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かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

11 決断 その1

2009-08-09 17:12:28 | 麗夢小説『向日葵の姉妹達』
 夜も一〇時を過ぎようとしている。
 ケンプはようやく終えた一連のテストのデータを、疲労の滲む右目で睨み付けた。
 秘密裏に事を運ぶため、公式日程の合間に無理矢理組み込んだ視察だったが、まあ結果は悪くなかった。主力戦車ドラコニアンの後継は、我が国を守る楯として、十二分な働きを示してくれるだろう。ただ、ケンプにとって残念なことに、最もテストしておきたかった「特殊装備」の性能までは今回試せなかった。そもそもそんなものを試す方法があるのかどうかさえケンプには判らないのだが、何とかして方法を見つけ、有効性を確認しておかねばならないとは、実戦経験豊富な指揮官として当然の要求であろう。ましてやあのような理解不可能な敵が相手とあっては……。
 ケンプの脳裏に浮かんだのは、ジュリアン事件の真犯人の姿である。
 漆黒の闇その物をまとったようなその姿は、歴戦を経たケンプでさえ、背筋にぞっとした冷気が下るのを禁じ得なかった。
 それに、強力無比なドラコニアンを初めとするフランケンシュタイン公国軍の精鋭を翻弄し、甚大な損害をもたらした化け物達。
 今でもあれは夢ではないのか、と疑うほどの信じがたい存在だが、自身前線で、その戦慄すべき光景をいやと言うほど見せつけられては、もはや疑う余地はない。それまで、新鋭戦車としてその性能に絶大な自信を持っていたドラコニアンを急遽改良するよう指示を出したのは、あの惨劇を目の当たりにしたからなのだ。わざわざヴィクターの友人である鬼童海丸の指導を仰ぎ、この日本において搭載させた新システムであるが、あの「精神物理学」なる胡散臭い学問の成果が本当に役に立つのか、ケンプには正直疑問であった。
 それでもその装備を中心に据えるよう指示を下したのは、現状ではそれしか手がなかったからに他ならない。
 つまり、そんなものに手を出すほどに、ケンプはかつてない焦燥感を覚えていた。それは、いつか近い将来、あの化け物達と我々人類が、その未来を賭けて雌雄を決しなくてはならないのではないか、と言う予感である。しかも、ドラコニアンがまるで通用しなかったように、現代の兵器工学ではあの化け物達に対処できないことは明らかだ。
 対抗可能な力。
 例えばケンプがまだ生まれる前の世界でなら、それは教会の聖職者達に期待できるだろう。いや、今でもまともに対峙できるのは、それ以外にはなかろうとケンプは思う。だが、実のところ当てにしていいのかどうか、ケンプには確信が持てなかった。それというのも、ジュリアン事件を調べるうちに、ヴィクターの研究グループの一員であるボリスと言う科学者が、ジュリアン暴走の引き金を引いたことが判りつつあったからだ。
 このボリスはただの科学者ではない。
 バチカン科学アカデミーに所属する、正真正銘の聖職者なのである。その聖職者が、人造人間という存在を許容できず、自ら処分しようとしたのがジュリアンを狂わせたきっかけだったらしい。
 聖職者にしてこの体たらく。単にボリス一人が神の恩寵を受け損ねた堕落者だったという可能性もあるが、ケンプには、彼ら聖職者達の実力を計る術がない。万一、普段は教会の聖壇でしかつめらしく説教を垂れている坊主どものほとんどが、いざというときボリス同然だったと知れでもしたら、我々は一戦もせぬうちに滅亡の憂き目を見せられるだろう。彼らの力を確かめられない以上、自分達に出来ることを精一杯やるしかない。それがたとえ胡散臭い代物だったとしても、いずれ研究が進めば、更に有効な手だてが出来るかも知れないではないか。その時に備えて、今手に入る機材で可能な限り経験を積んでおくことは間違っていない、とケンプは信じていた。
 分厚い報告書の束を一旦閉じたケンプは、目に手をやって瞼の上から圧迫した。軽い疼痛と心地よさが同時にじんわりと広がる。明日は再び使節団の一員となり、殿下の共をして大阪を表敬訪問しなければならない。だが夜には、気の置けない異国の友人とくつろいだ一時を過ごせるだろう。それまでの辛抱だ。
 ケンプは連日の激務に軋む体を叱咤して立ち上がった。そろそろ投宿地のホテルに引き上げなければならない。
「閣下、榊警部より連絡です。大至急ケンプ将軍に取り次いで欲しいとか」
 ケンプがちょうど立ち上がったところへ、部下のスーツ姿が扉を開けて携帯電話を差し出した。
「大至急だと?」
 ケンプは、首を傾げながらその携帯を受け取った。まず疑ったのは、皇太子殿下に何かあったのかということだ。だが、それなら榊からでなく、侍従の誰かからまず連絡が入るだろうとすぐに思い直した。しかし、他に思いつくことはと言うと、せいぜい日本側で探知したテロ計画でもあったかというくらいのことである。
「私だ。ケンプだが」
『ケンプ将軍! 大変ですぞ!』
 ケンプは苦笑しながら榊に言った。
「榊警ち着きたまえ、君らしくもない……」
 しかし、榊はケンプの言葉を無視したまま、口早に言った。
『お孫さんが、シェリーちゃんが大変なんです!』
「何?」
 さすがにその名前にはケンプの眉もぴくりと上がる。いったいシェリーの身に何が……。その疑問を問う前に、榊がまくし立てた。
『テレビ! 将軍の近くにテレビはありませんか!』 
「テレビだと?」
 ケンプは部屋をねめ回し、部屋の隅に、少し古ぼけた大型テレビが一台、鎮座しているのに気が付いた。テストレポートに目を通していたときには、ついぞ気にも止めなかった代物である。
「確かにあるにはあるが……」
『とにかく点けて! チャンネルはどこでもいい!』
 ケンプはなおも首を傾げつつ、自らテレビに近づくとスイッチを入れた。ぶぉおん、とブラウン管独特の起動音を奏でて、テレビの画面が明るく代わる。
「なんだこれは?」
 ケンプは、ようやく灯ったその映像に、不快その物の声で言った。
「おい、君は私にこんな子供番組を見せて何が言いたいんだ?」
『子供番組ではありませんぞ! よく見て!』
 榊は切迫した声を崩さず、ケンプを叱責した。
「閣下! お嬢様が、シェリーお嬢様が!」
 傍らで電話が終わるのを待っていた部下が、わななく指でテレビ画面を指さした。
「貴官まで何を言って……」
 ケンプはそう言いかけて、アップとなったその一部に今度こそ愕然となって目を瞠った。
「な、……ど、どうしてシェリーがあんなところに……」

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