生き甲斐の心理学

自分は何の為に生きているのか? 生き甲斐とは何か、自分の魂と成育史と身体を大事にしているか、を思索していきます。

美しい朝

2006年03月31日 | 第2章:心理療法の基本
人は毎朝目を覚まします。長く心理療法の仕事をしながら思うのはこの目が覚めた瞬間の五感が人の幸福を左右している事を感じます。朝の五感と体感が人生を左右している事実をどれだけの人が意識しているでしようか!この自然体で感じる朝の感情をいつも意識するようになると暗い切ない感情を体(自然体)は排除し、いつも明るい幸せな朝の気分で目覚めるようになります。朝の気分は一日を支配し一生を支配します。<自然体論:76-2>:

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<あら、どちらへ?><ちょっとパリへ>

2006年03月30日 | 第2章:心理療法の基本
近所の方で必ず<あら、どちらへ?>と聞く人がいます。<ええ、ちょっと>と答えてパン屋さんに買い物に行く人、<ええ、ちょっと>と答えてパリーへ出かける人、様々です。人の行動は気になります。余計な事をいちいち聞かないで、とも思いますが日常生活でのこの種の質問が人の心の健康を維持している事を案外、人は知りません。人々がこの会話を互いにしない場合、どうなるか、を考えてみましょう。それぞれの人の自然体(思考、感情、行動)はとても重要です。個性の違い、心の病、身体の病気、考え方と感受性の違い、色々の違いが人生を形成していきます。自然体になればなるほど、人はのびのびと長生き出来ます。<憎まればあさん世にはびこる>と言う酷い言葉があるくらい、自然体でのびのびと生きた方が勝ち。抑圧抑制などの心の防衛機制はとかく病理を生みます。のびのびと心を自由にさせようとすると<あら、どちらへ?>と言う言葉が出てしまいます。さあ、あなたはどちらを選びますか?<自然体論:76-1>:

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心の傷と愛の泉

2006年03月29日 | 第2章:心理療法の基本
心が暖かく情の深い人がいます。自分に対する愛、他者に対する愛が安定した人の生育史には必ず深い心の傷を克服した歴史があります。かって負わされた傷が深いほど、人に対して豊かな愛を泉のように、こんこんと与えてくれます。重みのある愛、味のある愛、慈愛に富んだ眼差し、まさに生き甲斐を無言に与えてくれる人です。さて心の傷を持ったまま暗く疑い深い眼差しで生きるタイプ、傷をバネにして自分と他者を愛していくタイプ。どうしてこのように分かれるのでしょうか?答えはただ一つ、傷についての体験の解釈をする際に愛の重要性に気づいた人。何が病的な自己愛か、健全な自己愛か、楽しみながら思索したいものです。:<負傷者論:75-5>:

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自己愛の光と陰

2006年03月28日 | 第2章:心理療法の基本
心理療法を学ぶ学徒にとって<自己愛>は生涯の大テーマです。<愛は全て>と言う言葉がありますがこの自己愛のあり方でその人の人生そのものが光となるか、陰となるか、決まっていきます。自己愛の勉強方法は色々ありますが、芸術作品、特に名曲や名画を鑑賞する時、鑑賞する側が<自己愛の視点>から<作者の心>を観察するのが一番楽しい良い勉強方法になります。鑑賞する側の自己愛が健全ですと、実に爽やかな明るい希望に満ちた雰囲気になれる解釈が出来ます。少々人生に疲れて<自己愛に異変が起きている>と同じ名曲や名画でも、暗く、じめじめした、希望の無い雰囲気になります。自己愛の何が健全で何が病的かは勉強しないと分かりません。心理療法の勉強のなかでも一番難しい領域が自己愛の勉強。自己愛で深く傷ついていると、はたから見ると、自分勝手で憶測しがちな人、気取った気分屋さん、臆病で心配がり屋、感謝を知らない人に見えてきます。お互いに傷を深く負はぬよう生きていきたいもの。:<負傷者論:75-4>:

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キューピットの矢

2006年03月27日 | 第2章:心理療法の基本
ギリシャ神話によればキューピットの矢には2種類あり、<金の矢>で射止められれば<愛の豊かな恋>が燃えあがり、<鉛の矢>で刺されたら憎悪に走り出すそうです。綺麗な音楽、美しい絵画、心地よい香り、この境地が金の矢。暗くてじめじめしていて、生きる希望も、意欲も起きない、暖かい優しさと快適な気分が無い、この境地が鉛の矢。大人になると人は金の矢が欲しい、と素直に願わないのが不思議です。朝、目が覚めて<今日>と言う日を迎えますが<今日>は<過去全ての努力の賜>。<素直に願う>という祈りは重要です。その貴重な祈りを、一日5分でいいから<金の矢>を願い続けた人が理想的な愛に気づくみたいです。生涯求め続けて、気づいたら、Aさんだった、<鉛の矢>だと思っていた人が、実は<金の矢>であったと気づくかもしれません。これもまた人生:<負傷者論:75-3>:

