京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

コイツにやったら勝てるかも・・・

2010年02月28日 05時41分10秒 | 社寺・和菓子


今日も梅宮大社の話。
古い神社の狛犬は、角有りの狛犬がある。
行くとチェックしてみるといいですよ。



一般的には、向かって右側の像は「阿形(あぎょう)」
角はなく口は開いている。



そして、向かって左側の像は「吽形(うんぎょう)」
1本の角があり口を閉じている。
この狛犬君の角、タンコブみたいやね。
なんかかわいい。



両方の像を合わせて「狛犬」というてますが、厳密には、角のない方の像を「獅子」、角のある方の像を「狛犬」と言い、
一対で「獅子狛犬」というのがコンビ名として正しいんやそうです。
「シシで~す!」「コマで~す!」
「二匹揃って、シッシコマで~す!」

昭和時代以降に作られた物は左右共に角が無い物が多く、
そんなんは、本来「獅子2」というのが正しいかな・・・。



お尻尾なんて気をつけてみたことないでしょ。
なんかかわいい。



これは奥の本殿横にある「狛犬」
ちょっとこわい雰囲気を漂わせていてはる。



「獅子」さんもなんかすごみがあるな。


↑千本玉寿軒「早わらび」


↑外郎(よもぎ入)、黒粒あん
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お酒の神様

2010年02月27日 05時11分30秒 | 社寺・和菓子


ここは、梅宮大社(うめのみやたいしゃ)。
京都市内の西端に近い場所にあります。



旧社格は官幣中社。現在は神社本庁に属さない単立神社となっている。
官幣中社って国家の保護を受けた神社の「中」ということかな。



酒造の神、また子授け・安産の神として信仰されている。
初めてお酒を造って神々に献じた酒造の祖神である酒解神(さかとけのかみ)の大山祇神(オオヤマツミ)さんと、その娘木花咲耶姫(このはなさくやびめ)さん、夫の瓊々杵尊(ニニギノミコト)、子供の彦火火出見尊(ホオリノミコト/通称山幸彦)さんが祀られている。
他に、相殿に嵯峨天皇、その子の仁明天皇、嵯峨天皇の后の橘嘉智子(檀林皇后)、橘嘉智子の父の橘清友をお祀りしている。




↑本殿の後ろの木の上にアオサギが巣作りをしています。
 声だけ聞いたら動物園的な雰囲気かも。

もう少し西に行ったところにある松尾大社も酒造りの神様なんだけどな。
松尾大社は、秦氏と関係が深く、秦氏は酒造の技術も日本に伝えたことから中世以降松尾神は酒造の神様となったらしい。
だから梅宮大社の方がお酒の神としては古いのかも。





子授け・安産の神としては、檀林皇后が梅宮大社の砂を産屋に敷きつめて仁明天皇を産んだことから子授けと安産の神さまとされている。





梅宮大社の神苑は、四季色んな花が咲きます。
梅、椿、桜、杜若、花菖蒲、紫陽花、睡蓮、秋は紅葉と四季楽しめます。
車でないと行きにくい場所なので、人は案外すくないから穴場かも。
梅宮大社地図


↑千本玉寿軒「玉椿」


↑羽二重、白こしあん
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やっぱり「たぬきうどん」やね

2010年02月26日 05時35分41秒 | 


もう春の陽気とはいえ寒い日もある。
花粉も飛んできている様子。
のどがどうもイガイガする。
そんな時、やっぱり「たぬきうどん」が一番。



京都人は、あんかけ系のうどんが好きやね。
あんかけ系のうどんには、コシのないうどんが合うように思う。
うどんをもちあげるとプツプツ切れる。
食べにくいといえば食べにくい。
でも最近、これが京都らしいと思う。



お年寄りが食べるときは、お箸でうどんを切ったハッタ。
そしてレンゲももらって食べたはりました。
案外合理的な食べ方かも。
あんかけの上にたっぷり生姜のおろしたのをのせて
フーフーと食べるのが一番エエ。
のどに生姜がしみて気持ちいい。


