まほろば日記

fujioの日常の出来事、記録等を思いつくままに書いた日記です

「プロ」中のプロの技とは

2020-12-29 22:46:40 | 日常
令和2年12月29日
今年もあと3日となりました。良い体験をしたのでそのことを記します。
辞書によれば「プロ」とは「プロフェッショナル」の短縮した言葉で賃金等を支払われるなりわい(職業)のことであり、その中でもトレーニングを要する専門的な仕事をしている人と記されています。
私も運転免許を取得して50年余りたちます。その中でも専門的な軽運送業の赤帽を初めて35年になり、毎日車を運転をして生計を立てていますから一応プロドライバーといえるでしょう。
しかしながら、不注意というか軽率というか何回も違反行為をしてしまいます。スピード違反、駐車違反、一時停車違反、シートベルト未着用、最近では携帯電は保持で捕まったこともありました。違反行為を何回も繰り返していればいつかは捕まります。しかしながらここ3年間余りは無事故無違反です。何故か、考え方を切り替え違反しなくなりました。それは一年間ではなく、運転している今のこの一瞬違法な運転をしないこと。それを続ければ今日一日は無事故、さらにそれを続ければ、一年間無事故無違反でおられます。あと2年間続ければゴールド色の免許証も夢ではない。プロドライバーとしても合格と思っていました。
先般、工場に機械を搬入する作業助手の仕事があり、途中で合流し、大型トラック運転席に同乗させていただきました。
実に丁寧な運転振りでした。右折するとき対向車があれば、通過するまで待たれます。私の軽トラックなら間隔があればすぐに行きます。大型ですからすぐに加速できないこともあるが
間が空いていても通過するまで待たれます。相手も自分のために待機していてくれたのですから「ありがとう」と合図して通過されます。停車した時、車列に入りたそうな車があれば入れてあげます。相手も「ありがとう」と挨拶されます。相手から感謝されれば悪い気はしません。それが優しい運転を続ける力となっているのでしょう。交差点でも十分に左右を確認して通行されます。こうして余裕をもってゆっくり安全運転されれば事故が起きることはない。我々は迅速でせっかちな運転ですがこの運転手さんは『待つ運転」こせこせしない運転、これが人にやさしい運転の神髄と思いました。交通法規を守るのは当然ですが心に余裕を持った運転こそが一段上のプロの技だと感じました。
一段高い運転席から右往左往する車列を見ていると、ふと芥川龍之介の「蜘蛛の糸」の場面が頭に浮かびました。
お釈迦様が極楽の蓮池から地獄の底で罪人たちが鬼に針山に追い立てられたり、争い喧嘩している姿を眺めておられる。運転手さんのこのお釈迦様の心境ではないでしょうか。「どうしてそんなに慌てて、自分本位な運転をするのか。ゆったりと運転しなさい」。この運転席からも喧騒が望める。前の車に割込みしたり、追い越したり、自己中心的な運転に周囲の人もイライラして来る。間が空けば早く行けとばかりにクラクションを鳴らす。次第に気持ちがすさんでくる。
それに反しこの運転手さんの周囲はお互いに譲り合い、感謝の心がある。運転を通して人の心を和やかにする。ささやかで小さな一歩であるが社会をよくすることにもつながるのではと思いました。
これからは優しい運転を心がけます。
コメント
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