kabu達人への道

マスコミで深く触れられることのない投資の裏側や
投資にあたっての疑問など赴くままに綴っていきます。

経営者で会社は変わる

2021-07-01 04:32:46 | 日記
スズキを一代で日本有数の自動車メーカーに育てた鈴木会長が取締役会長を
退任しました。鈴木会長の一番の功績は自動車メーカーとしては後発だった
スズキをどうやったら生き残れるかを考え未開の地であるインドにいち早く
進出しスズキの屋台骨を支える事業に成長させたことです。

インド事業の成功は国内での軽自動車開発のノウハウが生かされました。ス
ズキは軽自動車事業で成功するためにはコストを切り詰め1円でも安く自動車
を生産することに注力しました。安くても性能の良い小型車が新興国のイン
ドで受け入れられたのは必然だったのかもしれません。

一方大型車主体の市場である米国市場や世界の自動車メーカーが進出し競争
激化した中国市場からは自社の強みは発揮できないと早々と撤退しました。
ビジネスは始める時よりも撤退する方が数倍難しい判断が必要になると言わ
れていますが、鈴木会長の真骨頂は損切の美学にあったのかもしれません。

自動車業界では瀕死の日産を蘇らせたゴーン元会長が一時はカリスマ経営者
ともてはやされましたが、逮捕される晩年は既に経営者手腕に陰りが出てい
たのでしょうか。在任中から積極的な拡大戦略が裏目になっていたようです。

米国市場での行き過ぎた拡販はブランドイメージの失墜に繋がり稼ぎ頭だっ
た米国事業を失速させました。また日本メーカーの中ではシェアの低かった
東南アジア市場での拡大のために投入したダットサンブランドは成果を上げ
ることはできませんでした。結果的に過剰な設備だけが残り業績に足を引っ
張り続けました。

6月の株主総会で第一線を退いた富士フィルムの古森会長は見事な経営の舵取
りで同社の祖業である写真フィルム企業から複写機事業、そして近年は医療
事業を軌道に乗せました。後世までも名経営者と呼ばれるでしょう。

創業者でカリスマ経営者と呼ばれていた日本電産の永守会長は関氏に後継を
託しました。日本電産の成長第2ステージが始まるかどうかは関CEOの手腕
にかかっています。

東芝の凋落は歴代経営者に恵まれなかったことです。重電御三家の一角と言
われた三菱電機は品質不祥事が絶えません。半導体事業や携帯電話事業から
撤退し強みのあるFA事業に経営資源を集中するなど一時は選択と集中の優等
生でしたが、業績面でもここ数年は完全に成長軌道から外れています。経営
者の責任は重大です。
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