ケータイは持たぬ

2011-03-22 19:45:48 | 塾あれこれ
しばらく前まで「ボク、携帯って持たないんスよ」と言うと
「持たんで済むならそれがええ」と返事をされた
ものですが、最近は、超変人扱いされそうです。


この時期電話が鳴ると「あ、新規お問い合わせかな?」
などと、ありもしない期待がよぎるものです。

大概ハズレますね。
コピー機がどうだ、電話がどーの、こんなのばかり。

「こちら、○×*と申します。」
たいていは片仮名のようです。
それだけでもう怪しい。

近頃はカタカナの塾も多いようで差支えがあることながら
(あんたカタカナで気取るよーなとこ?)

それに、これは私の問題ですが、聞き取りにくい。
聞き直すわけにもいかず落ち着きません。
しかるべきところへクレームしようにも覚えられないので
情けないったらありゃしない。

「いまお持ちのケータイについてですが・・」
「持ってません」
「どえ~! 必要な連絡が確実に早くできますよ。
 便利ですのに、なぜ持たれません?ぜひこの際・・」
「よけーなおせわじゃ、持たんでも死なん」

まだネバルやつもいますな。

「奥さんは?お客様の利便性もお考えに・・
 たとえご主人がお持ちでなくても固定電話からケータイに」

若いくせに(ごしゅじん)とか、ゆーな。

「馬鹿やろ、カミサンの携帯に電話して繋がったタメシが
 あるか。・・着信拒否されとんのちゃうか。」

『必要な時にかからぬケータイよ』
・・・ここで一句のバヤイじゃあない。


確かに地震とか緊急の時は役立つかも。

しかしそんなケースに出会うか?
またそのとき、お約束通りに役立つか?

ひと月になんぼかかるねん?

営業など必須の人もおられるでしょうが私には縁なし。

十数年前まで、なくても生きていけてたじゃん。

ナビとか、メイル、待ち合わせ・・あってもよいかも
しれないが、人間の側の機能が落ちるんちゃう?

それに、みんなで持って安くなってる?


しかし、おかげで公衆電話がなくなって
不便ではあるんですがねえ。


緊急以外でケータイから、ぷつぷつ切れがちの電話が
あると、特に向こうの勝手な営業だと、腹立つもんでっせ。

夫婦漫才

2011-03-21 14:21:48 | 塾あれこれ
夫「地震怖いなあ」
妻「せやな、気いつけとかんと」
「どないしょうもないで」
「ま、できるだけの用意はな」

「ほな、漫才やめて用意しに帰ろうか」
「あんた、古い漫才やるな~」

「地震でワシもなんぞやらなあかんか」
「あんたが? なんかて? できるの?」
「せや、一つくらいはせな、な」
「寝とき」
「ほな、帰ろか」
「やめ、ちゅーに」

「タオルかなんか送れるものあるか」
「どこにあるかいな、ぜ~んぶ使うた」
「えらいもんやな」
「ようけ稼えでもろとるからな」
「嫌みなやっちゃ、義捐金はどや?」
「ええで、お金あるならなあ」

耳打ちして「○くらいでどや」
「本気か?アホなこと言いなや、
 どこにそんな金がおますの」

「どこでもあるやろ」
「ありません」
「定期があったな」
「電車の?」
「おまえこそ古いギャグ言うとる。
 銀行の定期!」
「期限切れです」
「ワシの葬式用があるやん」
「もっとええもんにまわします」
「そら・・ええけど、あれから回せんか?
 担保にして前借りできるやろ。
 イチロー、1億やて
 ワシも気張らな」
「イチローほど稼いでから言い。
 あんだけ稼いでもカレーしか食べへんで」

「相場てどれくらいや?」
「そんなもん、おますかいな」
「あんた、この前、本願寺さんに募金したな。」
「百円」
「たった?」
「もっと稼いで、な」
「せめて二百円」
「違わんがな」

「赤十字へ年収の1%送るんで、どや」
「そらキツイ。一桁多いんちゃうの」
「ただな・・・。TV見てるとな」
「あんた、晩のビール止め」
「そうくるか、きついな。
 酒でも飲んでじっくり考えなあかんな。
 はよ帰ろ」


なお上記はドキュメンタリではありません。
ふぃくしょん(←かぜか?)でもない!

