京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

くるみ餅

2010年08月31日 05時13分21秒 | お土産


昨日にひきつづき、これもいただきもの。
最近、生菓子はどうも手に入れようとするのですが
この暑さで職人さんも腕が鈍っているのでしょうね。
本来生菓子は、夏はオフシーズンなんです。
だから売ってはいますが、どうしても無理がある感じ。
これは、「くるみ餅」といいます。
ぱっとみたら東北方面の「ずんだ餅」っぽい感じですね。
このいただきもののくるみ餅は、テイクアウト用でタッパに入っています。
お店でならこの上にかき氷をのせ「氷くるみ餅」で食べられるそうです。
なるほどそれも美味しそうだな。
京都にはありそうでないものですね。



店名の由来をHPから引用させていただきます。
かん袋は、鎌倉時代末期、元徳元年(1329年)に和泉屋徳兵衛が和泉屋という商号で御餅司の店を開いたのが始まりです。



安土桃山時代に、豊臣秀吉が大阪城を築城し、その際に堺の商人へ多額の寄付を要求しました。文禄二年(1593年)の春中頃、桃山御殿が完成したのを機会に、秀吉は寄付金の礼として堺の商人納屋衆を招きました。その時、天守閣は瓦を葺く工事中でした。暑い日盛りの下で、蟻がえさを運ぶように職人が一枚一枚瓦を運び上げていました。この様子を見た和泉屋徳左衛門は、容易に片付かないと思い、毎日奉仕に出ました。餅作りで鍛えた腕力を使い、瓦を取っては次から次へと屋根の上に放り上げました。瓦は春風に煽られて、紙袋がひらひらと舞い散るように屋根に上がりました。そこに居合わせた人々は、度肝を抜かれました。これを見た秀吉が、「かん袋が散る様に似ている」と、その腕の強さを称えました。秀吉は、「以後かん袋と名づけよ」と命じ、それより「かん袋」が、和泉屋の商号になりました。
室町時代の中頃(1420年頃)には、堺の町は明との勘合貿易の貿易港として栄えていました。明国より入荷した農作物を利用して、五代目の和泉屋忠兵衛は塩味で挽き合わし、茶菓子を作り出しました。お餅をくるんで食べるところから「くるみ餅」と名づけました。その後、ルソンから砂糖が輸入され、甘味が加えられ現在のくるみ餅となりました。



かん袋って聞いて童謡唱歌の『山寺の和尚さん』を思い出す。
あの歌詞にでてくるカンブクロってなんだろうって思ったものです。
一説にはお寺ということで棺袋(かんぶくろ)という説もある。
普通は、紙製の袋のことでしょう。

『山寺の和尚さん』
「山寺(やまでら)の和尚(おしょう)さんが
 毬(まり)はけりたし 毬はなし
 猫をかん袋に 押し込んで
 ポンとけりゃ ニャンとなく
 ニャンがニャンとなく ヨイヨイ」



※京男バージョン
「山寺の(ホイホイホイ)狸(たぬき)さん(スットコドッコイ)
 太鼓(たいこ)打ちたし 太鼓なし(ポコ・ポンポンポン)
 そこで金袋(きんぶくろ)を ダラリ出し(アラ・アァ~~ラ!)
 ポンと打ちゃ ポンと鳴る
 ポンがポンと鳴る ヨォ~イ・ヨイ♪」

※雌狸バージョンもありますが、これ以上やると京男のイメージがダダオチになりますので、慎んで差し控えさせていただきます。
「えっ!もう落ちている?」
暑さのセイです。気のセイです。(きっぱり!)

Twitter→@kyo_otoko
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オミヤノカエコト

2010年03月11日 06時05分23秒 | お土産


これは普茶料理をご一緒させていただいたお客様から
お土産にいただいた「市田柿 柿巻」



食べようと切りわけ、フトみると切り口がなんとも美しい。
思わず写真に撮りました。



干し柿を重ねて凝縮した感じがとてもいい。
自然な甘さがお茶ととても合う。
京都では、ないものです。



「かえこと」をありがとうございました。
※かえこと/換え事。交換。



一昨日の雨の日、東大路七条の京都博物館東南角の桜。
少し咲いてきました。



今年は桜の開花が早いのかな。
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かま風呂は古式サウナ

2009年10月09日 05時14分56秒 | お土産

↑大原女家「かま風呂」

先日、京女の母君から大原女家の「かま風呂」をもらった。
これも昔からあるお菓子。
でも食べたことはほとんどなかった。
この大原女家も店舗改装後は喫茶がなくなった。
すーさんならきっと恐怖する「甘党会席」というのがありました。
松(2500円)と竹(1800円)もしていたのがいまでも憶えている。
惜しいなご招待したかった。


