こころの羅針盤

私の人生に待ちうける「意識」の大海原・・・心と身体と魂と、日々の感情生活を語ります。

ハタ迷惑な無防備

2017年05月17日 | 自己実現
現実吟味力が働いて、
考え方もまあまあ統合されていて、
怖れがない状態というのは、
親しい間柄において、実現するのが簡単で、
楽しく後味のよい交流が生まれます。

無防備でいられるから、親しい間柄になるのかもしれませんが、
無防備ゆえに思わぬ感情が飛び出して、
時には収集がつかなくなることがありまして、、、

最初から問題の自覚があって、聴いてもらうつもりならよいのですが、
無自覚のまま、いつのまにか友人にカウンセラー役をさせてしまう。
相手の状態を見極めるプロセスが抜け落ちているので、
聴き手を混乱に巻き込んでしまうこともあったでしょう。

そんなのへっちゃら、こちらの無自覚の混乱に動じることなく、
感情を聴いてくれる友の存在はありがたいのですが、だからこそ、
無自覚のハタ迷惑な無防備はほどほどにしておきたいと思います。
〔25〕
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大きな自己、広やかなこころで

2017年05月11日 | 自己実現
理想は慣れ親しんだ感情のパターンから脱出すること。
パターンに嵌ると後味がものすごくワルク、意気消沈しますが、
この繰り返しでパターンがパターン化しているわけです。

理想を下げる気はなく、脱出も容易ではないとすれば、
繰り返している現実を受け入れつつ、
理想に近づく努力をするだけですが、
広やかな心で大きな自己の視点に立ってみる。
感情パターンから抜け出すには、これしかないようです。

理想が、心の奥深いところからくるもので、
魂が希求している理想であるならば、
魂の視点で出来事を見つめる以外、道はなさそうです。

広やかな心、どこまでも自己を拡げてゆけば、
それが魂の視点なんだと思いますが、
信じて見えてくるものを生きること。
こう表現するのがピッタリです。

信じて見えてくるものを生きること。
具体的な方法は、自らが試して掴んでいくほかありません。
〔24〕-6
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ざわざわっとしたら。

2017年05月08日 | 自己実現
こころが、ざわざわっとする、
心臓の鼓動も幾分速まって。
私の不安感の知覚は言葉にすれば、こんな感じでしょうか。

たとえば人の行動や言動に触れて、
ざわざわっとしたとき、
不安感を解消すべく即反応してしまう。
その結果、不安が払拭できてもできなくても、
このいつものパターンを生きるとそれだけで、
クタクタになるのは歳のせいもあるのか、
それはそれでワルクナイなと思うのですが。

不安感を落ち着かせ、沈静させて。
それから次に進む。

ある程度、外界に見るものは自らの心を映し出す鏡であると。
そういう見方があることを瞬時に思い出せるかどうか。
そのような「間」を持てるかどうか。
そのあたりがポイントかもしれません。

ざわざわっを知覚したら、落ち着いて、
動揺を収めてから次に進む。。。
私の心の奥深いところが、それを望んでいるようです。
〔24〕-5
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今日一日、何ができる?

2017年05月07日 | 自己実現
毎朝、目覚めたときに、
「今日、自分に喜びと楽しさをもたらすために何ができるだろうか?」
まずこう問いかけてみるのがよいと。
このような心得を目にすることはありますが、
自分に何ができるか? 喜びや楽しさを自分の意思で“意識的に”、
創造するというニュアンスが含まれていて、いいなと思いました。

このように問うためには、自分の喜びと楽しさの自覚がなければ始まりません。
私の喜びや楽しさってなんだろう?この問いも何度となく繰り返してきたはずですが、
今日はちょっと入り口を変えて、
「私がいちばん堪えること、意気消沈することは何だろう?」
ストレス曲線に焦点を当てて考えてみることにして。

それから沈み込むことの反対に、喜びと楽しさがあるので、
他者の影響を受けず創造する幸福曲線、
それをもたらすためには?…と考えていると、それだけで楽しくなってきます。

今、自分に喜びと楽しさをもたらすために、何ができる?
意識的であること。感情のパターンに嵌る手前で引き返せるように、
意識的であること。今はこれしか浮かびません^^) 
〔24〕-4
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やり直すとすれば

