WALKER’S 

歩く男の日日

遍路ころがし

2013-06-13 | 13年四国の旅

 今回の旅は足摺の60km手前で不本意ながら挫折してしてしまいました。今まで7回も巡って一度もそういうことはなかっただけに本人も大いに当惑している(今なお)のですが、帰って2ヶ月にもなるので冷静に客観的にその要因を見つめることができつつあります。
 確かに、今回の旅は4年前までのものと何から何まで違っているような感じがしていました。11日間で470kmほど歩いたのですが、そんなに歩いたという感覚が先ずありません。札所でのお参りがほとんど流れ作業のようになりがちなように、札所間の歩きも流してしまっていたのではないか、そんなことも考えたりします。流せるほど無理なく楽に歩けたというのではなく、むしろ逆だったと思います。ほとんど常に膝から下の筋肉痛があって、午後からは思うように足が前に出なかったことに焦りやいらだちがあって、周りの景色を楽しんだり過去の歩きを思い出したりすることがほとんどなかった。そのことが、流してしまった、あまり歩いた実感が残っていないということに繋がっているのかもしれません。

 とはいっても、全ての道が味わえなかった、楽しめなかったということではありません。ありがたいことに、四国には流そうとしても絶対流すことのできない過酷な道が厳然と存在します。その代表が焼山寺への道です。もうずいぶん前のことですが、同宿のお遍路さんが「ぼくは焼山寺はそんなに辛くなかったなあ、下りの部分もだいぶあるし、平坦に近いところもあるから、きついばかりではない。それに比べると鶴林寺の方がきつい登りのいってんばりでよっぽど辛かったよ」と言われました。そのときはぼくも同じような感想を持っていたので、大きくうなずいて同意したものです。まだ3回くらいしか焼山寺に登っていない頃でした。その後、焼山寺に登るたびにその考えが間違っていることに気づき始めました。昨年まで9回焼山寺に登ったのですが、自分の思い通り快調に登ることができたのは1回だけです。その1回は、たぶん、3回目か4回目の時だと思うのですが、それとて本当に13kmの行程全てが快調だったかどうか疑わしいものです。タイム的には5年前6巡目(108ヶ所通し打ち)の時が一番良かったのですが、思い通り登れたという感じはありませんでした。その頃から『何度登っても焼山寺は慣れない』という思いが強くなりました。その証拠に、翌年は雨が降っていたとはいえ、柳水庵までは10分遅れ、柳水庵から焼山寺までは12分も遅れてしまったのでした。

 その翌年、10年は時間が取れなくて日帰りで登りました。日帰りするだけの時間でも取れたことが今からすれば不思議な感じがするし、遙かな昔のような感じもするし、そうまでしても四国に来なければならなかった理由はもう霞の中にあるような気がしています。
 そのときは、足首にひどい怪我をしてから半年くらいは経っていたけれど、長い距離を歩く練習はできないままの状態、山登りでも1日くらいなら何とかなると勇んで出かけたものの、気持ちが空回りして、柳水庵での休憩の仕方を誤って、後半はひどいことになってしまいました。駐車場からの参道に合流する前の広い林道に上がってきたときにはほとんど足が前に出ない、調子がよいときの半分のスピードしか出ず、倒れ込むように山門にたどり着いたのでした。神山町役場の近くのバス停まで下っていく道もただただ苦しくて全然楽しめませんでした。
 それから2年、昨年の区切り打ちでは1泊2日で登りました。スマートホンを持っていてGPSログを使いながら登ったのでこれは別物になってしまいました。登る調子は悪くなくてタイムはベストタイだったけれど、しっかり遍路道を味わえたか楽しめたかというと、疑問の残るところです。しかも、下りは完全にスタミナが切れて別格2番童学寺まで9分も遅れてしまいました。