もちろん、カミサンの発言を採録したものではないので
そこんとこ、よお~っくご確認くださいませ。

殿、ご乱心めさるな

2011-03-20 16:29:57 | 塾あれこれ
確かに命令は上から下、それを外しては組織が成り立ちません。

けれども殿に資質がなければ、あるいは殿の苦手な部分で
あれば、そこをうまく(コントロール)するのが
スタッフであり、事務方であるのです。
(まったくしていない、というわけでもないようですが)

殿の所為にだけするわけにはいきません。
部下や高級官僚の責任は重大です。

いくら殿ご自信が「原子力には詳しい」とか言ってもです
そこに何とか進言することで給料をもらってるんだから。

殿はここが政治主導を示すチャンスと見えているのか
あせりまくっておられますが、烙印を押される決定打を
まねくおそれもあるのに、大丈夫でしょうか。

なんて思っていると大連立の話でしょう、
この人はどういう頭の構造をしているのか
仕事をすると云うことが分かっていないのか
人間のハートがなくなってしまったのか。

今考えるべきは実効があがりそうなことを、であって
党利党略で(自民党の足を引っ張れるかも)とか(政権
浮揚のチャンス)なんて発想がどこから出てくるの?

たとえば原発で、あるいは被災地の現場で命を掛けて
働いている方を思うならばセコイ政治作戦を考える余裕が
いったいどこから湧いてくるのだろうと思います。

本当に恥ずかしい。

政治主導とか、現場視察とか、上手くいかなかったという
ことは、政治家としてオソマツであった証拠になりますね。


スタッフや官僚もいけません。

正しくサポートをしてあげなくては。
条件をきちんとまとめて最終決定をトップにさせるのが
仕事でしょう?

今は、いかに「大本営発表」を作文するかにばかり腐心を
しておられるように見えます。


昨日今日、マスメディアも少しばかり正常な批判精神を
もち始めているようですが、一週間くらいはヒドかった。

大本営発表と同種のことしか言えない御用学者や評論家を
TVに登場させ、「ご心配はありません。もう大丈夫」
ということばかりを言っていましたね。
その間、事態は悪化するばかり。

そのことが無責任なデマや買いだめに拍車をかけたのでは
ないでしょうか。

この人たちの言うことを聞いてて大丈夫か?と思えば
惑わされますよね。

我が家の冷蔵庫が空っぽになりかけています。
買い物に行かねば、と思いますし、さすがに広島では
流通は大丈夫なようですが
買いだめ連中と見られそうで嫌ですねえ。
通常おこなっている一週間分の買い物が出来るかしらん。


例により話がずれてきました。

トップがダメなら事務方も良いのが集まらない
という話を書こうと思っていたのですが。

地方選挙が迫ってきました。
同窓会名簿でも見たのでしょうか、突然「事務所開き」
の御案内が届いたりします。

私が彼の後援会に入っているのなら分かりますがねえ。

今まで、初選挙とか2回目とか、中学時代から大学まで
知っているし、近所で家に泊まったこともあるくらいで
事務所にも顔を出し、応援もしたつもりでした。

けれど事務方も弱く足を遠くさせる原因の一つだった
のでしょう。

以来とんと御無沙汰でしたが、今回状況が悪いとなると
葉書やら何やら通知してきます。
選挙の前だけになんだ、っちゅーの。
こういうのも事務方の弱さ。

首相への悪口から、市長選のホーマツ?候補への悪口に
話が急降下してしまいました。

「頭が悪い」文章でスミマセン。

貧乏たれのエア取引

2011-03-19 18:51:03 | 塾あれこれ
前にも書きましたが、エアギターならぬエア取引
が趣味?です。(最近始めた)

儲けが出そうな会社の株を買います。
もちろん架空、買ったツモリ。


以前は馬券でよくやっていました。
馬に詳しくないので天皇賞とか有馬記念など
素人にも「分かり易そうな」のをね。
複式っていまもありますよね?
それを予想してよく一着三着を取ります。

実際に金使ったらビビって、惜しいどころか大外れに
なるにきまっていますが。
いや万一当たってる方が悔しくて体に良くないですか?


