生き甲斐の心理学

自分は何の為に生きているのか? 日々の生き甲斐、自分の過去の生育史の解釈を変えると日々のストレスが激減します。

思考と感情と行動:裏の行動、表の行動とは?:その2:第5章:幸福な日々の為の自問自答集

2014年03月31日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
「表と裏」の解釈は万とありますが、生き甲斐の心理学で一番重視しているのが「自己実現への道」です。悔いの無い人生は自分で決めるものですが、何の為に生きているのか、その解釈が明確でないと、裏も表も明確になりません。表と裏の混濁が始まりますと、深層心理の世界はネガティブな感情が支配しだします。余計な不信感、疑惑、罪悪感、劣等感、混乱感、絶望感です。自分の人生は、この為にあると、とりあえず何かを定義する必要があるのですが、もし、無いと、表を生きているのに、裏を生きていると解釈してしまいますし、自分の個性の美すらも見えなくなっていきます。自分は何の為にいきているのか、明確であれば、その目標に向かい「ひたすら本音で生きていこう」と思います。建前も本音も同じですので、人が何と言おうが、その道をひたすら堂々といきていくだけの話です。気取る必要もなく、表も裏も不要、ただひたすらに自分を信じ、自分の本音に生き、感情も正直に現わし、嘘も言わず、喜怒哀楽を正直に表現すれば、それを好し、とする親友も生まれ、同志も生まれ、意に沿わない人はどんどん離れ去ってくれますので無駄な気を配る必要もありません。そこに生まれる現象は、希望、意思力、目的志向性、愛、自発性、親密性、自我統合性です。精神環境は実によく、さっぱりした親友、知人にも出会え、同志の集団と化し、恵まれた人生を迎える事が出来ます。自分の同志と生きる日々は何とも幸せです。改めて「生き甲斐の心理学の学友」に感謝です。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:235>

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思考と感情と行動:裏の行動、表の行動とは?:その1:第5章:幸福な日々の為の自問自答集

2014年03月30日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
「あなたは表と裏のある人間だ」と言われた時、相手が何を言いたいか、は中々難しい問題ですが、「正直ではない」「嫌なやつ」「建前だけで本音を言わない」等沢山の意味が込められています。万とある嫌味の中で、ひとつだけ自分の反省として大事にしたいのは「建前と本音」の領域だけは真面目に反省したい領域です。この世の中、建前と本音を上手に対処しないと、たちまちにして抹殺されます。大事な問題ですが、身体症状を出すまで本音を殺して生きていくのは馬鹿馬鹿しいので、その対処は自分が決めるしか生きる道はありません。ここでは身体症状を出すまで我慢するのは異常だ、と定義しておきます。身体症状を出さない知恵を、それぞれの立場で思索していく必要があります。入院だけは避けたいものです。さて、ジェームスボンドのスパイ映画は非常に面白く非日常生活での感情を呼び覚ましてくれるだけで人は多少、気分転換出来て、いきいきしてくるのが面白い。職業が公務の場合でも私的な職業でも、表と裏の話は人間心理を刺激します。平和構築の為に自分は今、裏の行動をしている、という意識も、人それぞれですが、問題は身体症状。何故、表と裏、という意識が人間にはあるのでしょうか?私から見れば、裏という良心の呵責に苛まされず、堂々と、表と思えば良いのになあ、と思うのですが、Aさんは何故か、裏と感じて良心の呵責に悩みます。Bさんは良心の呵責もなく、堂々と表の意識として行動しています。この表と裏の解釈が非常に重要で生育史での体験と解釈が深く影響しているよです。自分の人生は裏街道、自分の人生は表街道、さて、何がそうさせているのでしょうか?どの視点から表と裏がきまっていくのでしょうか?今まで「裏」と感じていた解釈が実は「表」と判明し、明るく爽やかにどうどうと、その道を歩み出し、生き甲斐を感じる人々が沢山います。何が表で、何が裏なのか?
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:234>

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思考と感情と行動:裏の行動、表の行動とは?:第5章:幸福な日々の為の自問自答集

2014年03月29日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
「あなたは表と裏のある人間だ」と喧嘩の時、言われたことはありませんか?喧嘩となると、人は思わぬことを口にして相手をたたきのめそう、とします。喧嘩は互いに人格破壊をしつつ、事をすすめます。「人類の歴史」は「個人の人間史」でもありますから、暫くこの「表と裏の行動」について思索していきます。表と裏の無い人間は一人もいません。どの程度が普通で、どの程度が異常か、というテーマです。もし、表と裏がない、と本気で考えているあなたでしたら、その自己分析には大問題が潜在しています。さあ、謙遜になりこの課題を平和構築の為の思索として、楽しく思索していきましょう。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:233>

