私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

“ストーリー”はもう沢山だ(4)

2008-12-10 07:54:55 | 日記・エッセイ・コラム
 前回のブログに「はぐれ雲」さんから、私にとって大変勉強になるコメントを頂きました。『多事争論とは何か』から学んだことで一番びっくりしたのは、藤原帰一東大教授のアメリカ観です。4分間の発言を私も聞いてみましたが、「はぐれ雲」さんが引用しておられる部分を以下に写します。:
■ 筑紫さんがアメリカの政府に厳しいことを番組でもおっしゃってこられたんですけれどもね、それが、反米という態度じゃないんですね。アメリカがおかしくなっているって事に筑紫さん本人が傷ついているんですよね。やはり進駐軍という形でアメリカがやってきて。それにあらたな希望を見いだした子供たちがいたわけで、その一人なんですよ、筑紫さんはね。アメリカの本来あるべきものがあるとすると、それから外れちゃったようなアメリカというものを、ほんとに悲しんでいらっしゃった。

 中略

 ブッシュ政権の8年間ってのはアメリカ人を傷つけたんですよ。アメリカが恥ずかしい存在であることにアメリカ人が堪えられなかった、そんな時代だったんですけど、ほとんどまるでアメリカ人のようにアメリカを悲しんでるってところが筑紫さんにはあったとおもいますね。長い長いトンネルがやっと終ろうとするときに筑紫さんが亡くなられたということでしょうかね。■
この驚くべき藤原発言に対して、「はぐれ雲」さんは次のようにコメントされています。:
* 占領軍を解放軍だと受け止めたのは当時の国民の大半だった。10歳の少年にとっては刷り込みのような体験かもしれなかったが、それはそれ、である。
 そして、占領軍を進駐軍と置き換えた(言葉の詐術)のはGHQ自身だが、独立後も、そして今も、特に政治学者たる藤原自身が安易に「進駐軍」とつかうのだとしたら、私としてはそのセンスを疑わざるを得ない。
 そしてまた、アメリカの本来あるべきものとは何か。草の根民主主義、というような世迷言か? ブッシュの8年間以外のアメリカはノープロブレムなのか? ベトナム戦争以降と限定するにせよ、とてもそうとはいえまい。返還前の沖縄での特派員時代以降ずっと沖縄にこだわってきた筑紫にとっても同様だろう。藤原のコメントには、呆れてものがいえない。*
 私も「はぐれ雲」さんと全く同感です。これは反米とか親米とかの問題ではありません。基本的な事実誤認です。ブッシュの8年間は、アメリカの本来あるべき姿からの逸脱ではなく、ブッシュの、また金融経済についていえば、グリーンスパンのひどい判断の誤りで、とんでもない事態になってしまって、アメリカの本来の姿が“なりふり構わぬ”形で露呈してしまったというのが我々の目の前にあるアメリカの現状です。
 藤原さんの「ブッシュ政権の8年間ってのはアメリカ人を傷つけたんですよ。アメリカが恥ずかしい存在であることにアメリカ人が堪えられなかった、そんな時代だったんです」という語り口にも驚かせられます。もしも、アメリカ人が本当に自分の國のやっていることを恥ずかしいと思う気があったとしたら、現ブッシュ政権になる前の10年間にも恥を知るべきであった事実が沢山あります。例えば、キューバです。このアメリカの「裏庭」にある小国をアメリカは長い長い間いため続けて現在に及んでいます。弱小国をいじめることこそアメリカという國の恥だと思いますが、それに上乗せして、アメリカがいじめ抜いて来たキューバの方が、アメリカより遥かに低い幼児死亡率を保っているという事実も「アメリカ人が恥ずかしくて堪えられなく」感じるべきなのではありますまいか。ブッシュの8年間の以前からブッシュの8年間を通して一貫して行われてきたアメリカの恥ずべき行為の、もう一つの恐るべき例は、ハイチという「西半球で最も貧しい国」といわれる小国に対するアメリカの残忍極まる支配です。ブッシュは、2004年に、民主的選挙によって樹立されたハイチ政府を転覆するという暴挙に出ましたが、これはブッシュの8年間以前のクリントン政権の対ハイチ政策の連続的な踏襲であります。もし些かの不連続性を探すとすれば、アメリカのメディアが事件の真相を無視するか、あるいは、見事に歪曲した点にありますが、それから4年後の今、アメリカ政治の専門的研究者であれば、事の真相を知らぬ存ぜぬでは済まされない状況になっています。
 建国以来、いや建国以前から、アメリカ人たちが自分の都合の良いように、延々と紡ぎつづけている“アメリカン・ストーリー”、それに個人的ストーリーを巧みに絡ませたオバマの選挙用の“グレート・アメリカン・ストーリー”のお集り、そろそろ、この辺でお開きに願いたいものです。

藤永 茂 (2008年12月10日)