新・ほろ酔い気分

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帰宅困難者(その1)

2014年09月01日 19時35分37秒 | 身辺雑記

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  (平成23年3月11日午後3時31分 有楽町駅前)  

  今日は防災の日。

  メデイアは防災の心得を説いている。全く同感だ。

  されば、備えをしているか?私はほとんどしていない。

  当日、私は「帰宅困難者」として、東京駅でゴロゴロしていた。

  にもかかわらず、心構えも備えもしていない。困ったものだ。

  平成23年3月11日14時46分。あの東日本大震災が起きた。

  その時私は、千代田区日比谷の映画館で、「英国王のスピーチ」を一人で観ていた。

  映画が始まって数分後、館内がガタガタ、グラグラと大きく音を立て、とっさに見た天井の照明が、大きく揺れた。「落下してきたらどうするか!」と、不安がよぎった。

  ほぼ満席の館内では、どよめきはしたが、席を立つ人はなく、異様なほど静かだった。

  すかさず、女性の案内者が、「みなさん、席を立たないでください!」と大声で叫んだ。 

  その後すぐに、男性の声で、場内アナウンスが流れた。

  「お静かにお願いします。大きな地震があった模様です。映画は中止することになりました。料金の払い戻しをいたしますので、こちらの誘導に従ってください」

  詳細は忘れたが、そのような内容のアナウンスだった。

  「料金の払い戻し」という声があったので、否応もなく、観客は誘導に従った。

  映画館の措置は見事だった。パニックはなかった。日ごろの訓練が効いたのだろうか。

  外へ出たら、多くの人が道路に溢れていた。ヘルメットを被った女性たちの姿もあった。緊急避難態勢で、ビルから外へ出た人たちだったようだ。

  「とにかく、有楽町駅へ行ってみよう」 

  有楽町駅前は、山のように人が集まっていた。

  また強い余震があった。

  「駅舎内は危険ですから、離れて下さい。この地域の避難場所は皇居前広場です!」

  駅のアナウンスが叫んだ。

  確かに有楽町駅はボロだ。しかし、皇居前広場へ行く気にはなれなかった。

  「東京駅まで行ってみよう」 

  私は一人で、東京駅へ向かった。

  その時の私には、一晩中電車が止まり、帰宅難民になるという危機感はなかった。

  <続く>

 

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2 コメント

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あの日、ウチの息子も帰宅困難者でした。 (太郎ママ)
2014-09-02 07:26:17
あの日、ウチの息子も帰宅困難者でした。
都内の仕事場から一旦外に出たらしいですが、道は人に溢れ、どこに居れば安全か? 
同じ方向へ帰る人たちで、会社の軽自動車に乗ったのが夜の11時だったとか・・
翌朝戻って来ました。
水や乾物みたいなモノは備蓄してはありますが、せいぜい2,3日分です。
7人家族ですから、そうなったら大変ですよね。
都会でないだけ良いかもしれませんが・・・
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東京駅は人が溢れていました。 (ひよどり)
2014-09-03 13:48:32
東京駅は人が溢れていました。
帰宅困難者対策はまったく講じておらず、床に座って、時の過ぎるのを待っていました。
しかし、その折、日本人の冷静さと連帯の強さを、はっきりと覚らされました。
日本人は捨てたものではありません。
今、多くの汚名を着せられている日本ですが、一つずつ晴らして、子孫に譲りたい。
そんな思いでおります。
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