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思考と感情と行動:自分の行動の特色とは?:その7:第5章:幸福な日々の為の自問自答集

2014年03月28日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
直ぐ怒り出し周囲に八つ当たりをする人はいませんか?父親、母親、職場の上司、その他のコミュニティには沢山います。八つ当たりされて子羊のように我慢している人々を想うと胸が痛くなります。他者を変えることは殆ど不可能ですので、当面は(1)我慢する(2)反撃し、とことん知力を尽くして戦う(3)解釈を変えて当面のストレスを少なくする方法を見つける(4)短期、中期、長期の対応策を練る、こんな所でしょうか。怒りを直接ぶつけられた場合の対応方法は色々ありますが、怒りをぶつけられた時に湧く感情は何か、それを意識化する必要があります。相手への不信感、相手から受けた恥辱と相手・自分への疑惑感、罪悪感、劣等感、自己混乱感、孤立感、絶望感です。この感情を処理するのは大変ですが、どんな感情を今、自分が所持したか、に気付いた人はもう答えを見つけた、と考えて下さい。その感情の処理は70億人類の一人一人で、全部違います。カオスの世界に人は苦しみますが、具体的な自分の感情に気付けば、その処理はあなたの問題です。これ以上は人に甘えないで自分で考えないと、多分、永久に怒りの人物に負け犬のような日々を送るでしょう。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:232>

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思考と感情と行動:自分の行動の特色とは?:その6:第5章:幸福な日々の為の自問自答集

2014年03月27日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
無駄な行動をしたなあ、と空しくなることがあります。思索し、倦怠感を乗り越え、鋭意努力して、やっと行動したのに、空振り。これが人生だ、としばしば思います。しかし夢を無視すれば、さらに空しい人生を送りそうなので、無駄と知りつつ、また挑戦する。偉業を成し遂げた諸先輩は毎日をこのようにして日々を送っているようです。行動しなければ明らかに事が運びません。現実吟味力と理想の確立のはざま、それが、その人の人生のようです。理想を確立する際の「見極め方」が自分の人生を左右しますし、行動のやり方が下手ならば、それ相応の人生を送ります。自分の行動が自分に相応しいかどうかの見極め方を身体(大脳を含めた五感と体感)が一番知っていて、行動の後の深層心理内の世界を意識している人が段々と、その見極めを知り、自分流の決断を、苦々しい体験をしつつ、悟りをひらいていくようです。こればかりは教科書がありません。自分の五感と体感が示唆してくれるものを大事にして生きていくと、身体症状まで自分を追い込み健康を害してまで、理想追求をしよう、とする人は激減していきます。理想追求の仕方が悪くて入院してくる人は沢山いますが、入院するまで無理をしない考え方を自分で確立する必要があります。本物の夢追求、理想追求は楽しくてたまりません。行動の異常性を識別する正しい方法は行動した後の「不安感」を分析する事、と言われています。楽しくない夢追いはやめましよう。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:231>

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思考と感情と行動:自分の行動の特色とは?:その5:第5章:幸福な日々の為の自問自答集

2014年03月26日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
その方・Aさんは日々、周囲の人が喜ぶことをしているので、周囲の人は有難がり、その人に一目を置きますが、段々と、その人の好意に耐えがたくなり、迷惑を感じるようになりました。挙句のはてに「親切の押し売り」と悪口を言われだします。この分析を生き甲斐の心理学では、どう説明すると思いますか?心理療法の試験にはしばしば出題される「思考、感情、行動の領域問題」の中の「行動」の問題なのです。迷惑な行動、親切の押し売り行動、何だか寂しい話ですが、愛、お節介、複雑系の出題問題です。Aさんの内部的照合枠から分析して回答を書かないと、合格しません。さてあなたなら、どの理論を駆使して回答しますか?ヒント:信じて見えてくるもの、見えなくなるもの:1998年頃「誰からも好かれようとする女たち」という本がよく売れていました。ここまで書きましたので、あなた流の答案をお書き下さい。深刻でなく、さらりと楽しんで思索するのが、私のブログです。どんな答えでも正解ですので安心下さい、なぜなら、本当に誠実なカウンセラーは、他者分析をする前に、自分の生育史から事例をあぶり出して、研究を進めます。決して勉学中は他者分析はしません。それが私達「生き甲斐の心理学」の立場で、他者分析をしながら、カウンセラーとして活躍するのに、能力にもよりますが、最低5年から10年をかけて自己分析の訓練をしていきます。自己分析が出来ない人は他者分析は不可能です。ですから、自分の問題として、このブログを愛読下さいませ。答えは必ず、その本人の中から探す必要がありますので、どんな場合も、最終的には納得出来る解決策があり、それは本人が見つけるはずなので、私としましては、いつも安心して事が進められるわけです。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:230>