何しろ「つもり」でよいのですから1億円くらいは
楽に買えます。

それ以上にならないのが貧乏人の証明。
どうせ割合は同じだからもっと高額でもよい筈ですが
なぜか1億までですねえ。

馬券と違って買ったものがあがり、儲けがでることも
しばしばあります。
1%値上がりしたって1億なら百万も儲かります。
これはスゴイ、とか思って喜ぶバカさ加減。。。。

日々、株で苦労している人には申し訳ないのですが
結構面白いものです。

買うのは大きな会社になります。
何を作っているか分からない会社を数字だけ追う、
というのは面白くありません。
金儲けじゃないんだから。

それから大会社はニュースが出やすい。

最近ならばトヨタとかユニクロとか、かなあ。
日立程度じゃ、ニュースが少ないか?

円高とか円安とか、平均株価の動き、世界の株価
経済から政治から、いろいろなものに目配りが
必要なものと実感できます。

けれども個別の値動きはまったく分かりません。

トヨタがまたリコール?じゃ、下がるか?・・・
下がる時もあれば、下がらないで上がってたり
なんだかよく分からない世界です。

エア取引は真剣味が不足しますから、毎日睨む
なんてことはしません。
その分、余計に分からないのでしょう。

いや毎日見て分かるものなら、すぐに金持ちか
カリスマなんとかになれる!
殆どの人が分からないことが多いハズですよね。
貧乏人としてはセツにそう願っておりまする。


昨日見たニュースで東電の株が200円くらい
上がったとか。

んな、何で悪玉が?と思いました。

・・その前にずいぶん下落していたのでした。
値ごろ感が出た、というようです。
安くなったから今買えば得かも、ということ
らしー。

でもね、さんざ醜態をさらし自分では手に負えない
ので自衛隊などに危険なことを頼まざるをえない
「危機管理能力」しかないくせに、原発は安全だの
必要だのと「適当」を言ってきた会社の株を
この時期に買う神経が分からない。

もちろん現場では真摯に働いておられるのですが
うすら笑っているような連中の、会見中だけは
もっともらしい顔つきしてるの見ると、この会社
腹たつんだよね。

あ、そんなこと考えてたら金儲けはできないか。

御岳山麓・幻の濁川温泉

2011-03-18 10:27:28 | 塾あれこれ
社会に出てしばらくのころ、長野県の秘湯「濁川温泉」
をたびたび訪れていました。

御岳山麓の深い谷に一軒だけの温泉宿、
非常用発電以外は電気がなく、夜はランプ。

近頃は「観光用ランプの宿」が流行りのようですが
こちらは正真正銘ランプしかない温泉宿でした。

客が少ない時には囲炉裏端でお爺さんと一緒に食事。
ちびりちびり飲む酒は確か「真澄」。「七笑」?
肴も。
囲炉裏で焼く川魚の熱々、串からすっと抜いて供されます。
自在かぎで吊るしてある鉄鍋の煮物、
漬物。

まずかろうワケがありません。美味い!!!

そして何よりもお爺さんの話が「豊か」でした。

(片足がご不自由だったか多少歩きづらそうでしたが
 戦争ゆえかどうか、聞けませんでした。
 優しい笑顔の方で今も声が思い出せます。
 でも、何かでビシっと叱ると怖かったかも)

通ううちに息子さんが結婚され、宿の手伝いも
夫婦でされるようでした。

多分、お爺さんの名前が半場千秋さん、
何度かその名前で予約承諾の封書を頂いています。
葉書じゃなくて封書、長い手紙でした。


濁「河」温泉というのも同じ御岳の山麓にありますが
こちらの温泉街は宿も十数軒はあるようで
濁「川」のほうが秘湯らしかったのではないかなあ。


70年代に新宿駅を真夜中に出る夜行がありました。

(国鉄)の木曽福島駅下車。
そこからバスで王滝村まで行き、あとは温泉が手配した
車で山道をくねくねと4~50分(もっと?)

