昨日の午後、JR車内でのこと。
ほとんどの人が座席に座っていた。
私の隣の席に、70代男性が座って、あたりを眺め廻していた。
ある駅から、高校生らしい少年が、例のズッコケ履きのズボンスタイルで乗ってきた。乗り込みながら、すでに携帯電話を操作していた。
その高校生は、私の向かい側の席に座った。当然のように足を投げ出していた。
座ってすぐに、電話に向かって話をはじめた。内容は聞こえない。
私の隣に座っていた老人が、ただちに反応を示した。
「電車の中なのだから、電話をしてはいけない!」
そのような内容の言葉を、高校生に投げつけた。かなり大きな声。語調も厳しかった。
それに対する高校生の反応がまずかった。空いているほうの手で受話中の耳を指した。つまり、「電話中だ!」とでも言いたげな仕草なのだ。
「電話をよせ!」 老人が言った。今度は私にも聞きとれた。大きな声であった。
・・・厄介なことになったなァ。
実のところ、目の前でトラブルが起きるのがイヤだった。ほかにも男性客はいたが、隣の席なので、素知らぬ風もできないと思った。
高校生は、老人の怒りの理由が、はっきり理解できなかったらしく、通話を一時中止して、老人のほうを向いた。
「・・・?」 つまり、「何かあるのかい?」とでも言いたげな気配だった。
その態度が、老人の怒りの火に油を注いだ。
「キ、君は、どこの高校だッ!電車に乗って、電話をしろって教わっているのかッ!」
老人は立ち上がって言ったのだ。
(逆ギレしなければいいがなァ) 正直のところ、私はそんな心配をした。
事態を理解した高校生は、通話中の電話を切ったのだ。
(最悪の状況になるぞ)
私は覚悟を決めて、推移を見守った。そのとき、私は自分の年齢を忘れた。
ところが、高校生が、ペコリと頭を下げたではないか。
「(モグモグ・・・)」 なにやらを言って、彼は次の車両へ移って行った。
(ヤレヤレ)と、私は安堵した。
隣の老人は、唇をワナワナさせて立っていたが、直ぐに我に返って、ドカッと腰を下ろした。
腰が抜けた雰囲気だった。興奮のあまり、後先を考えずに怒鳴ってしまったらしい。
「まったくこのごろの・・・」
老人はブツブツ言いながら、やはりバツが悪いらしく、高校生が行った車両とは反対のほうへ行ってしまった。
一件落着とはなった。しかし、私には愉快な結末ではなかった。
一部始終を見ていながら、私は何もしなかった。そんな自分がイヤに思えた。
何もする必要はなかったのだが、それでも気分は晴れなかった。
老人に対しても高校生に対しても、申し訳がなかったような気分だった。
別館として、写真俳句ブログの「いのちの囁き」を開いてます。
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病院待合室での会話として 甲:「今日はAさんが見えないね!」 乙:「Aさんは病気じゃないだろうか」という笑い話がありますが、社会全体でモラルが低下してきているのではないでしょうか?
自分は関係ないとは思いますが、それでよかったのかとの思い。最近、色いろな事件がありますから、このような時どうしたらよいのでしょうね。
高校生も反省したでしょうし、お隣さんも言い方を変えたほうがよかったかもなんて反省したかもしれませんね。
幸いにも、お話のような待合室にぶつかったことがありません。
しかし、老夫婦とか、老父母と娘の組み合わせはよく見かけます。
老爺は動かず、周囲がバタバタ動いてくれるので、「羨ましいなあ」と思ったことは幾度もあります。
あなたのお話のような光景は、老人の一人として、とても恥ずかしいことです。
年寄りは周りが見えなくなってしまうのですね。
この事態の二人は、双方とも反省したと思いますが、私もとんだトバッチリで、反省をする羽目になりました。
高校生は自覚が不足。
老人は我慢。
私はどうすべきだったのか、よく分かりません。
気持ちが悪くなったのですから、回避できるのであれば、回避すべきだったのでしょうが。
そして、ひよどりさんと同じ気持ちを味わったことでしょう。
難しいですねぇ。
ご同意いただき、ありがとうございます。
日頃は何の心構えもなく歩いています。
突然の事態に、さしたることも出来ず、そのくせにあとあとまで気になったり・・・。
あまりトクな性分ではありません。
勇気ある老人、ペコリと頭を下げた高校生、純粋な心を持つ鵯さんの申し訳なさ、三者三様に、車内の様子など、表現されてます。
もともと他人同士のイザコザなんぞに、イチイチ気を使っていたら、とても息苦しい。
それなのにあえて息苦しくしている自分が愚かしく思います。
笑ってやって下さい。
ひよどりさんのお気持ちはお気持ちとして、この場合、
手も口も出さないのが賢明だと思われます。
私もきっと同じようにしていたでしょうね。
おっしゃるとおり、危ない世の中。
触らぬ神に祟りなしが得策ですね。