↑親子丼

それに、たぬきうどんの中に入っているお揚げさんは、厚くて※美味しい。
これだけは、他の土地では食べれない。
京都人が地方で食べてびっくりするのがこの「たぬきうどん」だろうな。
注文したら全然違うものがでてくる。



メニューが面白いでしょ。
きつねうどんは、二種類あります。
・きつね(きざみ)/これは、甘くなくてサッと油抜きして刻んだお揚げさんがのっている
・甘きつね/甘く煮た大きなお揚げさんがおうどんにのっている。
ハイカラというのが天かすがのっているおうどん。お店によって蕎麦の場合もある
・肉うどんというのも存在。京都で肉といったら牛肉です。
・けいらんは、溶いた卵をあんかけ風にする。
おうどん屋さんは、京都でしか食べられないものが結構ありますね。
高級な懐石だけが京料理じゃないですよ。
お金をかけなくても充分たのしめます。
※この時だけかもしれないけど、お揚げさんの厚みが薄くなったように思う。


おかる地図
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鶯宿

2010年02月25日 06時04分30秒 | 風景・和菓子
本日は、昨日の京都鶴屋鶴壽庵「鶯宿」の形から発した記事。


↑京都鶴屋鶴壽庵「鶯宿」外郎、薄紅あん

「勅なれば いともかしこし
 うぐひすの 宿はと問はば いかが答へん」



「大鏡」によれば、天暦年間(947~956)に村上天皇は、
御所清涼殿の梅が枯れたのを知り、その代りに、
紀貫之の娘(紀内侍/きのないし)の庭にある美しい紅梅を
移植させようとしたそうです。
ところがこの梅を大切に育ててきた彼女は悲しみ、
この歌を書いた短冊を枝につけて献上しやはった。



その歌には、
「恐れ多くも天皇のご命令ですから、私はこの梅を献上いたしますが、
 この梅を住処とする鴬がまた今年も飛んできて
『私のお家はどこ?』と聞いてきたら、
私は何と答えればよいのでしょう」



という意味が込められており、
その風流に感動した村上天皇は
その梅を「鶯宿梅(おうしゅくうめ)」と名付けて元に戻したと伝えられています。



なんかすばらしい話ですね。
生菓子のタイトルからこういう話が知ることができてうれしいな。
ひろこさん、cox-orangeさん、教えていただきありがとうございます。
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そろそろ、北野天満宮の梅苑は見ごろだろうな

2010年02月24日 04時53分56秒 | 社寺・和菓子


今日も北野天満宮。
これは、引き戸のところに梅の紋が抜いてある。



こういう木のところにたくさん別の植物が生えているのが貫録ですね。
梅の木にとってはいいのかな。
コケ類は、あまりよくないらしいけど。





白梅もきれいだった。
香りは紅梅の方がいいけど。



この日は普通の日だったけれど、人は結構来られていた。
本殿の前は、行列ができてきた。
やっぱり受験合格祈願かな。



梅苑を外から覗く。
もう少しだった。
これは先週の話だから、ここ数日の陽気で急速に開花して
見ごろになっているかも。


↑京都鶴屋鶴壽庵「鶯宿」
メジロは見かけるけど、ウグイスはまだだな。
また裏山でさえずりを聞かせてくれるんだろう。


なにを表現しているのかわかりません。


↑外郎、薄紅あん
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天神さんと牛さん

2010年02月23日 06時04分33秒 | 社寺


なんとか天神にいくと必ず牛さんがいてはるでしょ。
菅原道真さんと牛とどういう関係があるの?
そんな疑問がわきませんか?



