生き甲斐の心理学

自分は何の為に生きているのか? 生き甲斐とは何か、自分の魂と成育史と身体を大事にしているか、を思索していきます。

私の人生には希望がない:「私は誰?」シリーズ

2013年10月31日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
何とつまらない人生を私は歩いているのだろう、と本気で考え、希望が持てないのがこの世の人生と本気で考えている人は沢山います。幸せは「あの世で」と信仰の世界に逃避する人もいます。この傾向が私という人間だ、と本気で自己評価しているのです。何故、こうなるのか、エリクソンの理論を一部借用しながら思索していきます。希望がもてない、と本気で考えている人には大きな原因がありますが、良い悪い、運が良い悪いの視点からこの問題を考えると惨めになります。生き甲斐の心理学は、現実をどう明るく元気に爽やかに乗り越えるか、という視点から、この希望という大問題に挑戦していきます。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:84>


自分の生き甲斐を探究されている方々へ:
(1)テキスト「生き甲斐の心理学:ISBN 978-4-9903527-2-1」はアマゾンでもサンパウロ書店でも全国の書店で販売されています。

(2)気楽に広く理論だけを学習したい方は、この私のブログの左記の「カテゴリー」欄をご覧下さい。
その第1章「愛の領域」から11章(カリタス カウンセラーの基本とは)を見ながら思索すると楽しみながら勉強することが出来ます。

(3)この記事は2005年12月10日から2012年4月6日までの約6年間にわたり私が全力投球して系統的に理論を分かりやすく解説した2275回分の記事です。第1章から11章までを日常の言葉を使用ながら書いたものです。貴重な資料ですので是非大事に読んで下さると有難いです。

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心地よい友達:「私は誰?」シリーズ

2013年10月30日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
Aさんと時間を共にしていて、遠慮しなくても居心地がいいのに、Bさんとは気を使い疲れ果てる、この違いは色々ありますが、あまり深刻に考えないほうが良いのです。自分の許容性が無いとか、まだ人間が出来ていないとか、とかく人は反省しがちですが、それよりも日々のその場、その場での「役割意識」を観察すると面白い現象が見えてきます。親友は無言の内に自分のその場での役割をさりげなく行ったり、配慮してくれています。それは当然のことで、長い付き合いもありますし、その人と何回も喧嘩をして、互いの性格を知っていますので、こうすれば機嫌が良い、こうすれば機嫌を損なうというコツを知っていますので当然ですが、未だ、あまり良く知らない相手ならば、未だ、どうしていいか不明なのです。この人と仲良くなりたい、とインスピレーションを感じたら、その場、その場での自分の役割を、疲れない範囲と楽しみの範囲で、色々と挑戦してみるのも人生の楽しみです。今の親友達、親しい学友、仕事仲間、勉強仲間は、こうして確保出来た貴重な人間関係です。大きくは自分の長い人生での役割(自分は何の為に生きているのか、という役割意識)、身近では人間関係での小さな役割を意識すると、そこに案外、暖かく、何とも幸せな気分を漂わせ、この友達とは生涯、付き合いたいと思いますし、その友達の存在が私を元気にしてくれています。居心地のよい友達は人生のオアシスです。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:83>


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自分を信じない人と交際する気がありますか?:「私は誰?」シリーズ

2013年10月29日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
自分を少しでも信じてくれていれば、付き合い気が起きますが、頭から自分を信じていない雰囲気が相手に満ち溢れていた場合、その人と心から、つきあう気は起きないでしょう。不幸にして姑であったり、夫婦、兄弟、友達、親戚、家族であれば、それは本当に不幸としか言えません。信じる程度ですが、神様を信じるような気分で、人を信頼するのも、少々問題があります。どの程度、信じるか、その程度は、その人の置かれている環境で相当違ってくるのが当然でしょう。どの程度、相手を信じるか、その程度を決める知恵が無い人が案外、沢山居るのです。アフリカの少年兵、ニューヨークの証券ビジネスマン、世界の外交官、政治家、家庭の主婦、先生、警察官、職業により人を信じるポーズや表情、具体的な約束事の遂行、仕事上の信頼関係等、現実吟味力がいたるところで要求されてきます。そのように、どの程度信頼するか、その知恵は、その人の責任と現実吟味力と自己実現への道で、相当柔軟に変化させていかないと、私達は明るく元気に爽やかに生き抜く事は不可能でしょう。相手をどの程度、信頼すべきか、その答えは現場、現場、その前後の流れでしか決めようがありませんが、人の中に存在する魂や自己成長力や性善説等の哲学があれば、案外、どんな相手にでも一貫して信じ得る要素を人類、人間は持っていますので、少々、人間とは何者か、という基本哲学から自分の方針を決めていく必要があります。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:82>


