生き甲斐の心理学

自分は何の為に生きているのか? 生き甲斐とは何か、自分の魂と成育史と身体を大事にしているか、を思索していきます。

苦しいのは、どちら?

2006年04月30日 | 第2章:心理療法の基本
愛し合った二人が、或る日、私の苦しみを、どうして理解してくれないのか、と諍いを始めます。微笑ましい争いは、まあまあ、ですが、離婚裁判で血で血を洗う争いを見るにつけ、私の心は痛みます。心と身体同士が争うのはやむを得ませんが、本来、魂同士は愛し合っている性質があるので、色々の理由で、心と身体が争っていても、せめて、魂同士は今でも、深く愛し合っている事実を知覚してもらいたいものです。宗教心理学の正当派と自称する欧米の大学では<魂は神の創造物であって、魂は愛そのもの、神の属性>という教えがあります。苦しみは苦しみ、比較出来るものではありません。どちらが苦しいのか、と相手を非難する考え方は、もう、愛の世界を離れた考え方。苦しいと言う人は苦しいのですから、この時こそ、無条件の肯定的配慮を働かせ、そのままの相手を一旦、受け入れて見ましょう:<比較論:82-2>:

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どちらが善人?

2006年04月29日 | 第2章:心理療法の基本
あえて、どちらが、と比較しなくてもいいのに人間は何故か、二者選択をするのが大好きなようです。赤ちゃんの時も、子供の時も、兄弟で、どちらのお饅頭を選ぶか、おおいに争った記憶があります。どちらの恋人にするか、何を選ぶか、で争い、戦争も起きます。わざわざ、どちらを、と考えなくても良いのに、と思うようになれば、心も癒されます。今回は比較する人間の心理を考えていきます。嫌われても真実を語る人を善人と思うか、嫌われるのが怖くて何でも肯定的に答えるのを善人、と思うか、あなたはどちらのタイプ?:<比較論:82-1>:

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何の為に肯定するのか?

2006年04月28日 | 第2章:心理療法の基本
人生の難問への答えは、その本人の心の中に必ず存在しています。間違いありません。ただ疲労しているので選択肢を自分で選ぶ力がその時は無いだけの話。元気な人は人に相談する事なく、どんどん生き抜いていきます。たまたま元気の無い時に誰かに相談に行くのですが、この相手を選ぶコツは二つあります。良い相手とは<悩んでいる人の心の中の幾つかの選択肢を肯定しながら意識の上に上げる技術>を持っている人、悪い例は肯定しながら、自分の考えを押しつける人。悩んでいる人の心の中にある3つ4つの選択肢を選ぶ際に、その人の悔いのない人生とは、どんな人生なのか、その事までも一緒に考えてくれる人が最高ですが、こんな人はほとんど居ません。ではどうしたら良いのでしょう? 一番良い方法は、まずは自分から、その方法で人の悩みを聴いてみましょう。人の悩みをその方法で傾聴していくと、自分の答えが明確に見えてくるのが不思議。自分から他人に対してこの方法を実行するのです。そうすると自分の悩みを解決する方法が見えてくるのです。不思議です。この恵みを私は<愛の恩寵>と呼んでいます。:<無条件の肯定的配慮:81-5>:

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拒否する快感

2006年04月27日 | 第2章:心理療法の基本
赤ちゃんの頃は適宜、お乳を飲ませてもらい、おむつを替えてもらえば、幸せそうです。成長するにつれて、それなりの夢や願いをもつようになり、上手くいけば機嫌がいいし、旨くいかないと機嫌が悪くなるのが人の常。努力と才能と環境によって成功率が相当違ってきます。劣等感、挫折感が蓄積し、その感情をコントロールするノウハウを勉強しないと、変な爆発の喜びを覚え出します。一番の快楽が人を拒否し罵倒する事で一度にその劣等感、挫折感が解消しますので、段々とその快楽を楽しむようになります。一番怖いのがこの心の仕組みを意識しないで相手を拒否する場合です。それだけに心理療法の世界で<無条件の肯定的配慮>をされた患者さんが、肯定されていく内に心の病理を癒されていく快感を知り出すと今までの相手を拒否する愚かさに気づき出します。魂はもともと愛し合う事を求めている事にも気づき出します。人は愛し合うように出来ています:<無条件の肯定的配慮:81-4>:

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微笑んで、ただ肯く人

2006年04月26日 | 第2章:心理療法の基本
何も言わないで、ひたすら黙って聴いて欲しい時があります。静かに、暖かく、肯いて聴いてくださるのは、感謝なのですが、帰るまで一言も意見を言わない人の場合は、こちらが、ひたすら惨めで、哀しい気分で帰ります。何故でしょうか?どんな人でも、どんな人生の状況でも、答えは悩んでいる本人の胸の奥底に存在しています。悩める渦中では、それが見えないだけ。生き甲斐の心理学はその答えを学問の知識を駆使して意識の上に上げるお手伝いをするものなので、聴く方の本音を時々ぶつけないと、その答えは見えてきません。傾聴する側の<純粋と一致:あなたはそう言われたが、しかし、私はこう思う>を思いきってぶつけないと、この答えは意識の上に上がらないものです。微笑んで、ただひたすらに肯く人は、時として、凶器になる場合があります。心理療法家は洞察力の厳しい訓練が要求されます。<無条件の肯定的配慮:81-3>:

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何を否定し、何を肯定したい人なのか?