理由はいろいろあります。
・道真さんの生まれ年は丑年(承和12年6月25日、845年)
・牛のミルクで育った
・亡くなったのも丑年(延喜3年2月25日、903年)
・太宰府へ左遷されはった時、京都6時56分発のぞみ95号博多行きに乗らはった
 その時、京都駅八条口の蓬莢売店側の柱の影で、牛が泣いて(鳴いてではなく)見送った。
 (ミル姉さんかどうか未確認)
・だから牛の目が赤いのかい?
・白牛が刺客から道真さんを守った。(現場は、道明寺からこもやの里近辺)
・遺言「車を牛に引かせて、牛の行くままに任せ、牛が止まったところに葬ってくれ」といわはったそうです。
 自宅前に止まったらいややろなぁ・・・。でも止まって欲しい人もいてはったらしい。
 お店の前の盛り塩はその時から始まった(かどうかは未確認)。
・道真さんは、佐賀牛ステーキやしゃぶしゃぶが好きやった
ちょっとだけ違う情報が混じってしまった。
どの項目でしょうか?



お約束の「手鼻輪」
これで牛さんも幸せになる。
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美しや紅の色なる梅の花・・・

2010年02月22日 05時06分43秒 | 社寺・和菓子


「美しや紅の色なる梅の花
 あこが顔にもつけたくぞある」
これは、菅原さんの5歳の時の歌なんだそうです。
菅原さんというても「今日でお別れ」とか歌ってない方の菅原さんです。





「あこ」とは菅原道真さんの幼名。
道真さんが5歳の時に京都菅原院の庭に咲いている梅の花を見て詠んだ歌です。
5歳の子供が「美しい紅色の花を私の顔につけたくなりました」
生意気なガキやね。
わが家の子なら白梅と紅梅をお鼻のお穴に突っ込んでやりますね。





北野天満宮は、先週はまだ三、四分咲きという感じでした。
でも花が散り始めている木もありました。



梅苑の中はのぞいたら、まだ二分咲きぐらいだったから入らなかった。
今週ぐらいが見ごろかも。



それでも境内は、甘酸っぱい梅の香りがいっぱい。
やっぱり梅の香りは好きだな。



臘梅もいい香りだった。


↑亀屋良長「万年大吉」


↑きんとん、粒あん
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ハートを見っけ!

2010年02月21日 05時38分32秒 | 社寺


これは、北野天満宮の本殿の前にあります。



以下は、由来の立て札から引用しました。
重要美術品※1「渡邊綱(わたなべのつな、953~1025)」の燈籠(とうろう)
渡邊綱は平安時代中期の武将源頼光(みなもとのよりみつ)の四天王※2の一人
大江山の酒呑童子(しゅてんどうじ)退治、一条戻橋での鬼との戦いはつとに有名。
本燈籠の由来はこの一条戻り橋の鬼退治の話に遡る。
「渡邊綱が所用で夜半一条戻り橋にさしかかると、若く美しい女性に深夜のこととて家までおくってほしいと頼まれる。しばらく行くとその女性は恐ろしい鬼の姿となり綱を捕らえて舞い上がり、愛宕山へ連れ去ろうと北野天満宮上空にさしかかる。その時、綱は太刀を抜き放ち、綱を掴んでいた鬼の片腕を切り落とし難を逃れる」
後日、綱はこれも天満宮の大神のおかげと神恩を感謝し、この石燈籠を寄進したという。



※1 「重要美術品」といういい方が耳慣れないですね。調べてみました。
文化財保護法施行以前、旧「重要美術品等ノ保存ニ関スル法律」に基づき日本政府(文部大臣)が、日本国外への古美術品の流出防止を主目的として認定した有形文化財のことである。なるほどね。
※2 源頼光の四天王/渡邊綱、坂田金時(さかたのきんとき)、卜部季武(うらべのすえたけ)・碓井貞光(うすいのさだみつ)。坂田金時(公時とも)は幼名が金太郎さんです。ところで渡邊綱ってすごいイケメンだったらしい。先祖の源融は『源氏物語』の主人公の光源氏の実在モデルなんだそうです。



