生き甲斐の心理学

自分は何の為に生きているのか? 生き甲斐とは何か、自分の魂と成育史と身体を大事にしているか、を思索していきます。

思考と感情と行動:自分の嫉妬心は大丈夫?:第5章:幸福な日々の為の自問自答集

2014年03月16日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
友情や多少の愛があると必ずそこに嫉妬心が生まれてきます。人間は種の保存の関係上、この嫉妬心が生まれたようです。愛する人が、どうでもいいと思う人がいるとすれば、それは少々問題でしょう。この嫉妬心にも健全なものと、異常なものがあり、世界文学でおなじみのマクベスなどは、その代表例でしょう。どんな感情にも深い意味がありますので、他者からとかく言われましても、何故、自分はこの嫉妬心を感じているのか分析する必要があります。怒りと同様、嫉妬心を抑圧すればするほど、人は狂っていきますので、やはり放出する手法を自分流儀に対応する余裕と必要性があります。この意味を何となく悟りましたら、(1)解釈の内容を紙に書きだす事、(2)1週間経過するのを待ち、その紙を冷静に再読すること、(3)それでもまだ嫉妬心が激しい場合、自分の理想(こうありたい、あらねばならない)をもう一度見つめる事、そして現実の解釈を紙に書いてみること、以上の努力で、だいたい解決します。それでも駄目な場合、人間愛豊かな心理療法家と相談してみて下さい。嫉妬心は人間の運命を良くも悪くもする極めて重要な感情です。ギリシャ神話を愛読するのは心理療法での最高の学習方法と言われているのは、ギリシャ神話が殆どこの人間の嫉妬心を背景に書かれているからです。これほど左様に人間の嫉妬心は研究に値する大問題ですし、嫉妬心を別なエネルギーに変換して、そのエネルギーを活用、応用した人生は、素晴らしい仕事をするそうです。どんな感情をも転換して仕事や生き抜く力に出来る人は幸せ者。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:220>

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思考と感情と行動:自分の一番強い感情:その3:第5章:幸福な日々の為の自問自答集

2014年03月15日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?

自分の激しい怒りの感情を、どう処理したらいいのか、抑圧しないで、天に向かい遠慮なくぶつける事は悪い事ではないのか?天地創造をした全知全能の神様は宇宙を創造された方、小さな人間の感情の、いかなるものでも、微笑みながら受け止めてくれると、私の信仰は、そう思い、感じています。これ以外の神様であれば、私は尊敬もしないし、信じません。ですから、私は今まで、人が聞いたら呆れ果てる内容の叫びを少年の頃から今日まで神様にぶつけてきました。そのお陰で、まあまあ、精神衛生は良いと感謝しています。ぶつける相手は人間では無理で、こんなぶつけられ方をされた人間で、私を許してくれる人は、この地球上に居ないでしょう。どんな内容の言葉を神様にぶつけたかは生涯の秘密、私は本当に幸せ者です。神様が嫌いな人は宇宙の星、月がいいでしょう!或いは森の中の木々が優しいです。特には老木。但し、豊かな葉を茂らせている老木、または、大きな木が良いようです。この豊かな緑の老木を抱いて泣け叫んだおかげで、無数の人類が生き延びました。大自然は恐ろしい部分もありますが、基本的にとても優しく、知恵者ですし、人間に無限の知恵を無償で与えてくれています。有難い友達です。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:219>

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思考と感情と行動:自分の一番強い感情:その2:第5章:幸福な日々の為の自問自答集

2014年03月14日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?

1960年代、病棟では抑圧した感情を放出させる手法としてドラム缶をバンバン叩かせましたが、世間から騒音問題で嫌われ、クライエントからも変なの、と呆れられ中止になりました。このように、或人には効果がありましても、或人には馬鹿馬鹿しい手法なのです。法治国家に生きていますので、犯罪めいた手法、基本的人権を犯すもの、その人にとり馬鹿馬鹿しい手法は、効果がありません。さて、この蓄積したエネルギーを、お金をかけず、世間にも迷惑をかけずに放出する方法は、誰あろう皆様が自分で決めないと解決方法はありません。蓄積した負のエネルギーを放出する方法そのものが、その人(自由意思を所持した人間)の義務なのです。甘えの構造こそ人を不幸にする原因です。めりはりの覚悟が、その人を幸せにしていきます。当たり前の話が結論です。腹を据えない人、覚悟の無い人、正中線の定まらない人、好奇心の無い人、この状態が存在していると心理療法は、まず、その意欲、覚悟の領域から開始します。生き甲斐の心理療法では(1)アイデンティティの統合に病的な揺らめきがないか、(2)現実吟味力に病的なものがないか、(3)フロイトの14の防衛機制に問題はないか、の3点から他者分析を開始て、その健全化を図ります。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:218>

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思考と感情と行動:自分の一番強い感情:その1:第5章:幸福な日々の為の自問自答集

2014年03月13日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?

