はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

愛しい弟

2018-07-17 21:58:49 | はがき随筆
 弟の命日、忘れることのできない日、既に35年が過ぎてしまった。今もなおこの日が来ると当時がよみがえってくる。七つ年下の21歳。この時期、周りでは田植えが盛んで、その土手の先の国道上での出来事だった。
 私のおなかには5カ月の長女がいた。昼過ぎに一本の電話が鳴った。その時点では、車好きの弟だったので「何をやらかしたのか?」という感じだった。
 その弟が最後に聞いていただろう曲を聞き、唯一2人で見に行った映画を見て、私の最後の手作りトンカツを食べて逝った弟をしのぶ今日を、毎日切ない思いで過ごしている。
  鹿児島県霧島市 上野京子(62)2018/7/17 毎日新聞鹿児島版掲載

タンゴの夕べ

2018-07-17 21:47:28 | はがき随筆
 去る5月、タンゴショーに行った。今年は、ステージがしつらえてある。去年のフロアより、石元の動きが、はっきり見られると、わくわく感に包まれた。
 生演奏が始まると、ほほ笑みながら、1組のダンサーが登場する。最初の動きは、ゆっくりだった。曲が変わると、動きと足さばきの見事さに見入った。
 衣装の美しさと靴のかかとの飾りは、女であれば一度は身につけたい気持ちに駆られた。
 娘夫婦と鑑賞した時間は、至福の時と思っていたが、更にお別れの時、バイオリニストと力強いハイタッチができ、喜びが、体中を駆け巡った。
 宮崎市 田原雅子(84)2018/7/16 毎日新聞鹿児島版掲載

アクアパッツア

2018-07-17 20:54:17 | はがき随筆


 冷蔵庫の中の夫の釣果に、何かいつもとは違った魚料理をと、ネット検索をしてみたのはつい最近のこと。アクアパッツア。聞きなれない料理名だったが、作り方はいたって簡単。魚介類をトマトやニンニク、オリーブオイルなどで煮込んだイタリアの家庭料理。もともとは漁師がありあわせの材料を適当に煮込んで作った鍋らしいから、我が家のアマチュア漁師の料理としてもぴったり。
 アサリ貝だけ買い足し、拍子抜けするほどあっさりと完成した一品は、思いのほかの好評で、その日から日本の我が家の献立に採用された。
 熊本県菊陽町 有村貴代子(71)2018/7/15 毎日新聞鹿児島版掲載

お嫁さん

2018-07-17 20:39:26 | はがき随筆
 連休に東京から来た知人に会った。最後に子供の話になって「東京にいる息子が結婚していませんが、いい方をご存じないですか」と聞くと「うちも3人の息子が結婚していないのです」と言われて大笑いした。
 知人は小学校の同級生と結婚しており、私は叔母の紹介で結婚して、今年、金婚式を迎えた。昔は年ごろになると縁談が持ち上がり、大抵結婚したものだ。今では世話をする人もいなくなり、結婚が難しくなってきた。こうなれば「お嫁さん募集」と幟を立てて、2人で全国行脚の旅に出ましょうよ、と言いながら知人と別れた。
 鹿児島市 田中健一郎(80) 2018/7/14 毎日新聞鹿児島版掲載

はがき随筆 6月度

2018-07-17 20:31:42 | はがき随筆
 はがき随筆の6月度受賞者は次の皆さんでした。(敬称略)

【月間賞】4日「『ざん』という字」増永陽=熊本市中央区
【佳作】6日「廃業の店」田中健一郎=鹿児島市
▽14日「猫とピアノ」岡田千代子=熊本県天草市
▽2日「平凡な日常こそ」永井ミツ子=宮崎県日南市



 投稿は熟年の方が多いせいか、孫や子供の思い出あるいは父母の年齢を超えた今の自分を見つめ、子供のころの家族に思いを馳せる内容が目立ちます。また身辺の小さな花々に心を寄せるお話もあります。年齢を重ねると皆感じることで、そんな中からキラリと光る新しい発見を伝えていただきたいと思います。
 増永陽さん、いつも鋭い視点のお便りです。今回は一時期盛んに露出した「改ざん」の文字を解析しています。昨今の政治批判です。うそと開き直りで人を小ばかにした今の政府。これでは日本人の人間性、品格が疑われます。世直しが必要です。
 田中健一郎さんの「廃業の店」は、「たばこ屋」と「理髪店」廃業のおはなし。「浮世床」などと親しまれてきた店々が後継者不足でなくなっていく寂しさを描いています。機械の中に頭を突っ込めば自動的に髪を刈る時代とは、なかなか。笑いの中にも味気ない風景がジワリというところでしょうか。
 岡田千代子さんの「猫とピアノ」。好きなことややりたいことにはどんどん挑戦しましょう。猫から何と言われようと初志貫徹、人生大いに楽しんでください。ご主人とのやりとりなど愉快な毎日が伝わってきます。
 永井ミツ子さんの「平凡な日常こそ」では、熊本地震からまる2年、今もビニールハウスでつらい毎日を過ごしている夫婦に思いを致し、いまだに心が痛むと訴えています。現在仮設住宅住まいは3万人以上、そして一部では入居期限も迫っています。自宅を再建しようにも、東京オリンピック関連の建設ラッシュで建設業者が足りず熊本の田舎まで手が届かないのが現状です。いたるところに更地が見られます。途方に暮れている人がまだたくさんいます。永井さんのお気持ちの通り心配で落ち着かない日々が続きます。
熊本文化懇話会理事 和田正隆