
筒井康隆の小説の映画化と長塚京三主演、そしてストーリーに惹かれたので「敵」という映画を観た。
映画.comの解説をそのまま引用するとあらすじは以下の通り。「大学教授の職をリタイアし、妻には先立たれ、祖父の代から続く日本家屋にひとり暮らす、渡辺儀助77歳。毎朝決まった時間に起床し、料理は自分でつくり、衣類や使う文房具一つに至るまでを丹念に扱う。時には気の置けないわずかな友人と酒を酌み交わし、教え子を招いてディナーも振る舞う。この生活スタイルで預貯金があと何年持つかを計算しながら、日常は平和に過ぎていった。」
この主人公を長塚京三が淡々と演じる。長塚さんは好きな俳優のひとり。メイクもあるのだろうが随分と齢を重ねられたなあと思う。
彼と言えば、何と言っても1990年代のサントリーオールド「恋は遠い日の花火ではない」のCMが印象に残る。最近はあの時代の物語のようなCMがとんと少なくなった。時代の流れとはいえ一抹の寂寥感を感じるのは私だけではあるまい。話は逸れるが今湖池屋さんのCMでは往年のサントリーオールドのBGMに使われた曲を流している。ついサントリーオールドかと錯覚してしまう。
さて、この映画、前半はとても静謐な日常が流れていく。日本家屋の佇まいも凛として美しい。あの役所広司の「PERFECT DAYS」のような静謐で規則正しいルーティーンが展開される。こういう淡々とした平明余韻的映像は私好みである。が、後半は敵がせめてくるという、私にはよく理解できない展開となり、現実と夢が交錯してゆく。この展開についていけなかったのが正直なところであった。
こんなシーンがあった。ときどき通うbarで若い女性と席を共にする。このbarの関係者だったと思う。元老教授の少しときめく心。ある日、カウンターで彼女が読んでいた本に挟まれたいた学費の督促状をこの元老教授は見つける。その後、彼はその学費を援助したのだろう。しかし援助して以来その女学生はbarから姿をくらます。この場面を見てふと知人を思い出してしまった。彼は所謂パパ活をしていた。彼の場合は留学の援助とバツイチ子育てママの援助である。
会社や大学でそこそこの地位と収入も得て退職する。特に贅沢はしないしそんな習慣もない。日常の衣食住も心配するほどではない。親の遺産も手に入った。だが退職後の人生はともすれば単調で退屈、そして妻を亡くした身であれば何より孤独だ。このまま老いてあとは死を待つだけか?そこに自分に関心を持ってくれる女性が現れる。それもそこそこ若くて美しいか可愛らしい。
これって案外よくある話なのだなあ。決して他人事ではないと思う。自分も独りになればそんな老人になってしまうだろうか?(もとい、もう老人である)老いれば孤独が忍び寄って来る。それは誰にあることなのだ。認知症に振込、ロマンス詐欺…今はニュースを見てはそんな馬鹿なことと感じているが、果たして自分には絶対ないと言い切れるか?このインテリの元老教授ですらそうなのだ。
本映画は東京国際映画祭で「東京グランプリ」「最優秀監督賞」「最優秀男優賞」の三冠を受賞している。あえてモノクロである。それ故、主人公の陰影がどこか暗示的だ。平日とは言えがらがらではなくまあまあの入りであった。しかしやはりほとんどシニアだ。見終わって心のどこかに棘というか小骨が刺さったよう。そんな感じを抱かせる映画である。
◇敵 2023年 108分 監督・脚本:吉田大八 原作:筒井康隆 キャスト:長塚京三、瀧内公美、河合優美、黒沢あすか、他