「三つ子の魂、百までも」のように、今更、湧き出す感情の傾向を抑圧しようと、空しい努力をする人がいますが、これは無理。といいますのは、人は、それなりに物凄く努力して生きています。空しい努力をしないで、この激しい感情を益々、激しくするには、どうしたらいいか、と本気で考えるのです。本人が一番、その将来の姿を知っています。このままだと仕事が首になるなあ、人間関係が破壊するなあ、女房に逃げだされるかも、と色々シュミレーションを描きます。その人が所属する社会、文化、地域、国、時代の流れで、識別、判断の有り様が決まります。激しい感情の取り扱いは抑圧は駄目、抑圧すればするほど、人間は破壊していきますので、激しい感情の流れゆく先を意識すると、必ずその答えが見えてきます。抑圧しないで、そのほとばしりを放出する方法を真面目に思索するのです。その方法を思索してみましょう。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:217>

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思考と感情と行動:自分の一番強い感情:第5章:幸福な日々の為の自問自答集

2014年03月12日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?

朝から夜までの色々の自分の感情を楽しむ人が大人の男女。色々の感情に振り回されて足掻いている男女がアダルトチルドレン、と言いますと、世間から怒られそうですが、日々の幸せを掴む為に、書いてみます。カールロジャースという学者が生涯をかけて書いた論文の中に「プロセススケール」があり、その7つの視点の最初の視点が「湧き出す感情には全て意味がある」です。と言う事は、自分の身辺に生起した森羅万象から色々の感情が湧きだし、それに振り回されているのが私ですが、それでも、渦中の際に、ふぃと気付き、冷静に「湧き出し感情の意味を楽しむ」自分に気付き、あーあ、やっと少しは大人になれたなあ、とご褒美をあげている自分がいます。年齢と人生経験を蓄積する必要もありますが、この心の仕組みをどんな年齢の人でも、意識化しておくと人生が生きやすくなります。感情に乗り、振り回されて、大事な仕事を喪失したり、恋しい人に去られたり、自分で自分を危険に晒すと、人間はすこしづつ懲りて、大人になるのかも。感情は楽しいものですが、恐ろしい生き物です。子供の頃から何故か人は傾向があり、振り回される感情が一つあるようです。直ぐ頭にくる原因を冷静に調べておく必要があるようですが、いかが?この自分の強い「感情」について思索してみます。否定せずにこの強い感情を育てるのが、私のブログです。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:216>

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思考と感情と行動:邪眼と慈眼:その2:第5章:幸福な日々の為の自問自答集

2014年03月11日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
自分を愛してくれる人は何人いるでしょう?愛してくれる人、好意をもってくださっている人、親切にしてくださる人、その人々の眼差しはまさに慈眼です。たまには喧嘩もするでしょうが、その眼差しはこの世の宝物。ユメユメ粗末にはしたくないものです。太陽の光を愛の象徴と解釈する文化もあれば、意地悪なものと解釈する文化もあるように、暖かい眼差しを暗く解釈する人も確かに存在していますので、愛を感じ取れない人は不幸です。他者の愛を感じ取れない病気がありますが、この「自己愛パースナリティ障害」については数年前に書き終わっています第1章を再読下さい。地球上で一番大事なものが自分を愛して下さる人なのですが、照れずに再確認して生きていきましょう。この人々の眼差しこそ、慈眼と呼ばれるこの世の宝物。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:215>

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思考と感情と行動:邪眼と慈眼:その1:第5章:幸福な日々の為の自問自答集

2014年03月10日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?