そして何もないところで下ろされて「ここから歩いて」

指さされた先には一人がやっと通れる道が谷底へ
向かっていました。

下ること15分くらいかな、ぬれ落ち葉で滑り易い道を
やっと辿り着くと明治時代の写真にでも出てきそうな
木造二階建の屋根が見えてきます。

冬は宿が閉められるのでいつも一面の緑に囲まれた宿
のイメージしか残っていません。
(万緑)っていうのはこれか!

ざーざーと水量が豊富な岩だらけの川に面して湯殿が
あり、少しぬるめなので長時間ボーっとできる温泉。

川向こうには、かつて営林署のトロッコが走っていた
のですが、私が通っていた70年代には取り外され、
線路や浮いた枕木だけが残っていました。
昔は鉄路を歩いたものだったそうです。


仲間と行っては毎回のように喧嘩、トラブル
腹立たしいことも沢山起きるのにまた行きたくなって
みんなに声をかけてしまいます。

「濁川、また行かない?」

仲間とは別にも高校来の親友と二人旅をしましたが
彼はそれほど感動しなかった。
都会派だったからね。

私だけが特別に好きな、波長が合う宿だったのでしょう。

一人で構わないから、なぜもっと行っておかなかった?


私は81年に広島に戻り、縁遠くなっていた濁川温泉が
84年に忽然と消えてなくなりました。

直下型地震で御岳の片側が大きく崩落し、土石流が
谷を埋めたのです。
宿の方も何人か行方不明。

NHKの画面に映る温泉跡は土とゴロゴロした石の
砂漠のようで、谷全体が無くなっていました。


今年、東京外大に通った子が中学受験で塾に来ていた
04年にインドネシアの大津波がありました。
彼女のアメリカンスクール時代の友達が津波で行方不明。
ついこの間のことに思われます。

今回の東日本大地震ではカミサンの親友の御主人が
地震に遇われ、避難した屋上から流れる家を見たそうです。

大災害はいつも身近にあるようです。
遠い出来事ではありません。

私たちの新婚旅行

2011-03-17 10:04:58 | 塾あれこれ
以前もほんの少しだけブログで触れました。
貯金もないのに結婚し、新婚旅行費用を
苦労して捻出したこと。

休暇だけは2週間とり、そのうちの大半を貧乏旅行に
費やしました。

東北→東京→西伊豆→紀伊半島。

ペーパードライバーなのでレンタカーを借りるなどは
できません。
主に公共交通機関を使い、旅行鞄を抱えての珍道中。

たとえば東北は以下の通りです。

(バス)仙台空港→名取→仙台
(JR仙石線)多賀城→塩竈→松島→石巻
(タクシー)登米→平泉
(JRとバス)鎌先温泉→米沢→白布温泉

こんな感じで続きました。

結婚した後も毎年、数日泊の東北旅行を続けましたが
東北は好きでした。

神戸で震災があり(ずいぶん昔ですね)
それ以降、贅沢を自粛

そのうち自粛しなくても収入が減り続けて
現在に至る、ちゅーわけです。


記憶に残る美しい風土と暖かい人々。
懐かしい思い出の数々。

いまTVを見るたびに呆然となります。
特に仙台空港~石巻

何度も行った石巻の料亭は港の近くでは
なかったか。

イオウ処理していないウニ、天然小粒の三陸牡蠣、
パイナップルの香りがするホヤ
などなど、一人1万円でとても贅沢ができました。

泊ったホテルは川の傍ではなかったか。
静かで品が良い宿でした。

あそこはどうなったろう、ここは・・

思い出すことが多く、震災のTV画面を見ることが
難しいのです。

フェイスブックを覗いてみた・・

2011-03-16 18:22:02 | 塾あれこれ
ミクシイとかフェイスブックは参加する個人の名前を
公開するということからメリットが生まれ
それを活かすシステムでしょう。
よって私のようにブログを自分の名前で書いている人間
には縁なき世界であろうと考えていました。
発信にフェイスブックを使う必要はないのです。

