ遅れてタイガー・ジェット・シンに追いつかれた!どうなる!タイガー・ジェット・シンはたくみに衝突を回避した。さすがはプロと感心したものです。関係ないコメントでした。あの頃は、プロレスのタニマチと付き合いがあったのでした。懐かしいな・・・。本件と関係ないコメントでした。


↑きんとん、粒あん

また、特定の人だけ応援するというか、可愛がるのを「依怙贔屓(えこひいき)」というのがありますが、あまりいい意味じゃないですよね。

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ご贔屓さん

2015年01月23日 05時21分20秒 | 社寺


ここは、東寺の境内の毘沙門堂。
この日は、縁日と違ってとても静かでした。
やっぱり普通の日の東寺の方が好きかも。



毘沙門堂といえば隣にあるご贔屓さんに挨拶にいかないといけません。
世話になったしね。
普通の日ならゆっくり語れます・・・。



相変わらず石柱を背負ったはります。
たまには、ミロのヴィーナスなんかを背負いたいのんと違うかなぁ・・・。
京男の愛用の帽子を被せてあげました。
ちょっと男前になった感じがする。
うれしそうに見えるから不思議。
贔屓目やろか?



この石に囲まれた中にあるのが「天降石(てんこうせき)」
贔屓さんと同じく「撫で系物」です。



高札を書き写しておきます。
天降石(てんこうせき)
古くからこの地にあったと伝えられ、江戸時代には護法石(五宝石)或いは不動石と呼称され、いつの頃からか天降石と呼ばれる様なりました。石を撫でた手で体の悪い箇所を擦ると病が治ると信仰され、別名撫石(なでいし)とも呼ばれています。

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寒い時は・・・むしずし

2015年01月22日 09時19分05秒 | 
これから京都市内は一番寒い時期になる。
雪国と違い、雪は、北の方の山々にちょっとあるぐらい。
雪がないのだけ、底冷えという状態は相当なものです。


↑新京極を四条からすこし入るとロンドン焼の店の北隣に「音羽(おとわ)」があります。こういう蒸し器から立つ湯気が目印。

京男の小さい時は、どの家も一戸建の家が多かった。
暖房といえば火鉢と掘り炬燵ぐらい。
寝るときは、湯たんぽか、櫓形式で豆炭をいれ布団の中にいれるものだった。
当然、手足は、霜焼けだらけだったように思う。


↑ちょっと小振りの丼鉢に熱々の蒸し寿司が入っている

いまでも京都の家庭は、室温をあまり高くしないと思う。
雪国に行くとびっくりするほど室温が高い。
そこまで温かくしなくてもいいだろうに・・・。


↑金糸玉子がびっしり乗っています

そんな寒い時期は、たぬきうどんか、蒸し寿司が美味しい。
この蒸し寿司、小さい時は嫌いなものの一つでした。
先日、鍼灸の岡田先生と話していたのですが、彼も同じようなことを言った。
岡田先生の実家は、祇園の新門前あたりに住んでいたそうです。
巽橋あたりが遊び場所だったそうです。
信じられないでしょうが、昔はあのあたりも子供がいっぱいいたのです。


↑金糸玉子の下には、アナゴがいっぱい。熱々を食べます

京都の家庭で作るバラ寿司をご存知かな?
寿司飯を作るまでは同じ、問題は、具です。
京都のバラ寿司は、生ものが入らないのです。
ちりめんちゃこ、干瓢、高野豆腐、椎茸、金糸玉子で構成される。
私は小さい時、干瓢、高野豆腐、椎茸、紅ショウガが嫌いだったから食べるのに苦労した。
問題は、たくさん作るから残るんです。
そいう場合は、次の日のお昼、おかんが蒸して子供に食べさすんですわ。
蒸し寿司用に調整していないから、不味いんです。
それがあるから、蒸し寿司が嫌いなんです。
ついでに京寿司というジャンルの寿司も嫌いだった。
食べるのは卵だけ。
岡田先生も同じような体験があったそうです。


↑お吸い物、底に鱧が沈んでいます。小さい時、鱧が嫌いやったな。

ところが最近、このバラ寿司が無性に食べたくなる。
京寿司も蒸し寿司も。
もちろん、おかんの手作りじゃなく京寿司家さんのものですけど。
お吸い物に入っている鱧だって食べているんです。
昔、あんなに嫌いだったのに・・・。

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大寒

2015年01月21日 06時42分13秒 | 風景・和菓子
昨日20日は「大寒」でした。
これから節分ぐらいにかけて寒さが一番厳しい。



この時期、葬式がありモーニング姿で立礼したことがある。
あの時の寒さはすごかった。
滝行した次ぐらいに身体の芯まで冷えた。
なぜ、芯まで冷えたかわかるかというとお風呂に浸かっても浸かっても身体が温まらなかったからなんです。