私の大好きな広隆寺・弥勒菩薩半跏思唯像は静かに目を閉じて眼差しを表現していません(掲載の写真は友人から頂いたもので、我が家の居間に置かれています)。さて、素晴らしい仏像は私の知る限り、いづれも目の表情を半眼にするか、静かに瞑目しています。慈眼の表現は難しく名だたる仏師も、この眼差しを表現するのを憚ったのでしょう。また、私は、その表現は、無理だ、と思います。話は変わりますが、現実の日々の生活で出会う相手の慈眼に対して、案外、人は感謝していないようです。邪眼が大半のこの世ですが、まれに遭遇する慈眼を、私達は意識して大事にすると、平凡な日常生活が、あたかも、天国のように感じる事があります。当たり前のように私に投げかけて下さる友人、学友の慈眼ですが、改めて是非、友人の慈眼、親子の慈眼、学友の慈眼を意識化してみましょう。この世の天国を物凄い身近な空間で感じますと、生き甲斐すら、それらの慈眼から強烈に深い友情、愛情を感じます。慈眼を与えてくれる人を再確認して、その人々を宝物にしたいものです。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:214>

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思考と感情と行動:幸せをつかむ眼差しとは何か?邪眼と慈眼:第5章:幸福な日々の為の自問自答集

2014年03月09日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
目の病気もありますし、遺伝の関係の眼差しもあり、少々辛い話になりますが、生き甲斐の心理学での重要課題である「邪眼と慈眼」の思索は大事ですので書く必要があります。私自身の反省をこめて書いていきますのでお許し下さい。生き甲斐の心理学で言う「邪眼」とは相手を拒否する心の人の眼差しを言います。相手の存在に好意的な眼差しを「慈眼」と言います。面とむかって軽蔑、侮蔑の言葉をなげかけられた経験を私も持っていますが、こんな時の「わたしとあなた」は両者とも多分、邪眼になっていることでしょう。周囲の人々も切なくなり席を立ち、そそくさと、その現場を去るような雰囲気です。軽蔑と侮蔑の言葉や雰囲気、行動をされて、それでも慈眼をする人と遭遇したことがありますが、その神父さんは本物だなあ、と以来、尊敬し、生涯の恩師となりました。私が洗礼を受けた頃の神父様です。私の激しい言葉に本気で対応してくださり涙を流して私を大事に取り扱ってくださった、その場面は生涯の宝物です。暫くこの邪眼と慈眼について思索していきます。私は邪眼、その神父様の眼差しは慈眼でした。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:213>

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思考と感情と行動:自分は何を考えているのか?:その3:第5章:幸福な日々の為の自問自答集

2014年03月08日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
「病気にもならず生きているから、しょうがなく生きているんだ」と言うつぶやきを、聞いたことがあります。その方は心身の病気をもっているわけでもなく、普通に会社に通い家族と共に生きている男性です。この呟きを皆様はどう解釈なさいますか?解釈は自由なのですが、生き甲斐の心理学ではこの事例を「自己実現」の問題として解釈し、とても重要視しています。一度しかない人生が、もったいないと私には思えるのですが、その方には、そう思わせる何かの事情が存在しているようです。生き甲斐の心理学が目指す領域は誰もが明るく元気に爽やかに生き抜く為には、どうしたらいいか、と努力する学問です。この事例の場合、何を考え、湧き出す感情をどう処理し、どんな行動をして、生きれば、良いかというチェックリスト、つまり「自問自答集」がチェックリストです。つまりこのブログは2013年12月6日から、この自問自答集について丁寧に解説しているわけです。答えは70億の人類の一人一人の中に存在しているので、その答えを、どうあぶりだし、意識化出来るか、その方法を12月6日以来、毎日書いていますので、自分の幸福追求の為に、愛読していって下さい。何を思索すべきか、無駄な思索をしない為に、先ずは自分の生きる目的を苦労して探し、明確にしたら、その生き抜く目的をいかに達成するか、そこに深く大きな喜びを感じて、日々、その方法を楽しみながら思索することが大切。その答えを意識化出来ない一番の遠因が、その人、独自のストレス曲線。「生きていてもしょうがない」と言う事例は未解決、未消化のストレスの蓄積が山のように存在しているからでしょう。どんな人間にも楽しく生き抜く知恵が湧きだすのですが、沢山のストレスが蓄積していると、湧き出す知恵の泉の出口に沢山の石(ストレス)が、美しく湧き出す知恵の泉を妨害していると言われています。この石を取り除くと知恵が必ず湧き出します。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:212>

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思考と感情と行動:自分は何を考えているのか?:その2:第5章:幸福な日々の為の自問自答集