2017年05月04日 | 自己実現
もしも子供時代に戻って人生をやり直せるならば、
感情生活をやり直したい。
起こった出来事はそのままでよいから、
感情の取り扱いをもう少し上手にやりたいな。

子供心に打ちのめされる体験があったときには、
感じたことを感じたまま味わって、
それから、ゆっくりゆっくり起き上がる。
感じたものを曖昧なまま沈潜させるのでなくね。

それは過ごした日々の自己肯定・自己受容の度合いが、
もう少し高かったならばどうなっていたかなと、ちょっと思うからで。
でも考えてみれば、子供時代に戻るまでもなく、
今ここでやればいいだけのことだと、それも判っているのです。

感情生活の傾向は、子供の頃とちっとも変わらない、
変化も成長もないことにハタと思い至り、
ため息がでますが、反面、今ここで、
こころの明度、透明度を高めたいと思えば、
それは可能なのだからありがたい。希望がもてるというものです。

染み込んだ傾向に変化をもたらすのは容易ではないけれど、
それが望むところなので、私はこの道を行くとします。
〔24〕-3
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気にしなくて、いいの

2017年04月23日 | 自己実現
どうして、こんなこと言うのかな?
わからないまま応答していました。

年長、同性の一言にどんよりした気分になって。
この感じ、前にもあった、、、
ふいに遠い昔の記憶が呼び覚まされます。

小学一年生の集団登校時、一学年上の女子の一言で、
なんとなく気分が沈んだときと、この感じは同質であるなと。。。

私の自己否定感の原型の一つはここにあるようです。

これまでも無意識に同質の感情体験を
何度となく繰り返してきたのでしょう。
繰り返している内に、どんよりは習い性となり、
自己の一部として安定を見出していたとしたら、、、あなおそろしです。

“あの女子の発言は気にしなくていいの。
彼女は彼女の感想を素直に言っただけだから、
あなたはあなたの個性を生きればいいのよ”と、
自己否定の原型になった現場に舞いもどって、
是非とも小学一年の私に伝えたい。

それと同時に。年長、同性の一言にどんよりした、
今の私に向かっても言います。

“気にしなくていいの。自己否定に落込む必要はないわ”

子供の頃と大人の今と。
自身との関係が良好であればあるほど、
どんより気分は居心地がわるくなるようです。
〔24〕-2
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感情の意味

2017年04月21日 | 自己実現
暗い感情の意味するものは?
今ここで、意識できた暗い感情をずんずん辿っていくならば、
嫌いor怖いに行きつくことでしょう。

同様に、明るい感情の意味するところは?
これも意識した感情をどんどん辿っていけば、
最後は、好きor怖くないに行きつくようです。

なーんだ、それだけのことか。
そう、それだけのことですが、
暗い感情を意識したときに、
防衛機制が複雑に絡まっている場合は、
嫌いとか怖いでは収まりがわるいことがあります。

本当は好きなんだけど、それを認めたくないだけかも。

本当は好きなんだ。これを認めてしまえば、
なんだか気分はすっきり、和らいで。
認めたくない理由云々をあれこれ考える必要もなく、
考えたところで脳はいろいろと記憶違いをしているかもしれず、
大事なのは、今ここに生きている私の感情であり、
本当は好きなんだとわかれば、それで十分です。

ある対象に明るい感情を意識したとしても、
感情を心奥にずんずん辿っていったときに、
好きでは収まりがわるく、本当は嫌いなんだと気付いたとして。
どうして、こんなへんな知覚になっていたのだろう?と、
考えたり自己分析するのは止めにして、
本当は嫌いなんだと気付けば、それで十分です。

好き・嫌いの理由を考えるのはナンセンス。
だって脳は記憶違いをするものらしいし。。。

今ここに生きている私が、好きか嫌いか。怖いか怖くないか。
正直、素直に認識できているか。それが重要なんですね。

感情には意味があるということが、頭の理解だけでなく、
体験的に心身に沁みて理解できてきたときに、私は
感情との関係が格段に好くなったと感じます。
以前に比べて、とても友好的に感情と接していますから。