逆に(匿名での情報発信)を私個人はできないし
何人にも頼らずに生きると決めれば意見表明は自由。
私自身には匿名にすべき理由がありません。

S製作所に勤めていたままなら周りへ迷惑をかけては
いけないので匿名にせざるをえないでしょうね。
ですから、全ての匿名を否定するものではありません。

できれば、ブログも名前を明らかにした発信が増える
ことが望ましいとは考えます。

たとえ壁に守られた自己開示でも、しないよりはマシ。


とはいえハイソサエティの人々が、フェンスで囲い込ま
れた町に住み、自分たちだけで真の情報を交換すると
いう風情は好きになれません。
ひとから見えない閉じられた世界の中で名前を出しても
囲いの外からは匿名なのですから。

私は、仲間にしてもらえないだけなのですがね。
ま、一種のヒガミ根性ですじゃ。

お金持ちが人脈等も大切にされ一生懸命に生きられる
ことはそれなりに素晴らしいことで、こちらから文句
をつけることではありません。

公の世界に多くの情報を発信されるよう望むだけです。


何はともあれフェイスブックを覗いてみようと
例によって何も知らないままクリックを重ね
自分の情報を記入していきました。

何事も仕組みをよく知ってから参加するタイプの人と
ともかく手を上げてみるという乱暴派とに分けると
私はあきらかに後者です。

正負の計算ができるようになって改めて正負という世界の
意味を知ろうとするタイプです。
・・真面目な先生に嫌われますね。


案の定、フェイスブックはよく分からない。
情けないですね。

呼びかけた伏高さんのOKで一応参加は出来ました。

第一印象=「実名のブログ」とは違うぞ。

勝手な思い込みかもしれませんが
ブログは一方向の流ればかりが目立ちます。

特に私などは知己に閲覧をお願いするわけでもなし
誰が読んでくださってるか、ほとんど分かりません。

フェイスブックは情報交換における責任が明確で
簡単なコメントひとつでも出し手に重みが感じられ
つまりは受け手にも訴える力が強いようです。

上手く使えば会社やお店の営業にも使えそうですね。
ブログは手段として遡及力が甘いかもしれません。


フェイスブックに名前を載せたあと、ページに案内されて
見ず知らずの方に私を「お友達に認定して」と頼みますと
運よく了解を得られました。
伏高さんつながりで信用を頂いたようです。

その方のまたお友達、のページ?に今回の地震の情報が
載せられていました。
それは「友達の友達」のもう一人向こうの友達からの情報
を載せたものだったのですが、早いし詳しい。

さすがフェイスブックの力と感心して、よせばいいのに
コメントしてしまいました。
「私はフェイスブックはまったくの初心者ですが、
 この投稿は早いし詳しいし素晴らしい。
 情報を有難うございます」
と私がコメントしました。

ページの主たる「友達の友達」の御返事は

「井上さん、私のフェイスブックは自分がきちんと
確かめた正しい情報だけに限定しています。
よろしくお願いします。」

私のコメントが何か気に障ったようですね。
もしくは意思疎通が上手くいっていないか。
あわててお詫びしました。

「変な文章を書き込んで申し訳ありませんでした」
「いいえ」

見ず知らずの人間は入ってくるな、ということ?
仁義を切っていなかったか?
お友達以外は「いいね」って言っちゃいけないの?

(いいね、というのがフェイスブック用語らしい)

書き言葉によるコミュニケーションって難しいですね。
よって私も反省すべきなのでしょうが、実はどう
反省すべきかよく分からないのであります。
これから勉強しなくちゃ。

一つだけ言えることは、まったく見ず知らずだと
こういう齟齬は起き易いと云うことですね。
相手を知ってると、言わんとすることが正しく伝わり易い。

しかし、参ったね。
なぜ叱られたか分からない・・・

東電の人々を育てた教育って?

2011-03-15 19:53:12 | 塾あれこれ
不眠不休で危険を顧みず働いておられる人も多い
とは思いますが、現在の東電の仕事ぶりに
我々一般人はかなり疑問を感じているのではないか?

東電でエライ人ともなれば親戚間でも
一目も二目もおかれる存在でしょう。

東大→東電なんて人の大勢いる中での出世です。

それが現実に重大事態に直面した時にどうか?