2014年03月07日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
「「自分は何を考えているのか?」と自問自答する人と、そうでない人の人生の結末は、相当ちがってくると推察されます。中学、高校で何とも品格のあった学友が、そのご数十年経過して遭遇した時、その激変の物凄さに驚いた経験があります。良くても悪くてもです。何が良いか、何が悪いかは、それぞれの考え方が違いますから、評価出来ません。しかし、そのあまりの変化に私は驚いたのです。人生の物凄さを感じました。戦争(戦場体験者、小学生時代、終戦直後の飢えの体験等を含め)の体験者はあまり居なくなり、その経験談は、最近の経験では、もはやピンとこないらしく、生き甲斐の心理学ではあまり役立ちません。神戸や東日本大震災の自然災害の体験者の話ですら、嫌う人が増えてきましたが、この心の流れは何でしょう?臭いものには蓋をする、とか、長いものには巻かれろ、見て見ぬふるをふる、縁起が悪い事は口にしない(言霊信仰からの文化とも言われています)、その他の日本文化独特の解釈の問題も底流に深く関わっているようです。過去の歴史解釈の有り様が政治問題にもなっています。私達が明るく元気に爽やかに、共存共栄の関係を維持しつつ、どうしたら平和構築ができるのでしょう?自分一人が生き抜く為の日々の自問自答も重要ですが、毎日の思索には、どうも複雑で難しい哲学問題、思索内容の有り様と、大きな研究課題があるようです。さて「生き甲斐の心理学」では幸福になる為の思索内容、そのプロセスを、どう考えていると思いますか?その前に、皆様の独特の思索内容を知りたいです。「生き甲斐の心理学」のチェックリストについて思索していきます。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:211>

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思考と感情と行動:自分は何を考えているのか?:その1:第5章:幸福な日々の為の自問自答集

2014年03月06日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
「人を騙して巨大利益を得よう」と真剣に思索している人、「被災地の発展に貢献しよう」、「今の仕事を成功させたい」と、色々の思索をしながら、人は生きています。その生きざまが、どうしても顔に出てきます。気のせいか、本当なのか、その微妙な領域は自分にも分かりませんが、鏡をみて、今日の自分は何と爽やかで良いお顔をしている、とか、今日の自分は何とさえない顔をしているのか、と感じる毎日です。最近飛んでこなくなりましたが、近所のカラスが時々、外から書斎で何か書いている私を覗くのですが、目が合って、カーア、カア、と嬉しそうに挨拶する時と、同じ目が合っても、慌てて逃げ去る時があるのです。友達にこの話をすると、別なカラスだろう、と冷やかすのですが、頭に傷があるので、多分同じでしょう。私は友達だと信じているのですが、そのカラスは何かを私から感じるようなのです。このように私の目は何かを表示しています。ストレス曲線上に居る時の顔は、それらしく、幸福曲線に居る時は、それらしい。さて人は何を考えると顔が輝くのでしょうか?「感情の転移現象」から自己分析、自己の有り様の解釈も変化しているようですが、自分の心の世界が変化しているだけのは話かもしれないし、私の周囲の人々の心と現象が変化しているのを、敏感に私が感じているのかもしれません。周辺の変化を楽しみながら、かつ、支配されないように、どのような思考と感情の処理と行動をすれば悔いの無い人生が歩めるのでしょうか?暫く思索してみます。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:210>

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思考と感情と行動:自分は何を考えているのか?:第5章:幸福な日々の為の自問自答集

2014年03月05日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
毎日、自分は何を考えているのか?この思考内容が男女、それぞれの顔つき、表情、雰囲気を決めているようで遺伝的なものはやむをえませんが、40才を超えた時のお顔は本人の責任.どんな遺伝でも、その顔つきの品格はその人の責任のようです。何を考えているのか、その内容について思索していきます。過日、日本の大学時代の親友数名が集まり親睦を深め、旧交を温め合いましたが、中には卒業以来50年ぶりか?、というケースもありました。顔つきはそれぞれの人生模様を歴然と現わしていて、かっての青春の輝きと面影はありませんが、渋くて堂々たる風格を滲ませ、人生での喜怒哀楽の歴史を感じさせます。互いの年齢を考えると、そこには、遥か昔の青春を想う悲哀も漂い、それぞれの人生の軌跡を口にせずに互いに、暗黙の内に眺めて、互いに「御苦労さま」と讃え合いました。何を考えて生きているか、何を考えると、幸せになるのか、暫く思索します。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:209>

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心をみつめる視点:人生での愛する人との関係の仕方は?:その3:幸福な日々の為の自問自答集の第4章