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あたなの本音が知りたい:「私は誰?」シリーズ

2013年10月28日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
大事な人とお付き合いしている私達は、時々、あれ?この人の本音は何?、と心配する事があります。どうでもいい人の本音はあまり関係がないのですが、大事な人の本音を聴くには上手な傾聴をしていないと見抜けません。本音は何?と文句を言う前に自分の傾聴の仕方の基礎を学習しておかないと、シグナルは出されているのに相手の本音が見えないのです。こんな場合、相手は、何と鈍感な人、と思っているかもしれません。特に日本文化は、さりげなく気づく、を要求している文化ですので、場が読めない人、としばしば馬鹿にする文化でもあります。生まれつき頭の良い人もいれば、遺伝上、あまり敏感でない人もいるので、このあたりが生き抜く上での難しい領域です。互いに愛と許しがないと、大事な人とは上手くいきません。もうひとつの重要な哲学があります。異文化交流、比較宗教、比較文化論の世界では「相手の本音」を素直に一旦、受け入れる哲学を要求されます。あまりにも価値観が違うと人は驚き、侮蔑し、聴く耳すら持てないものです。他者受容、傾聴訓練が要求されるゆえんです。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:81>


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あの人、何を考えているの?:「私は誰?」シリーズ

2013年10月27日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
「自分の考え」が無ければやむをえませんが、考えている場合は、キチンと自己主張をしていないと、陰口を言われて当然です。森羅万象に対して自分の考え方をキチンと表現する必要が人類には必要です。もし不幸にして「ノウアイディア」なら、その旨を大事な人に伝えておく必要があります。そうしないと相手は不安がりますし、愛したくても愛し方を決められません。思考、感情、行動は、いつも自分らしく生きていかないと、自分も相手も幸福になれません。「私は私」なのですが、それなりの自分の傾向を意識化しておかないと、自分も相手も社会も混乱していきます。孤島で生きるのも大変ですが、法治国家で生きるのは安全ですが、それだけに思考、感情、行動の傾向は、常に「生き甲斐探索」上の対象として意識化しておく必要があり、その意識化が自分と周囲を幸せにしていきます。哲学と基本思考の無い社会は衝動的動物的な事件が勃発し、不安定で、厳しい環境となつていきます。教育の重要性を改めて感じます。人間は考える動物である以上、考える責任があります。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:80>


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感情表現の無い人は不気味:「私は誰?」シリーズ

2013年10月26日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
せめて好きか嫌いか、怖がっているのか、本当に怖がっていなくて平気なのか、だけは周囲に表現しておかないと、不気味がられます。感情表現を抑えている人とは本当に付き合いにくいものです。相手が正直に感情表現をしていないので、ついついこちらが図に乗って心をゆるし、本音を感情として表現したばかりに、あちこちで悪口を言われた経験はありませんか?あの人に裏切られた、とこちらも負けずに悪口を言いますので、国際関係同様、戦争状態となります。平和外交の基本は自分に正直でいないと平和構築は不可能です。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:79>


