生き甲斐の心理学

自分は何の為に生きているのか? 生き甲斐とは何か、自分の魂と成育史と身体を大事にしているか、を思索していきます。

自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

2021年03月31日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
日常会話でしばしば相手に向かい<あなたは偽善者だ>と簡単に怒りだす人がいます。確かに偽善はみにくいものですが偽善をしない人間は一人もいません。自己分析を健全に出来る人は、そう簡単に相手に向かい、あなたは偽善者だ、などと言う勇気を持ちません。礼儀なのかセルフコントロールなのか、本当の偽善なのか、時間をかけて冷静に洞察しないと友情を失い、愛を失い、礼儀作法とは何かすら分からなくなります。偽善者という言葉を簡単にしようする人を警戒しましょう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

2021年03月30日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
昔の話で恐縮です。本能丸出しはあまり美しくありませんが、ニューヨークヤンキースの松井選手のMVP表彰時のような抑制された美しさは感動します。人は何故感動するのでしょうか?人類が持つ魂は本質的に真善美に感動するよう設計されているようです。どんな文化の国でも、程々に抑制された感情の美に対して感動します。柔道の世界選手試合でも怪我をした相手の弱点を攻め立てる選手は軽蔑されますが、それを知りつつ堂々と別なところで勝負をしかけてくる選手は尊敬されます。燃え立つ本能や意欲はどんなに激しいものでも、その表現方法の修行をすると、その奥ゆかしい人々は素敵な道を歩み出します。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

2021年03月29日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
いくら自然体がいいとは申せ、感情をそのまま発露すると、どうなるか?幸福曲線(平安感、友好的な感情、健康感、幸福感、統御感の5つ)をそのまま発露するとスポーツで優勝した人にも傲慢な発言になつたりします。幸福の絶頂にいる時もあまりせきららに幸福を表現すると周囲の人々は嫉妬にくるい哀しい気分になり落ち込みます。このように幸福曲線の感情もストレス曲線の感情も程々に抑制して発露するのが健康で健全な状態です。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

2021年03月28日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
太極拳を愛する仲間が数名いますが、とても誠実な友達です。近づきすぎず、離れすぎず、程々の距離を保ちつつ豊かな友情を注いだくれています。人間がもしそのまま言いたい放題をすると即、人間関係は崩れます。それほど、人間の本質は美しいものではありません。正しい健康な紳士淑女の関係を気取った関係ととらえる人がいますが、本人たちは別に気取っているわけではなく自然体なのです。その証拠に何時間その関係を保持しても疲労感を感じません。豊かな愛情と礼儀を保持する恋人たちも本当に自然体で疲れをしりません。愛と祈りと許しと礼儀はなんといつても人々を幸せにします。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

2021年03月27日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
人は分かっているようで分からない領域がありますが、その典型的な例が自分を大事にする、と言う意味についてでしょう。本能に忠実に生きるんだ、と言ってエイズで死んだ人、自分に正直に生きるんだ、といってアフリカの外人部隊に入り戦死した人、好きほうだいをして美食にふけり、今は病床で人々の世話になつて生きている人、そのように本能と自然体と節制のセルフコントロールという図式は案外難しい領域なのです。しばらく本能とのびやかに生きる自然体の相関図について思索していきます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

2021年03月26日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
日常生活での身辺に生起する森羅万象(人間関係、事件、地球上の諸現象などなど)をどう解釈するかによって人は幸福感を感じたり、不安を感じたりして生き抜いていきます。親友の怒りと言う現象をどう解釈すべきか、この解釈いかんにより人は心の病気になつたり、逞しい政治家になつたりして生きています。自分を幸福曲線(平安感、友好的な感情、健康感、幸福感、統御感の5つ)にする解釈だけは、自分の努力と知恵からでしか獲得できません。身辺にそのように解釈出来る友人がいると、世界がどんどん良い方向に変わるのですが、類は類を呼ぶ、で暗い解釈をするグループ、明るい解釈が出来るグループと、何故か分かれてしまうのが現実です。明るい解釈をする方法をこの生き甲斐の心理学から学んで下さい。デジデリウムを信じると明るい解釈が出来ます。信じて見えてくる世界は自分の身近、自由意思に存在しています。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

