6丁目のつぶやき

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天守のない湯築城跡

2019-12-01 | 

日本100名城の湯築城跡が
松山市道後公園内にあると聞いて
市電車で行く



公園前で降りて看板はあったが
公園の縁に高さの低い土塁が
城跡らしい





南北朝時代より存在して
丘陵部は71mの小山で

天守の遺構がまったく無く
天守があったか定かでない
下の平地部では
武家屋敷が建ち平山城であった



伊予豪族河野氏が
平安時代から
壇ノ浦の戦い
承久の乱
等々乗り越えて
戦国時代迄の約400年間
にわたって統治していたが
秀吉の四国征伐で小早川軍に降伏
城を開け渡した

廃材は松山城の築城に使われ
堀や土塁のみ残る



松山城を築き廃城となる

ほぼ完全な縄張り
土塁、堀だけ残って
たぶん南北朝時代からの
長い歴史
そして
松山城築城までの前身だから
優れた史跡と言う意味で
日本100名城なんだなぁと・・・

遠くの勝山に見える松山城が
在りし日の湯築城の廃材か・・・
歴史の移り変わりに
古城何をか語らん

コメント (1)
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