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本音を言わない人:「私は誰?」シリーズ

2013年10月25日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
生育史上の理由で本音を言わないで育った人が案外多いのですが、これが良いとか悪いとかの視点ではなく、それぞれの人生なのです。問題は本人が何故、自分は人間関係で非常につかれるのだろう、原因は何だろう、と哲学開始の時に、この「生き甲斐の心理学」が必要になるだけの話です。今日のテーマは「本音を言わない人」ですが、案外、自分の本音がわからない人、と言い換えた方が良いかもしれません。何回も言いますが、この傾向のある自分が悪い、という問題ではないのです。私はそういう傾向があるらしい、と解釈していくと「私は誰?」という自問自答の中で、私はそういう傾向のある人間だ、と解釈する事で、自我意識が形成されてきて、私は私でいいのだ、という自己信頼感も生まれ、個性の美に気付き、一人我が道を行く、と堂々と明るく元気になりだすのです。自己不信感、自信喪失感がある内は、堂々と私は私、として生き抜く事は出来ません。好き嫌いという感情を口に出したり、口に出さない、という問題は、その人が存在している生活環境の問題です。宗教家、教育者、政治家、企業勤務、主婦、マンションの管理組合、アナウンサー等で違います。心の奥深い領域では、これから、好き嫌いの感情を明確に意識化していないと「本音」が「建前」なのか、本音なのか、混濁したり、理想と現実が混濁したり、自分の問題なのか他者の問題なのか(例:親子、夫婦、親友に多い)、混乱と混濁が始まり、自己覚知があやふやとなり、本音が分からない人間になつていきます。本音が言えないのではなく、本音が分からない人間にだけはなりたくありません。幸せに生き抜く為には、正直に、本音を意識化し、言うべきとはキチンといわないと自分も周囲も本当の幸せはつかめません。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:78>


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「私は誰?」 : 私が嫌い!、

2013年10月24日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
自分が嫌い、という人は実に沢山いますが、お付き合いすると、何とも優しく、親切な方が多いようです。不思議な話ですが、礼儀正しく、いつも人の事を考えていてくださり、私としては、その方と黙っていても安心なので、いつまでもそばにいたいくらいです。そんな方が或日、自己嫌悪感について語り出してくれました。同じ「自分が嫌い」という人間でも、その嫌いな原因は万とあるでしょうが、心理療法の立場からその遠因を分析する場合、好きなのに嫌いという意識があったり、嫌いなのに好きだと感じる事例が多いので、このあたりの洞察作業を開始します。この作業がとても難しいのです。自分が嫌いになるまでには、相当の時間がかかつています。そもそも「嫌いという感情」は、その人の生育史上の理想の領域に反するからですが、人はいちいち、その分析などしません。嫌いなものは嫌いだからです。好き嫌いという感情は原初感情といわれ、分析の必要が無いとまで言われています。嫌いなものを無理に好きだと思うと必ず身体症状が出てきます。どんな自分が嫌いなのか、その姿を見つめる為には、事前作業が必要なようです。事前作業は、どんな作業かといいますと、嫌いな人を倫理道徳を超えて、具体的に誰が嫌いかを具体的に語り合うのです。段々と切なくなりますが、その嫌いな人は自分に良く似た人がおおかったり、親のどちらかであったり、見たくない自分の心の世界に迫り出すので、とことん追求すると非常に危険になりだします。この続きは明日、書きます。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:77>


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「私は誰?」

2013年10月23日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
人類永遠の課題を、ここのブログで語るのは不可能に近いのですが、心理療法の現場ではいつも、この難問を正面から叩きつけられます。私はどう対処しているのでしょうか?数十年を振り返ると、あまりの下手さに、じわじわと汗が流れ出します。幼稚園児から高齢者まで、この難問を自問自答しています。例えば幼稚園児は「母さんから嫌い、といつも言われている。家に帰るのが嫌!」この嘆きも私は誰?という変形です。この私は誰?というテーマをシャガールの絵画を考えながら思索していきます。心理療法の学問を考えたフロイト、ユング、その他の偉大な先輩は、いつもこの人類の総数が自問自答している言葉の群れを、いくつかの概念に集約して、解決しようと努力しているわけです。言葉の群れ、を学問としての概念、例えば上記の幼稚園児の場合の自問自答を専門的な概念に集約すれば、ストレス曲線の不安感に該当しますし、そのストレスの背景には、言葉はきつくても、お母さんは自分を育てようとしているんだ、と解釈出来る場合もあるわけで、幼稚園児に理解出来る概念に、今度はセラピストが置き換えて会話をすすめる必用が出てきます。農家の人々、漁業の人々、政治家、学校の先生、主婦、アフリカの言語、英語圏の文化、日本文化、どんな文化、人種、言語でも、この心理療法の基本概念に置き換える力さえあれば、人間の悩み、不安感を皮切りに良い仕事が出来ます。私は誰、この基本概念を、どう今後、取り扱うか、暫く思索していきます。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:76>


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絵画鑑賞・シャガールを楽しむ前に!