2021年03月22日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
本能を抑圧したり抑制したりすることで健康になったり、逆に健康を害したりしますが、この抑制の在り方は本人が悟る以外方法はありません。楽しい人生の目標を定め、その達成に向けて苦労したり修行したりする喜びを知らない人々は必ず滅んでいきます。求めよ、さらば与えられん、努力もしないで良いものは手に入るはずもありません。楽しみながら努力する、この生き甲斐を知ると、どんどん自己実現への道を歩み出せます。ここでは性欲、食欲の話題は世間に満ち溢れているのでデジデリウムについて思索していきます。このデシデリウム(DESIDERIUM)は19世紀までイギリス、フランスの大学で教えていましたが、科学万能の時代になり何となく消滅した考え方ですが、また、欧米の一流大学では復活してきたようです。人間が持つ宗教心のことです。見神慾とも訳されています。この本能を抑圧すると神経症、精神病、人格障害の遠因となりますが、どういう抑制をすると病理が生まれるのかを思索していきます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

2021年03月21日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
鎌倉で生き甲斐の心理学の勉強会が月に一度行われています。江の島と富士山が海の向こうに美しく浮かび上がります。堤防に座り波の音を聞くと、私の心は自然になり気持ちがよくなります。人により心に浮かんでくるものは全部違いますが、この違いは成育史が原因です。しかし共通している点は実にのびのびとした感情が湧いてくることでしょう。海は生命誕生の場所なので魂と心と身体が自分の故郷を感じるのでしょう。森や湖も気持ちを落ち着けますが、海から感じるものの方が逞しい生命力が与えられます。逞しい波の音、力強い動きは人間を鼓舞させます。海に触れた時の人間の思考、感情は大切です。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

2021年03月20日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
鎌倉で生き甲斐の心理学の勉強会が月に一度行われています。江の島と富士山が海の向こうに美しく浮かび上がります。堤防に座り波の音を聞くと、私の心は自然になり気持ちがよくなります。人により心に浮かんでくるものは全部違いますが、この違いは成育史が原因です。しかし共通している点は実にのびのびとした感情が湧いてくることでしょう。海は生命誕生の場所なので魂と心と身体が自分の故郷を感じるのでしょう。森や湖も気持ちを落ち着けますが、海から感じるものの方が逞しい生命力が与えられます。逞しい波の音、力強い動きは人間を鼓舞させます。海に触れた時の人間の思考、感情は大切です。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

2021年03月19日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
<今日一日での自分のありようが人生を決める>。そう言われれば、そうなのですが、案外真剣に人はこの怖さを考えていないようです。昨日まではもう過去のもの、明日はどうなるか誰も分かりません。今日一日をどう時間配分して生きていくか、これが自分の人生を決めています。こう考えるとおちおち昼寝もできませんが、ここがまた楽しいところで、自然体で悠々とわが道を歩み自己実現への道を楽しんで生きている人もいれば、せこせこして焦る割には何もしない人もいます。この違いは何処からくるのでしょうか?自分は何の為に生きているのか、自分の生き甲斐は何か、自分は自分の魂、心、身体を大事にしているか、この3点を意識出来ている人は自然体でも成功しているようです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

2021年03月18日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
森羅万象の解釈は人により相当違います。特に自分が自然体で感じたままの解釈を他者に話す時、その解釈を素直に聞いてくれる人と馬鹿にする人がいますが、馬鹿にする人には二度と素直に自分の気持ちを伝えることをしません。さてこの写真の萩は私にはとても心地よく美しく見えます。皆さまはいかがですか?秋風が吹くとこの萩はゆらゆらと怪しく揺れ出します。まるで怨霊のように動くこともあれば、また逆に、楽しそうに幸せに、笑っているように動くこともあります。美しい香りを流すかと思えば、哀しそうに涙を流していることもあります。同じ萩ですが、私のその折々の感情を反映させています。私の感情を鏡のように映し出してくれる萩の風情、この萩は私の喜怒哀楽の感情を全部吸い取ってくれます。不思議な萩です。この萩を見ていると私は自然体になれます。思い入れの花や木は人を豊かにしてくれます。近所の神社の古い木、お気に入りの花や木を大切にして、その好きな花や木の前で心をさらけ出すと人間の心が自然体になれます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

