私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

Add Women and Stir (3)

2012-07-04 11:22:35 | 日記・エッセイ・コラム
 前回私が自家製の新語と称した“ソフト・マニピュレーション”の意味が分からないというメールを頂きました。これがアメリカの攻撃的な外交政策に関連して時折使われる“ソフト・パワー”の真似、あるいは、もじりであることをお気づきの方も多いでしょう。前回に取り上げた『チェンジ・ドット・オーグ』が私のいう“ソフト・マニピュレーション”に該当する非常に微妙な形での大衆の世論誘導の意図を秘めた組織であるかどうかは、私のカンはそう告げていますが、確証があるわけではありません。もし私のカンが間違っていたことが将来はっきりした時には謝罪します。それは事が良い方に外れるわけですから、喜んでお詫びします。しかし、世間のノルムから偏向した私のブログを何時もフェアに読んで下さっている方から“ソフト・マニピュレーション”の意味が取れないという感想を頂いた今、もうこの辺りで私の判断をはっきり述べておきたいと考えます。それは「Amnesty International も Human Rights Watch も“ソフト・マニピュレーション”の手段あるいは道具として意識的に使われている場合がある」という事です。アムネスティ・インターナショナルの紹介記事をコピーします。
■ アムネスティ・インターナショナルは、すべての人が世界人権宣言やその他の国際人権基準に定められた人権を享受する社会の実現を目指しています。現在、130ヵ国に、300万人以上の会員・サポーターがいます。1961年、英国で設立されました。1977年には、拷問の廃止を求める世界規模のキャンペーンを始めるが評価され、ノーベル平和賞を受賞しました。■
アムネスティ日本の会員数は7000人超、多数の善意の人々がこの巨大な国際的NGOの事業に参加貢献していることは周知のことです。沢山の日本人がイーデス・ハンソンさんのファンでしょうが、私も、1960年代からの50年間、一貫してのファンの一人です。私が日本人の多くと違うのは、アムネスティ・インターナショナルやそれに類似のNGOを見守る観測地点です。ハイチ、キューバ、ボリビア、ヴェネズエラ、ホンヂュラス、コンゴ、ルワンダ、リビア、エリトリア、つまり、日本人の目から見れば世界の辺境の地ばかりです。そこで何が見えるか? この国際的大NGO が過去に良心的で善意に満ちた日本人たちの賛同と支持に値する多数の事業を行なって来たことに否定の余地はなく、その様相は、大筋のところ、現在も変わってはいないでしょう。それはHuman Rights Watch や 「国境なき医師団」や「国境なき記者団」などのNGO組織についても言えることでしょう。しかし、ここに大きな問題があります。多くの人々の信頼を獲得しているこれらの組織が、もし、嘘をついた場合にはどうなるか。まことに自然な成り行きとして、人々はその嘘を真実と思うでしょう。そして、この状況を意識的に利用しようとする政治権力が出現したらどうなるでしょう。私が世界の辺境の地に観測点を設定して可成り長いあいだ観測を続けた結果として、今ではほぼ確信をもってお伝えできる結論は、アメリカ、イギリス、フランス、NATO軍などはこれらのNGO 組織に嘘をつかせて世界の大衆世論の操作を巧みに行なっているということです。歪曲した虚偽の報道に加えて、これらの人権監視団体が犯す不作為の罪、砕いて言えば、見て見ない振りをきめこむ場合もよく注意しなければなりません。私がここで言っていることを試してみる例題として、ホンジュラスの現代史と現在の国内事情を少しお調べになることを皆さんに勧めます。私はこの種の作為不作為をまとめて“ソフト・マニピュレーション”と呼びたいのです。subtle and evil manipulations です。
 世界のマスコミの現状では、この“ソフト・マニピュレーション”が作動しているかどうかの判断を下すまでにはなかなか時間と手間がかかります。色々なところから情報を得てくる必要があります。やや間接的なニュースも役立てなければなりません。その一つはこうしたNGO団体の人事のニュースです。ここでまた、アメリカの政治風景の中で際立つもう一人の才女、Suzanne Nossel に登場を願いましょう。彼女の方が前回に紹介したMichelle Rhee さんより遥かに大物のようです。オバマ政権の国務大臣ヒラリー・クリントンの側近であった Suzanne Nossel は本年2012年1月2日からAmnesty International USA (AIUSA) のExecutive Director に就任しました。その以前には、国連の人権委員会で活躍し、Human Rights WatchのChief Operating Officer であったこと(2007年~2009年)もあります。ハーヴァード大学法学部出身で、ウォール・ストリート・ジャーナルの副社長や民間企業の経営コンサルタントの経験もありますが、まだ40歳そこそこの女性です。彼女を一躍有名にしたのは高名な外交評論雑誌「フォーリン・アフェヤーズ」の2004年3月/4月号に掲載された『Smart Power』と題する彼女の論文でした。このスマート・パワーのしゃれた解説が雑誌ニューヨーカーに出ていますがし、ウィキペディアにも真っ当な解説がありますから参考になさって下さい。対テロ戦争のやり方に就いて、共和党好戦派ブッシュ/チェイニーの強引な武力行使を“ハード・パワー”と呼ぶとすれば、これに対して、映画、書籍、宣伝報道、外交交渉、などの“ソフト・パワー”をもっと有効に使うべしという意見が民主党系のリベラル文化人から出されていました。Suzanne Nossel の“スマート・パワー”はハードとソフトの賢明な合わせ技を使うべきだというアイディアです。北風か太陽かという議論に、北風の暴力と太陽のじわじわ熱の両方をうまく使えば良いと持ち出すようなものです。オバマ政権の国務大臣ヒラリー・クリントンはこの“スマート・パワー”のアイディアが凄く気に入って、この硬軟両様の考え方を外交政策に採用することを公言して、ノッセルを国務省に引き入れて側近の一人にしました。ノッセルの考えはクリントンのもう一人の側近サマンサ・パワーのそれと極めて近く、これにスーザン・ライスを加えれば、今のオバマ政権内での外交政策はこれらの切れ者の女性たちが牛耳っていると言ってもあまり過言ではありますまい。ノッセルがAIUSAに出向してもこの女性陣容が変わる筈もなく、AIUSA がこれまでに獲得した一般的信用を隠れ蓑にして世界世論のマニピュレーションを試みるに違いありません。
 前2回のブログで、『チェンジ・ドット・オーグ』が“ソフト・マニピュレーション”の手段として使われる可能性を示唆しましたが、この場合もパターンは同じで、この世の中をより良いものにしようとする善意の人々の多数が「問題提起と活動呼びかけ(petitions, 陳情請願)を専門」とする進歩的な「ピープルパワーサイト」として信用するこの営利組織が ノッセル流のソフト・パワー政策に組み込まれることを私は強く危惧します。私が持ち出した意味不明瞭の新造語“ソフト・マニピュレーション”は“スマート・マニピュレーション”と変更すれば通りが良くなるかも知れません。
 Suzanne Nossel がAmnesty International USA (AIUSA) のExecutive Director に就任したことについては、これぞ将に適材適所という讃辞が多い中に、辛辣な批判も見つかります。その中には「これでアムネスティ・インターナショナルも終り」とする極論もあります。
 Human Rights Watch は2009年にエリトリアの人権抑圧侵害について95頁にわたる厳しい批判リポートを公式に発表しています。ノッセルは2007年から2009年までHuman Rights Watch の主要メンバーでしたから、この報告書には彼女の影響があっただろうと思われます。これに対する長い反論がSophia Tesfamariamという人によって出されています。この米国在住の女性は明らかに現エリトリア政府の代弁者ですが、この女性に対するエチオピア/米国連携の人身攻撃の声の甲高さと汚さもエリトリア問題の全面像の把握の一助になります。今回もエリトリアの女性問題と教育問題に踏み込むことが出来ませんでしたが、次回にはこれを果たします。
 なお、現代アメリカの代表的女性の一人、Suzanne Nossel については多量の情報が ネット上にあります。英語を聞くのが嫌でなければ、YouTube で彼女が語る多数の感動ストーリーを,彼女の表情を見ながら、聞くことが出来ます。最近のことでいえば、彼女のシリア物語やイラン物語を聞くことが出来ます。