2013年10月22日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
某大学関連の勉強会でシャガールの絵を鑑賞しながら「生き甲斐の心理学」を学びますので、暫くこのシャガールを鑑賞するに必要な事前思索を9月6日から語り続けているわけです。そろそろこの勉強会の為の事前思索も終わりに近づいています。今日は自分が天国に行き、宇宙を自由に飛びまわれる立場に立った時、神様からどんな仕事をもらえるか、また、どんな仕事をさせて下さいと神様にお願いするか、その思索をしてみます。なじまない訓練ですが、空想の世界、童話の世界で、どんなシュミレーションを描く能力があるか、楽しみながら読んで下さい。この種のイメージトレーニングは青年時代にさんざん試験として出されたので、あまりやりたくないのですが、一度、経験しておく必要があるのです。私の「願いの世界での終結」は、私が魂となり、宇宙を駆け巡れる立場になった場合、未だ地球で生きている人類の魂に働きかけられる立場になれたら、神様にこんな仕事をもらう事にしています。地球で厳しい現実と戦っている生身の人間に対して、どう思索し、どう行動したら、愛である神様がお喜びになるか、その知恵と気付きをさせる天使になりたいと考えています。地球には今、沢山のテロリストと呼ばれている人々もいますし、食糧を得る為に心ならずも盗みをせざるをえない人も沢山います。飢えに苦しみ、したくない行動をとる人もいます。政治上の判断に苦しむ政治家もいます。その人々に対して私が天使として耳元で囁く仕事がしたいのです。自由意思を所持した人間が、その責任において裁かれるとしたら、こんなに惨めな事はありません。好きな親を選べない子供たちですし人生ですから、それぞれの立場で、どうしたら安心して天国へいけるか、どのように、その知恵を気づかせるか、そんな仕事をさせて下さい、と神様におねがいしたいわけです。私が死んで魂となり、永遠に生きるとすると、何もしないで生きる事は本当に苦痛だと思います。良い仕事や役割は人を幸せにするなあ、としみじみ思います。このような願いがあるので、私は「生き甲斐の心理学」を20代の頃から関心を持ち、今の仕事をしているのでしょう。この仕事は私が死んで、魂となつても、継続したい仕事のようです。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:75>


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世界5大宗教の共通性について

2013年10月21日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
宗派の詳細は難しいので、ここでは省略しますが、世界の5大宗教(仏教、キリスト教、ヒンズー教、イスラム教、ユダヤ教)の共通性は(1)自分の行動に責任をもたせている事、(2)許しの精神、(3)平和と愛、(4)黄金律、(5)霊性、(6)魂の不滅問題、(7)超自然の偉大性、その他あるでしょうが、私は魂の不滅問題に関心がありますので、この魂論の中での面白い話をしてみます。アウグスチヌスという学者がもし人間が、魂と直接会話が出来たならば哲学も学問も誕生しなかったかも、と述べています。魂は不可知論の範疇ですが、魂と会話が出来たなら、何でも宇宙の真理が分かるので、もはや、学問の探究心は必要なく、天国のような平和な世界に存在出来たでしょう。改めて不可知論の存在しているこの地球に生まれて良かったとしみじみ思います。今の私の幸福感は好奇心あればこそ、なので何でも分かる世界は退屈だろうなあ、と思います。比較宗教学の面白さは5大宗教が生む色々の文化誕生の流れあればこそです。自分の信じる宗教以外を批判したりせずに、仲良く共存出来る宗教が本物の黄金律です。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:74>


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宇治平等院の雲中供養菩薩

2013年10月20日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
絵画、音楽、建築、彫刻、文学の中の「天国」の世界を垣間見て、これなら是非,行きたいと感じたものは少ないです。しかし宇治平等院の雲中供養菩薩(51体)のお姿を拝見した折、そのあまりにも楽しそうで幸せそうな世界に触れ、こんな天国なら是非、行きたいと瞬間に感じ、願ったことがあります。単にイメージの世界で空想するだけでなく、目で見た雲中供養菩薩様、特に分類番号20の菩薩様は薄い絹の衣を肩から両腕で握り、左足を「楽の音」に合わせたかのように、軽やかに踊るかのように、腰を少し曲げた菩薩様は愛の象徴でした。51体の菩薩様が奏でる愛の世界を描いた絵画は、人々が互いに愛し合い、魂を賛美し、永遠の宇宙を飛び跳ね、森羅万象がこの愛と賛美と感謝の世界を五感で生き抜いている天国の世界だ、と思わせるものでした。この宇治平等院の雲中供養菩薩の世界は私に天国の魅力をふんだんに提供してくれた名作でした。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:73>