2021年03月17日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
どの分野でも自然体がいい、と自然体を大切にしていますが、この自然体は武道でも演劇でも学問でも本当に難しいものです。海外で飛行機事故に遭遇したことがありますが、その時のあわてようは今、思い出しても恥ずかしい。胴体着陸でしたがその現場は酷いものです。着陸するまでの機内風景ですが高齢者の一部に見苦しいものがあり航空会社のスタッフに向けて今更言ってもしかたがない言葉を汚くぶつける人など人の死に際を色々見ることが出来ました。私の隣席の方は何故か即死。私は第二次世界大戦の戦場を知りませんが、この飛行機事故の現場は戦場のようです。以来、どんな場合でも見苦し姿だけは人に見せないよう注意していますが、生身の人間業をしている限り見苦しい姿を露呈しているようです。人間である限り死ぬまで駄目なようですが何とか努力して慌てず騒がず、いつも自然体を保持したいものです。これから暫く自然体とは何かを思索していきます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

2021年03月16日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
長年、私の原稿を美しい声でラジオやテレビで朗読してくださる女優さんに心から感謝しています。時々pcから自分の文章を反省する為に拝聴したり観たりするのですが、朗読する女優さんの美しく澄んだ声の自分の文章があたかも他のどなたかの考え方のように聞こえてくることがあります。五感(視覚、嗅覚、味覚、聴覚、触覚)が、その日により相当ちがっているので、自分の文章でも,聴いている自分の、その時々の感情で解釈が違ってくるのが不思議です。その時の自分の感情の在り方、喜怒哀楽の状態の違いで、解釈が何故、違うのか、その原因は私にはよくわかりませんが、朗読されている女優さんの苦労のほどがしのばれます。新聞やテレビで聴く色々のニュースの解釈をこれからはどう受けて止めていくかにより、その日の私の幸福感が左右されているにに気づき愕然としました。真実は大切ですが、解釈いかんで、こんなに左右される自分を深く反省している日々です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

2021年03月15日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
心の優しい人、はったりをしない人、小心者、線の弱い人、あれこれ世間の人は弱者を馬鹿にします。どんなに才能があり元気でも人生のある時期、人は自信を喪失し、なよなよするものです。さて自分の成育史(赤ちゃん時代から今日までの個人史)を否定的に解釈している自分がいたら、この時ばかりは断固として力(りき)を出し、奮いたちましょう。自分史は世界で一番大切なものです。この自分史の中味を暗いものでも明るいものでも自己肯定的に解釈する方法を<生き甲斐の心理学>は教えています。どんなに罪深いものでも、嫌なものでも<生き甲斐の心理学>にかかると肯定的に解釈出来ます。何故自分史を暗く解釈してしまうのか、その理由をこの心理学は示唆しています。自分の成育史を肯定し大いに進軍ラッパを吹きならしながら堂々と生き抜いていきましょう。暗い自分にも深い意味がありますし、明るい自分にも意味があります。人生、山あり、谷あり。その変化があるので生きるのが楽しいのです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

2021年03月14日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
自分の成育史の中の<劣等感、罪の意識、自信喪失>を早急に解決しておくと、リラクゼーションが生まれ、平安感、友好的な感情、健康感、幸福感、統御感が生まれてきます。人間には面白い傾向があります、それは何かを信じると、何かが見えてくる傾向です。信じると見えてくるものもあれば、信じた為に、何かが見えなくなる場合もあることを人は知っていないと悲劇が生まれます。サリン事件を起こした人々は何かを信じた為に悪が見えてきました、そして地下鉄で彼らの正義を行う為に、罪のない人々を対象にサリンを散布します。このような歴史はヒットラーや政治的な独裁者の正義感にも見られます。信じてみえてくるもの、信じてみえなくなるもの、この心理を人類はしつかりと意識し知覚して生きていきましょう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする