私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

ハイチの今とこれから

2011-01-12 11:22:26 | インポート
 ハイチを強烈な大地震が襲ったのは丁度1年前の2010年1月12日、死者25万人以上、負傷者数十万人、2百万人以上が家を失い、1年経った今も百万を超える人たちがテント生活を強いられています。テント村に住む家族の75%は日々の食べ物にも事欠き、45%は未処理の水を飲み、30%は非衛生な便所を使っているそうです。国際空港の周辺と上層階級の住宅地区の瓦礫は片付けられましたが、全体としては瓦礫の80%はそのままの状態だといいます。世界各国からの民間義援金は莫大な額にのぼった筈でしたが、例えば、クリントン・ブッシュ・ハイチ基金が集めた5千2百万ドルのうち、昨年11月現在では、その6百万ドルしか使われていず、アメリカ政府が約束した10億ドルの援助資金からも約10%しか実際の出費が行なわれていません。これに較べると、ポール・ファーマーの医療NGOであるPIH(Partners In Health)は、震災後に集めた義援金8千6百万ドルの三分の一を使ったそうですから、まだましの方です。これでは一般住民の生活環境の復興が進まないのも当然、この出し渋りの理由については次回に論じるつもりです。
 昨年10月上旬には熱帯暴風雨「トマス」が各地に暴風と洪水をもたらし、中旬からコレラが急激な流行を始めました。コレラ菌はMINUSTAHの名で知られるハイチ占領国連軍にネパールから参加した兵士が持ち込んだものらしく、現在までに死者は3700人を超えています。この伝染病惨禍のただ中で、国民の強い反対にもかかわらず、昨年11月28日、ハイチ大統領選挙がアメリカを先頭とする、いわゆる国際社会によって強行されました。選挙と呼ぶに値しないこの政治的虚偽行為については、強行直前の11月24日付けのブログ『スーチーとアリスティドとカガメ』に既に書きましたが、その断片を引用します。:
■ その年(1994年)の夏、アリスティドの政党ファンミ・ラバラスは議員選挙に勝利を収め、2000年11月26日、今度は92%の圧倒的得票でアリスティドは大統領に再選されます。民衆の支持を得て、アリスティドは米英、フランス、カナダの意向に逆らう政策を重ねて行きましたが、2004年1月1日、ハイチが奴隷反乱(世界史で唯一成功した奴隷反乱)でフランスから独立した200年記念を祝った一ヶ月後の2月5日、欧米を後ろ盾とする大規模の反アリスティド政府の争乱が起り、その騒ぎのただ中の2月29日、アリスティド夫妻は強制的に米国空軍機に乗せられて遠くアフリカ大陸中部の元フランス植民地であった中央アフリカ共和国に連れ去られました。その後、アリスティド夫妻は南アフリカに移され、国の客人として普通の市民と同じ生活をしているようですが、国外旅行は許されていません。旅券が出ないのです。本年初頭のハイチ大地震の後、ハイチ国内ではアリスティドの帰国を望む声が強くあがっているのですが、オバマ政府はダンマリを続け、南アフリカ政府に旅券を発行させる気配は全くありません。この11月28日には総選挙がありますが、アリスティドは遠いアフリカの地に軟禁されたままで、彼の政党ファンミ・ラバラスは選挙から完全に閉め出されています。アメリカ政府の傀儡が大統領になるのは見え透いたことです。■
選挙が強行されてから一ヶ月後の今、私の観察の要点を言えば、アメリカ政府/国連は、再選の許されない現大統領に代わる傀儡として、Jude Celestin (セレスタン) という中年の男を選び、インチキ選挙の当て馬として70歳の知名女性 Mirlande Manigat (マニガ)を当てがい、第一回投票の後、2011年1月16日にセレスタンとマニガの間で決戦投票が行なわれるというシナリオを作り上げてから、11月28日を迎えたと思われます。ハイチの人々だけではなく、世界中の人間を全く馬鹿にした暴挙の計画でしたが、投票が始まってから,眼前に展開された余りにもメチャクチャな状況を目にして、立候補者18名中の12名(マニガをふくむ)がその日の午後には、選挙の無効を宣言し、多数の投票所で民衆が暴動を起こし、MINUSTAHによって数人が射殺されました。投票現場でおおっぴらに行なわれた不正投票行為がどんなに凄まじいものであったかをカナダ公営放送CBCのテレビニュース(www.cbc.ca/news/)で、Paul Hunterというベテランの記者が詳しく報道していますので、関心のある方は是非ご覧下さい。例えば、投票所の一隅で、一人一枚の筈の投票用紙が何枚でも手渡されるシーンをCBCのカメラが捉えています。CBCは日本のNHKに当りますが、現在、世界中で最も信頼の置ける(政治的偏向の少ない)報道機関の一つです。NHKに較べてCBCは比較にならない貧乏所帯ですが、報道の本来の任務を勇敢に果たし続けています。見事です。