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欧米の芸術鑑賞や歴史学習で必要なもの

2013年10月19日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
欧米に旅をして美術館や建築物を鑑賞する際に、もし、人間の罪悪感がキリストの十字架の贖罪の思想により救済され、かつ、人間の死後、いつの日にか人が復活する、という基本思想を理解していないと、ミケランジェロ、ダヴィンチ等の名画鑑賞の在り様そのものが、少々、残念な理解に終わるかもしれません。芸術鑑賞の際に、信仰の目で見る場合が良いともかぎりませんし、芸術は芸術の鑑賞の仕方は沢山あるとは思いますが、日本人の場合、何故か、キリスト教や宗教を激しく嫌う傾向があるようですので、残念です。古代ギリシャ、インド、中国、日本の古代史でも、宗教や魂の存在を学習上、冷静に理解しておかないと、真実が見えてこないのです。キリシタンとその流れであるキリスト教は邪教じゃ、とつぶやく現代人にお会いした事があり、大変驚いた事があります。さて、自分が死んだ後、自分の人生での全ての過ちや良心の呵責が贖罪の思想で全て許され、安心して平和で楽しく愛そのものの世界で永遠に生きるという思想がこの現代にも存在している現実を一度、考える事も生き甲斐の一つかもしれません。バチカンの存在は現代の奇跡かなあ、と思う事があります。国連の加盟国でもあり、その存在の意味を探究する事は学問研究の対象になります。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:72>


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シャガールの絵で見る光と復活体

2013年10月18日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
パリのオペラ座の天井絵を見ると何故か私は人間の復活体を回想してしまいます。バチカンの礼拝堂もそうですが、死後の復活体がどのようなものか、私には分かりません。しかし人類誕生以来、死後の世界について人々は非常に深い関心をもつて民話、神話、聖なる書物で語り続けています。シャガールの絵を楽しむ時に、このユダヤ教とキリスト教での基礎知識が無いと味わいが半減してしまいます。復活体がどんなものか、深刻にではなく、子供のような単純な心で一度、気楽に考えてみましょう。何かが見えてくるでしょう。自分が死んで、その後、いつか復活体となるときのイメージを明るく爽やかに考えていくのです。この思索過程と体験は世界的な手法です。自分の復活体、実に面白い学習です。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:71>


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太陽と月の光と心理療法

2013年10月17日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
太陽の光、月の光はそれぞれの味わいは違いますが、人々に愛されています。特に宇宙からの光の研究は素晴らしいニュースをもたらせてくれます。光の中の情報は素晴らしく、例えばこんな例がありました。或学者が一つの光りを捕らえました。その光は120億年前に消滅した銀河の星のものだったのです。光の中には無限の情報があるようです。私の古いパソコンには数年をかけて努力して作成したA4版の25,000枚の貴重な資料がありました。それを新しいパソコンに赤外線による情報転送技術を使い数秒で転送しました。つまり光の中には私の貴重な資料25,000枚分の情報が入っているです。私・人間の目に見えない光の中にこの膨大な情報があるわけです。太陽の暖かいぬくもりの光りの中の情報を解析したり、その他の宇宙からの光りの中の情報を認識したり、実に胸のときめきを感じる時代にきたようです。このように或光を利用することで、人の健康を回復したり、ほどほどのサンルームで健康を回復したり、太陽の光、月の光を楽しみながら、和歌を作ったりしつつ、生活を明るい希望ある人生に変身させる事も出来ます。猛暑の夏は苦しいですが、この太陽と月の存在とその意味について色々思索を深める中で、人々は大きな知恵を得る事の楽しみもあります。光の存在の意味を改めて楽しんでみましょう。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:70>


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その第1章「愛の領域」から11章(カリタス カウンセラーの基本とは)を見ながら思索すると楽しみながら勉強することが出来ます。

(3)この記事は6年間にわたり私が全力投球して系統的に理論を分かりやすく解説した2275回分の記事です。第1章から11章までを日常の言葉を使用ながら書いたものです。

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