大寒の時期、醸造系は大忙しなんです。
「寒の水」は、雑菌が少なく体に良いとされるので、仕込みが行われる。
凍り豆腐、寒天、酒、味噌を仕込む会社は大忙しでしょうね。



最近、水仙の花が咲いているのを見かける。
水仙という漢名は「仙人は、天にあるを天仙、地にあるを地仙、水にあるを水仙」
という中国の古典から来ているそうです。
きれいな花の姿と芳香が
まるで「仙人」のようなところから命名なんだそうです。
仙人のようにいい香りをさせたいものですね。


↑長久堂「水仙郷」


↑上用、黒こしあん

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凄いなぁ~

2015年01月20日 05時23分01秒 | 社寺・和菓子

↑香炉・・・だと思います

東寺の境内を歩いているとすごいものが結構あります。
今日の香炉や灯篭なんかもそう。
ここまですごくする必要あるのかな・・・。



ひとつひとつの形に意味があったりするのでしょうね。
見ていて飽きないんですよ。


↑この灯篭もよくみると細かい細工ですね

龍や亀は火事対策なんだろうか。
拡大して見ると結構可愛い顔をしていますね。



下の方の亀さんも面白い。
「阿」「吽」になっている。
しかも甲羅の後ろに毛が生えている。
大人の亀?





じゃなくて箕亀状態。
長寿のシンボルなのね。
このマークは小さい時、好きなマークだった。


↑亀屋良長「ときわ木」
今日の写真は、色気がないので生菓子の写真をつけておきます。一応お店の名前が亀屋良長だしね。


↑煉切、こしあん

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トマト&牛肉→食べたい!

2015年01月19日 05時10分09秒 | 
私は、衝動的にイメージしたものを食べたくなる。
カレーやパスタは、いつでも家で食べられる状態になっている。
でも、無理なものもある。


↑雲耳肉片(キクラゲブタ)
キクラゲと野菜のハーモニーが抜群。キクラゲが主役というのは珍しい。

昨日の場合「トマト牛肉!」と午前11時に浮かんだ。
お店は「鳳泉」。
日曜日は、営業している筈。
もう、胃液が出始める。
京女に、「トマト牛肉を食べたくない?」というと「食べたい!」と言う。
ついでに「キクラゲ~!」というのも言った。
身支度を開始、10分ぐらいで完了。


↑エビカラシソバ
柔らかい麺にからしをからませ、上から野菜のあんかけ。これなら酢とからしをかける手間が省ける。

タクシーを呼ぶ。
11時半タクシーが来る。
ソソクサとタクシーに乗った。
11時40分に到着。
店は、満席に近かった。
でもなんとか座れた。


↑トマト牛肉
トマトと牛肉の蒸し物。この味が頭に浮かんだんです。京女も共感してくれた。夫婦ですねぇ~。フランス料理っぽいのが好きなんです。

食べながら、焼売と春巻を注文。
実家の父親に少しだけ手土産。
こういう風に食べたいものがフト浮かぶことは、体調が戻った証拠。
ちょっと断食で胃腸が元気になったのでしょう。
めでたしめでたし。
京男は「わがまま」じゃないですよ。
「あるがまま」なんですぅ・・・。

和菓子
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仙骨を立てよう!

2015年01月18日 06時30分37秒 | 風景・和菓子
歩いていてフト気になる景色というのがある。
いま、見るとそれほどでもないけど、その時は、気になりカメラを出してシャッターを押す。


↑デザイン的に面白いと思った。

杖を持たなくなって、1ヶ月半が過ぎた。
身体のバランスはとれてきたかも。
仙骨を立てる訓練をいましております。
昔は、仙骨を構成する一つ一つの骨を動かせたのに、骨盤が割れたので出来ていなかった。


↑「子連れ狼」の乳母車と想像し「クスッ」と笑う。知らない人が見ていたら「変な人」と思っただろう。

鍼灸の岡田先生に立てる方法を聞き実行しています。
理屈はわかるのえすが、実際やるとなると大変。
背中に電気が走ります。
聞くと「背中を伸ばそうとしているから」とのこと。


↑これは、東寺の寺紋「八雲(やくも)紋」。なんでこんな紋なんだろう?ユニークな形ですよね。気になります。出雲系なんだろうか。調べると現在の東寺の場所は、もともと出雲系の神社があったようです。現在、南側に出入り口に神社があります。あの神社は、出雲系なんだろうか?

背筋を伸ばそうとするより、仙骨を立てた方が背中が伸びるのだそうです。
骨盤を骨折して大腿骨がめり込んだ状態になり、病院に入院。
仮の手術をして気付いたのが、仙骨が寝てしまって固まっていた。
その状態が3年も続いたので、固まっているのです。


↑重いものを支えている縁の下の力持ち。顔晴って!

手術をして、人工股関節にして、足の長さも戻り(1cm短かった!)正常に戻ったのですが、癖が残っている。
これを修正しているのが今なんです。
いままで、歩くので精一杯で仙骨まで手が回らなかった。


↑フト気配を感じてシャッターをきる。

いま、最後の仕上げのトレーニング。
イスに座るもの奥に行くほど高くなっているクッションを使って座っております。
歩くもの背筋を伸ばし、顎を引き、下丹田に力を入れる。
上半身に力が入らないように、肩から力を抜いて・・・。


↑亀屋良長「京かぶら」

意識すると歩けないですよ。
筋力もつけないとね。
走るのは、ちょっと信号が点滅したら小走り程度ならできるようになった。
階段も普通の人並みにはなりました。
降りる時がちょっとまだ足元を見てしまうかな。


↑上用、黒こしあん

仙骨を立てるというのは、普通の人でも必要なことです。
下腹ポッコリとかウエストが太いというのは、仙骨が寝ているからなんですよ。
その状態だと膝や肩、首に負担がきます。
自然に歩く、立つ、座るというのは、とても大事なことです。
心あたりの肩は、自分で方法を調べて実行するといいですよ。

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鈴なし・・・

2015年01月17日 07時28分19秒 | 風景・和菓子
昨日の記事と同じような問題。
初詣の時、鈴をふることができなくなっているそうです。
初詣、人鈴なりで「鈴なし」 京都の神社、混雑避け撤去の動き
これも、京都新聞のネット上でも記事。



私は、初詣に行ったことがないから経験していない。
並んでまで参ったりしませんからね。
そんなことをするぐらいなら、神さんを手元に呼んだ方がいい。


↑塩芳軒「初参り」

いつも、参拝する善男善女の行列を見て不思議に思っていた。
「そこまでして願いを神さんに聞いてもらいたいの?」と。


↑蓬羽二重、黒粒あん

人はなぜ、有名な神社に初詣するのだろう?
心理学者に聞いたことがあります。
彼が言うには「カール・グスタフ・ユングが提唱した集合的無意識なのかもしれない」
あらに聞くとこういうことらしい。
末社(支店)より本宮(本部・本社)に詣でることによって、「成功した(結果を出した)」という意識のエネルギーみたいなものが末社より本宮の方が多いということらしい。それと日本人の持つブランド信仰みたいなものもある。



「初詣で、有名な神社に人ゴミの中、行列をつくり、長時間並んだのだから、きっと神様はその苦労に感激して御利益を授けてくれる」と意識的するか無意識なのかわからないけど、そうしている。
それと日本人は、他人の目を気にする。人からみてちゃんと並んで、ちゃんとした人だと周りの人から見られたいと常に思っているというのです。


↑長久堂「花びら餅」

エスカレーターに乗るのを待つ行列もそうやね。二人ずつ乗れば行列はできないと思う。片方を空けるのは、不自然やと思います。
そんなに急ぐのなら、隣にある階段を駆け上がればいい。
右や左を空けるという問題じゃないように思うな。
一人一人は、良いことをしているように思うけど、全体的に見ると変な感じがします。エスカレーターに乗っていて、隣を駆け上がられたら結構怖いですよ。
エスカレーターを一列しか乗れないようにした方がいいと思う。


↑餅皮、みそあん、ごぼう入り

何人かの霊能者に初詣について聞いて見た。
初詣の時は、あまり神さんはいないらしい。
また、具体的な願望は、あまり言わない方がいい。
単に御礼を言うだけでよい。
願うにしても、過去完了形で言うといいらしい。
神社に行くなら、松の内が終わってからゆっくり行った方がいい。
行く神社は、産土さんがいいとのこと。
年に一回行って、硬貨をチャリンで神さんがいうことを聞いてくれる訳がない。
それは、なぜ?
神さんも元人間の場合が多い。
あなたが逆に神さんなら、どう思いますか?
年に一度来て、真剣にお参りしないで(というか神さんなんか信じていなくて)、硬貨をチャリンと賽銭箱に入れ、「健康になりますように」「商売繁盛」はないと思いませんか。
日頃から何かにつけて、神さんに参り、御礼を言っている人と、年に一回の人とどちらの言うことを聞きますか?
だから、お賽銭は、5千円~1万円ぐらい奮発しなさい。
それぐらいお賽銭を入れたら、パンパンだけで帰らないでしょ。
長時間、しっかりお願いしますよね。
本殿の真ん中で30分も居たら、邪魔だからちょっと左右によけて、ゆっくり「ありがとう~!」とやるのです。
そうしたら、御利益があるかも。

ちゃんとした文章になっていないけど、そんな内容のことを複数の霊能者から聞きました。だから初詣に有名な神社に並んでお参りしてもあまり意味がないらしい。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

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