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思考と感情と行動:自分の行動の特色とは?:その4:第5章:幸福な日々の為の自問自答集

2014年03月25日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
「感情に支配される人の悲劇」について思索します。感情が湧きだすと人はそれを実現しようと動き出します。倫理道徳感から見ると、これはまずいなあ、と思えば、多少その行動に縛りがでますが、大体の人は自分の感情を正当化しつつ、動き出します。一旦、自分が動きだせば、益々、その人は、その変な動きでも、その行動の理由づけをしながら動きますから、流れは止まりません。このような人間の行動についてロジャースは「行動は基本的に知覚されたまま、その要求を満足させようとする」と定義しています。その動きをする人がいて、周囲がノーアイディアの場合は、群衆は大体それにしたがい動き出しますので、集団ヒステリーは政治活動にも暴動にも思わぬ異常な行動現象が誕生します。旅先での行動は企画者が或程度冷静に、その方程式を意識して、行動計画を樹立しておかないと思わぬ事件に巻き込まれていきます。日常生活、特に学校、企業、それぞれの団体、コミュニティではこの動きは教科書通りになりますので、悪質なリーダー、または、。それを意識したそれぞれのリーダーは、この集団心理を巧みに応用して支配、または演出していく事例も散見出来ます。行動の特徴は必ず存在していますので、悪意のリーダーに乗せられないように注意する必要があります。法治国家は行動の後に、必ず法律が動き出しますが、特に治安関係は行動が無いと、対処しないので、言論の自由と行動の責任論を意識して生活する必要があります。そろそろインターネットの世界での倫理道徳論は世界のあちこちで法制化されつつあります。とても重要な平和構築の動きの一つでしょう。フェースブックが某政権を崩壊させました。こんな時代に突入しています。責任論の薄い現代の風潮は平和構築の妨げともなっています。行動の結果が自分の人生を決めていきますので、これからも自分の行動の傾向を明るく意識化する努力をしていくと、自分と周囲の人が幸せになっていきます。自分の行動の特色と傾向を焙り出す最良の考え方は、自分の行動が周囲にストレス曲線を撒くタイプか、幸福曲線を撒くタイプか、この意識化で充分でしょう。しかし、自分自身が幸福曲線に居ない場合は、偽物が多く、共存共栄の幸せが前提でしょう。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:229>

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思考と感情と行動:自分の行動の特色とは?:その3:第5章:幸福な日々の為の自問自答集

2014年03月24日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
暴力をふるう夫、妻、子供、この家庭内暴力、そして言葉による暴力を、ここでは異常と定義します。正中線を決めておきませんと、話がすすみません。これらの暴力のお陰で、或悟りを拓いたから、一概に夫、妻、子供、言葉の暴力を異常と定義されることにたいして批判される人は、どうか哲学の世界で解釈して下さい。生き甲斐の心理学では、これらの暴力を異常と定義して勉強を開始いたします。カールロジャースという学者は、そのパースナリティ理論・命題5と6で面白い定義をしていますが、その異常な暴力をまずは理解しようと、努力する所は非常に心優しい精神病理学者です。その異常な暴力を理解する為に、その人の内部的照合枠を傾聴せよ、と説いています。日常生活では、恐ろしくて、その暴力をふるう人に面と向かい、その複雑な心境を傾聴しようとする人は多分いないでしょう。心理療法家がセラピストルームで傾聴出来る場面があれば、何とか「何故、暴力をふるうか」は傾聴し、カルテに書ける機会があるかもしれませんが、その面接の場面にまでたどり着けるには関係者の涙と笑いの切ない努力が必要かもしれません。私の経験によれば、暴力をふるいたくなる原因はただ一つ「愛の孤独感」です。暴力をふるう人は心底寂しい哀れな立場の人生をおくってきたようです。このような人が健全な「信仰心」に気付くと、考えられないような素晴らしい愛の人に変身するケースがありますので、暴力を受ける周辺の人々も希望を失わずチャンスを狙って下さい。病的な愛の孤独感は心理療法だけでは中々癒されないようです。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:228>