http://www.amnestyusa.org/news/press-releases/amnesty-international-usa-announces-leadership-transition-suzanne-nossel-selected-as-new-executive-d

http://www.newyorker.com/talk/2009/01/26/090126ta_talk_hertzberg

http://en.wikipedia.org/wiki/Smart_power

http://mondoweiss.net/2012/06/amnesty-intl-collapse-new-head-is-former-state-dept-official-who-rationalized-iran-sanctions-gaza-onslaught.html

http://original.antiwar.com/colleen-rowley/2012/06/21/amnestys-shilling-for-us-wars/


藤永 茂 (2012年7月4日)



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1 コメント

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藤永先生がこれまでご自身のブログの中で「NGO」に... (桜井元)
2012-07-05 02:41:09
藤永先生がこれまでご自身のブログの中で「NGO」に触れられた文章をバックナンバーから辿り、あらためて読み直してみました。以下のように実に多くの具体的事例をもとに書かれていらしゃいます。

2008年9月3日からの4回連載
「アフリカの国立公園の私企業化(1)~(4)」

2008年9月10日
「伊藤和也さんは他のNGOに殺された」

2012年1月11日
「慈善家は人間を愛しているか?」

2012年2月29日
「操り人形の間の諍いもパペット・ショーの内」

2012年3月7日
「前週記事のフォロー・アップ」

2012年3月14日からの2回連載
「民営化(Privatization)(1)(2)」

2012年5月23日からの3回連載
「エリトリアが滅ぼされないように(1)~(3)」

これら数々の記事が、NGOを道具としたマニピュレーションの具体的事例の考察、いわば「各論」に該当するとすれば、今回の記事は「総論」にあたるものですね。ハードパワー、ソフトパワー、スマートパワーの説明と合わせてとてもわかりやすい解説で理解が進みました。どうもありがとうございました。
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