↑上が白あん、下が黒あん

かま風呂といえば京都市左京区八瀬周辺にある日本古式のサウナ。
大きなかまくら型の竈の中に入り蒸気浴をする。
天武天皇(631~686)が若い頃、流れ矢に当たり、
この地のかま風呂で癒したのがはじまりなんだそうです。
飛鳥時代やんか・・・その時京都の都はなかった。
京の都は、794年やものね。その頃の八瀬ってそうとう山奥だっただろうな。



昔は、「風呂」というとサウナのような蒸気浴のことをいっていた。
湯や水で体を洗うことは「沐浴」と使い分けたらしい。
大きな湯船でというのは、温泉が天然に湧いているところぐらいだったかも。


↑ちょっと遊んでみました

私は、かま風呂には入ったことがないんです。
現在も八瀬にかま風呂に入れる旅館があります。
入浴だけじゃだめみたいだけど。


↑建仁寺浴室/これも中は蒸気浴

子供の時は、八瀬遊園のプールに、よくに泳ぎに行った。
水が冷たかったな。
この八瀬は、比叡山へ西から登る入口の叡山電鉄叡山本線の終着駅。
駅名が「八瀬」→「八瀬遊園」→「八瀬比叡山口」と変化しました。
この駅前にあったのが八瀬遊園。


↑泉湧寺浴室/これも蒸気浴

小学校ぐらいまで八瀬遊園がすべてだった。
秋は、ひらかたパークに菊人形を見に行くというのもあったけど、かなり遠いイメージだった。
その「八瀬遊園」も「スポーツバレー京都」になり「森のゆうえんち」となり
2001年に閉園になった。
まだ、長女次女が小さい時に私の両親と我々夫婦で車で遊びに行ったのが最後だろうな。
あの時、私が最初に買った携帯電話を子供コースターに乗って落とした事件をいまだに憶えている。高かったんです。当時の携帯電話。ということは、スポーツバレー京都の時代かな。
なんか京都人にしかわからない雑談でした。
八瀬比叡山口駅地図
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松風や・・・

2009年08月13日 05時08分46秒 | お土産


松風というお菓子は、茶道とは縁が深い。
美味しいんやけど、意外と一般には知られていないかも。



松風って清水寺の西国三十三個所の御詠歌に出てきます。
詠みます(吟じます風言い方)
「松風や 音羽の滝の 清水を むすぶ心は 涼しかるらん」
まつかぜや おとはのたきの きよみづを むすぶこころは すずしかるらん





松風(まつかぜ)は、松林にうちつける風。日本の古典文芸において「松風」(まつかぜ)は、
うら(=浦)寂しい海岸の情景を表すものとして用いられた。
この場合「待つ」の掛詞として使われているのかも。



この味噌松風は、和風カステラのような外観。
西京味噌の香ばしさとあっさりとした甘味は、茶人好みね。
カステラのように柔らかくなく、モチモチとした食感。
このお店、創業承応年間なんだそうです。
この味噌松風は、大徳寺の江月和尚という人が考えハッタそうです。
この松屋常盤の「味噌松風」は、予約が必要なのでなかなか手続きが必要。
地方からのお客様が来られるので予約してみました。
私の母親も好物なのでいっしょに予約。
自分用にもひとつ確保しました。



松風という名前は、謡の「松風」に由来するそう。
(実際に聴いたことがないのでようわかりません)
「浦寂し、鳴るは松風のみ」という一節を、裏に焼き色が付かないので寂しい
ということにかけた、いわば言葉遊びなんですって。

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幽霊飴

2009年08月10日 04時24分02秒 | お土産


今日までですが、六道詣りの時に買うのが「幽霊飴」
みなさん「幽霊飴」を知ったはったりますか?
正式な名前は「幽霊子育飴」
なんか陰気な感じの飴だと思うでしょ。
お土産にもらったら微妙やね。
美味しいなさそうな感じ。でもとってもやさしい味。
ちなみにこの飴は年中売ってハリます。
由来は、なかなかいい話なん。
以前に書いたのをリピートします。