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思考と感情と行動:自分の行動の特色とは?:その2:第5章:幸福な日々の為の自問自答集

2014年03月23日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
いくら「生き甲斐の心理学」を勉強しましても、自分の行動の特徴と傾向はなかなか意識化しにくいものです。その理由は人というものは、居心地の良い生き方を当然のように選択して生きているからで、その居心地の良さが大切な人間関係の中で、相手に不快な想いをさせ、手痛く攻撃されない限り、気づくわけがないからです。こう言う私も、居心地の良い仲間としか生きようとは思いませんし、不愉快な思いをする人とは付き合う必要もないし、嫌ですので、敢えて嫌な場所や嫌いな人と交際しませんん。さて、旅をします。或場所に立ちますと、何とも不気味なのです。昨年、NPO法人の仲間、賛助会員の皆様と素晴らしい奈良飛鳥の旅を楽しみました。畝傍山で早朝、太極拳をしましたが、その古い神社の端の林で太極拳を演舞しようとしますと、或人が不気味がりました。しかし、私は敢えて、その不気味な場所で太極拳を演舞しましたが、丁度、太陽が昇り始めます。或技をする際、右足を遠くに置くのですが、ふと、蛇が悠然と横切っていくのです、タイミングを少しずらし蛇を跨ぐようにして技を続けます。蛇は私に噛みつくわけでもなく、流れるように動いていました。この時の私の不気味さ、かまれてもいいや、という私の気持ち、太陽の光、その何とも言えない雰囲気から私が感じた心境はまさに「なるがままに生きる悔いの無い人生」でした。むしろ、私の人生の汚れを、その蛇にかまれて、懺悔したい心境が存在したようです。こんな素晴らしい仲間と居るときに、死んだら、案外、幸せかも、とか、今から想うに、そんな心もあったような、なかったような。旅の仲間が見守る中で、たかが蛇一匹の出現で、太極拳の演舞を中止する事による心の乱れを恐れた「私」を讃えた自分に驚いています。見栄でもなく、勇気とも関係がなく、むしろ現れた蛇はマムシではない、毒蛇ではないという識別が存在していたにしろ、大自然と共に悠然と太極拳を演舞したい自分を本当に幸福だ、と感じていたことが、その朝の太極拳でした。人から見ると蛇を跨いでの演舞は異常かもしれませんが「この行動の傾向」が私の人生で、しばしば垣間見られる場面です。「自分の信じる道を一人でも歩いていく傾向」が私にはあるようです。寂しがり屋のくせには、そんな自分が良いのか、悪いのか、わかりませんが、とにかく、こういう場面は私の生育史には、しばしば存在しています。これでいいのか、今でも良くわかりませんが、どうも、これで良い、と考えているようです。旅先でのフィーリングは無理のない反省をさせてくれるようです。

<自分は何処へ旅しているのだろうか?:227>

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思考と感情と行動:自分の行動の特色とは?:その1:第5章:幸福な日々の為の自問自答集

2014年03月22日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
行動をした後には人には何らかの感情が湧きだします。ごろごろしていたいのに、必要に迫られて市役所に印鑑証明書を貰いに行きます。対応する係員が無愛想な時は、あーあ、と哀しいような不快なような感情が生まれます。逆に、大好きな友達から突然の電話で、近くの駅に迎えに行く時は、嬉しくて、いきいきして迎えにいきます。このように行動には何らかの感情が湧きだす仕組みが人間にはありますので、賢人は自己実現への道を達成させる為に敢えて行動、行動、と自分をおいたてつつ成功していきます。今回、ご縁があり、勉強仲間と琵琶湖の唐崎の修道院で数日をすごしました。その唐崎の松(唐崎神社)の場所は平安の時代から天皇を始め、平安貴族が「汚れと禊」の為に訪れる場所でした。生き甲斐の心理学で「アースフィーリング」と呼ぶ「現場に立って感じる感情」を「生き甲斐発見」に活用応用していくわけですが、このアースフィーリングの感じ方が人により相当違う所が実に面白いのです。こうして行動、という価値を知った学者が臨床現象を調べていく内に、行動の特色、傾向に特色があり、その特色を意識化した人が、どんどん幸福になっていく現象に気付きます。ですから、行動の特色を、ここで考えようとしているわけです。さあ、あなたの「行動の特色」は何ですか?行動のくせが人を不幸にしたり、幸福にしたりしていますので、癖をあぶり出す方法について思索していきます。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:226>