2014年03月04日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
「愛の原型」を時々確認すると日常生活での楽しさが倍加するようです。愛の原型とは自分の生育史を色々と回想し、あの場面が自分が愛されていた生活場面なのだなあ、と思える場面の事を愛の原型と定義しています。エリクソンは23才から34才までの愛をとても重視していて、この年代での親密性と孤立感が、それからの人生をとても支配していくようだ、と心配しているわけです。幼少時の愛の思い出は原型として大事にしていますが、この23-34才頃の人生での体験が晩年の幸せ度を豊かにも、貧しくもしていくプロセスを重視しているのです。愛の原型が生育史で違う現実を知らないと、いくら今、愛し合っていても少々、夢が醒め、冷静になると、愛の程度に不満を感じだし、私を愛してくれていない等とストレスを蓄積していきます。その不満を言う前に、愛の原型が違うのが当然、感じ方も違い、温度差も違うのは、愛が不足しているからではなく、愛の原型が違う事を互いに理解しておく必要があるようです。それぞれの愛の原型に触れてもらえないと人類は愛を感じないように出来ています。愛の原型の場面を語り合うと、人は自然に、その原型に近づこうとします。そこが人間のとても美しいところでしょう。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:208>

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心をみつめる視点:人生での愛する人との関係の仕方は?:その2:幸福な日々の為の自問自答集の第4章

2014年03月03日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
「危機管理」と言う重要な問題があります。五感と体感が危険だよ、とシグナルを送っているのに平然として突入し、人生を終わる場合もあるわけです。昔、海外で暴動に遭遇したことがありますが、身を救ったのは危機管理の教えもありますが、現場ではインスピレーションと基本情報でした。海外はいつも磁石を所持して行動していました。東西南北を意識していないと自分の位置が分からなくなり、とかく困りますので一人で行動する時は磁石はとても大事でした。風の流れと硝煙の香りを避けて磁石に従い、大衆の動きに関係なく動いたのが暴動をさけられた恩寵でした。何か危険か、という、その感覚は人により違いますが、ストレス曲線に自分を追いやるものに人は危険を感じます。幸福曲線を感じるものに、人は危険を感じません。ですから危険人物は幸福曲線を感じさせつつ人を死地に追いやります。甘い誘いには危険が伴うように、現実吟味力を日々努力して養成する必要が人生にはあるようです。自己実現への道が明確でないと甘い誘いにいとも簡単に乗せられます。心がいつも自由で(ストレスの蓄積が無い状態が「心が自由」だと定義しています)、考え方が統合されていて(ふらふらした考え方がない)、どこに向かって自分は人生の旅をしているのか、明確であればあるほど、愛の世界も豊かに育まれます。信頼のおける知人、友人、学友に恵まれた私は何と幸せ者。感謝です。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:207>

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心をみつめる視点:人生での愛する人との関係の仕方は?:その1:幸福な日々の為の自問自答集の第4章

2014年03月02日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
愛し合っているのに「親密な関係は危険」と解釈する場合、その「危険」と言う意識、知覚、思考について、どう考えたらいいのでしょう?例えば、婚約関係者の場合の関係については、その生育史の常識で決めればいいだけの話です。ここで考えたいのは何故、臨床心理学の世界で、危険と解釈する或場合を底辺に置いたか、という問題です。具体的な事例ですが、お見合いをします。そのお嬢さんは相手を誠実な青年だ、と感動していますが、デートの最中、愛情が高まり、手を握ろうとします。するとそのお嬢さんは危険を感じていつも逃げ出します。こうして何回もお見合いをしますが、いつも逃げ出すので、自分はどこか変だと気付きます。つまり幸福になりそうな雰囲気を感じると、その幸福感の次にくる最大の不幸、恐怖感があるのですが、その生育史の理由に気付いていない場合の悲劇です。幼少時、素晴らしい愛の豊かな両親に育てられていましたが、数時間の用事で両親が車を運転して外出し、交通事故で死亡されました。幼いそのお嬢さんはこの事故で「幸せ」だったのに突然、両親が居なくなり、急に両親の愛を喪失し、死という意味も分からずに育ちます。つまり「幸福感の後には恐ろしい不幸、恐怖、悲劇が突然くる」と子供心に思ったのでしょう。幸福感を恐れるようになっていたわけです(無意識の中で)。この原因が意識化された後、そのお嬢さんは自分の病理に気づきます。何故、自分が「親密な幸福感」を恐れたのかを。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:206>

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