今年もよろしくお願いします・・・と始めるとして、そうね、これがね、例えば普通は、旧年中は・・・とか、謹んで新春の・・・とか、明けまして・・・とか、色々と新年のご挨拶って、
あるじゃ無い?でもね、去年交流がある人達の中で、身内を亡くされた方が何人かいらして、その挨拶が出来なかったりするのね。そうすると、明けまして・・・が使えない位は、60にもなれば、
その位の事は知っているのね。でもね、じゃ60にもなったのなら、親しき人に誰も知ってる定型文でご挨拶すれば良いの?って事になると、本当に伝えたいのはそんな事なの?って、俺は思うのね。
だから、正直にね、本当はそうなんだけれど、そんな定型文では無くて、上手い事は言えないんだけどね、この後の人生を共に仲良く生きて下さい・・・って伝えるのね。って言うか、その人に
必要とされる生き方がしたい・・・ってのが正しいかな。何しろニュアンスはこんな感じだとすると、いつか笑えると良いね・・・本当に心から楽しく無かったとしても・・・例え苦笑いでも。
だからね、あけおめぇ・・・みたいな事をスタートの挨拶に出来ないのね。それは自分も相手も健やかな前提の挨拶であって、近況を良く知っている同士で無いと成立しないから・・・。
しかも60の俺と交流があるような人・・・色んな事があるはずなのね。だから自分の身内が無事であっても、そんな事を気になってしまう・・・こんな事が前期高齢者になった・・・そんな話。
さてそんな俺がひとまずやらないとならないのは、昨日の晩に年越しそばを食わせて、お雑煮の準備もして来たから、寝坊は出来るとして、深夜までアトリエでペンキ塗りをしていたのね。
だから元旦なんで1時間遅く起きて、アトリエに行き、夕方しながわ水族館に持って行くチラシを折って準備をしてから、実家に行って帝釈天に連れて初詣。ごれでお役目から開放って話。
そんな中、さくらが新年の挨拶に来てくれて、さっき残したチラシを手伝って貰って、一緒にしながわ水族館へ・・・ただ今日は休館日なんだけれど、裏口からどうぞ・・・となっていて、
いつものようにすんなり。中では飼育員の人達がいて・・・無事にチラシも入れて、周辺も見られたのね。イルカも泳いでいたし、カワウソは寝てた。そんなこんなでさくらを送って・・・。
ただね、さくらも身内を亡くした一人。まぁ弟子でもあるし、そこまで気を使う事は無いが、今年を飛躍の年にする・・・って言うのは、判っているんで、心持ちの準備だけしとこうな・・・。
ってな話をして、まっお互いに確認だったりしたんだけれど、暮れに会った時に、さくらのせがれにも、またしながわ水族館手伝ってくれよな・・・でもさ、鬼退治に行く時に、動物にもきびだんご
って昔から決まりがあんじゃん・・・だから焼豚作って来たから・・・って言うと、有難うございます・・・って。また一人仲間に引き込み・・・。その弟子は元旦からチラシを持って視察。
まぁ世間様とは全くかけ離れた生き方なんで、中々ご理解しては頂けないだろうけど、簡単な話で、飼育員さんも働いている・・・つまり接客業って考えれば、人の遊んでいる時に仕事なんて、
当たり前の話で何も不思議じゃないのね。ただ俺からすると全員高額所得者なだけ。どの人も・・・何せお給料は出ているし、先日のパネル付けの人達も当然賃金は発生している。
そんな中で、当日のワークショップのみで、何の保証も無い中での話。だから今の俺に関わる人は大変って事になる。ただその大変なのを知っていて、付き合ってくれる人もいる。
誰が今の俺に関わってくれるか・・・ただそれだけの話で、その状況の中、助けて頂いているのだから、きちんと両目で見て確認して置かないと・・・ね。有難い話で、その時が来たら恩返しを
させて頂かないとね・・・たっぷり。でもただで転ぶ訳には行かないのね・・・60なんだから。しっかり見極めて行かないとね。話が大きくなれば、支えてくれる人は多いに越した事は無いのね。
