かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

原発、もう少し寿命があると思っていたのですが。

2011-04-15 22:29:16 | Weblog
 4月も早いものでもう半分が過ぎました。桜もほのかなピンクの中にちらほらと新緑の姿が見えて来て、季節が次の段階に進みつつあるのを実感させてくれます。冬の間は、いつ暖かくなるのだろう、とその遅々とした歩みに我慢を強いられてきましたが、一度暖かくなってからというもの、一足飛びに春の気配が走り寄ってきたような感じがしています。これで花粉が飛ばなくなれば言うこと無いのですが、あと2週間は最低でも耐え忍ばないといけないのでしょうね。

 さて、東京電力が夏の電力供給能力を上方修正したのだそうです。夜間の電力確保にめどが立ったため、揚水発電の分を加えたことと、ガスタービンを新設することで、上乗せ出来るとのこと。それでもまだピークには届かないそうですが、更なる発電の努力と節電の組み合わせで、案外なんとかなるんじゃなかろうか? と思わせるところまで来ているような気がします。
 そんなわけで、短期的な電力供給はともかく、中長期的な計画も必要でしょうね。今回の事故で原発の信頼性は地に落ちてしまいましたし、新設はまず不可能と考えざるを得ず、老朽化が進む古い原発も、そういつまでも動かし続けることも出来ないでしょう。私は原発は必要悪と考えていて、原発で何とか電力を確保できているうちに研究開発を進め、石油や原子力に替わるエネルギー源、それもできれば海外からの輸入に頼らないで済むような、我が国自身で供給できるものを何か創りだしていかねばならないだろう、ひょっとしたらそれはやっぱり核融合? などと思っていたのですが、残念ながらそれが実現する前に原発のほうが社会的な寿命を迎えてしまったようです。それはそれで残念ですが、本来なら我が国のように資源がない国は、もっと遥か以前から必死に投資をしてそんな技術を育てなければならなかったのではないか、と思います。どうせ技術が出来ていたとしても、産業的に使えるようにするには多分更に10年単位くらいの時間と巨額の投資が必要になるはずです。いずれの技術に可能性があるのか、それはよく見極めないといけないのでしょうが、将来必要になることは眼に見えているのですから、今からでもその手の投資をもっとどかっと増やすわけには行かないのでしょうか?

コメント
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