件の店を予約したのは約半年前であった。
電話をしたら、今からご案内できるのは
二月だと言う。しかし半年というのは
あっという間である。嬉しいことではないが
歳を取れば月日の流れるのは速いのである。
お目当ての店は一軒家。そのまま民家である。
地図を頼りに探しながら着く。看板はない。
普通の表札が掛かっているだけである。
インタホンを押す。しばらくして
若女将らしき人が出迎えてくれた。ここは
一日昼と夜で計四組しか取らない料理屋で
冬の時期は河豚を提供してくれるのだ。
海の無い奈良で食す絶品河豚料理である。
こぎれいな座敷に案内される。
ストーブにエアコンが効いて温かい。
まるで知り合いの家に招かれたような感覚。
挨拶をして、芳名録に記帳してさあ楽しみ。
鉄皮(河豚皮のポン酢)に始まり、肉厚のてっさ
続いて唐揚げ、河豚の白子などの寿司三貫、そして
これが何とも美味のふっくら白子焼(メイン写真)
が次々と供される。女将さんや若女将(娘さん)と
合間合間に話ができるのも一期一会感をそそる。
これも一軒家ならではの良さだ。ちなみに
女将さんは俳人であった。少し俳句の話もできて嬉し。
てっちり鍋から〆の雑炊まで美味しく頂く。
どれも結構な量なのでお腹が一杯になってきた。
これはてっちりの野菜が余ってしまうなあと
思っていたら、余ったら包みますからどうぞ
持って帰って下さいと。食べ物を残すことに
罪悪感を持つ私たちにはとても嬉しいご配慮
である。では、遠慮なく甘えることに。
〆の甘味はぜんざいを供してくれた。
家族経営で一日四組だけをもてなす。
それも自宅でだ。一万円ちょっとで
楽しめる河豚のフルコース料理。
普通はこの料金には家賃や人件費が入る。
ということはここで食す料理の費用はほとんど
食材だけにお金を払っているということだ。
つまり客にとっては最高のコスパなのである。
海の無い奈良でこんな美味しい河豚料理が
食べられるなんて。
帰路は酔いと火照りを醒ましがてら歩く。
古墳の上に広がる万葉の夜空を眺めながら
ときどき濠の闇に鳴く水鳥の声を聴きながら。
今冬はこんな美味しい河豚を、奈良という
歴史の町で食すことができた。
「俺ぁ倖せだなあ。」と日記には書いておこう。
燐寸(マッチ)擦る女将が灯す鰭酒かな
◆難波
奈良市平松3-17-16