こんなお話しです。
六道珍皇寺の門前に飴屋がありました。ある夜に表の戸を叩く音で出てみると青白い顔をした女の人が一人立っていました。「えらい夜分にすんませんけど、飴を一つ売っておくれやす」そう言って一文銭を出した。次の日も、また次の日も同じ時分に来る。それが六日連続で来はったそうです。
店の主人が「明日来なんだら、普通やないで」家人が「なんでですねん」「そりゃそうやろ。人が死んだ時、六道銭言うて三途の川の渡し料やいうて銭を六文棺桶に入れるんや。それを持ってきてるんと違うやろか」



七日目の夜、また女の人が来て「実は今日は、お足がございませんが。飴をひとつ……」と言う。主人は「よろしおす」と飴をひとつ渡すと女性は立ち去りました。主人はそーっと後をつけていきました。すると二年坂、三年坂を越えて高台寺の墓地へ入っていくのです。そしてひとつの塔婆の前です~っと消えたのです。耳を澄ますとどこからか赤ん坊の泣き声が聞こえて来る。おかしいと思った主人は、墓守を呼んでその女が消えたお墓を掘ってみることにしたのです。ザク、ザク、ザクするとコツン。棺桶が出てきました。恐る恐る開けて見ると、お腹に子供を宿したまま亡くなった女がでてきたのです。しかも棺桶の中で元気な赤ん坊が生まれていたのです。母親の一念で飴を買いもとめ、赤ん坊を守っていたのでしょう。
不憫(ふびん)に思った飴屋の主人がこの子を育て、後にこの子が高台寺の坊さんになったというお話。母親の一念で一文銭を持って飴を買うてきて、子供を育てていた。それもそのはず、場所が「コウダイジ(子を大事→高台寺)」。
七日目にもうお足がない。この事件以来、幽霊には足がないのだそうです。
お後がよろしいようで……。



怪談といえば先日、シネマ歌舞伎の「牡丹燈籠」を観てきました。
最近は、知らん人が多いかもしれませんね。
他の怪談もそうだ。「皿屋敷」「四谷怪談」だってよくストーリーがわからんもの。
幽霊のお露とお米より、生きているお国やお峰のもっている人間の業の方がよっぽど怖い。
昨今のニュースを見ても、この世の事件の方がよっぽど陰惨で怖いな。
いまに幽霊や妖怪たち、この世が怖くて出てこなくなるかも。
この世は、ひょっとしてある種の地獄(監獄)じゃないかと思うときがあります。
UFOが地球に現れているのも、宇宙人が怖いもの見たさに観光に来ているのかも。

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五色豆

2009年02月02日 05時46分06秒 | お土産
この五色豆は、小さい時に苦手なもののひとつやった。
小さい時、結構もらいもので来た記憶がある。
きっと毒々しい色と甘さが苦手だったかも。
いま、あらためて食べて見た。
やっぱり甘かった。
昔から緑の青海苔は好きやった。
抹茶やと思たけどな・・・。



この五色の色はどこからきているんやろ?
どうやら陰陽思想からきているらしい。
古代中国に端を発する自然哲学の思想で、万物は木・火・土・金・水の五種類の元素から成るという説である。
また、五種類の元素は
「互いに影響を与え合い、その生滅盛衰によって天地万物が変化し、循環する」
という考えが根底に存在する。


京都・夷川、豆政「五色豆」

五行五色と書いてみると
・木(木行)/木の花や葉が幹の上を覆っている立木が元となっていて、樹木の成長・発育する様子を表す。「春」の象徴。色は「青(緑)」。味覚は「酸味」
・火(火行)/光り輝く炎が元となっていて、火のような灼熱の性質を表す。「夏」の象徴。色は、紅。味覚は「苦味」
・土(土行)/植物の芽が地中から発芽する様子が元となっていて、万物を育成・保護する性質を表す。「季節の変わり目」の象徴。色は「黄」。味覚「甘味」
・金(金行)/土中に光り輝く鉱物・金属が元となっていて、金属のように冷徹・堅固・確実な性質を表す。収獲の季節「秋」の象徴。色は「白」。味覚は「辛味」
・水(水行)/泉から涌き出て流れる水が元となっていて、これを命の泉と考え、胎内と霊性を兼ね備える性質を表す。「冬」の象徴。色は「玄(黒)」。味覚は「塩味」