2006年04月25日 | 第2章:心理療法の基本
その人を見抜く方法の一つに<何を否定したがり、何を肯定したがっているか>を知る方法があります。仕事仲間を選ぶ時、親友を創る時、人生のパートナーを選択する時に便利です。生き甲斐は、それぞれ人によって違います。どんな人生を選ぶかはその人の自由。それだけに相性の良い人を選ばないと悲劇。良い、悪いの問題ではなく、生き様の選択だからです。悔いのない人生とはどんな生き様なのか、殆どの人はきちんと説明出来ません。それだけに大きな目標を既に掲げて<好き嫌い>を明確にしている人の場合の<否定、肯定>は深い味がありますが、未だ、目標も無いのに、<否定、肯定>をする人に振り回されないようにしましょう。不安定ゆえの<否定、肯定>と、大きな目標ゆえの<否定、肯定>を識別しましょう。:<無条件の肯定的配慮:81-2>:

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要注意人物

2006年04月24日 | 第2章:心理療法の基本
どんな人も<幸せだなあ>と思える人生を送る必要があります。当たり前の事です。さてAさんは意識していないようですが、楽しい談笑の時でも、真面目な会話の時でも、周囲の人の言葉を一旦否定する癖があります。Aさんに否定されると、楽しい会話も中断しますが、それにも気づきません。その種の言葉は本人と周囲を不幸にします。私はAさんのような人物を<要注意人物>と呼んでいます。本人には快感があるようですが、周囲の人は否定されるのですから、我慢して微笑んでごまかしてはいますが、内心は不愉快です。Aさんには親友は多分居ないと思います。相手の言葉を一旦否定する人は信頼と愛を得られない人生を歩み出します。これに気づいたAさんは<無条件の肯定的配慮>と言う厳しい訓練を開始しました。数回にわたりこのテーマを考えます:<無条件の肯定的配慮:81-1>:

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文明の進歩

2006年04月23日 | 第2章:心理療法の基本
文明の進歩と<恥の思想>は深い関係があります。良い本を大げさに読まなくても、身近な人間を観察する方法さえ知っておき、それを楽しむ方法を意識していれば、心理学と歴史の勉強の一番良い方法です。恥を感じた後の思想や行動が暗くなる人、戦争を起こす人、反省して聖人のようになる人、様々です。恥を感じて、不安になり、その不安をどう処理するかで、方向が決まります。権力者の場合、庶民の場合、それぞれの立場があっても処理方法は同じです。心の処理方法を5つに分類出来ます。どんな方向でそれぞれの立場の人が処理するかと言えば、不安から平安へ、怒りから平和へ、身体のダメージを避ける為の健康な方向へ、憂鬱感から幸福へ、錯乱から統合へと、この5つ。光を陰に処理する人が悪い人、陰を光りに処理する人が良い人、と一般に言われています。良い、悪いの解釈も時代と共に変化しています。ただ、この処理する方法は人類発生から現代までいつも同じ。物質文明は格段の違いがありますが、深層心理と大脳の生物としての働きは古代も現代も同じ:<恥論:80-5>:

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頬を染めた少女

2006年04月22日 | 第2章:心理療法の基本
何かの会話の折、その少女は頬を染めました。何と可憐な少女、と感激した事があります。素直な、美しいお嫁さんになるだろうな、と思いました。人生は色々の事が起きます。この少女はその後、航空会社に勤務したものの、何かを考えたのでしょう、明るく元気に希望に燃えて、マザーテレサの創立した修道会に入りました。お嫁に行かず、神様を選び、マザーテレサの人生を歩みたいと決意したようです。人は考えた通りの人生を歩む、と古来から言われています。強い決意の裏には、こんな人生は嫌、こんな人生を歩きたい、との願望があります。恥ずかしい人生、誇り高い人生、と考える場合もありますが、恥ずかしいという感情の原型は魂から生まれます。恥ずかしいという感情は神聖なもの。:<恥論:80-4>:

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恥は雅の始まり

2006年04月21日 | 第2章:心理療法の基本
恥ずかしいなあ、と感じるのは天の恵み。問題はそれをどう解釈するかで、人生が変化していきます。嘘の上塗りをする人(或政治家の悲劇)、謙遜に反省し勉強を深める人、様々です。自然に湧き出す感情を倫理・道徳で否定すると、心を病む傾向があるので、一旦、全ての湧き出した感情を受け止める訓練が必要。その上で、どう対処していくかはその人の自己責任。湧き出した感情を否定する怖さを知らない人々が多すぎます。本来、恥は人を謙遜にし、向上させ、優雅に導く為の感情。:<恥論:80-3>:

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恥と喜び

2006年04月20日 | 第2章:心理療法の基本
日常生活で時々<ああ、恥ずかしい>と思う事があります。そしてふと、考えます。もし、この場面で、恥ずかしいと感じなかったら、私はどんな人間になっていくのだろう、と。日本文化は恥の文化とも言われていますが恥は或意味で美徳でもあります。微妙な領域ですが、恥ずかしいと感じる裏側に<喜び>を匂わせる心理が働くのは何故でしょう?恥ずかしいと思いながら密かな喜びを何故、人間は感じるのでしょう?表と裏、光と陰、建前と本音、このような心の動きが真実の世界なので、一つの感情に囚われて暗い人生を送るのは止めましょう。一つの感情には必ず光と陰が存在しているので、陰の気分の時はすぐその裏に素晴らしい陽の気分がもうそこに迫って来ている真実を意識し、いつも希望ある人生を歩みたいもの。:<恥論:80-2>:

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そんな事も知らないの?

2006年04月19日 | 第2章:心理療法の基本
心理療法の仕事をしていると<え、そんな事も知らないのですか>と、患者さんから言われます。大きな大学病院での話ですが、患者さんの職業も色々で、哲学者、宗教家、教師、主婦、会社員等、沢山の職業と出会います。私、と言う事ではなく、心理療法家と言われる人の中にも、色々の年齢層の方が居ます。20代はカーッとし、30代ではウーン、とうなり、40代では、そうかなあ、と思い、50代では、成る程、と思い、60代では患者さんの言葉に感動する傾向があります。中には年代に関係なく、最初から、どんな辱めを患者さんから受けても、暖かく見守れる力を持つ心理療法家もいます。頭が下がります。分からない事は分からない、と明言出来る人は幸せ。恥をどう受け止めて生きるかが人生の分かれ道:<恥論:80-1>:

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花と小鳥

2006年04月18日 | 第2章:心理療法の基本
こんな場合、どう考えたら良いのかなあ、この感情をどう処理したら、この私の奇妙な行動をどう治したらいいのだろう、こんな時<五感>を<理性>で処理出来る人はひたすら幸福な道を歩みます。私は沢山の失敗をしてきました。悔いを残したいずれの場合も理性を優先して五感を抑圧したケースに悔いを残しています。五感を抑圧した出来事は、いつまでも悔しく、心残りがあり、往生際が悪く、嫌な暗い想いでとなり私を傷つけています。それに比べ五感を理性で上手に処理出来たケースは人生を豊かにし、美しい想い出となって、私を優しく幸福にしています。散歩で出会う小さな花達にも声をかけ、美しく鳴く小鳥達に出会えば、何故か涙が出るくらい、自分の人生を、生きてきて良かった、と感謝する気分になります。日々の五感をあるがままに、純粋に、味わう訓練は人の心を一致(感情と意識が一致)させます。心理療法家の日々の血のでるような修行で一番重要なものがこの純粋と一致の訓練:<純粋と一致:79-5>:

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永遠の恋

2006年04月17日 | 第2章:心理療法の基本
愛する人がいると永遠に愛しあいたい、と本気で思うものです。マザーテレサが恋している相手はサムシンググレート。その方への愛情が路上で行き倒れた人々への支援活動となっています。深層心理学での<純粋と一致>の一番相応しい事例です。さて古代からの神話は心理学の勉強で非常に役立ちます。その神話の世界でも、心を病んでいく事例が沢山出てきますが、現代の優れた心理学から比較しても、何故病んだかの説明は十分納得がいく説明になっています。古代の賢者の観察力は臨床の場数を踏んだ慧眼。現代の心理療法が重視している<純粋と一致>を良く理解している証拠。逆に古代神話や各種宗教の教典や聖書の知恵を現代の学者が活用しているのも事実です。さて、現代の恋人が何故、すぐ別れてしまうかの理由は、この<純粋と一致>の人間の原則を無視した恋だからです。最初から<偽らない思考と感情と行動>を示せば、相応しい恋人が必ず現れます。裏切られた、と嘆く前に、この<純粋と一致>の法則を大切にしたいもの:永遠の恋は伝説ではなくこの<純粋と一致>を努力する恋人達へのプレゼント。<純粋と一致>を理解出来ない相手の場合はこの話題を恋の話題にしたら如何?。:<純粋と一致:79-4>:

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無知の恐怖

2006年04月16日 | 第2章:心理療法の基本
私を含め人は時々過ちを犯します。その中でも<個性の美>を<病理>と勘違いする過ちが一番恐ろしい過ちかもしれません。病理と判断された人は余程知識があるか、毅然として生き抜く知恵があれば別ですが、だいたいの人は落ち込んでしまいます。自分より一見勉強をしているような立場の人々(心理療法家、医師、親、先輩、尊敬する友人や大人)が本来個性の美として尊重し、育てるべき個性の美を、無知ゆえに病理にしてしまったのですから。子供時代、青年時代に、そう扱われた若者は悲劇です。個性の美か、病理か、を洞察し、識別する方法は7つの視点から考察する<プロセス・スケール>という有名な理論があります。その7つの視点から、誠実にきちんと洞察してもらい、識別して、初めて個性の美か、病理か、を判断する必要がある事をしっかりと意識し、知覚しておきましょう。:<純粋と一致:79-3>:

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