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かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

05.襲撃 その4

2008-03-15 21:57:25 | 麗夢小説『麗しき、夢』
 八条の頭脳は、ようやく金縛りから恐怖へと染め上げられながら、必死に回転を再開した。巨大な「それ」は、好意とは対極にある色でその目を輝かせながら、八条の足ほどもある右腕をぐっと伸ばした。その先端の切っ先は、触れただけで岩すら豆腐の様に両断するのではないかという位に研ぎ澄まされ、見る者の命を文字どおり吸い尽くすべくぎらりと光を反射した。その光が、八条に異様な腕の正体を思い出させた。
「な、何者じゃ!」
 八条は気丈にもかき集めた勇気を総動員して、今は明らかに自分以外に使うつもりはないだろう長刀を構える鎧武者に叫んだ。が、鬼を模した面の奥に光る双眸は、血走った危険な色をして八条の勇気に答えることを拒絶した。八条は相手の、角のような鍬形打ったる兜の形、白銀で彩った鎧の輝き、そして何よりもその背に負うた真っ赤な吹き流しに、ある人物を直感した。
「と、と、と、智盛?!」
 八条は他愛なく腰を抜かした。全身、特に足にまるで力が入らなかった。心臓だけが全力で逃げるように警告を発して高鳴ったが、それ以外の八条の肉体は、細胞まで痙攣してしまったように一切その警告を無視したのである。  
 鎧武者の右手がゆっくりと上がった。長刀が、その刃をきらめかせつつ振りかざされる。八条に、一歩間合いを詰めた足がずしり、と畳にめり込んだ。八条の目は大きく見開かれていたが、その直後にうなりを上げて落ちてきた長刀の切っ先を見てはいなかったろう。八条は生き延びることをあきらめたように、既に気絶していたのである。
 ドーン! 間違いなく八条の肉体を粉砕した筈の長刀は、八条が今さっきまで占めていた空間を二分し、その座っていた床を大音響と共に破壊した。猛然たる埃がたって差し込む日光の旅程を描き出し、手応えの異常に驚いた武者の身体に丸い小さな日溜まりを拵えた。必殺の一撃をかわされた目が、怒りに満ちて右に回る。その先に、既に失神して久しい八条の肉塊と、その重い体を跳ね飛ばして、武者の鋭鋒をかいくぐった一人の少女の姿があった。
 少女は、腰をも隠す緑の黒髪を美しく扇に開き、武者の瞳をにらみつけた。その眼光に武者は少しばかりたじろいで、第二撃を繰り出すのをためらった。少女は少しずつ身体をずらし、やがて武者と正面切って相対するように身構えた。少女の決意の前に、武者の勢いは完全に削がれた。殺意に渦巻く視線が次第に弱まり、破壊することしか知らない刃が一時その力を失って、垂れ下がった右腕の先で畳をなめた。蝉時雨が、巌と化した二人の身体にしみ通り、舞い上がった埃が静かに落ちつくかと思われる静寂の中、世界は凍り付いた。
「何者だ!」
 誰何する間もあればこそ、武者に打ち下ろされた錫杖の勢いが、固化した二人を一気に昇華させた。武者は、その巨体からは考えられない身軽さで円光の鋭鋒をかわし、たちまちふすまを蹴破って外へと躍り出た。そこへ榊の一隊が駆けつけ、突如現れた「化け物」を剣戟の中に取り囲んだ。
「何者だ! 長刀を捨て、大人しく縛につけ!」
 円光のカモシカの脚に追いつけたのは榊以下わずかに十名に過ぎなかったが、後詰めの強者の数は九十余人、間もなく追いついてくるはずである。尋常でない相手の様子に戸惑いながらも、絶対有利を確信した十人の士気は高かった。武者もそれに対して傲然と手を大の字に広げて見せた。隙だらけなのに、その大きさも相まって相手の力量が読み切れず、榊らは容易に手が出ない。じりじりと包囲の輪こそ一寸刻みに縮めてはいるが、榊はもう少し味方の勢が揃うまで、極力足止めする方針を取る積もりだった。
 が、郎党衆の中でも一番若い秋野宗元という若者は、そういう老練な手管を弄するには少々経験が足りなかった。自身の太刀さばきに過剰な信頼を寄せていたこともあって、焦れる心に堪えきれず、大上段に振りかぶった愛刀を、叩き折れよとばかりに相手の肩口へ打ち込んだ。
(あっ! たわけがっ!)
榊の感想がその口をつく間もなく、武者はこの機会を逃さなかった。自信過剰の一撃をひらりと身をねじって難なくかわすと、体勢を崩した若者の頭を、のばした左腕で鷲掴みに捕らえた。そのまま回して軽く後ろに放り投げる。秋野宗元は、自らの暴発の報いとしてしたたかに対角の同僚と衝突し、鼻血にまみれて悶絶することになった。武者はそんな若者の結末を見ようともせずに、切れた包囲の一角へ、即座にその巨体を飛び込ませた。続けて左右から前を遮ろうとした郎党をはり倒した武者は、一足飛びに近くの林へと身を躍らせた。
「追え! 逃がすな!」
 榊はまだ動ける六人へ指示を出し、自らも林に駆け込んだ。が、一体何処に行ったのだろうか。あれだけの巨体が通ったというのに草の踏まれた跡も見えない。六人に加え、ようやく追いついてきた郎党衆にももう少し探索の網を広げるよう下知すると、榊は単身美衆屋敷へと引き返した。
 八条の部屋は、ふすまも畳も襲撃のすさまじさを物語る惨状を呈して、榊の不安を高めた。が、それも数瞬とは続かなかった。榊は目指す八条の身体を、部屋の隅に発見したのである。
「おお、御無事か?」
八条は、泡を吹きながら少女と円光に抱きかかえられていた。
「気を失っているだけで、命には別状なさそうでござる」
 円光の診断に、そうか、とひとまず安堵した榊は、傍らの少女にもけがはないかと問いかけた。少女はにっこりと笑顔を返し、その落ちつきぶりで榊を驚かせた。榊は取りあえず部屋以外に傷ついたものがないことを悟ると、円光に言った。
「取りあえず大夫を別の部屋に移しましょう。それから念のために鬼童殿に診てもらいたいが、まだ戻られませんか?」
「まだのようですな」
「ええい、このようなときにどこにいらしたのか。おお源太、その方、何人か連れて鬼童殿を探して参れ」
 鎧武者を見失うとの知らせに飛んできた佐々木源太を、榊はもう一度林の中へ追いやった。勇躍してまた元の道を帰る佐々木源太の背中を眺めながら、榊は、これは厄介なことになりそうだと言う漠然とした不安を覚えずにはいられなかった。

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