五色豆の場合は、「玄(黒)」をニッキ(茶色)で表している。



この五色豆は、縁起物。お祝いの時の引き出物としてもらいました。
「泉屋のクッキー」や「河道屋の蕎麦ほうる」もそうやね。
京都人ならわかりますね。京都以外の人にはわからんことやけど。
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栗赤飯&豆餅

2008年11月02日 06時28分30秒 | お土産
「金時の栗赤飯は、美味しい!私はあんまり好きやなかったけど、ここのは食べた!」とイラストレーターのTさんに教えてもらった。
こういう話を聞くとすぐに身体が動いてしまう京男であります。



場所は千本今出川交差点の西北ね。
もともとこのあたりが誕生の地なんです。
この地域は西陣の古い町屋がまだ現役。
当然、お年寄りも多い。
その地域にあるお餅屋さんやおまん屋さんは美味しいにきまっている。
京都は古い街。行事や習慣を重んじる。
お祭、月命日、行事なんかにお赤飯やおけそくさん(お供え用の小餅)や紅白や黄白のおまん(上用類のこと。微妙な場所の意味やないしね)、白むし、は不可欠。
だから街中にたくさんのお餅屋さんやおまん屋さんがある。

マーケティングでは、餅菓子屋が多い地域は新規参入がむつかしいというのがありますが、地域の連帯が強くてよそさんが入りにくいということなんです。
それはいまでもそうです。
マンションならそれほど問題はないのですが(マンションは町内の仲間にいれてもらえない)、地べたに住むとなると大変。
町内会費もやたら高いしね。つき合いも大変なん。

こんなことはわからへやろな。京都のダークな部分やから。
例外的に、外人さんとか学者さん、タレントさんや文化人、学生さんはお目こぼししてもらえますが。京都の町家に住むのは想像以上に気をつかうんドス。



なんか前置きがなごなった。
これが、件(くだん)の栗赤飯。
この栗がなんとも美味しい。
自然の甘味。
赤飯の塩加減も絶妙。
蒸したてを買うことができました。
幸せ。



これは「豆餅」。
いわゆる豆大福じゃない。
あんなしなん。
あん入りの「豆大福」も売ったハリます。
この「豆餅」をそのままいただくのです。
これは美味しい。塩味がすばらしい。

しかも出町のふたばみたいに、並んで買う不快さもないし。
(昔はふたばもこんな感じやったのに)
Tさん情報をありがとう!
「金時」地図
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そろそろ出番が近い

2008年10月04日 05時11分32秒 | お土産
先日、京都の北部に用事があり、天候のいい時に行く。
京都は、北と中央部、南と天候が違うんです。
おそらく、今出川通を越えるとガラッと天気が違う。
こうなると天気予報なんかあてにならない。
自分の勘が勝負。



北に行ったついでに、わら天神の側の喜久屋に行く。
「レモンくず」を手に入れるためなんです。
これを両実家とわが家に常駐させて置くんです。
ちょっと風邪で食欲のない時に重宝する。



値段は、10個1000円ね。
冷凍庫に入れておきます。
こんなしおりがつくってある。
今年からかな。



ここの名物「栗の子」も予約しないで買いました。
顔見知りやしかな・・・。
ほんまはチャンと予約してくださいね。(念のため)
もうこの店に来始めてから十数年は経っているものね。
おばあさん、歳とらはったな・・・。



食べてみてちょっと残念なこと。
栗が少なくなったように思います。
京女もそう言った。もう十数年食べているから間違いない。
10個ともそうだったから、たまたまではないように思います。
栗が少ないからどうしても、あんの甘さが前に出てくる。
栗の風味も少ないし。
ちょっと残念。
たまたまかもしれませんが。
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この茶壺は・・・

2008年08月26日 05時19分33秒 | お土産


不思議なものでしょ。
これは、茶壺の形をした「抹茶アイスもなか」
今熊野商店街の中にある大谷園茶舗で売っている。
地元の人しかわからんかもね。
ここは、東福寺の近くなんです。
双子君たちが毎日学校に通う道。
まだここのアイスもなかを食べたことがないそうなので買ってみました。
本当は、お店の中で宇治茶パフェソフトを食べるとよかったな。
330円でいい雰囲気のパフェが食べられる。
祇園で並ぶよりもいいかも。
また別の機会にご紹介します。



懐かしくありませんか。
こういう包装。



抹茶なんですが、脂肪分が少ないのでさっぱりしているんです。
一度に数個は食べられる。
アイスクリンの雰囲気ね。わかるかな?