 12月18日、投票結果が発表され、マニガ女史が31.37%、現大統領プレヴァル、つまり、アメリカ/国連が推すセレスタン氏が22.48%の得票で、2011年1月16日に二人について決戦投票が行なわれることになりました。極貧下層民を含む一般大衆が圧倒的に支持する政党ファンミ・ラバラスが始めから除外された選挙で,少なくとも心情的には一般大衆の受け皿であったに違いないマニガ女史を一位に据えたのも始めから書き上げてあったシナリオの筋書き通りだったのだろうと私は推測します。それを裏付けるようにセレスタン陣営は大々的な決戦選挙運動を開始しましたが、ハイチの民衆がそれを見抜けない筈はありません。この言語道断の偽装選挙に対するハイチ一般民衆の抗議闘争の高まりに直面して、MINUSTAHの長である Edmond Mulet は,大失言をしてしまいました。「そんなに国連の云うことを聞かないなら、MINUSTAHも国際社会もハイチを見捨てて引き上げてしまうぞ!」と口を滑らしたのです。前にも書きましたが、国連治安維持軍MINUSTAHは2004年にハイチを占領してアリスティド大統領を遠くアフリカの奥地に追放し、政権変更を実行したアメリカ軍からハイチ圧政の任務を受け継いだ占領軍である、というのがハイチの人々の認識なのですから、MINUSTAHが引き上げるという“おどし”に、大歓迎の声を上げたのはハイチの一般民衆でした。その声は、彼らの力強い代弁者の一人である異色の女性 Ezili Dantò の次の発言が見事に代弁しています。:
■ Open your ears, Mr. Edmond Mulet. The Haitian people on the streets demonstrating are asking for YOU, for the U. N. to go. Why do you only hear their call for President Preval to go and not for YOU to go? Take Clinton, the Interim Haiti Reconstruction Commission(IHRC) and the NGOs with you, please. Bon voyage, U. N. Goodbye, Clinton and 16,ooo NGOs. (耳をほじくって良く聞きなさい、エドモンド・ミュレットさん。街頭デモをやっているハイチ国民は、あなたが、国連が出て行ってくれと頼んでいるのだ。あなたは、プレヴァル大統領失せちまえ、という彼らの叫びだけを耳にして、あなたも出て行ってくれという声が何故きこえないのか?クリントン、IHRC (暫定ハイチ復興委員会)、それからNGOたちもご一緒に、どうぞご退去下さい。よいお旅を、国連さん。さようなら、クリントンと一万六千のNGO たち。)■(San Francisco Bay View, December 14, 2010 から)。
この文章の少し後で、再び彼女は「Oh, what a seasonal gift it would be if the UN took their cholera butts out of Haiti, along with slick Willy Clinton and so-called “progressive,” like Paul Farmer! (ああ、もし、国連軍が、残りのコレラ菌と、それに口先ばかりのぬるぬる野郎クリントンやポール・ファーマーのような、いわゆる“進歩派”の連中ともども引き連れてハイチから出て行ってくれたら、何という良いお年玉になることだろうに!)」と書いています。弁護士、劇作家、詩人、歌手、ダンサー、社会運動家であるハイチ生まれのこの美貌の女性 Ezili Dantòは、過去20年間、ハイチの貧民医療の大恩人であった筈のポール・ファーマーをはっきりと名指しで批判しているのです。看過することは出来ません。しかも、ポール・ファーマーに対する彼女の鋭い批判の矢は、すでに大震災のすぐ後の2010年1月30日の時点で放たれていました。:
http://open.salon.com/blog/ezili_danto/2010/01/30/a_message_to_paul_farmer_the_senate_j_dobbins_francois
この長文の論考のタイトルは“A message to Paul Farmer, the Senate, Dobbins & Francis”です。アメリカの上院外交委員会でのハイチ政策についての諮問でのポール・ファーマーの証言などに対する手厳しい批判がその内容です。一読に値します。もし、内容の反米偏向の可能性を問題にしたければ、原文をよく読んでからにして下さい。
 昨年11月28日のアメリカ/国連主導のインチキ選挙の“決選投票”は本年1月16日に行なわれる予定でしたが、その余りものインチキさと民衆の激しい反抗のため、“国際社会”も動揺し、暫く延期すると1月6日に発表されました。今、ジュド・セレスタンを結局は大統領にする裏工作が進行している最中です。
 このブログの前回で、今回はポール・ファーマーの「転び」の醜態をお話しする約束をしましたが、前置きが長くなって果たせませんでした。実は雑誌『Foreign Policy』の2010年12月号に掲載されたポール・ファーマーの論文「5 Lessons From Haiti’s Disaster」を紹介する予定でしたが次回にそれを行ないます。

藤永 茂 (2011年1月12日)