何日たっても原子炉をコントロールできず
それどころか次第に悪い方向に向かうように見えます。

危機管理能力欠如というより人間としての出来がどうか、
とさえ疑われるようなことが報道されています。
読売新聞は、安全と言っておきながら危険な仕事を
させられていた、と自衛隊は怒り心頭だと報じています。
そりゃそうでしょう。

ここには東電のプロとしての誇りもなければ
人間としての心性も見えません。
前代未聞の一大事のセイにはできないでしょう。

見回りに出て燃料切れを見逃した?冗談じゃないでしょう。
もっとヒドイことをしていてごまかしを言っているか?
いずれにせよ菅首相がキレるのも分かります。

計画停電でも同様です。
どこが「計画」?

一般人の理解が得られると思っているのでしょうね。
人間エラクなるとおかしくなっちゃうのかね。


こんな「優秀な」人間を出世させる日本社会はヘン!

その原因の一つに教育があることも間違いないでしょう。

学校、塾、保護者、社会・・・みな深く反省すべきです。

ああいう「カシコサ」も大事でしょう。
物を覚えたり、計算をしたり。

そういう能力ばかり丁寧に育てる教育法ばかり進歩し
子供に考えることをさせない「親切な」塾指導を
多くの保護者が良しとしています。

外国の投資家が見放しかけているのも分かるような
気がします。

現場の命をかけた努力を、私のような目でくくって
見てはまことに申し訳ないのですが、世界が?を
示しているのです。

自分の頭で正しく考えられる教育が緊急の課題では
ないでしょうか。
教育には時間がかかるものだからです。

計画停電

2011-03-14 20:56:24 | 塾あれこれ
専門家が電力が足りないとして訴える計画停電に
素人は異議を申し立てられません。

しかしそれにしても手際が悪すぎないか?
全体が大混乱だし影響を小さくしようと云う配慮も
分かるけれども。
エリートなるもの自分の責任で何かを決断することが
苦手なのですね。
この国のエリートだからそうなのかもしれません。

そこを上から指導するのが監督機関であり
政治家であるはず。

下からの通知をそのまんま発表するだけしか能がない
のも情けない。

プライオリティをしっかり確認させ、迅速な対応を
しなければなりません。
原子炉への海水注入だって遅すぎないか?
できるだけしたくないので引っ張って重大な事態を
招いているのではないか?

素人がいうと叱られるに決まっていますがね。


TVを見ていると、本当につらい情報ばかりです。
見ているしかない私も外から見れば情けない。


たぶんすでに電力会社では検討されているはずですが
日本全国から電力を順送りにすれば東京電力管内も
需給バランスが少しはよくなるでしょう。

そのために日本中が5%でも節電すればよいのです。

それを首相自らが国民に呼びかけ
会社に検討を急がせる、ことくらいできるでしょうに。


東西の電力周波数が違うので難しい面がある、と
指摘されました。
そういえばそうでしたね。

しかし、機械的なことは解決法があるハズです。
急ぎ移入するとか、稼働率を変えるとか。
政治家はまず方向をしめすこと!

大変ですね

2011-03-12 15:47:40 | 塾あれこれ
東北の日本海側には知り合いはおりません。
しかし、大変な事態です。

TVを見ているしかないというのも情けないけれど
仕事はしつつ、被災のことも気になり、と云う自分がいれば
入試に合格した知らせに喜ぶ私もいます。

フェイスブックで迷惑を起こしながらブログを書いていたり
東京への仕事をキャンセルする自分もいます。

本当に久しぶりの新幹線上京は無期限延期
せっかく早トク切符だか手配していたのに。

深刻なニュースが流れていても食事はできる人間。

友達の友達はどこかで被災している人がいるかもしれないのに
(今日も広島はうすらさむい)と思う自分がいます。


原発、言わんこっちゃない。
想定以上であっても、いざという時に心配のないシステムを
整えるなんてことを官僚的専門家はしないのですね。

日本の景気はどうなる、なんて不謹慎なことまでよぎるのです。

連鎖地震も恐ろしいですが、かといってそれほど慌てていない
自分もおり、複雑というより、どこか情けなさが漂います。