違う角度で話を調べてみました。
以下のような内容です。
一条戻り橋で見知らぬ美しい女性に「暗夜が怖いから家まで送って欲しい」と頼まれたので、馬に乗せた。するとその女はたちまち鬼と化してしまった。渡辺綱はその鬼の右腕を切り落とした。鬼は愛宕山に逃げ帰ったが腕が残り、処置にこまった。そこで安倍晴明に相談した。
ここで安倍晴明が登場ですね。



教訓/深夜、見知らぬ美しい女性(男性)に声をかけられたら、気をつけましょう!京男の場合は、寝ているから心配ないか。
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梅花より団子

2010年02月20日 06時01分42秒 | 甘味・喫茶・その他


北野天満宮に行った。
もちろん、梅の花の開花状態をみにです。
写真は、順番に紹介します。
今日は、その途中で食べた「長五郎餅」の話。





この「長五郎餅」、歴史が古いそうです。
お店の説明によると天正15年(1587、宇宙暦では0000.382)10月1日
この年の7月に九州平定を終えた秀吉が、京都の朝廷や自己の権威を示すために
大きな茶会を北野の森で開催。
これがいわゆる「北野大茶会(きたのおおちゃかい)」
このイベントのために結構な工事を9月ぐらいからしたそうです。
日本全国におふれを出した。
大坂・堺・奈良から数奇者たちが集まった。
秀吉は午前中は茶頭として茶を振舞い、午後には会場内各所を満足げに視察した。
この餅を見つけ、エライ気に入らはったそうです。
その時「長五郎餅」と名前をつけた。
「粟餅」は、江戸時代だからまだなかったのね。



北野大茶会は10日間の予定だったけど、翌日には中止になったそうです。
一説によると、秀吉の予想通り、京都の人々が集まらなくて、エエカッコしいの秀吉さんは、先手をうってやめたというのです。
京都人は、こういう成り上がり主催のややこしいイベントには、昔からあまり行かなかったかも。表面的には、うまいこと調子をあわすけど、裏ではうさんくさいと思っていたんと違うかな。
それで「およばれしたいんですけど、急な用事ができたさかい。行けへんワ。また今度にしときまっさ」となったんだろうな。
こういうのが京都人的性格ね。



さて話は現代に戻ります。
この「長五郎餅」境内で食べられる。
煎茶付と抹茶付がる。
このお餅的には番茶が合いそうやけど、煎茶にしました。
このお湯飲みで煎茶はちょっとかわいそう。
(まあ、煎茶の味はしてなかったから大丈夫だけど)
この餅を添付の黒文字のこぎりで、きれいに切ろうとしたけどちょっと無理。
羽二重餅が柔らか過ぎた。
しかたなく、手でもってお口で切りました。
こしあんは、上品な甘さだった。
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京男の足跡じゃないし・・・念のため

2010年02月19日 05時36分37秒 | 社寺
今日の記事も智積院。
これは、仏足石(ぶっそくせき)。
釈迦の足跡を石に刻み信仰の対象としたそうです。



古代のインドでは像をつくる習慣がなかったため、
こんな仏足石や菩提樹などをつかって釈迦を表現した。
※菩提樹は、釈迦がその下で悟りを開いたとして知られる。
ただ日本の菩提樹とインドでは、ちょっと違うそうです。



◆仏足石の特徴
・足下安平立相(そくげあんびょうりゅうそう)
足が大きく平らで、土踏まずがないという特徴がある。
より古い形式では何も模様がかかれていないことが多い。

・足下二輪相(そくげにりんそう)
足のほぼ中央に二重の輪が画かれ、そこから放射状に線が画かれる。

・長指相(ちょうしそう)
仏陀は手の指も足の指も長かったとされ、足跡の指も長く画かれる。
→京男は、足が長いか・・・

・手足指網相(しゅそくしまんそう)
指と指の間に水かきのような網があったとされている。
仏足石では、魚の絵で網を表している。
→京男もちょっと水かきがあるかな。



ひとつひとつの図形に意味がある。
面白いな。



五色幕(ごしきまく)がカラフル。



真言宗系では、「五智如来の色」といわれ、5つの智慧(知恵でなく)を表す色。



これは、明王殿の前にある線香ブースの上にある宝珠。
こういう形が面白い。
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カレーって久しぶりかも