今ここで、私はどう感じているのか。
好きか嫌いか。怖いか怖くないのか。これが大事なんですね。〔24〕
眠いニャン
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流れに、耳を澄ます

2017年04月08日 | 自己実現
流れにさからわず、流れにゆだねて。。。
この感じが大事ねと思う今日この頃ですが、
さからわずといっても、ただ流されればよいというのではなく。
濁流には、きっちり抵抗しないといけません。

濁流とは心に侵入してくる雑音のことですが、こころは、
しょっちゅうしょっちゅう雑音にさらされているので、
清流を聞き分けて、濁流に気を散らさず進みたいものです。

濁流がワルイということはなく、
真正な流れを聞き取るためには必要、です。

本当に身近な、今ここでの対話で、
なんとなく打つ相槌や習い性になっているような反応が消えて、
その代わりに、穏やかな沈黙が生まれたとしたら、
清流を大事にしたから。そう思う瞬間がありました。

清流とは、魂の声…といってよいかもしれません。

不穏なニュースが流れてくるときにも、
無自覚に濁流に呑まれてしまうのか。
それとも清流に耳を澄ますのか。私は選ぶことができます。

今ここで、どこに私は意識を向けるのか。焦点を合わせるのか。
こころが外界に投影されるものであるとすれば、
私の責任は、思う以上に大きなものがあると感じます。
〔23〕-4
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由無し事、ですが・・・

2017年03月17日 | 自己実現
生育環境の、祖父や父、祖母や母からの感化を、
素直に受け入れ、思想、信条もそのまま引き継いで。

よってアイデンティティの統合は、揺らぎがありません。
防衛機制は生育史で吸収したそのままで、
ファミリーに依拠しない個性的な在り様は開花せず、
ついに埋もれたまま人生が進んでゆくとしたら。

出自を離れた個として、私はどうありたいのか?
個として思考と感情に向き合う機会をもたなかった。
自身と向き合う機会を逸したのは、私が選択しなかったから。

一方で、

出自を片時も離れられない境遇に生まれても、
自分は何のために生きているのか?
何を大切に生きたいのか?
個として誠実に向き合ってきた人生では、
否が応でも思考と感情と行動として答えが現れるもの。

暖かくて、しなやかなこころ。
自分を大切にするように他者を大切にできる。
人々に影響を与える立場であれば、否が応でも、
その行動と発言の端々から和解と平和の波動が伝わってきます。

現実吟味力のあるなし。
現実吟味力の在り様。
どこをみているのか。どこへ向かおうとしているのか。
地球として、国として、個人としても。。。

生育史から飛び出して個として、
何のために生きているのか。
何を大切にしたいのか。
私はこの自問と向き合うまでは、人生が始まらなかった気がします。

成るようになるのだからよいのだけど、、、
連日の報道に接し、登場する人々のあり様を見ながら、
なんとなく思い巡らした、よしなしごとでした。
〔23〕-3
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呼吸の、ふしぎ

2017年03月14日 | 自己実現
ここ3,4年、体調の変化で
ストレス曲線と幸福曲線を行ったり来たりしながら、
自分のからだと向合い、多くの時を費やしつつ
こころと体は一つであることを実感、
自覚を深めてきたように思います。

見える体と見えないこころ。
その密接に直面して、驚きを覚えるのは、
なんといっても呼吸のふしぎに感じ入る時ですが、

吸って、吐いて。。。

呼吸の強弱や長短を意識してみることで、
持ちこたえることができる、痛みが緩和する。
キツイと感じるとき、呼吸を意識することで、
心身が楽になるのを実感することは、
私にとって本当に大きな、ありがたい現実です。

こころの中で呼吸に言葉を乗せるとき、
言葉によって、呼気では違和感があるけれど、
吸気で発言すると心地よい、その逆もあるということ。
そんな違いも発見しました。

自律神経の交感神経と副交感神経との関連を考えれば、
吸う息と吐く息で、体に作用する働きの違いは、
言葉によって体感に違いをもたらすのも当然かもしれません。

すべては呼吸から始まる。
誰のものでもない私の呼吸、見える体と見えないこころ。
今更ながら、あらためて。
呼吸には“私が生きること”の基本がつまっているなと、思います。
〔23〕-2
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