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思考と感情と行動:自分の行動の特色とは?:第5章:幸福な日々の為の自問自答集

2014年03月21日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
人には、それぞれ行動の特色があります。腹がたつとバリバリ物を食べる人、不要な買い物をする人、あたりの人々にイワレの無い八つ当たりを無意識にしてしまう人等、色々です。無くて七癖、さてさて私の行動の特色とは何か、と改めて自問自答するのも、人生の楽しみの一つともなり、益々、幸せに生き抜く修行ともなります。この自分の行動の特色を、どんな視点であぶりだすのが良いのでしょうか?生き甲斐の心理学が、どんな視点で、あぶりだすか、想像してみて下さい。幼稚園時代、小中学時代、高校大学時代、社会人になってからの行動、全部、共通したものがあります。一つでもいいから、意識化すると、どんな現象が起きると思いますか?怪しげな自分の行動にハッとして、自分はジギルとハイド、表と裏の人間、偽善者、聖人、天才、愛の人、変人等等、楽しく自己分析する余裕を持てると、自分の身辺に出没する色々の人類に驚かなくなり、むしろ慈眼で暖かく見守れる大器の人間になれるかもしれません。細かい事に固執すると、折角の人生が台無しになりますので、他者分析しないで、まずは自己分析を楽しんでみましょう。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:225>

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思考と感情と行動:自分の嫉妬心は大丈夫?:その4:第5章:幸福な日々の為の自問自答集

2014年03月20日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
神仏に嫉妬する、という言葉に触れますと、変な人、と思われるかもしれません。具体的に日々、どんな自問自答が人間社会でなされているかといいますと、こういう言葉です。「こんなに真面目に生きているのになぜ、神様は私に、こんな病気、不幸を与えるのですか?」「あの貪欲な人があんな幸せなのに、何故、私は、こんなに惨めなのですか?」と、天に向かって色々文句を言う時、人は神仏に恨みつらみをつぶやき、嫉妬していると定義しています。人生、運命、自然災害、数々の矛盾した悲劇の遭遇した時、人々は天を呪います。この複雑な心境はここから、ここまでが呪い、これが嫉妬、等と明確に分類できません。まずは、この領域の問題として思索していきます。聖書、仏典を読みますと、逆に天が人間に対して、嫉妬している話が出てきます。愛そのものの神様が人間をこれほど愛しているのに、ちっとも自分を振り返ってくれない、と嫉妬している愛の神が登場してきます。あれ、神様が人間を嫉妬している、と不思議に思いますが、神話の世界では当たり前です。このように嫉妬心は人間に必要なもの。程度の問題だ、とわかります。健全な嫉妬は安心、平安感、友情、幸福感、統御感を生みだし、人々を幸福曲線に導きます。「あ、この人は自分に嫉妬している」と分かると、そこに感謝が生まれます。相手の嫉妬を巧みに利用する人は悪人ですが、まずは、さらりと感謝して、さりげなく微笑むスタンスが重要なようです。距離を取るセルフコントロールをしつつ、相手を傷つけないように距離を取るのも美しい人生場面です。天を呪う、天に向かい文句を言うのは、生身の人間の当然の言動ですが、最終的には天の摂理を信じると、そこに大きく深い意味があり、この現象の必然性を悟ると、また、生き抜く勇気が出てきます。身辺に生起する森羅万象には天の愛が存在している哲学を信じて、その解釈に一喜一憂する生き方は非常に刺激的で、生き甲斐を感じさせてくれます。悲劇、哀しみの瞬間は神の愛を疑いますが、時間をかけて、思索を深めると、そこの大きな長期的な神の愛を垣間見ます。「神様、どうかこの願いを聞きいれて下さい」と真剣に願っても聞き入れられず、天に文句をいいます、しかし、5-6年経過して、あの祈りが聞き入れられていたら、大変だった、聞き入れられずに助かったと今の幸福に感謝する事例が私の場合、無数にあります。そんな解釈をしながら、人生が終わるのでしょう。希望を失う、意思を失う、この諦める人生だけはしたくありません。意思ある所に道あり、求めよさらば与えられん、と信じて生き抜いていきましょう。