2010年02月18日 05時57分36秒 | カレー

↑モツ鍋カレーにスジをトッピング

昨日の智積院の梅を見た日のことです。
智積院で撮った写真はまだあるのですが、
先にランチで食べたカレーにします。


↑オムレツをトッピングしたカレー

あの日のランチはカレーの気分だった。
でも近くにあるカレーは、ココイチ(カレーハウスCoCo壱番屋)しかない。
もう少し京阪七条駅に近いところにインド料理のRAJUができているんだけど、
悲しいかな店内の照明が暗い。
暗い店に入るのはなんだか嫌なんです。


↑豚シャブカレー

ということでココイチに決定。
早く家に帰りたかったというのもある。
注文は、意外とライスは普通盛りで、辛さも普通。
私だけ5ランクぐらいに辛くしてもらう。
でもあまり辛くなかった。
最近、辛さに耐性ができたのかな。



ゴボウのサラダ(ゆで卵付)も注文。
もちろん、ラッキョウも。
量的に満足してしまった。



これは、わが家の菜の花スパゲティ。
アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノをベースにしている。
これで4人前。
京男はこのトウガラシの焦げたのが好き。
トウガラシは10本ぐらい使うかな。
乾麺で1キロなんです。
写真では小さく見えますが。
ニンニクも2株は使う。
オイルもオリーブオイル+ピーナッツオイル+バターを使用。
これだけの量で、味と茹で加減をアルデンテに維持するのは技ねっ!
美味しいですよ~。
他にこれからの時期よく作るのは、ゴルゴンゾーラ(ピカンテが好み)のスパゲティかな。
書いていて食べたくなってきた。
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智積院の梅

2010年02月17日 04時52分54秒 | 社寺


昨日は、あまりすっきりしない天気だった。
昼はちょっと霧雨のような雨。
高3の双子男子は、卒業まで休みなんです。
お昼になると食事が必要。
三人では、オープンカーに乗れないし
困るのです。
この状況は。





私一人なら食べなくていいのですが。
一応、なにか食べさせてあげないとね。



仕方なく下山、カレーを食べる。
ココイチなんて久しぶりだ。



食べ終わってせっかく下山したんだから智積院の境内を
ちょっとだけ散策。
なんと梅が結構咲いていた。
かすかに梅の香りがする。
結構うれしかった。
これでお天気がもう少しよかったらいいだろうな。
京都人でも智積院で結構、梅が見られるなんて知らないだろうな。
人がほとんどいない。
北野天満宮や梅宮大社、京都御苑も見ごろになってきているかも。





今年は、なんだか時間が早く経つように感じる。
すぐ夏になりそうね。
なんて言っている間に年末だ。



双子君たちが高校入学からもう卒業だ。
智積院の境内を通って通学していたんですよ。
彼らは、その贅沢さに気付いていないだろうな。
私も南禅寺や永観堂、哲学の道を毎日通っていたけど
あまり美しいと思ったことがなかったもの。
きっとあと数十年後、自分たちの環境の贅沢さに気付くだろうな。
清水寺だってほとんど行ってないしね。

智積院地図
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雨水降り地面春めく

2010年02月16日 05時15分39秒 | 風景・和菓子


2月19日から、二十四節気でいう雨水(うすい)に入る。
この日から啓蟄(けいちつ、3月6日)までの間をいう。
「陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となればなり」
このぐらいから本格的な春になってくる。



その前に、三寒四温(さんかんしおん)
寒さと温かさが交互にやってくる。
花粉や黄砂もそろそろ増える。
油断しないで思いきった服装をして出かけましょう。


↑長久堂「水温む」
なんともほんわかした感じの上用饅頭。
山芋の入った皮はもっちりしっとりなんです。


↑上用(山芋)、赤こしあん


↑本家玉寿軒「下萌え」
雪のしたから緑の地面がみえてくるのを表現したのかな。
京都市内では見られないだろうな。


↑黄味しぐれ、こしあん
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こんなお店が近くにあったらな・・・