アイスクリームの売っています。
お店で食べるとソフトクリームなんですが、持ち帰りなのでフタ付きね。



フタ付きの方が得した気持ちになるんです。
こういうのを小さい頃、よく父親に頼まれて買いにいったものです。(笑)



これもあっさりしたお味です。
今度、私の糖尿病の父親に持っていってあげようっと。
母親に内緒で渡そうっと。
きっと喜ぶだろうな。


大谷園茶舗地図
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ニオノウキス?

2008年08月18日 05時15分26秒 | お土産


これは、いつも上生菓子を買っている長久堂で売っている
「鳰の浮巣(におのうきす)」



いわゆる葛湯なんです。
味は、葛・抹茶・漉し餡。
春先には桜というのもあるそうです。



鳰(にお)とは、カイツブリという水鳥の旧名。
この固まりを器に入れ、お湯を注ぐと葛湯ができあがります。



それにつがいの鳰が浮かび上がるという仕掛けもなんとなく
新鮮に感じます。
そういえば昔、家に結構、葛湯の素がありました。
トロンとした抹茶の味や漉し餡は好きだったな。
身体も温まるし。
これは、上生菓子と違って日もちするからいいかもしれませんよ。
単体であげるとそのまま齧る人もいるかも・・・。
ばら売りもしたはります。
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あぶり餅

2008年07月23日 04時10分44秒 | お土産
京女のおかあはんから電話がありました。
「いま、今宮神社なん、あぶり餅食べたい?」
もちろん答えは
「ありがとうございます~♪」



でお土産にいただいたのがこれ。
「かざりや」のあぶり餅はテイクアウトはひょっとしてはじめてかも。
なぜか「一和」の方が多い。
以前はよう買うて帰りました。
最近は、ちょっとご無沙汰。
話によると最近「一和」より「かざりや」の方がいいみたい。
「一和」は、白みそは本田味噌本店で、「かざりや」は石野味噌を使っている。
最近「一和」は、代替わりしやはったそうなんです。だから味が変わったみたい。
「一和」は、創業1000年。「かざりや」は400年なんだそうです。
味が変わっていなかったらすごいことですね。
でもこの2軒、そんなに仲が悪そうじゃない。
裏ではつながっているのかも。
百地党と藤林党みたいなもんやね。(これを、わかる人は相当エライ!)



こんな紙紐ご存知ですか。
私の小さい時は、百貨店でもこういう紐で包装してくれたな。
大丸は緑と白だった。
あの紙紐を見るとワクワクしたものです。



竹の皮もいい味を出しています。
昔はみんなこんなパッケージね。



括るのも竹の皮。
お肉屋さんもこうやってお肉を竹の皮で包んでくれはった。



タレがこぼれないように最近はフイルムで包みますが、昔はなかった。
これなら環境にやさしいですよね。
おかあはん、おおきに。
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レイズン・ウィッチ

2008年06月15日 06時31分53秒 | お土産


なんか最近、たくさん人が会いにきてくれます。
そんな時期なんだろうか。
この間も家に古くからの友人がきてくれました。



お土産は、東京の小川軒の「レイズン・ウィッチ」。
これは、発送はできないそうなので実際に持ってきてくれました。
ありがとう!