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戦場の男達

2006年03月26日 | 第2章:心理療法の基本
戦場での肉弾戦を私は知りませんが、殺戮しあった体験をしているにも拘わらず、無言で何も語らずに、平穏で、健康的な人生を送った男達を身近に知っていました。さて職業上、大脳での神秘的な現象をしばしば見ます。あまりにも衝撃的な体験をすると大脳は一切を記憶の外に押しやるのです。大きな自然の知恵が働いて辛い記憶を外に押しやろうとしているのに、<浅学>は自然の摂理に反する努力をしてしまいます。ここに<医師の犯罪>のように<善意の営みの悲劇>が起きてしまいます。臨終を迎えるまでそーっと秘密にしておくべき人生があります。あえて秘密にしていても、<身体症状>も出ずに、健康に、明るく、爽やかに生き抜ける事例もあるのです。逆に<忘れられない辛い思>を<体験の解釈を変える>事で生き抜く知恵とエネルギーを獲得出来る場合もあります。どちらの方法が良いか、冷静に識別したいものです:<負傷者論:75-2>:

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ナイチンゲール

2006年03月25日 | 第2章:心理療法の基本
あまりにも綺麗な声で鳴くのでナイチンゲールと名付けられた小鳥、その声を聞いていると心が慰められます。さて人は時として深く傷つき、不安定になります。大きな傷と深い不安定感にさいなまれだすと自律神経は自動的に防衛を張り、これ以上害を受けないように拒否的な攻撃に変化していきます。心の虫歯が痛む時は人の言葉、感情を拒否するのが健康の証です。これ以上人の事を受け入れたら自分が破壊していくのを本能が拒否します。その状態を人間・ナイチンゲール(看護婦の母)は戦場で負傷者を暖かく優しく手当していきます。その優しさが人々の心に残り、ツグミ種の或小鳥の声があまりにも暖かく優しいので、ナイチンゲールと呼ぶようになりました。傷ついて攻撃的になった人の話をどれだけの人間がナイチンゲールのように優しく温かい想いで受け止めるでしょうか?:<負傷者論:75-1>:

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女心の魅力

2006年03月24日 | 第2章:心理療法の基本
私に恋とかではなく、好意を持ってくださっている女性全般のお話です。当然ですが悪意の女性は恐怖そのものですので除外して話します。心理療法の世界には<慈眼>と<邪眼>という言葉があるように、セラピストはクライエントに対して、いつも<慈眼>で眼差しを綺麗に美しくするように心の修行に励みます。体験の解釈という修行もしますが<慈眼>を受けた時は、心の底から感謝するようになります。女性の慈眼を受けると私の五感と体感は開放され、日常生活での不安感や怒り等のストレスが平安感等の幸福感に変身していくのを感じます。女性が男性に慈眼を注ぐとすぐ誤解するから嫌だ、とお話する方が沢山おられます。私が感じる女心の魅力はこの母性的な愛を無限に注いでいく素晴らしさ。素直に感謝すると、また、更に深い愛を注いでくださる女性本能が聖母マリア様を感じさせてくれます:<洞察訓練:74-5>:

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愛の渇き

2006年03月23日 | 第2章:心理療法の基本
<愛の孤独感>は人を狂わせます。もっと恐ろしい精神現象は愛の孤独感を認めない事。人はプライドがありますし、自分は愛の孤独で苦しんでいるんだ、と誰でも認めたくありません。何となく寂しいなあ、素敵な恋人が欲しい、体がうづく、神様の愛が欲しい、誰それの愛が欲しい、このような意識が愛の孤独感の具体的な渇きですが、知恵の在る人はこの愛の渇きを更に細かく洞察し、意識して、その対応をしています。日常生活での意識は一つの言葉<愛が欲しい>ですが、その内容は3つあります。心が欲している愛、身体が欲している愛、魂が欲している愛。この3種類の愛を洞察しないと、とんでもない過ちを犯してしまいます。大切な自分の人生での愛の渇きを冷静に洞察して3つの渇きを上手に満たしたあげましょう。自分(魂、心、身体)は神様からのプレゼントですから。:<洞察訓練:74-4>:

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哀しみのない人生

2006年03月22日 | 第2章:心理療法の基本
ぞっとする事があります。それは私の人生から<哀しみ>を取り除いたら、どうなっていたかなあ、と言う想いです。いつも私を哀しみのどん底に落とす人は私を愛してくれている人です。その時は人生を恨んだりしましたが、もし、あの哀しみがなかったら今の幸せはなかったなあ、と確信するからです。その<哀しみ>の分析をしてみました。更に私を惨めにした<哀しみ>は他者否定をしながらの哀しみ。嫌だけれども、他者肯定の努力をしながらの哀しみは私を大きく成長させていた事実です。どの程度の<他者肯定>かと言いますと<人は魂と身体と心で構成>されていて、心と身体は他者を受け入れないのも真実ですので、それを認めながら<魂同士は深く愛し合っている>と意識し知覚した時、私を哀しめた人を多少許す事が出来、更に私が相手を哀しめた理由も洞察出来ました:<洞察訓練:74-3>:

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魂こそが愛の原型

2006年03月21日 | 第2章:心理療法の基本
生き甲斐探索の旅で<自分の魂>を無視すると永遠に満足する回答は得られません。人は心と身体と魂で構成されていますから魂を無視した思索・哲学は虚しいだけです。欧米の大学では<生命とは有機体に魂が宿っている状態を言う>と定義する学者も居ます。<DNAに魂があるか>と言う本を書く一流の学者もいるくらいです。魂は病む事もなく、愛そのもので、永遠不変のもの、と定義されています。心と身体は病む事もありますが、魂は病む事はありません。私達の魂は厳しいこの世を生き抜く私達に常に寄り添い知恵を与え続けているそうです。日本語で発売された名作:ジョン・ヒック著<(イギリスの宗教学者:オックスフォード大学で学びバーミンガム大学教授):徳間書店:>を読みながら愛そのものである自分の魂を信じて生き抜くのも賢明な生き方の一つかもしれません。<自分を一番深く愛してくれていて,頼りになる人>は<永遠に生きる霊で死ぬ事もない自分の魂>である事を<しっかりと意識し知覚する知恵>を大切にしたいもの:<洞察訓練:74-2>:

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ピエロの哀愁

2006年03月20日 | 第2章:心理療法の基本
哀しい事があると敢えてはしゃぐ友人がいます。いつもは静かに人の話を傾聴しているのに、辛い事、哀しい事があると、何故か数名の会合で、彼はピエロを演じます。痛いほど彼の気持ちが分かるので私が涙ぐむと彼は私にウインクを送りながらピエロを演じ続けます。不安定で傷つきやすい精神状態になると人は躁鬱病的になるのが自然です。更に二つに分けると一つは鬱型(ハムレット型)、もう一つは躁(ピエロ型)。ここが人間の偉大さ、健全な所です。もしこの躁鬱にならないと、どうなるか?答えは<心の破壊>です。ハムレット型への対応は明瞭ですが、さりげないピエロ型は、時として笑いの対象として見過ごされます。あの時、ピエロを演じていた友の心を洞察出来なかったばかりに、と悔いた事例を私は沢山経験しています。:<洞察訓練:74-1>:

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美しいガラスの器

2006年03月19日 | 第2章:心理療法の基本
可愛い赤ちゃんの時代を経て大人になると、実に様々な人生を送る羽目になります。鉄のように毅然とした人が何らかの事情で傷つきやすく不安定な精神状態になることがあります。どんな優しい眼差しを向けても視線をそらしたり、どんな言葉をかけても怒り出したりします。心が不安定で、傷つきやすい状態になっています。そんな<自分>や<友>に出会うと、いつも想い出す恩師の言葉が<人生の一番美しいガラスの器>。美しく透明なガラスの器になると相手の嘘、本質、真実を見事に見抜く感性に恵まれ、益々綺麗な器になりますが、もはや厳しい現実を生き抜く力を欠落していきます。すぐ破壊され、激流に流される存在になっています。同情からではなく研ぎ澄まされた美しい器の人の言葉を15分間、真剣に傾聴してみると、後は水の流れるように対応の方法が見えてきます:<好意論:73-5>:

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猫に嫌われた夫

2006年03月18日 | 第2章:心理療法の基本
仕事、仕事で生涯働き続け、定年退職と同時に退職金を持ち逃げした妻、単身赴任先から時々帰宅すると家の猫も娘も隣の部屋に逃げていき、庭のわんちゃんだけが尻尾を振ってくれると嘆くお父さん達。原因を分析しても始まりません。理由は愛がないから。ではどうするか?誰も分かりません。沢山の成功事例を観察すると、家庭の一人一人が、それぞれの孤独感があり、どうしようもない焦燥感、諦めの日々を送る中で、その夫が<お父さんは寂しいなあ、こんな時、どんな話題を出したら、いいのかなあ>と言い切った男が、家庭の小さな幸せ感を獲得出来るようです。日常生活での<好きな話題><嫌いな話題>を識別し、提供しあえる家族は人類の鑑::<好意論:73-4>:

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お別れは早いうちに!

2006年03月17日 | 第2章:心理療法の基本
<固執障害>は健康な人にも散見出来る現象。何かに囚われて飛躍出来ない精神状態を言います。人と別れるのは至難の業ですが、古い自分を捨てて新しい自分に変身するのは実に気分の良い物です。ところが、上手く行く場合はハッピーですが、そうはいかないのが人間業の辛いところ。せっかく人生の夢を3つ4つ見つけたのに、中々突撃できない自分に愛想を尽かせている友がいます。そのいずれの夢も実現出来れば悔いがない、と思うのに、中々、実行出来ません。現在の心理療法理論では<成功イメージ>が有力。悔いのない一番好きなものを一つ選び、努力する方法を考えるのではなく、成功した時の自分をイメージする方法です。イメージしたら、次はその成功の喜びを言葉にする事。そうしながら成功イメージを楽しんでいる内に自然と心と体がその実現に向かって動いてしまいます。成功イメージが強ければ強い程、成功の確率が高くなります。<求めよさらば与えられん>は真理です。
:<好意論:73-3>:

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