2010年02月15日 06時03分21秒 | 


長男と二人でいったお店でのつぶやき。
「ハイライト食堂百万遍店」は、百万遍から銀閣寺方面へ北側を歩いて行くとある。



長男は、迷わず「ジャンボチキンカツ定食」
以前に来たのを覚えていた。
彼の好みなんだそうです。
これで590円はすばらしい。
家の近所は、女子大だしこういうお店はない。



私は、三色フライ定食にしたかったけど
どうも最近、身体がフライを受け付けない。
しかたなく「牛鍋」
これで620円。いいでしょ。
もちろん、お腹は大満足。



不景気な世の中やけど、食べるぐらいお腹いっぱい学生たちに食べさせてくれるこういうお店はうれしい。
私が学生なら一日一食で腹いっぱい食べるだろうな。
学生の時はそうだった。
蓬莢の豚まんを一度に10個食べたことがある。
当時@40円だった!
ケンタッキーのフライドチキンを一度に10ピース食べたこともある。
まあ、あまり自慢にもなりませんが。
ハイライト食堂百万遍店地図
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京女たちの陰謀?

2010年02月14日 06時42分08秒 | 和菓子


今日は、バレンタインデー。
日本のバレンタインデーは、女性が男性に
「愛情の告白」としてチョコレートを贈る習慣なんだそうです。
本来のバレンタインデーとは関係のない習慣。
なぜチョコレートなんか?
はじまりは、1958年メリーチョコレートがはじめたらしい。
当時、女性から男性に告白するということは
すごく恥ずかしい行為だったらしい。
いまでは、考えられへんね。


↑長久堂「花の目覚め」


↑きんとん、粒あん

節分における恵方巻も似た習慣。
恵方巻は、1973年大阪海苔問屋協同組合が海苔販売目的ではじめたそうです。
商魂たくましいねぇ。
今年のデパ地下、恵方巻購入行列はすごかったな。
みんな「福」が欲しいのね。
巻き寿司ぐらいで「福」が来ると思っているんだ。
ずいぶん安い福ね。
その内、恵方バナナとかでてくるのと違うかな。


↑千本玉寿軒「雪餅」


↑つくねきんとん、黄味あん

話は、表題に戻しましょう。
ここ数日、やたらチョコレートが家にある。
長女と次女がいるからかな・・・程度に思っていた。
夜、京女がチョコレートをあけて食べようとしているではないですか。
京男「何でチョコレートを食べているの?」
京女「姉とか友達から送ってきた」
京男「何で姉さんからチョコレートをもらうの?」
京女「名目は、あなたに贈ってきた」
京男「エエッ!」
びっくりしました。
私宛だった!
京女曰く「あまりチョコレートを食べないじゃない」
確かにそうだけどねぇ・・・。
他の家庭なら「血糖値が高いから」「コレステロール値が高いから」
と言われるんだろうな。


↑二條若狭屋「水温む」


↑ういろう、白あん

報告ぐらいしてくれてもいいのにね。
次回会った時にお礼のひとつもいわないといけないのに。
政治家さんたちが
「秘書がかってにやっていた。私は知らなかった」状態じゃん。
みなさん、どう思わハリます?
京女は義姉たちや友人たちと
旦那をダシにしてチョコレートを贈りあっていたのでした。
百貨店にいる女性たちもそういうことなんだろうか・・・。
純粋な気持ちなどないのだろうか?
自分たちの満足のための日だったのだ。
おそるべし、オソルベシ。


↑京女がテレビの前で居眠りをしている間に真ん中右のカシスをつまんだ。
エライ外れだった!

妻帯男子諸君!
ホワイトデーに、奥様名目でビールやウイスキーを贈りあおうではないか!
・・・でも結局とられてしまうんだろうな。
悲しいね。
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