洋酒に漬け込まれたレイズンとフレッシュクリームがクッキーにサンドしてあるシンプルなお菓子。
このクリームが生クリームに近いけど、ちょっと違う。
さすがに、我が家の子供はよく知っていて、次男以外(次男はなぜかレイズンが苦手)はササッと食べにきます。



どこにでもありそうでないのがこの「レイズン・ウィッチ」
これは、新橋店と目黒店のものだそうです。
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しぐれがさ

2008年03月30日 06時06分42秒 | お土産


先日、書の師匠からお菓子と招待券をいただいた。
出展したハルんやろな・・・。



だめな弟子なのに・・・。恐縮してしまいます。
パーティの時の芳名録に名前をササッと書きたいという不純な動機だけで習っていたのに。
結局、ペン字はだめなまま。(哀)
お菓子を見て、びっくり。
これ気になっていたのです。
自分で買うのもね。
丸いお菓子の周りに付属の黒文字を刺し、切るとほら傘ができあがり。



お店の説明を引用すると
「俳菓しぐれがさ」
「化けさうな 傘かす寺の しぐれかな」蕪村
洛北一乗寺金福寺夜半亭に居た蕪村が、洛中への道中時雨に遭い、古寺で傘を拝借しました。傘は破れ傘で古色蒼然、如何にも古寺に相応しく思えます。



今にも、手足が生えて、舌でも出して踊り出しそうなお化け傘の姿を、絵文字にして、発句したのが冒頭の句となりました。震えを帯びた線描の傘の図は、今にも手足を出して踊り出す破れ傘の様子を良く表わしております。
この蕪村の俳句に因み、銘菓「時雨傘」を二代店主が創作謹製致しました。末永く江湖の御贔屓を賜らん事をお願い申し上げます。京華堂 利保 四代主人敬白
※蕪村/与謝 蕪村(よさ ぶそん、よさの ぶそん)、享保元年(1716年)~ 天明3年12月25日(1784年1月17日)は、江戸時代中期の日本の俳人、画家。本姓は谷口、あるいは谷。「蕪村」は号で、本名や通称は不明。「蕪村」とは中国の詩人陶淵明の詩「帰去来辞」に由来すると考えられている。俳号は蕪村以外では「宰鳥」、「夜半亭(二世)」があり、画号は「春星」、「謝寅(しゃいん)」など複数の名前を持っている。



そうなんだ。
これは、羊羹を大きなどら焼きでつつんであるんです。
京華堂利保地図


↑03.30ベランダ桜

動画はこちらへ
↑03.30今年はじめてウグイスの鳴き声を聞きました
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京都大学のお土産?

2008年01月12日 07時48分24秒 | お土産


先日また京都大学の側を通りました。
今回は、この間ご紹介できなかった京都大学百周年時計台記念館のお土産を少し紹介しておきます。



この木何の木気になる木~。



さて入り口です。無試験で誰でも入れます。



入って右手はこんな感じ。



左手に売店。奥にレストランがあります。









売店に近づきます。以下羅列でスンマセン。
見たら大体わかりますよね。





なめたらアカンやろ~。



レトルトカレーも売ってます。



キューピーまであるし。東大にもあるそうですよ。
なんか楽しくなるでしょ。どこまで本気なんやろね。
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蕎麦ぼうろ

2007年11月02日 04時53分57秒 | お土産


これを見て味が出てくる人はきっと京都人やろな。
京都の家庭に結構あったりする。なんでかというと粗供養で配るのが流行った時期がありました。
いまでも配らハル時があるんです。
中には、ラジオから聴こえてきたCMソングを唄える人もいるかも。
※かわみち屋のCMは、「京都の懐かCM」で聴くことができますよ。
唄える自分がちょっぴり偉い。(笑)

この蕎麦ぼうろ、小さい時はスカンかった。
どちらかというと「泉屋」のクッキーの方がハイカラに感じたな。
でもあの浮輪のようなクッキーにのっているレーズン、アンゼリカ、チェリーは苦手やったな。ほじくって食べていた。
高校の時、はじめて出町輸入食品で買ったデンマーク製のバタークッキーを食べた時は、カルチャーショックやったな。なんで同じものなのにこんなにうまいんだ。しかも柔らかいし・・・ってね。
バターの香りがハイカラやった。
この出町輸入食品でずっと珈琲を買っていたな。京都で唯一外国物産との接点だったもの。
もちろんソニプラなんか出来ていない時代の話。
あの頃、「ふたば」とかは、普通のお餅屋さんやったな。



この蕎麦ぼうろは、きっと粗供養でもらったもの。
珍しいと思ったのかすぐになくなりそう。いまの子どもにとっては新鮮な味なのかも。
私の母親の好きな松葉というお菓子も基本は同じ味。
形状が違うだけね。
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