katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

キウイ教室

2012-02-25 06:36:37 | モザイク教室
先日のみどりとキウイの違い・・・そんな説明から始める。
みどりの場合、毛並みのパ-ツだったり1cmの4分の1だったり、きちんとしたパ-ツを

きちんと狙って切る。これは基本中の基本。割れた・・・では無く切った・・・
それを繰り返す事で切ると言う必然的を手に入れる。何度と無く繰り返す事で。

それがある程度切れる・・・から、きちんと切れるに変わって来る。ここが大事、
サッカ-なら大体相手の体へ目掛けて蹴る・・・だったものが、きちんと相手が蹴りたい

足元を狙って・・・となれば、相当な腕前となるはず。本来これだけでも相当なのだが、
それもまだまだなのである。つまりバリエ-ションの問題なのね。

きちんと切る、必然的とクラッシュの流動的の2つだと、ストレ-トとカ-ブみたいな球種
のように単調にもなる。簡単に言えば、この2つが手に入る事で、本体部分を狙って作り

バックはクラッシュ・・・か、その逆しか作り方として無い事になる。つまりそうなると
目先の雰囲気のみを変えるしか無いから、素材としてガラスタイルなどに頼る事になる。

要するにまるでミスキックのように見えたのに・・・・・・そうじゃない・・・・・・・そんな事が出来たとしたら・・・。

ではそこからもう1つ上を目指す場合にどうなるか?・・・それがこの作品。
キウイの切っている木のパ-ツ・・・適当なクラッシュに見えたりするよねぇ?・・・

これがもし狙っていてわざと流動的に見えるように切っているとしたら・・・・?
そもそもが単なる流動的なクラッシュは切るに移行する為のもので、何でも良いはず。

ならば自然と同じ形の大きさになりがち・・・そして似たものが多くなる。
それなのにこの木のパ-ツは大きさがマチマチ・・・しかも段々細くなったり大きさを

変えてあるので、言葉の表現として段々・・・となる。
段々細く・・段々大きく・・・段々・・・それがさじ加減。

つまりキウイは段々と上に行くに従って、細く薄く細かく・・と色、形、大きさを狙って
いるのに、狙っていないかのごとく、まるで流動的にクラッシュを拾って入れている

みたいにしていたのである。きちんと狙って切って・・・。まだ本当の単なるクラッシュ
を温存して・・・。

例えば、みどりの場合で説明すると、ライオンの場合なら、顔のパ-ツも体も子供も
みんな同じ大きさのパ-ツの繰り返しとなり、変化は色のみとなる。

いかにきちんと同じ事を繰り返すか?で安定させて、色で変化させて立体的に見せるか?
となる。みどりはそれが手に入ったので、それだけでも十分上手く見えるようになった。

それをもう1つ上に見せるテクニックとして、キウイのを取り入れたとしたら?
しかしそれには下地の大きさが必要となる。

もし下地が単純に今の4倍あったとしたら、ライオンの顔のパ-ツは1cmのままで切れる。
それを後へ向かうに従って4分の1のパ-ツに向かって切り替えて行ったとしたら、