人一人が出来る事なんて、たかが知れているのね。宮崎駿が独りでやっても、ミニシアター程度がやっとな話で、ジブリあっての映画なのと一緒。大きな事はいっぱいいないと・・・。
でも今の俺では、誰でもかれでもって訳にも行かない訳で・・・ご理解されてのご参加って事だから、消して素晴らしい状況と環境な訳では無いのね。でもそれでも・・・って方がいらしたら、
ご連絡下さい・・・って話。まぁこんな元旦、良くも悪くも普通じゃ無くて何よりなのね。何しろ異常くらいが丁度良いのね。普通は普通の良さと普通の悪さが背中合わせになる。でも異常は、
異常な良さと悪さがある。人と違う生き方って言うのは、そう言う事になるのね。だからこれで良いのね。むしろ最高なのね。妖怪人間ベムのセリフは、早く人間になりたい・・・。
歌の冒頭は、辛い定めを生きる・・・俺たちゃ妖怪人間なのさってね。人と変わった人生ってのは、妖怪みたいなもんだし、鬼太郎にしても、作者は片手が無くて、妖怪扱いされていたろうし
・・・良かれと描いた作品を干された永井豪さんは、デビルマンで自分の苦悩を描いて、悪魔からは人間とされ、人間からは悪魔とされる・・・居場所の無い葛藤を描く。
エリートでは無い生き方なのだから、これを受け入れて妖怪スタートになるのだから、何もかもが普通なのね。まっそんなこんなで、アトリエに戻って初日は夕方スタート。そこから深夜まで。
まっそれでも一般的くらいの時間は出来るから、そこからバリバリ巻き返し。ただ深夜にアトリエの切り抜きをしていると、大家さんがやってる〜って。カールを差し入れしてくれて。
関東では売っていないのに・・・お取り寄せらしいのね。そんな中、かっちゃん、切り抜いている場合じゃ無いよ・・・って。ここで初めて地震の事を知ったのね。浮世離れってのはこんなもん。
まっ、それでもやり続けて、これで彫った分は全て切り抜いたのね。だから今日はおしまい。これが俺の元旦。
あるじゃ無い?でもね、去年交流がある人達の中で、身内を亡くされた方が何人かいらして、その挨拶が出来なかったりするのね。そうすると、明けまして・・・が使えない位は、60にもなれば、
その位の事は知っているのね。でもね、じゃ60にもなったのなら、親しき人に誰も知ってる定型文でご挨拶すれば良いの?って事になると、本当に伝えたいのはそんな事なの?って、俺は思うのね。
だから、正直にね、本当はそうなんだけれど、そんな定型文では無くて、上手い事は言えないんだけどね、この後の人生を共に仲良く生きて下さい・・・って伝えるのね。って言うか、その人に
必要とされる生き方がしたい・・・ってのが正しいかな。何しろニュアンスはこんな感じだとすると、いつか笑えると良いね・・・本当に心から楽しく無かったとしても・・・例え苦笑いでも。
だからね、あけおめぇ・・・みたいな事をスタートの挨拶に出来ないのね。それは自分も相手も健やかな前提の挨拶であって、近況を良く知っている同士で無いと成立しないから・・・。
しかも60の俺と交流があるような人・・・色んな事があるはずなのね。だから自分の身内が無事であっても、そんな事を気になってしまう・・・こんな事が前期高齢者になった・・・そんな話。
さてそんな俺がひとまずやらないとならないのは、昨日の晩に年越しそばを食わせて、お雑煮の準備もして来たから、寝坊は出来るとして、深夜までアトリエでペンキ塗りをしていたのね。
だから元旦なんで1時間遅く起きて、アトリエに行き、夕方しながわ水族館に持って行くチラシを折って準備をしてから、実家に行って帝釈天に連れて初詣。ごれでお役目から開放って話。
そんな中、さくらが新年の挨拶に来てくれて、さっき残したチラシを手伝って貰って、一緒にしながわ水族館へ・・・ただ今日は休館日なんだけれど、裏口からどうぞ・・・となっていて、