 雲辺寺でも08年、09年、12年と3回続けてまともに登れていないので、今回の山登りはいつにもまして慎重に謙虚に臨みました。
 スマートホンは3Gが全然繋がらなくて(電車の中ではほとんどメール送信すらできない)パケット代も高いので半年で解約、今はパカパカ(ガラパゴス)を使っているのでGPSログは使えないし、写真も3年前にずいぶん撮ったので、今回は休憩ポイントだけにして歩きに集中します。
 急な坂はしっかり焦らず、平坦なところは息を整えつつスピードを上げる、下りは着地ポイントに細心の注意を払う。払いつつも安定したところでは積極的に歩を速める。そして今回は道がよく読めていました。これだけ回数を重ねると、次にどんな道が現れるかは判っていて当たり前のように思われるでしょうが、山道は余り変化がないので1年経ってしまうとほとんど記憶に残っていないということが多い、時折見覚えのある道が出てくるという程度ですが、今回は不思議なくらい次に出てくる道が読めていました、読めているから焦らず着実に登ることもできる。休憩ポイントまでまだかまだかと急く気持ちも全くなく、後これくらい登れば到着すると判っていました。淨蓮庵の手前の石段の門柱もずいぶん前のところから確認できていました。こんな下から門柱を見上げたのは初めてのことでした。
 休憩の仕方も計画通りうまくいきました。長戸庵でもしっかり食塩と水、そしてさくら旅館のお接待で頂いたおにぎりを1個だけ時間をかけて食べました。山登りの食事では何回か失敗しているので量は最小限にとどめるのがポイントです。長戸庵では休まないことが多かったけれど前回休んでうまくいったので先々のことを考えてきっちり休みました。その効果がうまく出たようで、柳水庵の手前の足場の悪い急な下りもしっかりとらえることができて、最近にない安定した歩きでした。柳水庵までは昨年と同じでベストタイでした。タイムは同じでも昨年よりもしっかり味わいながら登れたので満足感は比較になりません。柳水庵でもしっかり塩分を忘れず水は少な目で過去の教訓を生かしながら休みました。
 柳水庵から淨蓮庵まではベストタイ、石段の手前の急坂でも立ち止まって息を整えることはなくしっかり登り続けることができました。過去には腰を下ろしてしまったこともあったし、何度も立ち止まったこともありました。お大師さんの横で少しだけ水と食塩をとって短い休みで下り始めました。スピードの出る下りだけれど出し過ぎて足を痛めないよう注意を払いながら、それでも駆け足になっていきます。左右内谷まで下って最後の登りに入っても焦りはほとんどありません。足取りはしっかりしていたし疲労もさほどではありません。最後の林道に上がってきたときも余力は充分でした。3年前とは雲泥の差です。参道に上がってくると玉砂利が深くて思ったように力が出せないのがもどかしいくらいでした。ベストタイムより1分早く山門に到着したのですが玉砂利がなければもう1分早く着けていたと思うくらい力は残っていました。

 焼山寺では、お参り、休憩、食事に35分、電車の時間があるのでこれがぎりぎりです。焼山寺からの下りもまだ調子は落ちていない。昨年よりも明らかに足が前に出ていたけれど、それもバスターミナルまででした。玉ヶ峠へ向かう山道に入ると疲労が目立つようになりました。登り口でいくらか休めばよかったけど、やはり電車が気になってそのまま険しい山道に入っていくしかありません。それでも、登り初めは冷静で落ち着いてはいたのですが、後半は足が伸びず例年のように疲れ切ってはい上がるように自動車道に出てきました。焼山寺から玉ヶ峠まで昨年より2分早かったのですが、ベスト(07年、08年)よりは2分遅れでした。
 玉ヶ峠からの下りは最初の急な勾配1kmは膝の周りの筋肉が痛くて積極的な歩きができませんでした。これも昨年と同じ、やはり玉ヶ峠は焼山寺以上の鬼門だと改めて身にしみる思いです。玉ヶ峠から県道20号の合流ポイントまで昨年と同タイム、ベストより2分遅れでした。このあたりに来るともうほとんど歩きを楽しむような状態ではなかったと思います。眺望は最高の道なのにほとんど味わえていなかった。

 焼山寺に登った2日後、もう一つの難所、鶴林寺、太龍寺も今までになくしっかり味わいながら登ることができました。前日の午後、立江寺から「ふれあいの里さかもと」までは思ったように歩くことができず、山登りがちゃんとできるか心配だったのですが、さかもとの大浴場で筋肉痛がかなり癒されたようで、冷静に落ち着いてお山に向かうことができました。

 鶴林寺は昨年まで8回登りました。俳句掲示板から水呑大師までの急坂で毎回出鼻をくじかれてしまいます。午後から歩いたときなどは掲示板の前でへたりこんでしまったこともあるくらいです。慈眼寺にお参りしたあと西側の登山道を歩いたときはさらにきつい思いをしました。10歩登って立ち止まり息を整える、ということを何回も繰り返さないと登れない区間があったくらいです。
 昨年の区切り打ちでは、慈眼寺に登った後ではあったけれど、過去の経験を充分生かすことができ、落ち着いて登ることができました。ベストタイムを2分更新して、もうこれ以上の歩きをすることはないだろうと思っていました。