<自分は何処へ旅しているのだろうか?:224>

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2014年03月19日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
「あなたを信じていますわ」と言われて気持ちが良くなるのは何才までかなあ、と最近思いました。10-20代の頃、異性からそんな言葉を言われると、もはや心は宇宙をさまよう感じ。最近は、そんな言葉を言われる体験が激減しましたが、しかし、相手がどんな立場の人であれ、仕事上でも、勉強仲間でも、知人でも、好意を持つ慈眼と悪意を持つ邪眼に対しては、沈黙の内に、こちらでは、キチンと処理し、冷静に、その慈眼、邪眼の意味を、さもありなん、という感じで、サラリと生きていける年齢になりました。ですから相手が、どんな慈眼、邪眼であろうと、生き抜いていく人間の切なさ、哀しさ、喜びを、互いに乗り越えて生きている人類同志、人間同志、という感覚が持てるようになると、私の今の人生は、本当に幸せなんだなあ、としみじみ感じています。さて、琵琶湖のほとりの修道院を会場として2泊3日の勉強会が終わりました。素晴らしい環境で、数分先に唐崎神社があり、後白河天皇やその他の平安貴族が汚れと禊に訪れた琵琶湖の聖地です。そのミソギの場所に「唐崎の松」がありますが、その神社と松を眺めている時、ふと、私は神仏に嫉妬していた自分に気付きます。私の場合はローマンカトリツクですが、愛である神様に嫉妬していた自分を意識したのは数十年ぶりでした。神に嫉妬する人類の歴史と思想史を思い出しました。明日、書いてみます。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:223>

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2014年03月18日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
何処までが健全な嫉妬心で、どこまでが病的な嫉妬心なのか、生き甲斐の心理学では、その識別をどう考えているのか、今日のテーマです。身近な人を想定しつつ、考えるよりも、自分の生育史での過去の体験からきた識別方法を意識化したほうが、良い学習になります。他者分析をしても、実りはありません。かえって自己弁護、自分を不幸にしていきますので、あくまでも自己分析を中心に考えた行きましょう。さて病的な嫉妬の代表例は争いです。他者と喧嘩をすること。大和三山を巡る古代飛鳥のお話のように、嫉妬で殺人、暴力、喧嘩をする事例は代表的な事例。異性を巡る争いでも、美しく爽やかな話もまた沢山あります。渦中にまきこまれると、冷静さを失うのも、生身の人間らしい、とも言えますが、嫉妬による争いは、本人も周囲をも巻き込んで、どんどんエスカレートしていくもの。嫉妬に狂えば狂うほど、本人は不信感、疑惑、罪悪感、劣等感、混乱感、孤立感、絶望感等を感じて、ひたすらストレス曲線(不安感、怒り、身体症状、鬱、錯乱)を蓄積し、益々、人生を暗くしていきます。馬鹿馬鹿しいくらい、自虐的にもなります。さあ、、どこで嫉妬心に気付き、その成り行きを意識化し、セルフコントロールをするかは、その人の自由ですが、さあ、あなたは、どうでしたか?こんなことを思索するのは意味が無いと思う人は必ず嫉妬心で、知らぬ間に不幸な日々を送る羽目になります。軽い嫉妬は可愛いですが、重い嫉妬は命を破壊していきます。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:222>

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思考と感情と行動:自分の嫉妬心は大丈夫?:その1:第5章:幸福な日々の為の自問自答集

2014年03月17日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
長年、自分に限り「嫉妬心」の地獄には陥らないと感じていきてきまいしたが、或事から、自分も案外、物凄い「嫉妬」をしている人間だなあ、と喜んだことがあります。やっと、「お化け」から「人間」になれた感じなのです。不思議な感情の流れの意識化です。嫉妬心も自分にも存在していた、という安心感が生まれたのです。人を大事にすればするほど、この嫉妬が湧きだす事を意識化出来た、というか。この嫉妬の体験から逆に生きる喜びも深くなり、小説、音楽、絵画の理解も深まり、益々、喜怒哀楽の光と影、人生の表と裏、理性と感情のせめぎ合いの楽しさ、生きる味わいを感じました。暫く、この嫉妬心の病理と健全性について思索していきます。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:221>

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