いつものようにすんなり。中では飼育員の人達がいて・・・無事にチラシも入れて、周辺も見られたのね。イルカも泳いでいたし、カワウソは寝てた。そんなこんなでさくらを送って・・・。
ただね、さくらも身内を亡くした一人。まぁ弟子でもあるし、そこまで気を使う事は無いが、今年を飛躍の年にする・・・って言うのは、判っているんで、心持ちの準備だけしとこうな・・・。
ってな話をして、まっお互いに確認だったりしたんだけれど、暮れに会った時に、さくらのせがれにも、またしながわ水族館手伝ってくれよな・・・でもさ、鬼退治に行く時に、動物にもきびだんご
って昔から決まりがあんじゃん・・・だから焼豚作って来たから・・・って言うと、有難うございます・・・って。また一人仲間に引き込み・・・。その弟子は元旦からチラシを持って視察。
まぁ世間様とは全くかけ離れた生き方なんで、中々ご理解しては頂けないだろうけど、簡単な話で、飼育員さんも働いている・・・つまり接客業って考えれば、人の遊んでいる時に仕事なんて、
当たり前の話で何も不思議じゃないのね。ただ俺からすると全員高額所得者なだけ。どの人も・・・何せお給料は出ているし、先日のパネル付けの人達も当然賃金は発生している。
そんな中で、当日のワークショップのみで、何の保証も無い中での話。だから今の俺に関わる人は大変って事になる。ただその大変なのを知っていて、付き合ってくれる人もいる。
誰が今の俺に関わってくれるか・・・ただそれだけの話で、その状況の中、助けて頂いているのだから、きちんと両目で見て確認して置かないと・・・ね。有難い話で、その時が来たら恩返しを
させて頂かないとね・・・たっぷり。でもただで転ぶ訳には行かないのね・・・60なんだから。しっかり見極めて行かないとね。話が大きくなれば、支えてくれる人は多いに越した事は無いのね。
人一人が出来る事なんて、たかが知れているのね。宮崎駿が独りでやっても、ミニシアター程度がやっとな話で、ジブリあっての映画なのと一緒。大きな事はいっぱいいないと・・・。
でも今の俺では、誰でもかれでもって訳にも行かない訳で・・・ご理解されてのご参加って事だから、消して素晴らしい状況と環境な訳では無いのね。でもそれでも・・・って方がいらしたら、
ご連絡下さい・・・って話。まぁこんな元旦、良くも悪くも普通じゃ無くて何よりなのね。何しろ異常くらいが丁度良いのね。普通は普通の良さと普通の悪さが背中合わせになる。でも異常は、
異常な良さと悪さがある。人と違う生き方って言うのは、そう言う事になるのね。だからこれで良いのね。むしろ最高なのね。妖怪人間ベムのセリフは、早く人間になりたい・・・。
歌の冒頭は、辛い定めを生きる・・・俺たちゃ妖怪人間なのさってね。人と変わった人生ってのは、妖怪みたいなもんだし、鬼太郎にしても、作者は片手が無くて、妖怪扱いされていたろうし
・・・良かれと描いた作品を干された永井豪さんは、デビルマンで自分の苦悩を描いて、悪魔からは人間とされ、人間からは悪魔とされる・・・居場所の無い葛藤を描く。
エリートでは無い生き方なのだから、これを受け入れて妖怪スタートになるのだから、何もかもが普通なのね。まっそんなこんなで、アトリエに戻って初日は夕方スタート。そこから深夜まで。
まっそれでも一般的くらいの時間は出来るから、そこからバリバリ巻き返し。ただ深夜にアトリエの切り抜きをしていると、大家さんがやってる〜って。カールを差し入れしてくれて。
関東では売っていないのに・・・お取り寄せらしいのね。そんな中、かっちゃん、切り抜いている場合じゃ無いよ・・・って。ここで初めて地震の事を知ったのね。浮世離れってのはこんなもん。
まっ、それでもやり続けて、これで彫った分は全て切り抜いたのね。だから今日はおしまい。これが俺の元旦。