キウイの場合は上下の遠近感を出しているのだけれど、みどりの場合なら前後ろの
遠近感を表現する事が出来る・・・がしかし、それにはある程度大きさが必要となる。

何しろ4分の1のパ-ツをベ-スに始めたら、後へ向かってゴミのようなパ-ツに見える
細かさになってしまう・・・それでは綺麗には見えない。つまり切れる・・・ではなく

切れた・・・だけで美から離れてしまう。しかしこの作品は最初からプレゼント作品。
それではそんなにこだわり、時間も掛けられない・・・つまりここまで。

それが同じプレゼントでもかぐやのように父へ・・・だったり、みどりの猫のように
両親へ・・・なら、もっと大きくしてこだわって・・・とアドバイスも必要だったが、

この位の事なら一人でも作れるようになったのも事実で、上手くなった証拠でもある。
逆に言えば、ここからもう一皮剥ける作品となると、今の作品の大きさでは難しい。

まず自分の作品と同じようなグレ-ドで時間を取られてしまうプレゼント作品って
豪華過ぎるでしょ?例えれば、自分の子供同等で人の子供と区別しない・・・って

やっているようなもので、えっ?って感じなんだけれど、どちらもモザイクだから、
練習にはなるのだけれど、どちらが遊びでどちらが本気か?見分けが付かない・・・・

それがキウイのようにこれだけ大作だと、他にやっているモザイクがあったとしても
そちらは息抜き出来るモザイクになる。しかも誰が観ても大作と遊びは区別出来て、

遊びはかなり遊べる。何しろ大作を作っている人だ・・・の前提だから。
けれどみどりのようなやり方の場合、人の好みにもよるが、正直ライオンの方が

上手く観えてしまったりする・・・それはリアルだから。ピンクのゾウのような
ファンタジ-ものは技術を理解して貰うのが難しいのね。

勿論キウイの場合も、この木がいつものように可愛く作っていたら、大きさのみで
大作に見せる・・・となりがちだったものをこの木のリアリティでこの後をいかに

ファンタジ-に移行して行くか・・・となる。つまりいつものキウイだと甘い作品に
なるのを、この木にはいつもの甘さが無いのね。そこでしっかりしたものを作って、

そこにいつもの可愛さを付け加えて行けば、今までのキウイ作品とは違うキウイらしい
キウイ作品になるはず。

人にはそれぞれ個性ってものがあって、良く見つけようとすれば判るものを自分好みと
個性は違うって事が得てして多いって言うのも事実。

キウイにしたってこの作品が終わる頃には、リアルな作品も良い・・・って言われる
だろうし、とぼけた小物も面白いし、素敵なお洒落な作品も作れる・・・

そんな感じだろうし、みどりにしてもライオンのような毛並みの実績はあるので、
それに付いては誰が観ても安定感はある。そこに練習で始めた流れで作るゾウも

段々と流れになって来て、技術としてはまずまずとなっている。ただ時間のバランス。
これがメインでこれは遊び・・・ならメリハリなんだけれどね・・・ただこれは老婆心。

みどりはゾウで悩んだ時に、良い気分転換でライオンやってます・・・って言ってたのね
そう気分転換でライオンが作れるようになったって事も事実なのね。

いずれにせよ、こだわり作品には遊びの作品って言う気楽な作品も必要になるし、
時間が無いとその余裕が無いから・・・となって、それ1つになり、向き合うと進まず、

向き合わないと進まず・・・となったりもする。実はそんな時こそ、気楽なモザイクを
して完成した喜びなんてものを手に入れたり、それを気楽にあげられて喜ばれたり、

そう言った始めた頃の楽しかったのは何故か?・・・・を思い出すと、やる気に火が
付いたりもするのね・・・

いずれにせよ、こうして連日常連の作品を観ると、上手くなったなぁ・・・と思うのね
本人達には実感が無いらしいんだけれど・・・・。

こっちは教えるのも楽じゃなくなっているのね・・・・あはははは。

さてそんな中、モンゴルの確認事項で社長さんがいらっしゃったのね。
いよいよ数日となったしね・・・何か気忙しくなって来たのね。

数日前から、羽田に4時半の待ち合わせに合わせて、早起きして体を馴染ませていたし
、気分としては作り込んでいるから、後はモノの準備となって来たのね・・・。

そんな中、確定申告の件でいつもの人の所へ伺ったのね・・・・1年に1回の近況報告。
そんな所かな?何せブログも読んで下さっている上での、確定申告の相談では、

この世で一番俺に詳しい人って言っても良い人でもある・・・えっとそう言う訳で、
年収130万弱って事になりました・・・・って言うと、苦笑いされて・・・

もうちょっとお金稼ぐ方向で行けないものかなぁ?と言われたが・・・何も言わずに、
まっ無理かっ・・・ってノリツッコミされていた。ごめんなさい・・・ね。

ご心配掛けます・・・。ただご理解されているのも事実。毎日忙しいのにね・・・とも
言って下さったのでね・・・そう、俺は毎日忙しい。

その後、昔の馴染みから電話があって、最近どう?と聞かれた・・・ブログ見てなくて
・・・と。こんな場合、いつもの癖だが、何処まで知ってる?と質問してしまうのね。

それで半年前から・・・って事ね・・・と、半年分をざっと駆け足で説明して、
近況報告に繋げて、今度は俺の質問となる。

2つに1つ。状況が良いから余裕として俺への電話なのか?状況が悪くて何か回避の相談か?
となる。勿論どっちも・・・って場合もあるが・・・。保険として使う場合もあるだろう

・・・ね。いずれにせよ、この人の場合は、継続も力なり・・・を確認して貰って、
その継続する為の環境やアイテム、ブレ-ン・・・・一体何が増えて、何が減ったか?を

聞けば、どんな事になったのか?想像も付く・・・・。そこで更に、子供が巣立つ前に
自分を確立させて置く事・・・しかもこの人はそれが見つかっているから、そこを

きちんと確認して貰えば、特に今の俺に出来る事は無いから、後はしっかり・・・とか、
声を掛ける言葉も決まって来る・・・。技術はある程度時間、作り手として大事なのは

何があっても続けられる強い心、折れない心、しなるような柔軟さ、諦めるのなら
辞めちゃえば・・・今はすぐに楽になれるよ・・・その後は判らないけれど・・・・

とこんなセリフとなる。すると、有難う・・・って言われる。中々強い人である。
こう言う人は続くだろうね。何せプロを目指すとは・・・そんなに甘いものじゃないのは

俺が一番良く知っているし、普通だなんて技術で一生懸命だの丁寧だのなんてもんで
プロとしてタイル屋なんてやっていた頃の俺が、一番知っている・・・

そんなもん、何の役にも立たない事を。それは当たり前の事でそれは普通。
プロとして見せる芸は、誰にも出来ない・・・自分しか出来ない・・・それを探す努力を

惜しまず繰り返し、続けられる精神力。ただそれだけが大事で、探さず繰り返すだけなら
やがて慣れて飽きて、終わりが来るだけ・・・・。

常連を見れば一目瞭然。続けるだけでもあんなに上手くなる。
ならば弟子達のように仕事を共にしたい・・・と願えば、より大変になるだろう。

しかし何よりいつも同じで、続けたい・・・なら今出来る事は・・・となれば、
必ず何かが見つかるものである・・・・俺はそうして来たし、これからも同じなのね。

これが確定申告と向き合った1年の総評とさせて頂きます。と言う事で・・・・




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