 朝一番で鶴林寺に登るのは7年ぶりになります。さすがにそのときの状態は全く記憶に残っていません。でもおそらく先はほとんど読めなくて、ただがむしゃらに上を目指して思うように足が出なくて焦ることが多かったような気がします。3回4回登ったくらいでは山道の記憶はほとんど残っていないのでなかなか1年前、2年前の経験が生かせません。
 それが9回目ともなると、焼山寺と同様、先がある程度判っているので焦ることなく落ち着いて着実に登ることはできます。昨年もうまくいったしそのときに写真もずいぶん撮ったから、しっかり思い出しながら登ることができました。もちろんタイムも全く気になりません。山登りもすごく速いですねと言われることがあるのですが、自分では全くそんなことはないと思っています。六甲全山縦走の練習をしている人たちのような歩き方はとてもできない。彼等は平地や下りではほとんど駆け足、登りでも勾配の緩いところでは駆け登っていく。そういうことは絶対できないし、やろうとも思わない。もう20年近く前、ウォーキングも山登りも全然やっていない頃、貴船口から鞍馬山に登ったときに料金所からいきなり20mくらい一気に登ると、動悸が激しくなって息がほとんどつけなくなって倒れ込みました。登り方を誤るとこういうことになるんだと思い知らされたことがあって、以来登りでは頑張らないと決めました。頑張ろうとて頑張れないことが多いのですが、そうであっても焦らないことが大切だと、タイムなど気にすることは全く意味がないと、これも回数をこなして身につけた知恵です。息をつくために立ち止まる必要がないくらいのペースを維持することが一番だと思って足を運びます。だから、全然速くはありません、ただ止まらないだけのことです。

 じっくり味わいながら鶴林寺の山門の前に到着したのは金子やの前から47分後のことでした。正確にいうと46分42秒、昨年より11秒早いベストタイムでした。
 山門をくぐって先ずはブログに投稿、オンタイムなのでお参りの前に到着したことを報告します。本堂でのお参りを終え、大師堂の前に来た頃に、西側の登山道を歩いた同宿の先頭の人がやってきた。一番ゆっくりな人でもぼくの15分遅れくらいでした。

 鶴林寺からの下りも引き続き快調でした。膝に負担のかかる急坂が続くのですが痛みは少なくて例年になく思い切って下れました。県道283号を横断した後にある階段も軽快でした。ここは、痛みに耐えながらおそるおそる下りることが多かったはずです。水井橋の手前にある遍路小屋までは(昨年より1分17秒早い)ベストタイのタイムでした。快調だったので休憩なしに那賀川を渡ります。その後の沢沿いの緩やかな登りに入っても疲れはありません。太龍寺への登り口に来たときも不思議と恐れや気負いはなく普通に立ち向かうことができました。もちろん楽ではないのですが、落ち着いて着実に登り、先を読みながら焦らず進むことができました。まだ10時前で体力的にも余裕があったのかもしれません。山門の手前の急な舗装道に上がってきても例年のようなヘトヘト感はあまりなく、山門までしっかり登り、その横で掃除をしていた若いお坊さんにも元気よく挨拶できました。昨年ベストタイムを3分更新したのですが(鶴林寺から)、その記録をさらに2分更新していました。全く信じられず狐につままれたような感じでした。

 昨年は太龍寺からの下りが異常に調子が良くて、ものすごい記録を作ってしまったのですが、それは調子に乗りすぎた上での結果なのでベストタイムにはしていません。そんなのを基準にするとどんな歩きをしても及ばなくてがっかりしてしまう。
 今回は、もちろん昨年のような快調さではなかったけれど、それ以前のベストと同じタイムでまあ良い方の歩きができました。でもそれは下りが終わる民宿坂口屋までのことで、坂口屋を過ぎると急に不調の波が押し寄せました。緩い登り坂があること以上に思うように足が出なくなったことを自覚します。国道までがいつも以上に長く感じました。そしてその後の大根峠の辛いこと、標高差は国道からわずか60m、鶴林寺の七分の一、にもかかわらずしっかり登ることができません。

 ということで、2日目も4日目も札所までの登りはじっくり味わいながらいいペースで登ることはできたけれど、その後の玉ヶ峠、大根峠は納得のいく歩きができませんでした。午前中4時間も険しい山を登り下りすれば、午後からは思い通り歩けなくなるのは当然かもしれないし、以前も同じような感じで歩いていたのかもしれない。でも、ぼんやりながら、何かが違うという感じは、3日目の午後もそうだったし、5日目はなおいっそう強く感じました。